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待つ男、追う男

 

 その男は待っていた。


 しなやかだった筋肉は削げ落ち、つややかだった皮膚はたるんでいる。


 生きる力にギラギラしていた瞳の輝きは、疲れて枯れた暗い陰に、とって代わられていた。


 それでも男は、荒野にぽつんと立った酒場を切り盛りしながら、待ち続けていた。



 数少ない常連がみな帰路についた明け方、一人の旅人が店の扉を開いた。


 一瞬、期待感に目を輝かした男は。


 入ってきたのが薄汚い身なりの男だとわかると、いつもの無愛想な顔に戻る。



「すまないが、もう、閉めるんだ」



 旅の男はそのセリフが聞こえなかったかのように店の中に入ってくると、カウンターに陣取って男を見据えた。



「一杯飲んだら出てゆく。テキーラを」



 男は言葉に詰まったあと、しぶしぶとテキーラのボトルを取り出した。ショットグラスになみなみと注ぐと、岩塩といっしょに旅の男の前に出す。旅の男は岩塩をかじると、テキーラを半分ほど飲んだ。



「俺はティンプリーミ。人を探している」


「わしはライオネル。ここには素性の知れた常連しかこない。人探しなら他をあたってくれ」


「そうか……」



 ティンプリーミはそれほど残念そうな顔も見せず、ゆっくりとテキーラをなめる。ライオネルはその様子を見て、ティンプリーミがすぐに帰る気がないと判ると、軽く舌打ちしてグラスを磨き始めた。


 数分して、ティンプリーミが不意に言葉を発した。



「なんで、こんな辺鄙へんぴなところでやってるんだ?もう少し行けば、街があるじゃないか」


「大きなお世話さ。あんたの反対だよ。俺は人を待っているんだ」


「女か?」



 ライオネルは頷く代わりに、沈黙で応える。ティンプリーミは汚いマントと帽子を脱ぐと、カウンターの上に置いた。



「あんたが待っている女のことなら、少しは話せるかもしれない」



 驚いて顔を上げたライオネルに向かって、ティンプリーミはつまらなそうな無表情のまま、それっきり沈黙で答えた。ライオネルの顔が、明らかに上気し始めている。



「おまえさん、マティリアのことを知っているのか?」



 ティンプリーミは応えない。ライオネルはそれにか構わずに、夢見るような調子で語りだした。



「俺はな、マティリアを愛しているんだ。マティリアだって本心では俺を愛してくれているはずさ。俺はマティリアのために、何でもしてやった。彼女が欲しいという物は、何でも買ってやった」


「へえ、ずいぶん、金持ちだったんだな?」


「そんなわけないだろう。そのころ、俺にいれあげていた女が何人もいてな。そいつらから巻き上げてやったんだよ。旦那のいたやつがいて、その旦那と撃ち合いになったこともあった。もちろん返り討ちにしてやったけどな。とにかくあのころの俺は、マティリアのためなら人だって殺したんだぜ?」


「それほど愛していたんだな?」


「もちろんだ。今でも愛している。でもな、ちょっとした行き違いで、あいつは町の有力者ザンドーのところへ嫁に行っちまった」


「それっきりってわけか」


「だがな、あいつは帰ってくる。絶対俺の元へ帰って来るんだ。彼女がたとえ婆さんになっちまってても、俺はかまわない。俺にとって女は、マティリアだけなのさ」


「そうか。すると彼女以外の女には、一度たりとも目を向けたことはないんだな?」


「もちろん慰みに抱いた女や、騙すために抱いた女なんざ、星の数ほどいるがな。あいつだって、今の旦那との間に3人も子供を作ったんだ。それくらいで、丁度おあいこだと思わないか?」


「思うよ」


「そうだろう?」


「お前らはどっちもおあいこなくらい、クズだってな」



 次の瞬間びっくりしているライオネルの目の前に、銃口が口を開けていた。目にもとまらない、ティンプリーミのガン捌きである。



「な……」


「黙れクズ。それ以上、その薄汚い口を開くな」



 凍り付いてしまったライオネルの前で、ティンプリーミはタバコに火をつけた。その間も、彼を狙った銃口は微動だにしない。



「この店につくのがこんな時間になっちまったのは、そのザンドーの屋敷に寄ってきたからさ。もちろん、マティリアに会うためにな」


「……?」


「バカでかい屋敷だったぜ? そこで呼び鈴を押して出てきた召使を殴って眠らせると、俺は寝室に行ったんだ。ザンドーが不在なのは調べがついていたからな」



「おまえ、何を……」



 ティンプリーミは、銃把でライオネルの横っ面を殴りつける。ライオネルの口から出た血を眺めて薄笑いを浮かべながら、呟くように言った。



「黙っていろと言ったろう? いいから聞いてろよ。寝室で俺が見たのは、旦那の不在をいいことに男を引っ張り込んでいた、マティリアだったよ。ぶくぶくと太って、昔の面影なんて今はないんだろうな。俺は初対面だから知らないが」



 言葉を切ると、ティンプリーミはテキーラをなめた。



「俺はマティリアのどてっ腹に鉛弾をぶち込むと、ヤツが苦しみながらのた打ち回りくたばるまで、ゆっくりと鑑賞させてもらったよ。そしてその足で、ここへ来たというわけさ。あの女、脂肪が厚くてなかなか死ななかったんで、こんな時間になっちまった」



 ライオネルは、完全に狂人を見る目で、ティンプリーミの一挙手一投足を見つめていた。



「お前はあんなクソ女にイカレて、女を騙しまくった。その中にはな、お前に騙されたと知ったときには身ごもっていて、周りに蔑まれながらその子を生み、育てた女がいたんだよ」


「そ、それじゃ……」


「ああ、それが俺のお袋さ。一週間前に彼女は死んだ。お前に会ってから、死ぬまで、一度も幸福を味わえずにな。まあ、そんなことはもう、どうでもいいさ………さてと、そろそろ行かなくちゃ」


「ま、待ってくれ……」


「そのセリフ、お袋が何回言ったか覚えてるか?」



 ライオネルを見たまま、ティンプリーミはテキーラを飲み干した。


 それからショットグラスといっしょに金貨をひとつカウンターに置くと。


 突然、この上ないほど幸せそうな顔で微笑む。



「飲み終わった。代金はここに置くぜ? 釣りはいらない」



 驚愕に目を見開いているライオネルに向かって、満面の笑みのままティンプリーミは銃を向ける。



「バイバイ、父さん」



 銃声。



 

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