魔人の目覚め
あったかい...
僕は今どこにいるんだ?
目が働いていないのか目の前には黒点ひとつない真っ白な霧が広がっている。
手足の感覚なく、声を出すこともできない。
死んだ・・・のかな?
ってことはここは天国?
そうだ。
そうに違いない。
僕はあの喰鬼に殺されたんだ。
そんなことを考えていると突如として
「あなたを・・・巻き込むつもりはなかったのだけれど」
どうやら聴覚だけは生きているらしい。
耳元には聞いただけで心を満たしてくれるような女性の優しい声が届いた。
これが天使の声なのかな。
などと考える。
「あなたはここに来た。来てしまった。」
・・・
天国に来たわりには、あまり歓迎されていないのかな?
そう思ってしまう文言である。
そんな僕の思いも構わずその優しい声は続けて僕に語りかける
「ここに来たあなたに私から言えることはただ一つ」
「あなたは・・・いきたい?」
行きたい?
どこへ行けと言うのだろう。
この空間は心地がいい。
暖かくて優しい空間だ。
できることならばここにずっといたいのだが。
「これから先、運命の輪に入ってしまったあなたは、あの喰鬼のような魔物に襲われることもいっぱいあると思う。辛いこと、悲しいこと、憎いこと、数えきれない困難があなたの前に立ちはだかるはずだわ。」
「それでも、あなたは・・・生き続けたい?」
いきたい・・・
そうか、 "生きたい" か
そうだな。
死にたくはないけど、これから生きてればまた喰鬼のような奴らに襲われると思うと、考えてしまう。
それに対しこの場所はとても心地のいい場所だ。
ここにいればあの時みたいな絶望を味わないで済むのだろう。
あの僕の最後の瞬間のように足掻いて、すがって、惨めな思いをしないで済むのだろう。
正直これ以上はごめんだ。
もう怖い思いも痛い思いもしたくない。
もう、生きたくない。
おとなしくここに身を委ねていたい。
・・・と
間違いなくそう思っているはずなのだが、何かひとつ引っかかりを覚える。
・・・何だろう。
そういえば僕は最後の時何をしていただろう。
手を伸ばしていた。
では一体何に向かって手を伸ばしたのだろう。
何かにすがるため。
何にすがりたかったのか。
何がしたくて最後まで足掻いたのだろうか。
その答えは時間もかからず頭の中に浮かんで来た。
(柊・・・さん・・・)
柊さん。
そう、柊さんだ。
優しくて、可愛くて、結構笑いのツボが浅くて。
僕が初めて好きになった人。
でも僕はまだ、その人のことを全然知らない。
好きな食べ物は?趣味は?休日はどう過ごすのか?
嬉しい時、悲しい時、怒った時にどんな顔をするのかを僕はまだ知らない。
どう言うことをすれば笑顔になってくれるのか。
他にはどんな表情をするのかを僕はまだ見ていない。
せめて。
せめてその後悔だけでもぬぐいたい。
初めて好きになった人のことがこんなに分からないままなのは嫌だ。
そんなので終わらせたくない。
辛くても不恰好でも生き続けて彼女のことをもっと知りたい!
そのために僕は!!!!
「それがあなたの答え?あなたらしいわね。」
生きたいという思いが通じたのか。
どこか呆れて、そしてどこか満足そうにも聞こえるその返答。
大義なんかいらない。
くだらないと思われても構わない。
僕は生きたい。
彼女のことを知るために。
「いいわ。ならいきなさい。あなたの満足するように」
「そしてそのために、あなたに新しい魂の器をあげる。」
「その子をどんな風に使うのもあなたの自由」
「逃げるために、立ち向かうために、生き延びるために。好きなように使いなさい」
「そのきっと子はあなたのために、あなたの力になってくれるわ・・・」
『異端者 ・・・レイアルファが』
その言葉と同時に目の前の真っ白な霧が晴れていく。
カラダの感覚は戻り血の巡りを感じる。
そして取り戻した視力で周りを見渡す。
「ここは・・・」
先ほどのような居心地の良い空間は消え去り、周りには何かの数値を更新し続けている大きいモニターや、異様な機械音をたて続ける精密機械のようなものがあちらこちらにあり、言わば実験室のようなところに来ていた。
そのひとつ一つの機械に目をとられるが中でも一番目を引くのが部屋の中央にあるかなりの10mぐらいはあろう大きさのカプセル。
そしてその中にいる。
「機械・・・?巨人?ロボットかな?」
サファイア色の輝きを放った鎧を身をまとった人型。
関節部分などは鉱物のような物の複雑な組み合わせでできており素人の目から見てもかなりの技術のものだと分かる。
体長はちょうど喰鬼と同じくらいの成人男3人分ほど。役5mといったところか。
「すごいなこれ・・・」
すでにその人型に魅入られ歩み寄る。
何かに取り憑かれたかのような動きでそのカプセルに触れる。
「君が・・・」
意図したわけではなく勝手に口が動く。
「レイアルファ」
その名前に呼応するかのように、人型の水晶のような瞳部分が妖しく輝く。
そして胸部には魔法陣のような図形が広がり、あたりの大気を震わせる。
「うわっ!」
思わずそのカプセルから手を離すが、もうどうにもならないらしい。
その人型は全身から激しい青の輝きを放つ。
次第に眩しさで目を開けられなくなり顔を伏せる。
「ちょっと・・・まっ・・・」
やがて光に僕の全身と意識すらも飲み込まれいき・・・
* * *
「君・・・と君・・・」
ここは・・・
「さいと君!ねぇ彩斗くんてば!!!」
この声は。
僕を呼ぶ声に反応して意識が蘇る。
そして目を開け視界から情報が入って行き
「柊さん・・・?」
「彩斗くん!!よかった目を覚ましてくれた!」
ぎゅむっと強い力を全身に感じた。
目を覚ました先は
柊さんの腕の中だった。