逃走劇
さて。
僕たちがこの”鬼の巣”という世界から出るにはあの筋肉質の化け物”喰鬼”というのを倒さなければならないらしい。
あいつを倒すにあたり、手札の確認だ。
僕にできることといえば塩をばらまくことと男子高校生平均筋力のグーパンチだ。
しかし僕のグーパンチはあんな成人男性3人分の体格の鬼に効くはずがない。
のこる"塩"攻撃も今はその肝心の塩が手元にないし、やったところでバカにしてんのか?と思われるだろう。
煽る効果しかない。
もっとも塩のバラマキ攻撃で一人効果はあった人はいたが・・・
それは僕の隣にいるこの人
柊琴美さん。
今は収納しているが狐の耳としっぽを持つ狐の妖怪だ。
僕が無力な以上あの鬼の化け物を倒すにはこの人に頼るほかない。
聞けば力だけではあの鬼と同格の強さを持つらしい。
ただ厄介なのがあの鬼の持つ"再生力"。
彼女の力をもってしてもすぐに再生されジリ貧になってしまうようだ。
絶体絶命というところだろう。
この状況を打破するため知っておかなければいけないことがたくさんある。
戦力にはなれないんだから、せめて戦略は僕がなんとかひねり出そうと躍起になる。
「柊さんにはどんな攻撃っていうか、力があるの?」
僕は隣に座る彼女に聞く
「んー。二つあるんだけど、一つは狐火だね、炎を出して相手にぶつけるの。攻撃にになるのはこの技しかないかな。ごめんね」
いやいや十分強力だろう。炎ぶつけられたら普通死んじゃうって。
しかもこれはおそらく僕をあの鬼から助けてくれた技だろう。
思い出してみる。
ものすごい熱量とともに爆炎が鬼の周りに広がっていたな。しかも食らった鬼は苦しんで僕たちを追ってこなかった。
これは強力だ。
十分に期待できる。
「でも連発はできないんだ。一回使ったら1分くらい力ためないと最高火力は出せないかな」
なるほど。
じゃあその炎だけで追い打ちはできないってことか
「他には何が使えるの?」
「あとは幻術かな?短い時間だけど目を合わせた相手に幻を見せることができるの。でも一回やった相手にはしばらく通用しないから慎重にやんなきゃダメなんだけどね。」
「短いってどんくらい?」
「んー。相手にもよるけど、あの鬼相手だと5秒ってところだったかな」
意外と短いな。
だが結構協力だ。ここぞという場面の切り札になるだろう。
炎と幻術。
手札はこの二枚。
それは理解できた。
次に理解しなければならないことはあの鬼の攻略法だろう。
「あの鬼ってさ倒す方法ってないのかな?ずっと再生できちゃう感じ?」
「そんなことはないよ。どんな再生方法を持つ妖怪でも頭か心臓をつぶせばそれで死ぬはず」
結構えぐいな。
だがこれで理解できた。
きっと柊さんの炎は熱と爆風で表面を焼く攻撃だ。
だから鬼の心臓には届かないし頭をつぶすというのにも向いていないため柊さんはあの鬼に勝てなかったんだろう。
しかし攻撃手段が炎しかない以上これに頼るしかない。
必要なのは表面だけではなく内部まで攻撃できる爆発力、そして奴の再生力をも無視できるほどの継続的な熱量
それを満たす条件
「これしかないかなぁ」
僕の貧弱な頭ではとりあえずこの策しか思い浮かばなかったがやってみる価値はある。
「もしかして何か思いついたの?」
あっけにとられた顔で柊さんが僕をみてくる。
「うん。僕が思いついた作戦はとりあえずこんな感じかな?」
ほほをかきながら僕がとりあえず思いついた作戦を説明する。
「彩斗くんって、結構頭いい?」
驚いたように目を見開き僕に感嘆の言葉をかける。
「い、いや昔見た映画をもとに考えただけだよ。それに穴が多すぎるしうまくいくかは五分五分ってところなんだけど・・・どうかな?」
「いいと思う!これでいこ!今のあたしたちにできることはこれしかないし、絶対うまくいくよ!」
天使のような笑顔で手を握られた
「じゃ、じゃ、じゃあこれで行ってみよっか。」
女性耐性はないと言っただろう。
そんなことをされたら居どってしまうのが僕なのだ。
「うん!」
「よし、じゃあ柊さんは準備をお願いできる?あいつに見つからないようにやるの結構大変だとおもうけど一応僕も囮になって時間稼ぐから。」
「ちょ、ちょっと!それって彩斗くんあぶないじゃん!だめだよそんな!」
非力な僕でもきっとあいつの注目をひきつけ逃げることくらいはできるだろう
それにこの作戦の下準備をできるのは彼女しかいないのだから。
僕だって正直嫌だけどリスクを背負わない事にはこの作戦は成功しない。
それをすべて柊さんに伝える。
「で、でも・・・」
「僕を信じて、柊さん。それに約束したじゃないか。二人で脱出するって。僕こう見えても約束は守る人間なんだよ?」
ニコっとほほ笑む
「わ、わっかたよぅ・・・でも絶対死んじゃ嫌だからね!!絶対だよ!」
そう言い彼女は右手を僕の前にだし”ゆびきり”の形にさせた。
これをやるのはいつぶりだろうか。
小学生低学年くらいかな。
少し恥ずかしさを覚えつつもしっかりと彼女に答えるように右手で同じ形を作る。
「うん。約束だ!」
そうして僕らの戦いは始まった。
* * *
とりあえず僕が行く場所は5階だ。
あの化け物とあった場所であり、ソイツから逃げた場所。
まだいるとは限らないが一応行ってみる。
そもそもの話わざわざこっちから会いにいかずともあの化け物が僕たちを探している間に十分な時間は稼げるかもしれないと思ったのだが、柊さん曰く獲物がある一定範囲に近づいて来ると直感のようなもので見つけ出すことができるようだ。
音楽準備室でだべってたけどあれ危なかったんじゃ・・・
今さら思っても仕方がないことなのでこれは考えないことにする。
それはいいとして、もしあの鬼が今作戦の下準備をしている柊さんのもとに行かれたら僕たちの作戦はそこでお終いを迎えてしまう。
それを防ぐためにも僕が囮になって、決して柊さんのいるところ近づかせないように遮二無二逃げて時間を稼がなければならないのだ。
そんなことを考えている間に5階に到着する。
「案外でくわさなかったな」
音楽準備室からこの5階まで来るのに奴の姿は見なかった。
今奴はどこにいるのだろうか
柊さんの所に行ってないといいが・・・
それと落ち着いて探索を続けた結果、ここまで来るのに壁や床のあちこちに破壊痕をみつけたが柊さんとあの鬼の先頭の痕跡に違いない。
柊さんの攻撃方法が炎しかないとすると、散見されるでっかいクレーターのような破壊痕はあの鬼のものだろう。
僕なら食らったら一発で死ぬな・・・
そう考え背中に冷や汗をかいていたのは言うまでもない。
あたりを見回しても奴の姿は見えないが、一つだけ目に留まるものがあった。
僕のカバンだ。
「あぁ。カバンここに置いてきちゃってたんだなぁ。」
そういい僕はカバンを拾い上げ中身を確認する。
よかった、先輩から預かっているカメラは無事のようだ。
そしてカバンに続いて床に落ちている物体にまた目が留まる
博多の塩だ。
・・・
とりあえず手に取る。
「なんとなく悪ふざけで持ってきたものだけど、君のおかげで柊さんの笑顔が見れたしよくやったよ」
自由意志を持たない塩にねぎらいの言葉をかける。
僕の持ち物は無事だったようだ。
しかしカバンは逃げるのに邪魔になるのでこの場においていこう。
だが塩だけはおいて行く気になれずとりあえず上着のポケットにしまい込んだ。
「装備完了っと・・・」
思ってもいないことを口に出し自分を鼓舞させる。
しかし2階の音楽準備室からここに来るまで全くと言っていいほどあの鬼の気配すら感じさせなかった。
どこかに消えてしまったのだろうか。
しかしそれはそれで都合がいい。
こちらも何の策もなしにあいつから逃げ切れるなんて思ってもいない。
やつに会うまでところどころ簡単な罠を設置し策を弄するとしよう
ここでも奴の気配は見えない。
よくわからない自信だが当分出くわすことはない気がする。
「今まで出くわさなかったってことは柊さんの炎顔面に食らってどっかに逃げちゃったのかもなー」
心のどこかで緊張の糸が切れたのか僕は笑うようにそう独り言をつぶやいていた。
* * *
さて、
みなさんは自分の想定していない急な出来事が起こった時、動物がどういう状態になるかしっているであろうか?
たとえば猫。
猫が車道に飛び出たしたとして、そこに高速で迫りくる自動車を発見したとする。
すると猫はどうなるだろうか?
その猫は前に走って逃げることも後ろに下がることもしないでその場にとどまるのだ。
そう。今の僕のように。
出会ってしまったのだ。
喰鬼と
『ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!』
決して慢心していたわけではない。
廊下を進むときは角から奴がいないかを覗きこむように確認していたし、何度も後ろを振り返り確認していた。
そう。用心して廊下を進んでいたのだ。
しかしこいつはなかなか知恵があるようで、僕が廊下を進んでいた時斜め前方にある教室から壁を壊しながら突然出てきたのだ。
とどのつまり待ち伏せされたのである。
脳みそ筋肉野郎だと決めつけていた僕の失敗だ。
「う、うわああああああああああああ!!!!!!!くるなあああああ!!!」
奴の咆哮で我に返りとっさの判断で後退る。
その瞬間僕の眼前を奴の丸太サイズの腕が通り過ぎ床を破壊した。
くらっていたら一発であの世行き確定だ。
軽くあきらめモードに入ってしまったが今回は時間を稼げば勝てるかもしれないという一つの希望がある。
何とかして逃げ切らなければ。
そう決心し後ろを振り返り全力疾走を試みる。
しかしなんとこの鬼は天井を這いつくばり僕の眼前へ躍り出た。
(図体でかいくせに動きが軽やかすぎないか・・・!)
瞬間で理解できた。
こいつから逃げることは不可能だ。
柊さんが僕が囮と決まった後にも執拗に僕の心配をしていたことはこういうことがあったからなのだろう。
こんな動きをするなら先に言ってほしかった。
ただ一つ諦めと同時に一つの覚悟が決まった。
逃げることができないなら応戦しかないだろう。
そう思うと同時に上着のポケットからあるものを取り出した。
そう。
塩だ。
僕は瓶の蓋を開け中身を掌に多めに出す。
そしてそれを握り込み。
「このっ・・・!あっちいけよ!!!」
僕は眼前の鬼にむかって塩を投げつけた
狙ってやったことではない。
ただ、とっさの判断でやったことだ。
しかしそれが予想外にも功をなした。
たとえば目に異物が入ったとき痛がるだろう。
ではそれが塩だったら?
かーなり沁みるね。
『グギィ??ガ、ガギャガアアアアアアアアアアアアアア』
巨大な眼を両手で押さえ悲鳴を上げる喰鬼
これでしばらく視界はつぶした。
今のうちだといわんばかりに僕は全力疾走をこころみる。
あとどのくらいの時間を稼げばいいだろ。
そんなことを考えながらひたすら走る。
僕の逃走劇の始まりだ。