妖狐な彼女
「き、きつね?」
彼女の頭に生えている対の獣耳と腰あたりから生える金色のしっぽを見て思わずそうこぼしてしまった。
こんな騒然な場所できつねのコスプレなんかするバカはいないだろうから、おそらくその耳としっぽは彼女の自前のものなのだろう。
彼女は妖狐だ。そう僕の中で理解するのに時間はかからなかった。
今まで妖怪なんていないだろうと思っていた僕だが今は話が違う。
そもそも先ほどまで僕の眼前には僕を殺そうとしていた巨大な化け物がいたんだ。
妖怪は存在する。
すでに僕の中ではそう結論づいていたので彼女の存在をすぐに受け入れられた。
「あ、はい。きつねです。」
僕の口から出た場違いな質問に彼女はあっけにとられながらも鈴を鳴らしたような声音できちんと返してくれた。
きっと礼儀正しい子なのだろう。
僕の知っている狐の妖怪といえば人をだますプロフェッショナルといったところだが、彼女からはそんな雰囲気を感じない。
彼女いない歴=年齢で女性に耐性を持っていない僕はそんな彼女の雰囲気にすでに彼女に魅了されていた。
友達になりたいなぁなんて場違いなことを考えていると。
『ギギャアアアアアアアアアアアアアア』
筋肉質の化け物が再び咆哮した。
それと同時に二人は我に返り
「そんなことより走れる!?ひとまず逃げよ!!」
彼女から真っ白な手が差し伸べられ、僕はその手に魅入られながらも、差し伸べられた手に答えるように自分の手を伸ばした。
「あ、ありがとう。なんとか。」
僕はそう返すのが精いっぱいだった。
なんて情けのない男だ。かわいい女の子を前に全く格好がついていない。
それでも彼女は差し伸べた僕の手をしっかり握り返してくれ優しく微笑みこう言った。
「じゃ、行こ!」
全く持って場違いかもしれないが、荒れ狂う化け物を背に、僕が恋に落ちた瞬間であった。
* * *
妖狐な彼女に引っ張られるがままに僕たちが来たのは2階の角に存在する音楽準備室。
何故ここに連れられてきたのは分からないが、幸いにもここは防音壁完備であるため普段喋るときと同じ声量で話せば外に音が漏れる心配がなく、あの化け物に気づかれる心配はないはずだ。
それを見越して彼女は僕をここに連れてきたのであろうか。
それよりも彼女はこの広めの風街高校の校舎を迷うことなく駆けていたのだ。
狐の耳としっぽが生えているが本当に風街高校の生徒なのだろう。
座り込んだ僕は乱れた息を整えながらそんなことを考えていた。
と言いたいが全く息が整わない。いまだにゼヒューゼヒュー言っている。
仕方がないのだ。
僕はガチガチの文科系で運動能力は乏しい。
そしてとりわけ体力には全くの自信がない。
そもそもここまで走ってくる途中で足をもつれさせコケなかっただけでも僕としては上出来である。
「だ、だいじょうぶ?」
隣で見かねた狐な彼女は口に手を当てて僕を心配そうに見つめている。
なんて優しい子なんだろう。
「だ、大丈・・夫だけど・・・もうちょっと・・まって・・」
情けないにもほどがあると自分でも思う。
それにしてもこの彼女は全く息を乱していないな。ケロッとしている。
間違いなく僕よりも身体能力は上だろう。
そう思いながら彼女を見上げ観察する。
僕のまじまじとした視線に居心地を悪そうにしている。
おっと見すぎたな。
さて、そろそろこんな僕でも息が整ってきたぞ。
かわいい女の子を見れば体力だって回復しちゃうのだ。
さあそんなことより助けてもらったりしたお礼を言わなければ。
きっと先ほどあの化け物から僕を救ってくれたのは彼女なのだろうから。
「と、とりあえず助けてくれてありがとう。僕の名前は守屋彩斗。本当にありがとう」
「うん。無事でよかったよ。私は柊琴美って言います。よろしくね」
笑顔で名乗り返してくれる。
さっきまで死ぬ寸前だった僕だが今はかわいい女の子とこうして喋れてるだけでけっこうテンションが上がっている。
案外僕って大物なのかも。
だがそれよりも確認しておきたいことがいくつもあるのだ。
「えっと、柊さん?ってここの生徒なの?」
彼女の耳と制服を交互に見ながら思わずそう質問してしまった。
彼女は妖怪なのは間違いないのだろう。
でもその制服を着てるということが不思議でしょうがないのだ。
そして僕の質問の意図を理解したのか彼女は苦笑いしたあとに、詳しく説明してくれた。
「あぁ、やっぱり気になるよね? そう。ここの生徒だよ。1年5組なんだ。私は妖狐だけど日中はこうやって耳としっぽを隠して普通に登校してるよ。」
そう言うと同時に彼女の耳としっぽが彼女の体内に引っ込んだ。
どういう原理だかわからないが今の彼女はそれこそかわいい女子高生にしか見えない。
しかもどうだ!女子高生だろ!
と言わんばかりに両手を広げてアピールしてくる。
ほんとうに
「かわいいなぁ・・・」
と口からこぼれていた
それに気づきハッと口を押えたのも時すでに遅く目の前の柊さんは顔を真っ赤にしうつむきながら
「か・・・わいくないだよぉ・・・」
と消えてしまいそうな声音で、そして謎の方言みたいな喋りかたで僕の漏らした言葉を否定した。
「そ、そんなことより!彩斗くん?君ただの人間だよね?なんでこんなとこにいるの!?」
真っ赤な顔でばつが悪そうににらみつけられたが正直あんまり迫力がない。
だがここはちゃんと質問に答えるべきだろう。
「えっと・・ある人の頼みでさ、部活動の一環なんだけど夜の学校に侵入して写真撮って来いって言われて・・・ここにいます。」
あまりにもばからしい理由だがこれで伝わるだろうか?
「そうじゃなくて!どうやって力の持たない人間がこの”鬼の巣”に入ってきたの!?」
どうやら理解してもらえなかったようだ。
ちょっと怒ってるっぽい。
いやそんなことより聞きなれない言葉があったな。
”鬼の巣”?
悪いが僕はそんな聞いただけで物騒なところに入った記憶はない。
「その、鬼の巣?ってなんなの?」
「うぇえ!?知らないで入ったの?いや巻き込まれただけなのかな・・・」
そう口に手をあて考えるようにブツブツと独り言を言っている。
「あのぅ。恐縮なんですが説明していただけるとありがたいのですがぁ。」
どうやら僕は今風街高校にいるのではなく、変なところに迷い込んでしまったみたいだ。
地形はそのままのようだが、おそらくは僕のようなただの人間が入れる場所ではないのだろう。
僕と同じようにひたすら考えていた柊さんは結論が出たのか僕の目をまっすぐ見て。
「本当にただ巻き込まれただけなんだろうね。私のせいもあるかもだからちゃんと説明するね。それとちゃんと二人でここを出よう!」
そうして僕は彼女の説明をひたすら受けたのだ。
ここを出られるのならありがたい。
* * *
話を聞いた限りでは今僕がいる場所は”鬼の巣”というところらしい。
地形は風街高校そのままだがここは先ほどの筋肉質の化け物、喰鬼というらしいがそいつの住処らしい。
ここ風街高校を縄張りとし、そこに立ち入った者を”こちら側”の世界に引きずりこんで食い殺すという恐ろしい妖怪のようだ。
めちゃめちゃ危ないじゃんと思ったが、通常、ただの人間はこの世界には引きずりこめず、できるのは他の妖怪だけ。
例えば目の前の柊さんのような。
そしてこの世界から出るにはこの世界の主である喰鬼を殺すほかならず、この鬼の巣の範囲である学校から出ようとしても結界のような壁に邪魔されて出れないのだとか。
じゃあもともと僕一人じゃ出れなかったじゃんと思い背中に大量の汗が出たのは秘密である。
一通り説明を受けたところでとりあえず疑問に思ったことを口に出す。
「さっき聞いたところだと普通の人間はこの鬼の巣には入れないんだよね?僕めちゃめちゃ一般人なんですけど。」
「そこなんだよね。私もそこが疑問だったんだけど・・・」
語尾を濁して困ったような顔をする柊さん
どうしたの?と聞くと
意を決したように
「私もね、この鬼の巣に放課後くらいから引きずりこまれちゃったたんだ。それでずっとあの鬼と戦ってた。それでもあの鬼は私なんかよりも強くて、ううん。力は互角なんだけどあいつは再生力がすごくてずっと決着がつかないでいたのね。」
ぼくの理解の範疇を優に超えているがおそらくこういうことだろう。
この柊さんとあの鬼は力の分野においては互角だが鬼のほうが体力は多く、消耗戦になりだんだんと柊さんのほうがジリ貧になったというところではないだろうか。
「それでこのままじゃ負けそうだなとか、もういい加減に元の所に帰してほしいとか思い始めてね、心が折れてきちゃったんだ。正直私もあんな強い鬼が主の巣になんか初めて入ったし、ずっと一人で心細かったからつい心の中で思っちゃったの」
「ああ、だれか私を助けにきてくれないかなって。」
そう言って柊さんは僕をまっすぐに見つめさらに続けた。
「妖狐にはね、人を呼び込む力があるんだ。昔話とかで聞いたことない?狐の住処に迷い込んだ人間の話とか」
「あるね。自慢じゃないけどそういう話は結構知ってるんだ」
そう。どっかの誰かのせいで。
柊さんは僕の言葉を聞き微笑んで、そっか。と返した。
そしてつづけて
「私がそう願っちゃったから、多分ただの人間のあなたが迷い込んじゃったってところじゃないかな。
本当にあたしのせいだ。ごめんなさい彩斗くん・・・」
泣きそうな声音で彼女は僕に頭を下げた。
彼女はあの状況下で正直なことを思っただけで悪気は一切ないのは知っている。
それに僕を指定したわけでもないし、そもそも僕が一番近くのあんなとこにいたのが悪い。
彼女は悪くない。
だから僕は彼女を励まそうと
「いやいやいや!柊さんは悪くないよ!それに僕なんか読んでも何の力にもなんないから逆にこっちが謝りたいよ!本当にごめん!!」
「ううん。力にはなってくれたよ。ちょっとでも鬼の気をそらしてくれて体力回復できたし。それにね彩斗くんのおかげで精神的にもすっごい楽になったの!」
満面の笑みで僕に笑いかけてくれる。
これは反則だ。
心がドキドキしている。
お礼なんかいいよ!と言おうとしたが彼女は口を手で押さえうつむきになり方を揺らしている。
泣いてしまったのか!?と一瞬あせったがどうやらそうではなく逆に笑いを我慢しているようだった。
そして笑いを我慢しながら衝撃の事実を言ってくれる。
「だ、だってね。すっごい挙動不審にお塩を廊下に振りまいてる姿がね・・・なんかとっても面白くって・・・」
・・・あれ見られてたのか!!!!!!
「この人こんなところまできて何やってるんだろうって・・・ああもうおっかしい!!!」
笑いを我慢できなくなったのかおなかに手をあていっぱいに笑い声をあげている。
その姿はとてもかわいらしく大笑いしているのに下品さを全く感じさせない。
むしろ魅入られてしまった。
守りたい。この笑顔。
見られていたことはすっごい恥ずかしい。
女の子の前で格好がつかないじゃないか。
そう思ったがこの子が笑ってくれたんだ良しとしよう。
そして何より僕は今、確実に幸せを感じている。
「ああ、ごめんねもう、笑いすぎちゃって。きっと必死にやってたのに失礼だよね。」
涙目をこすりながら僕に謝罪を入れる彼女
「い、いや、笑って元気出してくれたならそりゃこっちとしてもやってよかったよ」
彼女の笑みとは対照的に僕の笑顔は完全にひきつっている。
「でも思ったの。あなたは私を元気にしてくれた。だから私は責任をもってあなたをもとの世界に返してあげなきゃって」
「だから帰ろ。元の世界に。一緒に力を合わせて。」
無力な僕でも彼女は僕を頼りにしてくれた。
頼りにされたならば男としてそれを無碍にするわけにはいくまい。
僕は彼女に手を差し伸べ
「うん。一緒に帰ろう。僕と君の二人で。よろしく柊さん」
「はい。よろしくお願いします。彩斗くん。」
握られた手は二人で脱出しようという誓いの証
絶対に二人でこの世界を出るんだ。
そしてこの世界から出たら僕は、柊さん。
君に・・・
やっと彩斗君以外のキャラがでてきて会話できるようになった。