彼女との出会い
風街高校屋上にて僕は考える。
果たしてこの下にいるのは何者なのか?
あのまるで怒り狂った獣のような咆哮は確実に人間ではないだろう。
とするとまさかの妖怪?
大きさはどのくらいだろうか。
人型なのか獣型なのか。
会話はできるのであろうか。
出会った瞬間殺しにかかって来る相手なのだろうか。
そんな疑問がひっきりなしに出て来る。
事を判断するにあたりあの咆哮だけでは情報が足りなすぎる。
だとすれば今ここでひたすら長考することは得策ではない。
それにヤツがこの屋上まで来ないとも限らなく、もしこの場所で出くわした場合ここには隠れる場所も逃げ場もない。
出会った瞬快絶体絶命だ。
となると、今僕にできる最善の策は一つ。
下の階へ行き隠れる場所を見つけ可能な限り咆哮の正体を探って情報を集める事。
そしてあわよくばそのまま1階まで行きこの学校から逃げてしまうことだろう。
やることは簡単に聞こえるが、はっきり言えばめちゃめちゃ怖い。
当然だ。
こんな非日常へ駆り出され、武器になりそうなものといえば博多の塩と男子高校生平均筋力のグーパンチしか持ち合わせていない。
しかし間違いなくそれらは通用しないだろう。
だが僕はまだ死にたくない。
やり残したことが山のようにある。
彼女だってできたことはないし、まだ高校生活をあの先輩とオカルトまがいの事にしか費やしてない。
そうだ。
そもそもは全部あの沙奈江先輩のせいなんだ。
あの人のわがままに付き合った結果がこの様だ。
カメラもって夜の校舎へ侵入して女子トイレで写真撮ってこいだなんで人の言うことじゃない。
罰が当たるとすれば僕ではなくあの人なんじゃないか?
考え出したら怒りが止まらなくなってきたぞ。
絶対にここから抜け出し、先輩にグーパンチを食らわせよう。
そう決心し、屋上と6階に通じる階段の踊り場をつなぐ扉をおそるおそる開ける。
そして一切の足音を立てないように慎重に階段を下り6階の廊下を除くように見渡す。
「とりあえずはなにもいないようだけど・・・」
この6階にはあの咆哮の正体は見あたらない。
あたりを見回せば教室に入る扉や、掃除用ロッカーなどがある。
隠れるとするならばあそこらへんしかない。
隠れ場も確保し一安心したところで僕は自分でもよくわからない行動をし始める。
おそらく恐怖した人間は自分の行動に制御が効かなくなるのであろう。
僕はおもむろにカバンから"塩を取り出し廊下にばらまき始めた"。
何をしているのかわからないと思う。
僕も自分で何をしているのかわからない
きっと心のどこかで魔よけの効果がありあの鬼が近づいて来なくなると信じているのだろう。
「結界完了・・・」
よくここまで頭の悪い考えに到達できたと逆にほめたくなるが今は仕方がない。
一通りの奇行をおえたところで満足し、先ほどと同じように5階に通じる階段を恐る恐るおり廊下をのぞき込む。
・・・
「!!・・・なにも・・・いないかぁー・・・」
一瞬、偉人をかたどった石造のおきものをみて心臓を跳ねらせてしまった。
「ったく。校長の趣味かなんか知らないけどこんな趣味悪いもん置いとくなよな・・・」
そう毒づいたあとにあたりを見回し
「さてと。5階も大丈夫そうかな。鍵のかかってない教室とかロッカーもあるし隠れるには大丈夫そうだな」
そう思い再び塩を廊下にばらまき始める。
先ほど心臓を跳ねさせた石造にも入念に恨みを込め塩をかけておく。
「ぼく、なにしてんだろ・・・」
正直な気持ちを口に出したところで事は起こった。
『グガギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』
屋上で来た時と同じ咆哮、いやそれ以上に大きい耳をつんざくような音が聞こえ、それに伴い地響きがおこされる。
間違いない・・・この下・・・
4階にソレがいる!!!
せっかく落ち着いてきた心臓の鼓動は先ほどの咆哮で再び激しく脈打つ。
思考回路はショート寸前、手足の震えも収まりがつかなくなってきた。
恐怖で足がすくみ、僕はその場でへたり込んでしまった。
先ほどの咆哮を耳にし、思考は停止しかけていたが激しい地響きがだんだんと大きくなっているのを感じ取った。
「これって・・・」
おそらく足音であろうと結論づくのに時間はかからなかった。そしてあの咆哮の正体が・・・
「こっちに近づいてきてないか!?」
へたり込み、震えの止まらない足を何回も殴打し無理やりいうことを聞かせ、這いつくばるように一番近くの教室へと体を運ぶ。
普段なら造作もなく開けられる教室の扉だが、怯えて言うことの利かない体には扉を開けるという単純な作業が全くうまくいかない。
「くっそ!!!開けよ!!!この!!!」
そうこうしている間にも後ろから聞こえてくる地響きはどんどんと大きくなる。
もうこの5階に到達しているのだろうか。
地響きと心臓の鼓動がひどくやかましい。
汗は吹き出し呼吸も乱れている。
実際にこれが極限まで恐怖した人間の症状なのだと感じた。
もはや心臓の脈うちと緊張、頭に血が上っている事により地響きも周りの音も一切きこえない。
しかしそれでもあきらめずに何度も何度も扉を開けようとする作業を無我夢中で繰り返す。
そしてついに―
「よっし!!開いた・・・!」
訪れる安堵と緊張からの開放感。
心臓の鼓動も呼吸も落ち着きを取り戻し始める。
体の調子が戻っていくのが心地いい。
急いで教室に身を隠さなければ。
―そうしなければならないのに、一つの違和を感じ取り行動に移せずにいた。
その違和感とは・・・静かすぎるのだ。
先ほどまでは心臓を跳ねさせるやかましい地響きの音が鳴り続けていたのに、今聞こえるのは早めに脈打つ心臓の鼓動だけ。
―汗がつらりとほほをつたい、あごの先端からしたたり落ちる。
ああ、そうか。
意を決したわけでも覚悟したわけでもない。
体が勝手に後ろを向こうとする。
それを自ら止めることもできず、ただただ自分の体が振り返るのを待った。
後ろを振り返るという簡単な作業だが、それが今の僕には10分にも20分にも感じる。
体の動きとともに視点が反転していく。
そして目に入る・・・咆哮の正体
それはいた
少なく見積もっても成人男性の3倍はあるであろう体格。
体中赤々とした筋肉の繊維がむき出しで気味悪く全身が脈打っている。
口からは大粒の牙がいびつに不均等に生えており、その間からは粘液が滴り落ちている。
そして何より不気味なのが顔面の中心部に存在する瞳孔が開きっぱなしの一つ目。僕の存在をしっかりととらえているのがこちらからも伝わる。
今も前傾姿勢で僕をのぞき込むように見ている。
そう。人型の化け物がそこに存在した。
そしてこの静寂を破ろうとその化け物は大口を開け
『ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』
咆哮した。
もはやその存在と今の咆哮により恐怖ですくみ上った僕の体は一切の言うことを聞かない。
「あ・・・あ・・・っ」
命乞いすら声にすることを許されない
僕は迫りくる死を実感する。
屋上でおとなしくしているのが正解だったかもしれない。
6階の教室のどこかで夜が明けるのを待つのが安全パイだったかもしれない。
そんな後悔がどんどんあふれ出る。
走馬燈というものだろうか?
もはや目の前の化け物から逃げる気力すらもわかない。
ただただ刻々と目の前の化け物が次にどんな行動をするかをひたすら観察することしかできない。
そしてその化け物は丸太のような極太の手を振りかざした。
きっと僕を殴殺するだろう
化け物の一つ目が怒り狂っている気がする。
きっと僕が縄張りに入ったのが許せなかったのだろうか。
『ウヴァヴァアアアアアアアアアアア!!!!!』
再びの咆哮とともに振りかざした腕に力が入るのをよみとれた。
そしてその腕が振り下ろされるまでの運動を何秒にも何分にも感じ、ただひたすら眺める。
さようなら。僕の人生
最後にそう思い目を閉じたその一瞬
「アッ!」
激しい爆音と熱風が目の前に広がる。
何が起こったのかを知るため急いで目を見開き状況を確認した。
今まで僕のすぐ目の前に立っていた化け物は一歩遠ざかり、その顔面の周りには爆炎が広がっていた。
『アガァアア!!!』
化け物は苦しむように顔面を手で覆い咆哮をあげる。
その状況に理解が追い付かず
「な、なに!?なんだよこれ!?」
と声を上げるのを抑えられなかった。
何が起こった?
僕は助かったのか?
とりあえず今化け物が苦しんでいるうちに逃げようと何とか足を奮い立たせる。
しかし足はまだあまり言うことを聞かず立ち上がったと同時に壁に寄りかかってしまう。
だがせっかく訪れたこのチャンスを逃がすわけにはいかない。
なんとか倒れこむのを抑え歩き始めようとした時。
「キミ!大丈夫!?」
広がる爆炎の中から一つの人影が僕の目の前に躍り出た。
僕以外にも人が?
いや、人なのか?
かけられたその声をたどるように顔を上げると
きらびやかに広がるまぶしい金色の長髪
吸い込まれるような朱色の瞳
風街高校の生徒なのだろうか、高校指定の女子制服を着ており、服からは真っ白い雪のような肌をのぞかせている。
そんな目を奪われるような美少女がそこには立っていた。
全身からは妖艶な雰囲気が漂っており、そこからただの人間じゃないと感じ取れるがそれよりも。
頭に上向きに生える対の獣の耳、腰あたりには一度は見たことがある特徴的な動物のしっぽが生えていた。そう。それは。
「き、きつね?」
それが僕と彼女の出会い。そしてこの物語の始まりだった。