無力
「疲れたな・・・」
芝生の上に寝転がり、決壊していく不気味な空を見上げながら疲労の言葉が口から洩れる。
喰鬼を倒したことで、主人を失ったこの世界の崩壊が始まっているようだ。
僕のすぐ側には喰鬼の首なし死骸が転がっているはずだが、もはや僕には立ち上がって確認する気力すらわかない。
達成感と疲労感が全身にわたり、暫くこのままでいるべきだと本能が告げる。
本来ならば早急に柊さんたちと合流し、喰鬼の腹の口から生まれ出たもう一体の謎の妖怪を始末すべきなのだが・・・と思ったところで
「もう一体・・・そういえばもう一体なんかいたよな!!」
と認識し上半身のみを起き上がらせる。
がその瞬間
「おわっ!!!」
突如として電光石火のごとく謎の巨大な黒い物体が僕のいるところまで流れ落ちて来て、その衝撃で後ろへ吹っ飛ぶ。
「何なんだよまた・・・!」
体に鞭を打ち立ち上がり、今しがた衝撃が起こった場所へと視線を向ける。
砂埃が巻き上がり見えるのは巨大な黒い物体だけだったが、暫くして砂埃が落ち着いてそのシルエットが明らかになる。
「こいつ・・・さっきの...!!」
物体の正体は喰鬼の腹の口から生まれ出たもう一体の謎の妖怪だった。
その姿は喰い鬼と酷似しているが、喰鬼とは違いより人に近いというべきか。
顔には巨大な一つ目ではなく、人のように二つ目がついており、全長は喰鬼より二回りほど小さい。
一般成人1.5倍と言ったところか。
その姿を注意深く観察すると共に、再び全身に戦意と緊張を走らせる。
それは異端者になるためだ。
異端者になるための方法のコツはもうすでにつかんである。
極限の疲労状態の僕だが、それをこらえ来るなら来いと言わんばかりに敵をにらみつけるが
「彩斗くん!」
と突如向こう側から聞きなれた声が耳に届きその方角を見る。
柊さんだ。その姿はすでに妖狐モードであり、人間ではありえない俊敏性で僕のところまで駆け寄る。
その姿を見れて、嬉しさと安堵と心強さが同時にあふれ出ててしまい、我を忘れて柊さんに抱きつきそうになるがそれよりも早く
「よかった・・・生きててくれて・・・無事でいてくれて・・・!」
「えぇ!ちょ!柊さん!」
「よかったよぅ・・・もう本当に心配だったんだから!!」
逆に柊さんが僕の体を全力で抱きしめてきた。
軽やかに揺れる一本の狐型のしっぽが僕の顔面を撫でまわすように動きくすぐったい。
「柊ちゃん待って・・・早すぎ・・・」
そしてそのすぐ後に続き沙奈江先輩が息を切らしながら現れたが、僕らの今の姿を見て。
「・・・って、こりゃあたし空気読めてないお邪魔無視?」
「そうですね。今ご褒美もらってるところなんで、もう少し後に来てもらっていいですか?」
「その減らず口・・とりあえず無事なようね。」
このやり取りもいつも通りだ。
鬼の巣に来るちょっと前までやってたのだが、ものすごく懐かしく感じる。
『VAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』
和やかな空気も一瞬。
つかの間の安堵も先ほど現れたもう一体の喰鬼の咆哮によって引き裂かれる。
まるで怒りに満ち溢れているような咆哮が視線を奪う。
しかし恐怖を抱くのはそこではなかった。
もう一体の喰鬼は先ほど僕が倒した喰鬼の死骸へと近づき、歯並びの悪い巨大な口をバックリと開き・・・
「うそ・・・」
「喰い鬼を・・喰ってる!!」
その残虐な光景に僕と柊さん二人は息を飲むことしかできなかった。
しかしそんな僕たち二人とは違い沙奈江先輩はこりゃまずい!と深刻そうな声をつぶやいたと思ったら
「柊ちゃん!今すぐあいつを止めて!!」
「は、はい!!」
切羽詰ったような声をあげ、
その返事と同時に柊さんは腕を振りかざし、掌に炎が浮かび上がる。
狐火。もはや見慣れた攻撃方法。
しかし急きょ作り出した炎のためかいつもより一回り小さい気がする。
それにかまわずその炎の塊を今現在食事中の妖怪に向かって放つ。
小さな見た目とは裏腹に炎がぶつかると同時にかなりの爆炎と煙が広がる。
煙が晴れいきその姿があらわになると、体の何割かが溶け出し、大やけどをしたであろう妖怪の姿がはっきりとあらわになるが。
「うそ・・・」
「まじかよ・・・」
「うげ!あいつあんな状態でも食事を続けんの!?」
あろうことかその妖怪は、体が熱で溶けているにもかかわらず喰鬼の死骸を喰い続けているのだ。
「柊ちゃん!もっともっと!」
「はい!」
先輩が柊さんに更に攻撃を続けろと急かし、それにこたえる柊さん。
今度は両手を振りかざし、片方ずつに、計二つの狐火をだし、それを放つ。
しかし結果は同じだった。
なおも広がる炎の中で鬼が鬼を食っている。
まさに地獄絵図が広がっており恐怖を抱かされる。
「こんの!」
まるで柊さんの炎を胃に未開していないのかのような図に怒りを抱いたのか、柊さんは先ほどまでよりも幾分巨大な炎を作り上げそれを投げつける。
この人案外ムキになりやすいのかな・・・
放たれた巨大な炎は一瞬にして妖怪の姿をのみこみ、強大な爆破を起こす。
「うっひゃあ。柊ちゃん恐ろしいわ・・・なぁ彩斗?」
「え?い、いやそんなことは・・・」
「でもこれでなんとか・・・」
正直今の攻撃は喰鬼の暴食砲よりも肝を冷やされたところがあるが、沙奈江先輩の言葉のすぐ後に柊さんの狐耳がぴくっと動いたのを僕は見逃さなかった。
なのでとりあえず濁しておく。
しかしこれだけの火力ならもうあの妖怪もすでに燃えカスだろう。などと安堵していたら
「・・・!二人ともごめん!」
急にに柊さんが僕と沙奈江先輩の制服の首根っこ当たりの部分をつかみ、後ろへ跳躍する。
まるでイタズラした子猫に引きを抱えている図だが、実際はそんなにほのぼのしていない。
瞬間、僕たちがいた場所に激しい爆音とともに強烈な圧縮された空気のようなものが高速で射出された。
この現象を僕は知っている。
「これって!」
「暴食砲やん!」
沙奈江先輩も気付いたのか、今の攻撃は紛れもなく喰鬼の攻撃である暴食砲だ。
「なんでだよ!あいつは僕が・・・」
柊さんに地面に下された後、その真意を確かめるために先ほどの攻撃源をみる。
舞い上がる煙がだんだんと薄れていきその正体があらわになってきた。
出てきたのは先ほどの妖怪・・・
ではなくその全長は喰い鬼ほどに大きくなってきておりその腹にはいびつな形の口がバックりとあいている。
一見したら喰鬼そのものなのだが
「あいつ、主人の死体を食って力をものにしたわね。もはやあいつが喰鬼だわ。」
鬼が鬼を喰らい、消化吸収によって力を得る。
それによっていったい奴はどれほどの力を得たのだろうか。
考えることも恐怖する。
「見なさい柊ちゃん、彩斗。空のヒビが」
「直ってきてる・・・」
沙奈江先輩の言われたとおりにその先を見ると確かに空にはいった亀裂が徐々に姿を消してきている。
「さしずめ喰鬼を食ったことで、あいつがこの世界の新しい主人になったってところね。そしてここから出るには新しい主人、つまりはあいつを倒さないとダメってわけだね。」
「倒さなきゃダメって・・・あれはもともとこの学校の生徒だったかもしれないんですよ!それなのに・・・」
「気持ちはわかるは柊ちゃん。でもそうしないとあたし達が助からないし、何よりあいつを放置したら今度はあいつが他の生徒を襲うはずよ。そんなのを放置するわけにはいかないの」
「くっ・・・はい・・・」
先輩の言い分は理解しているがそれを認めたくはないという柊さんの表情が読み取れる。
『VAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』
しかしそんな苦悶の表情はさらに深刻さを増すことになる。
腹にバックリと開いた巨大な口。
その歪な形の口は跳躍からの自由落下運動をしている柊さんに抱えられている僕らをめがけ暴食砲を放つ。
「ぎゃっ!」
「うわっ!」
柊さんの咄嗟の判断により、地面に放り投げられる僕と先輩。
メシリ
と鈍い音を立てながら地面へと叩きつけられたが、そのおかげでどうやら暴食砲は回避できたようだ。
柊さんは僕のすぐそばに着地すると同時に
「ごめん彩斗くん!」
「いてて・・・いいよ僕は大丈夫・・・」
砂埃を払いながら全身に走る鈍い痛みをこらえ立ち上がり、視界を取り戻す。
が。
「げ。嘘でしょ」
少し遠くへ放り投げられた先輩の目の前に、新たにこの世界の主となった喰鬼が先輩を見下ろすようにやっており。
まるで食事にありつけて喜びを感じたのかのような不気味な笑みを浮かべ、腹の口をバックリと開ける。
・・・
まずい!!!
そう思った時にはすぐに足を動かし走り出して
ており、先輩と喰鬼の間へ割り込むようにとその手を伸ばす。
「待て!!!!やめろ!!!!」
必死に声を荒げ自分の持てる力全てをかける足に込め、僕と先輩の間、数十メートルの距離を死に物狂いで走りながら手を伸ばす。
間に合え!
間に合ってくれ!!!
手を伸ばしながら沙奈江先輩の元へ1秒でも早くや辿り着けるようにかける。
今も新しい喰鬼と化したあの妖怪は腹の口をバックリと開け暴食砲を沙奈江先輩に向かって放つ体勢をとっている。
そして暴食砲を放ち、先輩を食すだろう。
そうなれば先輩は死ぬ。
そんなことはさせない。
願うことはただ一つ。
間に合ってくれ。
ただそれだけを誰にでもなく乞う
たのむ・・・
たのむ・・・!
「たのむ・・・間に合ってくれ!・・・レイアルファ!!!」
意図せず叫んだのは異端者の名。
サファイア色の鎧を見に纏った機械仕掛けの魔人。
なぜその名を叫んだのかは自分でもわからないが、叫んだ瞬間、脳裏にその姿が過ぎり、
同時に体が光に包まれ、視界を遮られ目を伏せる。
この瞼を次に開いた時、そうであってくれと念じながら、徐々に意識が遠くなる。
* * *
この瞼を開けあれば結末がわかる。
僕は今、おそらく異端者になっているであろう。
体の感覚からそうわかる。
では先輩は?
僕は彼女を守れたのか?
それを確認するために恐る恐る目を開く。
(・・・なんで・・・)
そう呟くと同時に自分の心が壊れて行くのを感じる。
そしてそれは両目から溢れでる涙となって体に現れた。
視界に映るは伸ばされた鋼の腕。
そして伸ばされた腕の最先端、鋼の手のひらの前には暴食砲が通過したであろう破壊の後のみ。
(・・・あぁ・・・ああああああ・・・)
(ああああああああああ!!!!!!なんでだよ!!!!!!)
この体に声帯はなくその叫びは誰にもと届かない。
助けられなかった己の無力への怒りはすぐに先輩の死への悲しみに変わる。
(僕は・・・先輩を・・・)
そこに沙奈江先輩の姿はなかった。




