異端者の力
『ガガガアアアアアアア!!!!』
(うおおおおおおおおおお!!!!)
交差する巨大な肉の拳と鋼の拳。
そしてその衝撃により二つの巨体がよろめき互いに距離をとる。
そう、僕は今再びなることができたのだ。
機械仕掛けの魔人、異端者に。
以前となんら変わらない感覚のため今回はぎこちなさを感じさせることなくこの機械仕掛けの巨体を動かすことができる。
それとも僕が異端者だと自覚したからなのか。
体が軽い。
そして鋼の拳の追撃を
2度
3度
4度と繰り返す。
『ヴァガ・・・』
鋼の拳の連打にその肉の巨体をよろめかせ、その一つ目には驚愕の表情があらわになっている。
前回と変わりない。
力の優位性はこちらにあるようだ。
単なるパワーはこちらの方が上、それに加えこの機械仕掛けの巨体にいくら衝撃が走ろうとダメージが加わろうと僕自身が痛みをそこまで感じないのだ。
つまり相打ち、相殺しようと必ずこちらが勝つということになる。
僕は全く喧嘩をしたことがなく、戦いの基本も分からない素人なのだが、これだけの条件が揃えば負ける気がしない。
その自信を5度目の拳の追撃に載せ放とうとしたところで、喰鬼の腹の口がバックリと開かれるのを見逃さなかった。
(やば・・・!)
瞬間で追撃を強制的に中断し、両腕を交差しガードの体制をとる。
そして前方に意識を集中。
その刹那、交差された機械仕掛けの腕の前に淡く蒼く光る光の壁が出現する。
『ヴァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』
そしてその一瞬後、作り出された光の壁と喰鬼の暴食砲が正面衝突し、辺り一帯の地面の表面をえぐりとる程の激しい衝撃を生む。
(ふぅ!危なかった・・・)
そしてその光景を憎々しげに見つめる喰鬼。
(さてさて、ここまでは順調だけどまた逃げられたらたまったもんじゃないしな・・・)
(ここは怯まず行くしかないでしょ!)
そして思いついたのは超至近距離による戦闘。
時間を与えてしまえば奴に逃げられてしまうだろうし、こちらには遠距離攻撃の類はない。
できることはただ一つ。
この鋼の拳を持って敵の命を絶つことのみ。
そう意識し利き腕である右の拳に力を入れる。
その刹那
(え・・・なにこれ・・・!・・・あっつ!)
僕が唯一できた技、光の壁の生成。
あれと全く同じ種の淡く光る青い光が先ほど力を入れた右拳に纏わりつき始めた。
そしてその拳にはさらなる力を感じる。
その拳は激しく熱く、その熱さ故に拳が震えるのを止められない。
そんな熱をいち早く外に逃がしたい思いで光の纏った拳を喰鬼に対し振り下ろす。
(なんでもいい!くらえ!このっ!)
しかし攻撃のモーションが大き過ぎたためか、喰鬼は状態をそらしてかわし、その光を拳は空を切る。
外してしまった。
そう理解するのに時間はかからなく、次の攻撃のための算段を考えようとしたがそれに至ることはなかった。
先ほど空を切った拳はその勢いを止めることができず、そのまま地面に激突し、目を伏せる程の破壊衝撃を生み、嵐のような砂埃を撒き散らす。
そして暫くし、砂埃がその姿を消し視界が晴れてきたところで、その光景に目と思考の全てを奪われる。
(うそだろ・・・!!)
地面に馬鹿でかいクレーターができていたのだ。
その面積は放った拳の何十倍も大きく、
先ほどまで目の前にいた喰鬼はその衝撃により吹き飛ばされたのであろうか、
校舎の壁に背中からめり込んでいたのだ。
ここから校舎までの距離は短くない。
その距離をふっ飛ばさせる程の衝撃とこのクレーターのデカさから、光を纏った拳が想像を絶する程の威力だったと理解し、身体中から嫌な汗が吹き出すのを感じた。
(これを僕がやったってのか!?)
このクレーターの原因である鋼の拳を見つめる。
異端者。
いったいこの体にはどれほどの力があるのかと戸惑わずにはいられない。
『ヴァガアアアアアア!!!!』
しかし突然の喰鬼の咆哮。
それによって我に返り喰鬼のいる方角を見る
空に向かって腹の口を大きく開き、より一層の叫び声をあげている。
この光景は前回みた。
奴は今再び僕の隙を突き逃走しようとしているのだ。
そう理解した瞬間に先ほどまでの自分が放った破壊衝撃への戸惑いは消え、喰鬼を倒すことだけに思考を向ける
(悪いけど・・・このまま逃がすわけには・・・)
光をまとった拳で地面を破壊し、できたクレーター。
その周りに無残に飛び散る岩の中で、ひときわ大きいサイズの岩を無意識に掴みとる。
そしてその岩を持った機械仕掛けの手に先ほどと同じように力を込めるイメージを持つ。
まるでそれに従うかのように手の周りにサファイア色の光が輝き始め、とめどなく溢れる力を感じる。
それをそのまま。
(いかないんでね!)
サファイア色の光によって強化された手でつかんでいた岩を喰鬼に向かって低い姿勢で投げつける。
腕から離れた岩はブレることのない一直線を描き高速で喰鬼に吸い込まれるように向かっていく。
この速度。当たればかなりのダメージは見込めるはずだ。
その期待を込めて追撃のために体制を整える。
『ガアアアアアアアアアア!!!!』
そして期待通り放たれた高速の岩は喰鬼の右肩当たりの部分に激突し、苦痛の叫びをあげ膝から崩れ落ち、その体重ゆえか落ちた膝から砂煙が上がる。
その一瞬の隙を見逃さない。
『ヴァガ・・!!!』
砂煙が落ち着くよりも早く、砂煙をかき分けるように異端者の鋼の巨体が現れ出て喰鬼に急接近し、それに驚いたのか喰鬼はそのひとつ目を大きく見開き短い悲鳴のようなものを上げる。
先ほどの体勢を整えたのはこのためだ。
当初の予定通り超近距離での戦闘のための高速の接近。
それを叶えるため喰鬼を怯ませ、暴食砲を撃たせないようにする必要があった。
もはや僕の距離が完成した。
ここからはもう相手に一切の行動を許さない。
驚きの表情を上げる喰鬼にかまわず、その頭部を鋼の手によって握りつけ、そのまま校舎の壁に無理やりめりこませる。
(いっくぞおおお!)
めり込ませた頭を離さず、さらに壁に押し付けるように力を入れ、そのまま駆けるようにして引きずる。
まるで雑巾がけのように喰鬼の頭部を壁にこすり付ける。
俗にいう”紅葉おろし”だ。
頭か心臓を潰せばいい。
柊さんが最初に僕に教えてくれた喰鬼の倒し方だ。
今回は頭をつぶさせてもらう。
この方法ならば柊さんと沙奈江先輩たちがいる校舎ごと吹っ飛ばすなんてことはないし、喰鬼の反撃も許さない。
めり込ませた喰鬼の頭部と校舎の壁が擦れるたびに血しぶきと肉の削れる不快な音か飛び散る。
それでも決してこの手を離さない。
『ヴァ・・!ヴァア!ヴァ・・・・!!』
もう何センチ進んだだろう。
進むたびにそれに比例して喰鬼の頭部が削り取られ、その部分が飛び散っていく。
鮮血が飛ぶ。
肉の切れ端が飛ぶ。
骨が飛び、脳の一部さえも飛び散る。
そしてついには片目さえも・・・
(このまま!)
おそらく喰鬼の頭部の半分はすでに残っていないだろう。
それでも気を緩めない。
こいつの頭部の一片たりとも残す気はない。
(終わりだ!)
やがて校舎の端が見えてきた。
駆ける脚と頭部をつかんでいる手により一層の力をいれラストスパートをかける。
(おわっ!・・・あれ?)
しかし校舎の端行き着く前に腕が軽くなったのを感じる。
そして手に握っていた頭部の感触がなくなったのに気づく。
駆ける脚を止め、後ろを振り返るとそこには
頭部がかけらもなくなった喰鬼の胴体が転がっていた。
どうやら端に行きつくまでに頭部のすべてを”削り取った”らしい
転がり落ちた胴体は不気味に痙攣している。
しかしその肉体には生を全く感じない。
(勝った・・・のかな?)
それから数十秒間気を緩めずにその胴部をじっと見つめていたが、ついにその体は沈静化し、一切の動きもなくなった。
それと同時にこの世界の景色、不気味な雲と血色の三日月が存在するこの空に亀裂が入る。
この光景は前回鬼の巣から脱出できたものと全く同じだ。
この前と違うのは目の前には動かなくなった喰鬼の胴体があること。
つまり今回は喰鬼に逃げられたから脱出できたのではなく、この世界の主である喰鬼を倒したからこの世界に亀裂が入ったという考えに至るのに時間はかからなかった。
とすると今僕の目の前にある喰鬼の胴体は死骸という事になる。
つまり僕は
(勝った・・・!勝った勝った!勝ったよ!!やったあ!あはは・・・)
そう発すると同時に体中から力が抜け落ちるのを感じ、同時に視点が急に低くなったことによりバランスを崩して芝生にしりもちをついた。。
「お、おろ?」
そう。機械化された巨体はその姿を消し、僕は今、普通の人の体として芝生の上に座り込んでいた。
敵を倒した安堵からか、張り巡らしていた緊張と戦意がなくなったからなのか僕は異端者の体ではなくなっていた。
「あはは・・・力が入んないや。」
先ほどの全力の戦いのためか、全身に力が入らず芝生に寝転がる。
こんな状態だというのに気分がいい。
顔に笑みが浮かぶのを抑えきれなかった。
「でも、ま・・・」
そして寝っころがった体勢のまま、決壊していく空に手を伸ばし
「また約束を守れたよ。柊さん。」
約束を果たしたことをここにいないものに伝える。