異端者の自覚
無我夢中で日常風景で見慣れた校舎の中をを走り抜けていく。
しかし僕のすぐ後ろから破壊行動をしながら僕を追いかけているのは非日常の塊。
この足を止めたら僕はその非日常の塊に死をもたらされるであろう。
そして僕はこの足を酷使すればいいんだ?
喰い鬼からの逃走を開始してからもう5分は立つだろうか。
その間ずっと全力疾走。もうすでに僕の足には疲労が大量に蓄積されている。
目の前右前方に階段が見えてきた。
とりあえず今はあいつから身を隠して休憩をしたい。
このまま直線距離を走っていればジリ貧確実だ。
駆ける脚に更に力を入れ右に曲がり階段を下ろうとする。
しかしその次の瞬間
『ヴァアアアアアアア!!!!』
「おわっ!」
僕が曲がった一瞬後に暴食砲が破壊衝動をまき散らしながらすぐ後ろをかすめていく。
当たりはしなかったもののその衝撃に足をすくわれ階段を転げ落ちた。
「イテテテ・・・ったくでたらめな奴め・・・」
恨みがましく毒を吐くが痛みを感じている場合ではない。
すぐに立ち上がり再び逃走を開始しなければ死が僕を襲うことになる。
打撲はしたが幸いにも足はくじいてないようだ。まだ走れる。
そう体を鼓舞させ、すぐさま立ち上がる。
・・・
しかしすでに目の前には死がせまる光景が広がってた。
喰鬼が僕のいる階段踊り場まで飛びかかっていたのだ。
「うそだろ!」
やばいとおもい体を横に倒れこませるが、時はすでに遅い。
再び直撃は免れたものの喰鬼ほどの巨体が激突してきた衝撃で、予想外なことに壁は崩れ落ちる。
そしてこの僕もまたその衝撃に吹き飛ばされ崩れた壁から外に放り出されることになる。
(まじか・・・ここ何階だっけ・・・)
自由落下運動の中で無意識にその考えが頭をよぎる。
(柊さんたちは大丈夫かな・・・)
もう半ば自分のことはどうでもよくなったのか次の瞬間には柊さんたちの心配をし始める。
もっとも彼女は僕とは違い戦う力を持っている。
まいったな。彼女に僕は大丈夫と言ったばかりだったがどうやらそうではなかったらしい。
おとなしくかっこつけずに柊さんの助けを求めればよかったな。
そうだな・・・
もし僕がまだ生きていたなら。
次からは無茶を控えて沙奈江先輩のように無様に逃げ切ろうかな。
なんて思いながら目を閉じ自由落下運動の景色を無理やりシャットダウンした。
* * *
「ふぅ!何とか逃げ切れたわね!」
「はい。あいつは喰鬼と違ってそこまで動きが早くなかったですからね。」
私たちは別れた彩斗君と約束した場所、考古学研究会の部室に逃げ込んでいる。
「先輩?あれってなんだったかわかります?」
あれ。
先ほど喰鬼の腹の口から生まれ出てきた存在。
見た目は喰鬼と似ているが、まるで違うのがその咆哮。
喰鬼の咆哮は怒りに満ち溢れているようなものを感じさせるが、新たに生まれ出たそれからは悲痛なもの、苦しさ、辛さが感じ取れる。
はっきり言ってものすごい気持ち悪さを感じ取れる。
「あー、あれね。」
この人と会ってから飄々とした印象を受けていたが、今回はその印象を全く感じさせず、どこか深刻そうな表情を浮かべている。
「その前に確認するけど、柊ちゃん。」
「はい?なんでしょう。」
「あんたと彩斗が最初に喰鬼と戦った時、喰鬼はあれを生み出してこなかったのよね?」
「そうですね。あれはさっき初めて見ました。」
「ふぅん。なるほどね・・・」
指の背を唇に当て深刻そうに考える沙奈江先輩
そしてしばらくして大きくため息をつき真剣なまなざしで私の目を直視して口を開く。
「ならば私たちは一刻も早くあの喰鬼を倒さなければならないわ。」
「?どういうことですか?」
「あの喰鬼から生まれ出てきた存在はね・・・」
苦虫をかみつぶしたような表情をしながら続けて口を開く。
「喰鬼が食らった人間を、その眷属として生み出した存在なのよ。」
この人は今なんと言った?
喰らった人間?眷属?
人を食べて自分の仲間として改造し生み出したという事なのか?
「あんたらが戦った時にはあれを出してこなかったんでしょう?ってことは食らった人間っていうのはあんたらと戦ったすぐ後に取り込んだってことになるわ。」
あの沙奈江先輩がここまで深刻そうな表情をしている理由はすぐに語られる。
そして私の嫌な予感も当たることになる。
「そしてあの喰鬼はこの風街高校を縄張りとしている。つまり食らった人間っていうのは・・・」
「・・・!風街高校の生徒か先生ってこと!」
「そうね。そうなるわ。」
喰鬼を放置すればこの風街高校の生徒に危険が及ぶ可能性がある。
それは間違いだった。
すでに危険にが及んでいたのだ。
私がとどめをさせなかったばかりにほかの生徒が・・・
「悔やむのは後よ柊ちゃん。何人喰ったかはわかんないけど、幸いにもあんたらと戦った後ってことは土日ってことになるわね。学校は休日、あまり数多くないと思うわ。喰らったのがあの一人だけだといいんだけどね・・・」
「なら早くあいつを倒さないと!」
「そうね。こんなところにいるより早く彩斗と合流しましょ。あの喰鬼私の思っていた以上に厄介な存在だわ。彩斗もああならないうちに」
彩斗くん・・・
絶対に彼をそんな目に合わせない。
私の友達。そんな人をあんな目に合わせるわけにはいかない。
私の心に焦りが乗じるのを感じた。
「無事でいて・・・彩斗くん・・・」
* * *
「あてててて・・・」
さて、僕は何とか生きているわけだが、体が痛くて動かない。
とりあえず状況確認をしようと頭だけを振り周囲を確認する。
現在僕は芝生の上にあおむけで寝っころがっているようだ。
なるほど。どうやら芝生がクッションとなり僕を地面にたたきつけられた時の衝撃から守ってくれたようだ。
そしてそのまま僕の体を恐る恐る確認する。
・・・
よかった。
五体満足だし、手足が変な方向に曲がっているなんてことはないようだ。
次に校舎のほうを見る。
2階の壁部分に大穴があいている。
そうか、僕は2階から落っこちたのか。
これが3階とかだったら骨折は免れなかっただろうし、芝生のじゅうたんがなければまた違った結果になっていただろう。
本当に僕は運がいい。これでまだしばらくは生き残れるようだ。
痛みを無理やり抑え込みたい上がり制服についたと汚れを払い落とす。
『ガガガ・・・』
前言撤回。
僕の死は確定していた。
すぐ後ろから嫌な気配がする。
恐る恐るその気配を確認しよと振り返る。いや確認するまでもないのだが。
『ガアアアアアアアアアアア!!!!』
僕と目が合うと同時に鼓膜を破るほどの強烈な咆哮をあげる喰鬼。
どうやらよほど嫌われているらしい。顔面の中心にある一つ目には相変わらず怒りの意志が浮かび上がっている。
しかし困った。
もう僕にはあいつから逃げ切る体力もなければ体中が痛くて逃走の気すら起きない。
ましてここはたぶん風街高校の裏庭に準ずる場所だろう。
ただ芝生と、ぽつぽつと木が広がっているだけで、この身を隠す場所が見当たらない。
絶体絶命だな。
・・・
でもなぜだろう。
先ほどからそうだ。
目の前には喰鬼という妖怪がいる。
沙奈江先輩が言うには”守り神級”といって妖怪の中でも上位に君臨する存在なのだとか。
しかしおかしい。
僕はこの存在に対し多少の恐怖をかんじたものの、こいつと初めて出くわした時みたいに身のすくむような思いをさっきからしていない。
この存在に慣れてしまったのだろうか。
しかしそれでもおかしい部分がある。
暴食砲、気化された胃袋を高速で吐きだし、それに触れた物体を喰らう。
ひとたび喰らえば約束された死が待ち受ける攻撃だ。
僕はそれを何度も間一髪で交かわしていた。
まるでそれが当然のように。
はっきり言おう。
僕はこの喰鬼に対してそこまでの恐怖を感じていないのだ。
今この状況だって絶体絶命だというのに。
あの沙奈江先輩だってこの妖怪には恐怖ですくみ対策を練ることを放棄した。
僕はおかしいのか?
おかしくて、異常で、異質で、異端。
「異端者・・・か・・・」
むしろ先ほどから恐怖ではなくこの存在に対し怒りのような感情を抱いている。
こいつと出くわしてから何度も何度も死ぬ思いをした。
全部こいつのせいだ。
それに僕だけじゃない。
こいつのせいで柊さんも沙奈江先輩も危険な目にあった。
こいつを放置すれば風街高校の一般生徒もこれから危険な目にあうだろう。
いや、もうすでにあっているかもしれない。
ならば僕はこの存在を許せない。
そう意識すると一切の怯えは消え、代わりに胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
怯えない。
退かない。
決して背を向けず相手から目を離さない。
胸の中に闘志が湧き上がるのを感じる。
・・・
そうか。
異端者になること。
それは立ち向かうことなのか。
目の前に存在するは異質で異常なもの。
ではそれと対峙する僕は?
そう。心のどこかでは理解していた。
それと対峙する僕もまた異質な者、異常な者。
異端な者
異端者なのだ。
それで?
それがどうした。
それでも構わない。
今目の前に存在する狂気を排除するためならばその事実を受け入れよう。
柊さんを、無関係な学校の皆を、そこにいる僕の友達を守るためならそれを受け入れよう。
僕は異端者だ。
胸の奥に湧き上がった熱がさらに大きくなるのを感じる。
そしてそれは全身へ、さらには体の外へと放出されようとしている。
それに抵抗するでもなく、抑えるでもなく、その現象に身を委ねる。
その刹那
体を中心に青く輝く魔法陣が周囲に浮かび上がる。
湧き上がる熱はもはや全身へと到達した。
「皆を危険に合わす存在」
湧き上がる闘志を口にするのを我慢できない。
やがて魔法陣の外周から空へ向かうように光が放出され僕を包み込む。
全身がその光に溶け込むような感覚を覚え目を閉じる。
「そんな存在を・・・僕は・・・」
そして確信する。
「僕はお前を」
次に目を開けた時
「ゆるさない」
僕は異端者になっていると。