突撃準備
「さぁ!じゃあまずは鬼の巣に乗り込むにあたって戦力の確認ね。彩斗、あんたその異端者ってのがキーだわ。その異端者ってのはどんなんなの?」
「どんなんなの?と言われましても・・・」
唐突な沙奈江先輩の発言に頭を悩ませる。
異端者がどんなものなのか。
正直僕にもよくわからない。
見た目は機械仕掛けの巨人だが、無意識に魔法みたいに光の壁を生成していたし、柊さん曰く異端者からは魔力も感じられたとのこと。
つまりは巨人というよりは魔人。
機械仕掛けの摩人なのだ。
そしてそれをすべて沙奈江先輩に話す。
「機械仕掛けの摩人ねぇ・・・やっぱわかんねえわ。」
「ですよね・・・」
「ちょっとなってみてよ。」
百聞は一見にしかずだ。
僕もそれが手っ取り早いと感じていた。
感じていたのだが・・・
「先輩」
「ん?」
「その異端者って」
「うん」
「どうやってなるんですか?」
「それお前が聞くのおかしくね?」
とどのつまり僕自身も異端者のなり方がわからないのだ。
初めてなったときは、確か喰鬼を前にして声が聞こえたんだっけな。
そのあと心臓が飛ぶように跳ねて全身が熱くなって、そのあと僕の周りに魔法陣のようなものが出てきて、それから異端者になれたんだよな。
よし。
とりあえず全身の筋肉に力を入れあの時と同じように全身を熱くさせようと試みる。
「ふぉおおおおおおお!!!」
まだだ。まだ力を入れるんだ。
「・・・」
「・・・」
「ふぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そろそろ辛くなってきた。
「柊ちゃん?」
「はい?」
「ふぉっ!!!!ふぉお!ふぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
脳ではこれは失敗だと理解しているが、正直後に引けない。
「たぶん戦力になるのあんただけだわ。」
「そうみたいですね。」
「はぁ・・・はぁ・・・ちょっと、途中から・・見捨てないでくださいよ・・・はぁ・・」
先輩と柊さんの諦めの声が聞こえたので、僕も断念する。
「見捨てないでも何も、あんた今踏ん張ってただけでしょ!毎朝便器にこもってる時のうちの父さんみたいな声出してさ!」
「いや・・・そんなつもりは・・・」
「彩斗くん大丈夫?」
「うん、大丈夫です。それよりごめん。先輩の言うとおり戦力になりそうなのは柊さんだけになりそうだ。」
「うん。まかせて!今度はしくじらないから!」
結論だ。
どうやら僕は異端者になれないらしい。
いや、なれるかもしれないのだが、そもそものなり方がわからないのだ。
これではやはり期待できる戦力は柊さんだけということになる。
敵陣に乗り込むに当たってそれは少し無謀すぎる。
何より柊さんの負担が大きすぎる。
僕個人は、それはいただけない。
「それより沙奈江先輩?」
「なに?柊ちゃん」
そんなことを考えていると柊さんが先輩に話しかける。
「その肝心の鬼の巣に乗り込む方法ってあるんですか?」
ああ。
確かにその通りだ。
僕らは鬼の巣に乗り込む前提で話を進めていたけど、そのための方法を僕と柊さんは知らない。
先輩は唇に指を当てしばし考えていたが、やがて口を開き
「そこなのよね。一番確実なのは向こうがまた柊ちゃんを引きずりこむのを待つ作戦なんだけど、それだといつ来るかわからないし、何より私たちが近くにいない時に柊ちゃん一人が引きずりこまれた場合、いくら妖狐の誘い込みでも距離が離れてたらできないでしょ?」
「そうですね。私の誘い込みの範囲は精々この校舎1個分の間だけです。」
「そうなると私ら四六時中ともに過ごすことになるけど嫌でしょそんなの?」
「それは・・・」
柊さんが困ったような愛想笑いを浮かべる。
いや!むしろ僕は大歓迎ですよ!
柊さんと四六時中一緒。
素晴らしいじゃないか。
だがその思考を遮るように先輩が大きな声をだす。
「ま!あたしが待つのが嫌いってなだけなんだけどね!だからこれはなし!」
ぐす・・・
思春期の男心を弄びやがって・・・
「んで次にいけそうな方法なのが”縁の儀式”ね」
「え、縁の儀式ですか?」
「そうよ。ある二人の者たちを縁によって結び付け、それらを出会わせる儀式」
なんだそれは。
全く意味がわからない。
そんな僕の表情を汲み取ったのか、先輩が僕に話しかける。
「彩斗、八百万の神はわかる?」
「ああそれなら。たしか物に宿る神様でしたっけ?」
「その通り。森羅万象この世のすべての物には神が宿るとされているわ。そしてそ所有者の大切にしようとする気持ちとか、長年使ってきた愛着とかによって、その物に宿った八百万の神と所有者の縁は強くなっていく。」
「はぁ・・・」
「・・・ああ!なるほど!」
僕の情けない返事とは裏腹に、柊さんは全ての歯車が合致したかのように理解の声をあげた。
「お、柊ちゃんは分かったようね。えらいえらい。」
「あの・・僕には理解ができないんですが。」
「まぁ、だろうと思ったよ。」
と、ため息をつく先輩。
いやいや、僕はつい先日まで妖怪とは全く無縁の人間だったのだ。
そんな急に専門的な話をされても理解が追いつかない。
「じゃあまずはじめに戻るけど、物には神様が宿っている。おーけい?」
「はい。」
「つぎ。所有者が物を大切にすればするほど、長く使えば使うほど、その物に宿った神との縁が強くなっていく。ここまで大丈夫?」
「はい。理解できてます。」
ここまでは僕の頭でもなんとか理解できた。
「次、今からあたしがしようとしていることは”縁の儀式”。これは強い絆を持った二人を出会わせる儀式よ。どんなに遠く離れていても、たとえ”世界が違っていても”お互いがお互いを求め合えば、お互いが同じ場所で再開できるという儀式。あんだすたんどぅ?」
「い、いえす。」
強い縁があればたとえ世界が違っても会いに行けるという事か。
なかなか便利な儀式だ。
世界が違っていても・・・
つまりは今僕たちがいる人間世界と鬼の巣の間でも成立するという事ではないのか?
そう思い、はっと顔を上げる
「お、気づいたかな少年?」
「つまり先輩は今僕たちがいるこの世界と鬼の巣とを”縁の儀式”によってつなげようとしてる。ってことですか?」
「ぴんぽーん!大当たりい!」
「でもいったいここにいる僕たちと鬼の巣にある何を縁の儀式でつなげる気なんですか?」
「まぁそこが問題よね。あんたら二人なにかあっちの世界で忘れ物とかおいてきてないの?」
「私は・・・特にないです」
「ありり。彩斗は?」
なんだ。
あんなしたり顔で説明していたわりに結局は僕ら頼みなんじゃないか。
そもそもそんな都合よく向こうの世界においてきた物なんか・・・
「僕も・・・!いや、そういえば僕カバンを鬼の巣においてきちゃいました!どうです!」
「おおやるじゃん!!んで?そのかばんは結構大切なもの?使ってた期間は長い?」
「いえ全然。安物ですし、高校入学と同時に買いましたから愛着も何も・・・」
「チッ」
今舌打ちしたよねこの人?
「他には?」
「あ!カバンの中に財布が入ってました!!どうです!?」
「うおお!いいジャンお前!それどう?愛着湧いてる!?」
「いえ全然。」
「じゃあ何で言ったんだよてめえ、ちょっと面かせやゴルァ!」
「ずびばぜん・・・ゆるじてください・・・」
切羽詰っていたようなので軽い冗談を言ったつもりだったのだが、どうやら先輩の逆鱗に触れてしまったらしい。
左手で襟元をつかまれ、右手で目にもとまらぬ速さで往復ビンタをくらう僕。
「彩斗くん・・・今のはさすがにないよ・・・」
どうやら柊さんもドン引きのようだ。
だって仕方がないのだ。
そもそもそんな都合よく大切なものを深夜の学校へ持っていかない。
僕が向こうの世界へ持って行ったものなんてたかが知れてる。
カバンと財布と博多の塩とカメラ。
カバンと財布はそこまで愛着はないし、塩に至っては愛着あるやつが頭おかしいと思う。
最後にカメラだが、あれには愛着どころかちょっと恨みがこもってる。
なぜならあれを持たされ毎度のように心霊スポットへと足を運ばされたからだ。
悪魔の所業だ。
沙奈江先輩から素晴らしく眩しい笑顔であのカメラを渡された気持ちにもなってみろ。たまったものではない。
・・・
まてよ。
僕はともかく、先輩にとってあのカメラはどれほどのものなのか?
と考え、往復ビンタを食らいながらも昔の風景を思い出してみる。
* * *
「みてみて!これあたしのカメラ!高校入学のときに買ったんだ!めっちゃかっこいいッしょ!名前もあるのよん!」
「あーんジョセフ。そのレンズとってもセクシーよ。あなたはその高性能のレンズで何を見ているの?あたしの恥・部♡」
「へいへい守屋さんよお。さっさと心霊スポット行って写真撮ってこいやあ!おらジョセフさんを忘れんなよ。なくしたら殺すからな。ジョセフ?いっぱい写真撮ってくるのよん♡」
* * *
ドンピシャじゃないか。
「せん・・・ぱい・・!ありま・・した!!みつけ・・・あ・・・ちょ・・・やめて・・・」
なおも止まらぬ往復ビンタのなかでこの問題点を解決するためのカギを見つけたことを訴えようとするが、
ビンタの往復速度がとてつもなく速いため言葉を口にできない。
なのでとりあえず必死にやめてくださいと懇願する。
「ちょ!沙奈江先輩!彩斗くんが何か言おうとしてますよ!先輩!!」
「あ?おっとやりすぎていたな。ほら楽にしてやるからしゃべれよ。」
「はぁ・・・はぁ・・・助かった・・・」
首元から手を離され、自由落下運動で床に崩れ落ちる。
とりあえず助けてくれた柊さんにお礼を言う。
「ありがとう柊さん・・・」
「ううん。それより何か言おうとしてなかった?」
「おら、早く行ってみろよ。次つまんねえこと言ったらビンタ再開すっからな?」
ふふん。今にその態度を崩してやる。
なにせ先輩はあのカメラに異常な愛着心を持っていた。
先輩の言っていた縁の儀式とやらには十分すぎるというものだろう。
「ふっふっふ!つまらないわけがありますか!今回は100%大丈夫です!」
「・・・!ほほう。」
「良いですか?聞いてください!僕があの世界に忘れてきたものはですね!」
「「ごくり・・・!」」
柊さんと沙奈江先輩、二人が唾をのむ音が部室内に響く。
もうつまらない冗談などと言わせない。
今回はマジだ。
柊さんのジト目も沙奈江先輩の怒りの眼も僕の一言で尊敬の眼差しへと変わるに違いない。
そう確信し大きく一呼吸し。
「僕が忘れたものは」
もう十分引っ張った。
貯めた息をすべて吐き出すように次の言葉へと力を込める。
「沙奈江先輩のカメラです!」
言った
言ったぞ。
言ってやった。
どうだ、と言わんばかりに二人に目を向けるが、そこには尊敬のまなざしはなく。
柊さんは額に手をやり、ため息をついている。
どうした?思っていた反応と違うぞ?
これはどういうことだ?と先輩のほうを見ると
そこには100点満点の笑顔が咲いていた。
咲いていたのだが。
なにこれめちゃくちゃ怖いぞ!
そして有無を言わさず高速で襟元をつかまれ
再び掌で頬を叩く音が部室内に鳴りやむことなく響き続けた。