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第8話 目眦尽裂な彼女

 「目眦尽裂もくしじんれつ」とは「目眦もくしことごとく裂く」と読み、まなじりが全部裂けてしまうくらい、目を見開いてにらみつけることで、すさまじい怒りの形相を表します。

出典は「史記・項羽本紀」より。


 歴史において名高い鴻門こうもんの会で、劉邦と項羽が会談した時のこと。劉邦が絶体絶命の危機におちいったところ、彼の従者である樊噲はんかいがその場に乱入した。樊噲の形相は凄まじく、「頭髪、上指じょうしし、目眦尽く裂く」だったという故事からの成語。

 このときの樊噲の蛮勇に項羽は気圧されてしまい、劉邦を殺す命令を下すことができなかった。

「なにをやっとるのかね!!」

 奥の机に座っていた50代半ばとおぼしき髪の薄い男性がやってきて言った。


「あら、課長。どうかされました?」

 とアラサー女子。


「どうかされたじゃないよ! 役所の設備への破壊行為はダメじゃないか!」

「私は破壊なんてしてません。空きビンを置いたら勝手にヒビが……」

「言い訳はやめたまえ! ……だいたいまだ勤務時間中じゃないかね? 飲酒など不届きな!」

 いきりたつ課長に


「課長、私たちが飲んでるのはノンアルコールビールです」

 と課長補佐代理が話した。


「いや、しかし、君……」

「ノンアルコールビールです」

 課長補佐代理が繰り返す。


「課長、課長補佐代理がそう言ってるのに、お疑いになるんですか?」

 いつの間に戻ってきたのかイケメン課長補佐も参戦。


「……ああ、いや、ここの設備も古いから、壊れてもおかしくはないかもしれんな」

 課長は白旗をあげた。


「そうですわ」「そうですよ」「そうだよな」

 アラサー女子、課長補佐代理、課長補佐の3人。

 話はそれで終わると思いきや……。


「課長、丸め込まれてはいけませんわ」

 課長補佐と同年代と思われる美女が声をあげた。金髪ツインドリルヘアーのゴージャス美女であった。


「ミマサカ副課長補佐……」

 課長が嘆息した。


「課長、法と秩序を無視する輩には天誅を下すべきです!」

 ゴージャス美女はいきり立つ。


「おい、喪女!」

 課長補佐が呼びかける。


「誰が喪女よ!!」

「課長補佐、今のは聞き捨てなりません!」

 ゴージャス美女とアラサー女子が抗議するが


「喪女を喪女と呼んで何が悪い」

 と課長補佐は意に介さない。


「課長! 私が以前ご提案したプラン、真剣に検討していただけまして!?」

 ゴージャス美女が課長に詰め寄る。


「ああ、あのプランかね。あれは却下だ」

「なぜですの!? 今こそ天界に秩序を呼び戻す格好の機会ではありませんか!」

「あれだろ? 男の転生予定者を全員司法官に転生させると言うヤツだろ? そんなもの却下に決まってるだろうが!」

 課長補佐が話しに割り込む。


「なぜ、あなたがそれを知ってますの?」

「課長に相談されたからさ。ねえ? 課長」

 課長も頷く。


「……私はあきらめませんから!! この代償は高くつきますわよ!」

 まさに目眦尽裂(もくしじんれつ)、周囲に怒気を放ちつつ、一方的にまくし立ててミマサカ副課長補佐は部屋を出て行った。


 「フッ~……天界神の加護のあらんことを」

 祈りを捧げる課長。そこへ


「そうだ、課長! 先日の父の葬儀の際はありがとうございました」

 課長補佐代理が話しかけてきた。

 

「あ~いや、大往生だったね」

「それで母から戒名料をどのくらい用意すれば良いかと……」

「その件かね。……君、退庁後は何か予定はあるかね?」

「……今日は特別何もありません」

「だったら行かんかね?」

 そう言って課長は杯をつまむ仕種をした。


「わかりました。お供します」

 と課長補佐代理が答えたところ


「課長、またエルフィンPUBですか? ホント生臭坊主なんだから」

 と課長補佐が茶化す。


 エルフィンPUBとは生身のエルフそっくりに作られたアンドロイドが接客する伊賀和志いかわし……もとい如何わしそうな雰囲気の飲み屋である。


「いやいや、私は僧籍だから酒は飲まんよ。飲むのはあくまでも般若湯だ」

 と言う課長に


「男同士で飲むなんて俺には時間の無駄としか思えないですよ」

 と課長補佐が反論する。


「これが世代間の溝と言うヤツか……」

 肩を落とす課長であった。


「そんなことより課長! 局長からお呼びがかかってます」

 あらためて真顔で課長補佐が課長に話しかけた。


「何かね?」

「さ~? 例の件じゃないですか?」

「……わかった。では行くか」

 課長は課長補佐とともに部屋を出て行きかけてから慌てて戻ってきた。


「課長補佐代理、ほどほどにな……」

「わかってます」

 今度こそ課長は出て行った。


「邪魔者は消えた」

 と課長補佐代理はつぶやきつつ、空手の練習を再開したのであった。

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