第1話 白駒過隙とはまさにこのこと
「白駒過隙」とは歳月の過ぎるのが早いこと、また人生のはかないことのたとえ。早すぎる死を悼む時などに使われます。
「荘氏」によると、人の一生は「白駒隙を過ぐ」ようなものである。つまり、人間の一生は、白い馬が駆け過ぎるのを壁の隙間からほんの一瞬の間、ちらりと見るほどに短い、と説いています。
某運送会社のアルバイト、不運な運ちゃんAは白い軽トラを駆り配送先に向かっていた。
助手席には中古本販売大手の某社から依頼された、中世風の鎧を身にまとった美少女のイラストが描かれたラノベ10冊セットがビニールで梱包されて置かれていた。
タイトルは「姫武将だらけの異世界に転生しました」と言うタイトルのラノベであった。
「全く! 中古本なんか買うなよな! 中古本なんて著者には何のメリットもないんだからな!」
と、友人のラノベ作家が酒の席で愚痴っていた光景を思い浮かべつつ、注文主を確認する。
「ニイガキ……? じゃねえな、アラガキ・タクトか」
と不運な運ちゃんAはひとりごちる。
この先の交差点を越えれば注文主の家までせいぜい2~3分。この配達が終われば今日の仕事も終わりなので、さっさと終わらせるつもりであった。前方の交差点の信号は青であったが、歩行者信号が点滅を始めていた。
「ここの信号はひっかかると長いんだよな」
とつぶやきながらアクセルを踏み込んで加速させる。
ここから先の記憶はおぼろげである……右から来た黒い車……衝突を避けようと急ハンドル……アクセルを踏み込んだまま硬直した右足……ぐんぐん迫る壁……フロントガラスが目前に迫り……気がつくと役所の窓口のようなところに立っていた。
目の前にはいかにも朴訥で優しげな雰囲気をかもし出した中年男性。
「ここは?」
「ここは死役所の転生支援課と言う部署です。私はあなたがより良い転生を迎えるための担当者です」
「転生……? って、えっ?」
「ご愁傷様です。あなたは不幸な事故によりお亡くなりになりました」
「ええっ?……じゃあ……あの事故で……?」
「シートベルトをしていなかったことが原因で脳挫滅により即死でした。白駒過隙とはこういうことを指すのですね」
「……いつもは必ずシートベルトしてたんですよ……今回はホントにたまたま……」
都内とはいえ都心からだいぶ離れているせいで、平日の昼間は交通量も少なかったうえ、配達先までホンの数分という油断であった。まさに油断大敵。
「あ~とはいえ、今回はシートベルトしていたとしても内臓破裂で即死でしたね」
と職員は慰めたが
「そんなこと言われても何の慰めにもならないよ……ここは天国?」
「いえ、天界です」
「違いが良くわからない……」
「ま、それはさておいて、貴方に朗報です!」
「朗報って……まさか生き返ることが出来るとか?」
「生き返りとはちょっと違います。転生予定者にあなたが選出されました! おめでとうございます!」
「転生予定者って、なんです?」
不運な運ちゃんAが聞き返すと
「あなたは新しい肉体に転生できるんです」
と担当者はドヤ顔で言ったのであった。
「転生だって……? どういうことです?」
「説明が面倒ですし、二度手間なので『サキュバスに転生したのでミルクをしぼります』の本編に目を通してください。ちなみにURLは↓になります」
http://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n2100di/
「……えっ? ……なんですって??」
「さてあなたの転生する肉体は某国の姫君です」
「ちょっと!? 無視しないで!」不運な運ちゃんAの涙ながらの訴えに対し
「いいから! 素人は黙りなさい!」担当者は一喝しつつ
「……ええと……死にたてホヤホヤですが肉体には傷ひとつありませんので、この身体に入っていただきます」
「なんで姫?? それって一般的な対応なの?」
「一般的には男性は男性に転生させます。ですが何事にも例外はありますよ?……これを覚えておいでですか?」
それは……例のラノベ「姫武将だらけの異世界に転生しました」10冊セットだった。
「あなたが死ぬ間際まで大切にしていたものですから、その望みをかなえて姫武将に転生させて……差し上げたいのはやまやまなのですが、あいにくとあなたの転生先には姫武将がおりません。なので普通の姫で我慢してください」
「いやいや! 違う違う! それは俺の持ち物じゃない!!」
と不運な運ちゃんAは必死に否定したが、全く取り合ってくれない。
「申し訳ないのですが一度決定したことです。今さら覆せません。私の評価に大きく響くんです!」
担当者は気の毒そうに首を横に振った。
「なんですか? 評価って??」
「うん? ……評価ですって? そんなこと言いましたっけ?」
「はっきり聞こえました!!」
「あなたの気のせいです! いいですか!? あなたの気のせいです!! 大事なことだから2度言いました!」
「あんた、さっきから何だよ!? 自分さえ良けりゃ俺のことなどどうでもいいのか!?」不運な運ちゃんAの悲嘆な叫びを担当者はあっさり無視。それどころか
「だから素人は黙りなさい! 我々はプロなんです。それに私、失敗しないので~♪」
「大○未○子かよ……」
「外科医……いえ下界の事情には疎いんですよ、私」
「今、外科医と言っただろ!?」
「ツッコミはいいです! まったくあなたのために私がどれだけ頑張ったのか、わかってるんですか?…………」
そのまま5分近く愚痴をこぼし続ける職員に、不運な運ちゃんAは
「わかったよ、俺が悪うござんした」
となげやり気味に謝罪したのであった。