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薔薇の刺

前回までの話で、ご指摘頂きました誤字を訂正いたしました。


あと、思った以上に「雪国の暴れ馬」に反応してくださる方々が多くて嬉しかったです。

 

ベルハイム公爵家には王城と引けを取らないといわれる美しい薔薇園がある。

数百もの種類の薔薇が植えられるそこは、お茶会の会場となることもあるが、シルフィーナはいつもの静かな薔薇園の方が好きだった。


「相変わらず綺麗ね…」


公爵家の庭師が手を抜くことなどけしてないだろうが、それでもその薔薇達が美しく咲き誇る様はいつ見ても感動する。

それに、もうすぐ中々見れなくなるのだ。

今の内に目に焼き付けておきたい。


「……そう言えば、庭師からの手紙に、新しい薔薇を入れたと書いてあったわね」


それぞれの使用人の主任からは定期的に連絡が来ている。

庭師の主任は薔薇園の担当をしているため、たとえ学園にいようとも特に詳しく知ることができた。


(たしか…赤薔薇の隣に…)


綺麗に整えられた高い生垣の間を歩きながら、手紙の内容を思い出す。

そのため、周りへの注意が散漫であったシルフィーナは、突然横の道から伸びた手にあっさりと捕まってしまった。


「きゃっ」


強く引かれた手にバランスを崩し、そのまま地面に尻餅をついてしまう。

乱れたドレスの裾が素足を晒してしまい、慌ててそれを直してから手を引っ張った人物を睨み付ける。


「…一体なんのつもりです?」


その人物に、シルフィーナは見覚えがない。

しかし胸の腕章と制服から見て、ベルハイム公爵家の庭師の一人であることがわかる。

そして、おそらく自分とさほど変わらないだろう年齢の青年の瞳は、酷く濁っていた。


(目に光がない…表情筋も動かないのに、魔力が揺らいでいる?…なにかに操られているの…?)


青年の普通ではない様子に、シルフィーナは咄嗟に横へ転がり距離を取ろうとするが、長いドレスは足に絡まり、またそれほど広さのない生垣の間では、すぐに距離を詰められてしまう。

庭師の青年が伸ばしてきた手をシルフィーナは振り払うが、逆にその手を捕まれ、後ろ手に捻られたかと思うと、そのままうつぶせに地面に組み敷かれる。


(なんて素早さの…!)


学園では魔術を習う上で体術もある程度教え込まれる。

もちろんシルフィーナもそれは教わっているが、この青年の動きは軍人か騎士な並みの訓練を受けているように思われる。


「ならっ…『清き者、正しき者、明き者、直き者、我は隣人に乞う、吹く者は──』うぐっ!」


咄嗟に唱えた詠唱は、上から体重をかけられ、さらに青年の指が口の中に突っ込まれたことで最後まで言葉にならなかった。

それどころか、容赦なく奥まで入ってくる指に吐き気すら感じてしまう。


(け、ど…もし、操られているだけなら、指を噛みきることは、できない…)


おもわず立てそうになった歯をなんとか理性で押し止めるが、上に跨がれ声も出せなくなってしまった今、逃げるための手段が全く浮かばない。


(どうする…どうしたら…)


屋敷に居ることで油断してしまい、魔導具を身に付けていない。

詠唱を唱えなければ安定した魔法は使えない。


(だったら…)


シルフィーナは目を瞑り、捕まれている腕に体内の魔力を集中させる。

チリチリと燃えるような痛みが腕に走るのと同時に、腕から激しい魔力の風が吹き出て刃となる。

ドレスさえも切り裂くそれに青年が怯んだ隙に逃げようという考えだった。

しかし、


「ッ…!」


青年は表情一つ変えずに自分を押さえ込んでいる。

その頬や腕には確かに切り傷を生んでいるにも関わらず。


(完璧に思考を支配している…!これは、隷属魔法だわ!)


相手の全てを支配する魔法。

この国では禁忌とされている魔法だ。

それを使っているのならば、国家反逆罪は免れない。

そんな人間がいま、自分を狙っている。


その事実に、シルフィーナは血の気が引くのが自分で分かった。

自分には人一人の命以上の価値がある。

それは国内外問わずに。

それこそ今頭に過るのは散々聞かされてきた、自分が人質となったときの想定される状況だ。

シルフィーナは滅茶苦茶に体を動かし拘束から逃れようとしたがそれはさらに強く抑え込まれ身動きどころか肺を潰され息すらしずらくなる。

歪む顔で、それでも打開策をなんとか絞りだそうとするシルフィーナの耳に届いたのは金属の擦れるような音。

その正体を視界の隅で捉えると、それは銀色をした、先の尖った細長い杭のように見えた。

その冷たい感触が首筋に当てられる。

シルフィーナは目を瞑り歯を食いしばった。


瞬間、ふっと背中の重みが無くなった。

それだけでなく、腕の拘束も口に入れられた指も無くなり空気が肺に一気に入り込み噎せる。

続けて何かが薔薇の植木にぶつかったような音がした。

なにが起きたのかと体を起こして確認すると、そこには自分と同じパウダー・ブルーの髪を持つ青年が、鞘に入ったままの刀を握り立っていた。


「…けほ…アル、フレッド…?」

「……」


その背中に名前を呼ぶものの、彼はなにも答えずただ吹っ飛ばした青年を睨み付けているようだった。


「待って…アルフレッド…あの人、誰かに隷属魔法をかけられているようなの…」

「隷属魔法…?」


訝しげな声を出すアルフレッドは続けて舌打ちを一つした。

操られているだけならば、下手なことはできない。

もし殺してしまえば、魔法をかけている相手の情報を失うことになる。

アルフレッドは剣を鞘からは抜かずそのまま構え直す。

騎士としての訓練を受けているアルフレッドは、直ぐ様青年に飛び掛かるが、青年はズボンの後ろから取り出したナイフを構えアルフレッドの剣を受け止めた。

それを直ぐ様いなしたアルフレッドは、青年の後ろへと回り込む。

それを追って顔を振り向かせた青年に、アルフレッドは指輪型の魔導具を発動させる。

紫の霧が指輪から出て青年を包み込むと、彼は力なく地面に倒れ込んだ。

どうやら催眠系統の魔導具だったらしい。


青年の手からナイフを取り上げ、腕輪型の拘束魔導具を取り付けると、アルフレッドはゆっくりとシルフィーナに近付く。

それをしゃがんだまま見ていたシルフィーナは、ピクリと肩を揺らす。

こんな失態を彼に見られてしまった。

きっと怒鳴られるに決まっている。

公爵家ともあろうものがこのくらいの賊すら払うことができないなんて、と。

いつもなら気丈に振る舞ってみせるのだが、今だけは目をそらす。

思ったより恐怖を感じていたようで、震えそうになる手をなんとか抑えるので精一杯だったためだ。

これ以上、キツい言葉を真正面から受け止めることができないかもしれない。


構えるように体を固くしたシルフィーナだったが、それは予想と反して優しく布を肩に掛けられただけだった。


「……アルフレッド…?」

「…着替えを」


そう言われてから、そう言えば先程無理矢理魔法を使ったことでドレスは破れ腕を怪我してしまったのだ。

アルフレッドは破けたドレスから見える肌を隠すため、上着を掛けてくれたのだろう。


シルフィーナはアルフレッドが呼んだのだろう侍女に連れていかれ、屋敷へと戻っていった。



少し疑問を感じている方がいらっしゃるようなので、今更ですが付け足します。

この世界は中世ヨーロッパなど、西洋の設定ではありません。詳しい方ならお気づきかもしれませんが、シルフィーナの言っていた詠唱の「清き者、正しき者、明き者、直き者」という言葉は、神道における浄明正直という考え方を元にして考えました。そのため、日本っぽいものがちょくちょく出てきます。というか、それも本編において重要なポイントなのですが…。

とにかく、この世界にある言葉はある意味で全て私が考えたフィクションであり、それらの言葉は現代の意味とは異なっているものなので、「そういったものなんだ」と受け取って頂けると嬉しいです。

ただ、意味がわからない言葉であったり、明らかにおかしいようであったら、コメントを下さい。ただ単純に私が間違っている場合もありますので。

ご指摘下さいました方々には感謝です。ありがとうございました。


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