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終わりへの一歩

 

エレインからお父様とお母様から返事が来たとの連絡を受けたのは翌日だった。

御令嬢が集まる学園のサロンでそれを知った私はその場にいた皆様に優雅な礼をして席を外す。


「私は着替えてくるので、表に馬車を回しておいてください」


エレインの側にいたお父様付きの従者にそう言い付け、私はエレインと共に寮へと戻る。

そしてあらかじめ選んでおいたドレスをエレインに渡すと、彼女は一瞬間体を固まらせる。


「私らしくないかしら?」

「いえ、お嬢様はお美しい方です。どのようなお召し物でもお似合いですよ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。けれど、お世辞は結構よ」


実際、いつものシルフィーナらしくないドレスのチョイスだと自分でもわかっている。

思わず苦笑いを溢すが、エレインは特に何も言わず着替えの手伝いに入る。


「…せめて見掛けから入らないと、私の内側が滲み出てしまうもの…」

「?お嬢様?」

「いえ、なんでもないわ。急いで支度をしてしまいましょう、エレイン」

「はい、お嬢様」


コルセットに絞められる腰周りの痛みは慣れたはずのものなのに、なぜか何時もより苦しく感じた。



 § § §



「おい、見てみろよ」


昼休みがもう少しで終わる頃、クラスメイトの一人がそう言った。

それにつられるように窓の外を見たアルフレッドは目を見開いた。


「……シルフィーナ…」


そこに見えたのは、自分の実の姉であるシルフィーナ。

しかしその姿はこの学園の制服ではなく、私服のドレス。

しかも、いつもの彼女が着ているような派手な色合いのものとは違い、落ち着いた薄い水色を基調とした、清楚感の漂うものだ。

侍女を後ろに携え真っ直ぐ学園の正門へと向かっていく姿に、アルフレッドは周りなど気にせず窓から飛び降りた。

ここは地上三階であるが、風の精霊の力を借りればなんてことない。

強いていうのなら、窓から飛び降りるなど公爵家の御子息らしからぬ行為だというくらいだ。

しかしそんなことを今は気にしていられない。

ここ最近の彼女の振る舞いが学園でも話題に挙がっている。

一人の令嬢を貶める行為をする姉には、自分も顔をしかめていたくらいだ。


「…シルフィーナ!!」


駆け寄りながら姉の名前を呼ぶと、彼女は足を止め振り向いた。

その所作一つとっても、姉は令嬢として申し分ない。

なのに。


「アルフレッド?貴方、どうしたの?」

「どうしたじゃないです。まだ授業は残っているはずです。何処へ行かれるのですか」


強めの口調で問い詰めると、シルフィーナは少し困ったように眉を下げた。


「家に帰るのよ」


簡潔な答えに、アルフレッドは隠しもせずに顔を歪めた。


「俺は何も聞いていません」

「ええ、昨日決まったことだから」

「…何をするつもりだ」


校舎にいる生徒たちは自分達に注目しているだろう。

下手な動きは出来ない代わりに、低く呟いた声に、控えていたシルフィーナ付きの侍女であるエレインがピクリと肩を揺らした。

彼女は優秀な侍女だ。

シルフィーナに危害が加えられそうになったなら真っ先に動くだろう。


「何を、とは?」

「しらばっくれるな。あんたのしてきた行為は既に学園中に広まっている。今度は両親に泣き付きでもするのか?」

「…そんなことしないわ。大丈夫、アルフレッドが心配することなんてなにもないもの」


実の弟に責められても、シルフィーナはその令嬢の仮面を外さない。

駄々をこねる子供をあしらうように、ただ困ったように笑うだけ。


「……あんたはいつだってそうだ……」

「アルフレッド?」

「俺も貴女に着いていく」

「え?」


アルフレッドの言葉があまりにも意外だったのか、シルフィーナは彼女にしては珍しく戸惑うように視線をさ迷わせた。


「…けれど…私は一人で帰ると家に言っているから…」

「そもそも自分の家に帰るのに一々連絡を入れるのもおかしいでしょう」

「だけど…」

「俺は次期ベルハイム公爵ですよ。貴女の言葉と俺の言葉、より重いものがどちらか、貴女ならよく分かっているはずでしょう」


家族姉弟であっても、明確な上下関係が存在する。

自分達はもう社交界にも出ている年であり、子供だからと許されはしないのだ。

たとえ姉であろうと、跡取りの男児に逆らうことは許されない。


「…分かったわ。馬車は一つしかないから、同じでいいなら」

「構わないですよ。馬車は正門に?」

「ええ。回すよう頼んだわ」


その言葉を聞き、アルフレッドは正門に歩き出す。

その少し後ろをシルフィーナが静かに着いてくる。

しかし、馬車に乗るときはアルフレッドはシルフィーナに手を貸す。

二人は公爵家たる作法は息をするように身に付けられている。

それこそ、社交場では誰もが見惚れるほど完璧に。


二人が中に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。

向かい合わせに座る二人には、会話など無かった。

シルフィーナが幼い頃から次期王妃として申し分ないよう教育されてきたように、アルフレッドも次期公爵として同じように厳しくされてきた。


(いつからだったかしら…こんな、家族なのに表面上でしか関わらないようになったのは)


うんと幼い頃は、たしかに違った。

婚約者のリアンと三人で、ただ笑いながら庭を駆けていた記憶がある。

けれど今は、シルフィーナはただ令嬢らしく歯を見せずに微笑み、アルフレッドはいつも作り笑いを浮かべているだけ。

互いのことを話すことはもちろん、姉弟らしい会話はここ何年もしていない。


(…そういえば、そんなアルフレッドに本物の笑顔をさせるのが、ゲームでのアルフレッドルートの大筋だったわね)


ふと思い出した過去の記憶に、静かに瞼を下ろす。

アルフレッドルートに関しては、攻略した。

というか、隠しキャラ以外は、一応内容は知っている。

自分が攻略したのはアルフレッドとリアンだけだったが、実況として挙げられていた動画で見ていたのだ。

ただし、隠しキャラのみはゲーム会社の方でネタバレ禁止とされ動画投稿など一切禁止とされていた。

噂では、隠しキャラは二人とかなんとか。

まぁ、それを探そうと思っている間に、私はあっけなく死んだのだが。


(…ま、もう私には関係ない話だけどね)


そう、私はもう、この物語の舞台から降りることを決めたのだ。



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