かくして勇者は異世界へと飛ばされた
更新は1週間に1度は頑張りたいです。拙い文章ですが、楽しんで読んでいただけたら幸いです。
【魔王】を倒すことが【勇者】である自分の至上命題だと、信治は常日頃から考えている。
世界に脅威を振り撒く悪の権化たる魔王が君臨して100年近くが経ち、魔王の眷属たる【魔族】によって生きることを脅かされる人類は絶望のどん底にあった。しかし、たった1人の少年が立ち向かうところから人類の逆襲は始まった。
信治が魔王に抗える力を手に入れたのは偶然だったのだろう。それでも彼は自分の力で世界を魔王から救うことを決意した。
初めは彼1人だけだったが、1人、また1人とともに戦ってくれる仲間を得て、そしてそんな彼らに感化されてか、世界中の人々もまた魔王に抗い始めた。
そして、そんな人類の逆襲劇は、いよいよ、勇者一行と魔王による直接対決で締めくくられようとしていた。
/
荒廃した大地で、紺色のパーカーを纏った黒髪の少年信治は空に浮かぶ紫色の雲を見つめていた。
あの雲は魔王が生み出した【魔力】によって形成されており、あの雲が分厚く、多い場所ほど魔王の支配が強力であることを示唆している。この場所を覆う紫色の雲はいままで訪れたどの地域よりもずっと色濃くぶ厚く、あたり一面にまで広がっていた。
ここが決戦の地だ。
信治は視線を空から目の前に立ち並ぶ朽ち果てたコンクリートジャングルに向けた。ここはかつて世界でも有数の大都市として知られていたらしい。
なにせ100年前に魔王によって真っ先に滅ぼされた都市であるから、生まれてまだ15年しか経っていない信治にとってはただの、この世界ならどこにでもある寂れたゴーストタウンだ。
そして、いまや魔王の根城でもある。
「なにぼーっとしてるのよ?」
そんな信治の背中に少女の声が呼びかけられた。
振り向くとブロンズの髪をポニーテールにして纏めた少女がジト目で信治のことを見つめていた。
「いやー、なんだかんだあったけどようやくここまでこれたなー、って思って」
あっけらかんと答える信治に少女はおもわずため息をこぼした。
「あんたねー、これから決戦だって言う時に、シャキっとしてよね。なんなら頭から水の【魔術】でも被せてあげましょうか?」
少女は手にしている先端に丸くて青い石がはめ込まれた木製の棒を信治の眼前に突きつける。
魔術とは、魔族が魔王から分け与えられた魔力を使って発揮される【魔法】を模倣し作られた技術で、彼女が手に持っている棒は【魔術具】と呼ばれる魔術を発動させるのに必要な媒体だ。
そんな魔術はとある一族によって【発明されたもの】で、彼女はその一族の一員だ。
信治が魔王退治の旅で初めて共に戦うことを誓ってくれたかけがえのない仲間の1人だ。名前はアニー。少々お転婆だが、人一倍正義感の強い少女だ。
信治は顔を引きつらせながら、首を横に振る。
「決戦前に風邪をひくとマズイから遠慮しておくよ」
「ふん、魔王がすぐ側にいると思ってぶるってたんじゃないの?」
アニーは腕を組んでそっぽを向く。
「信治殿に限ってその心配はありませんよ、アニーさん」
落ち着いた声音が聞こえた。それはけして怒鳴っているわけでもないのに不思議と遠くまで聞こえる声だった。
「老師」
「信治殿はむしろ、己の心を振るい立たせていたのではないですか?」
長身の老人が手を腰のあたりに回して組みながらゆっくりと歩いてきた。彼は練老師、信治の旅の仲間であると同時に、信治にとって武術の先生だ。
老師と呼ぶのは彼の故郷では先生のことをそう呼ぶらしく、最初にそう呼び始めてからすっかり馴染んでしまった。
我流でしかなかった信治の戦闘スタイルは、彼のおかげでそれなりの形になった。しかし、信治が老師から武術に限らず、多くのことを教わった。これまで苦難にぶつかるたびに、彼の優しくも厳しい言葉に助けられた。
そんな恩師は白髪の下にある細い目をジッと信治に向けている。まるで何もかもを見透かしているかのような視線に信治は苦笑を浮かべずにはいられない。
「正直自分でも今の気持ちを言葉にするのが難しくって…ただ、やっとここまで来たんだって」
信治はそう呟くと自分の胸に手を当てながら目を閉ざすと、脳裏にはこれまでの旅が思い返される。
嫌なことがあった。
苦しいことがあった。
諦めてしまおうかと思ったことがあった。
だがそのたびに仲間が自分を立ち上がらせてくれた。なにより、魔族から助けた人々の「ありがとう」という感謝の言葉と笑顔が、信治の挫けそうな心を救ってくれた。
「僕は、魔王を倒す、だから、僕に力を貸してください」
強い意志の籠った目で、信治は2人を見据える。
アニーは相変わらずそっぽを向いているが頬が少し赤みを帯びている。
老師は優しい笑みを浮かべてくれている。
「もちろん、我々の持てる全てをあなたに預けます。しかし、最後に魔王を倒すには信治殿のそれが必要です」
老師が信治の背中に背負われているものを指す。
【聖剣】
魔王を倒すことが出来るこの世で唯一の武器だ。
これはまさしく人類にとって最後の希望だ。
「ええ、分かっています。俺はこの【聖剣】で必ず魔王を倒して、世界を救う、救って、みせます!」
信治は鞘に収まった剣を、魔王の根城たるコンクリートジャングルに向けて抜き放とうとした。
が、
「……あれ?」
しかし、信治の手に握られてる筈の【聖剣】がそこにはなかった。【聖剣】は信治の前方に向かってまっすぐ飛んでいた。
どうやら抜く力が強すぎて手からすっぽ抜けてしまったらしい。
「……あ、ん、た、はー……人類の希望を投げ飛ばす
勇者がどこにいるぅ!!」
アニーの怒声に肝を冷やしながら信治は慌てて【聖剣】を取りに走る。
後ろから愉快そうに笑う老師の笑い声が聞こえる。
「いけない、いけない、カッコつけようとして力み過ぎてしまった」
たははと、苦笑いを浮かべる信治。ここぞという時に限って自分は失敗をしてしまう。これまでも冷や汗ものの失敗はあったが、これから魔王に挑むというのに、失敗しましたーじゃ話にならない。
走りながら改めて気持ちを引き締めようと心の中で自分を叱咤する。
思ったよりも良く飛んだ【聖剣】が地面に突き刺さっているのが見えた。
信治は【聖剣】の柄を握ろうと手を伸ばした。
しかし、信治の手が聖剣に届くことはなかった。
「な……な、ん、だ、コ、レ!?」
信治の足元が眩く光っていた。その光は信治の周囲を丸く囲っていた。そして、どういう原理か信治の体が地面に縫い付けられたかのように動かせなくなっていた。伸ばされた信治の手の先には、【聖剣】がギリギリその囲いから外れていた。
「信治!?」
「信治殿!?」
信治の異変にアニーと練老師が気がつき、駆けつけてこようとする。
しかし、2人が信治の元にたどり着く前に光はより強く輝きだし、天に向かって真っ直ぐ伸びていく。
「う、うぉぉぉぉぉ!!」
なんとか光から抜け出そうともがくが、体がまったく動かない。
まずい、何が起きているのかはまったく分からないが、直感でこのままではまずいということは分かる。
光が強まるにつれて、信治はまるで深い眠りに誘われているかのように意識が薄れていく。
そして、信治が完全に意識を手放すと、天を刺すように伸びていた光は弾けて消えた。
アニーと練老師が光が消えた跡にたどり着くと、そこには地面に突き刺さったままの【聖剣】だけがあり、それを唯一扱うことが出来る少年の姿はどこにもなかった。