彼女は消えた
ここはイギリス式の茶会の場所。詳しくは知らない。皆、口に嘴を付けている。恐ろしい。怖い。そう思うほどに、私は、心が折れかかっていた。
「一番目、きみ」
隣の彼女が指名される。彼女は立つ。そして、発言する。
「此処木は、もう居ません。新しい代替人を、見つけるべきです、あの時とおなじように。私達は負けました、そしてもう一度復活します。
「すぐに、めとろのーむを見つけるべきです」
ちらほらと拍手がまった。が、私は立つ。
「ひとつ疑問なんだが、俺が此処木の代替人になるというのはどうだい。
「ん、不快かな」
「そんなことはありません。私はあなたでも構いませんよ。しかし、ここの方々があなたの味方になってくれるかどうか」
「……」
会場は静まり返る。無理もない。この女は、こういう事を平気で言う奴なのだ。
「ジョシュア、口を慎みなさい」
会長が言う。その女はキリッとした顔をする。
「まあまあ、城主さん、良いじゃないか、まだ彼女は高校生なんだ」
「……この会の規則を忘れたのか。老若男女、階級問わず。忘れたか?」
「忘れちゃいないさ。ただ、それでも公平さって奴は大切だろう。今のは悪平等という奴に近いかな」
「そうだな」
意外と素直な人だ。
ところでここがなんの集会かというと。
「君の妄想」
ジョシュアが俺を指差す。俺は帽子を脱ぎ、禿げ上がった頭を見せた。
「ーー」
彼女は無言だ。
私は帽子をかぶり直す。
「みな、私の妄想に付き合ってくれる」
ありがたい事だ。
「みな自分の世界を持っている。恋をしている自分の世界に。
自己否定をすれば、鬱病に罹患するだろう」
「ねえ、あなた、世界は好き?」
彼女が俺にキスをする。
「世界は恋で出来ているの」
「良い話だ」
「……」
彼女が耳元で何か囁いた。
朝だ。俺は起きた。
息子も起きていた。
頭が痛い。
結局、僕は夢を見ていたようだ。台所でコーヒーを飲む。猫と戯れる。
会社に行って来る。
あ、昼になる。
……家に帰ってきた。
……夜になる。
また夢を見た。
「お帰りなさい」
と、ジョシュアは言う。
「ねえねえ、現世ってどんな所?」
「楽しい所だよ」
「本当」
「こっちの方が楽しい」
「うん、正直者は好き」
「嘘つきは? 嫌い?」
「いやもっと好き」
話しながら歩くと、会場に着いた。
「小説はつまらないと思わないかい」
とジョシュアが俺の肩をつつきながら言う。
「なんで?」
「評論文の方がよほど真実を書いている」
「ナゼ?」
「少なくともこの世の事実を、論じるからさ。それは真実といっても良い」
「ああ、なるほど」
「君もそう思う?」
そういえばここでの(俺?)の名前は何だろう。同じ倫太郎かな。
「君の名前はりんたろう。
まかべりんたろう」
たとえば夢と現実の(現世の)接点はどこだろう。境界。
「うーん、どこだろうね。眠くなってきちゃった」
「君も、現世の人なのかい」
「さあね、分からない。現世の記憶がとんとないんだ。ユーレイかもね」
「あ、まって」
彼女は消えた。
現世の記憶?
現と夢との違いは、私は頭の感覚の違いだと思っている。夢はなんだか夢みたいにぼんやりしている。そしてなんだか暖かい。なんだい。
「ここは夢ではありません。現に私たちは、まともに自我を持ち、お話ししているではありませんか」
「そうだね」
「ね」
手をつないだ。温かい。人の暖かさだった。これは暖かい。なんだ、夢と現の違いなんて、はっきりしているじゃないか。自己の意思があるかないかだ。夢は全て映像を受け身で見ているだけだ。身体は動かない。
「それでね、お願いがあるの」
「何?」
「現実の世界で私を見つけてみて」
なんで?
「楽しそうじゃない」
朝になった。会社は休みだ。私は街に繰り出した。
道行く人を鑑賞する。私は歩道の椅子に座る。小一時間座った。飽きた。
あの子可愛いかったな。
……。寝た。
「会いたいからって強制的に寝るのは如何なものか」
あんがい、寝ようと思って寝たら寝れるものだ。自分でもびっくりした。
「もう、知らない」
「ところで、この国ではどういうことが行われているんだ?」
「この国ってこと? この夢の世界? 他の住人も現世の人たちなのかね、私も知らない。よくわからないけど、ここは、私が一度昔お酒をいっぱい飲んだ時と似ている。楽しくて、くらくらする。そんくらい」
「確かにここは酔っ払うな」
思うにあの議会は、この世界に統一を、もたらそうと思って、誰かかんやが始めたんだろう。政治の始まり。
俺はそんなことくだらないと思う。夢の世界ではぷわぷわしているのが一番だ。
「アイス食べよう」
売店でアイスを買ってきて食べた。二人で美味しいと言いあった。あのあとブランコを漕いだ。月が出ていた。靄が出てきた。
「帰りましょうか」
ジョシュアがそういった。ジョシュアの顔は日系だ。同じ日本だと思うけれど。名前はジョシュアだ。偽名かな。
まあ、本名を名乗ることもないか。
「私の名はジョシュア・T・サウスコード。忘れないでね」
彼女は消えた。