誤植
さようなら
さようなら
私はあなたに発表しました。
さようなら
さようなら
私はそう呟きました。
いつも同じ歌詞を三年間続けて呟いています。
両手とくちばしが塞がった烏が道に塞がって進めない、
そんな風にして野原を敬遠してから、訪ねたことは、ありません。
水飴を舐め乍ら坂を下ることはありました。
地獄に通ずるという寺邸の屏風は覚えています。
燃えるような赤で顔を覆った二匹の鬼が、
病者を訊ねて脅しているのです。
私は幾度も図書館に通っては、その屏風の名前を尋ねて、
本を訊ねて、いつしか顔が覚えられるくらいになって、
ふと気が付いて、習慣を絶えさせました。
父の名を、彼らはとうに知っていたのです。
怖くなりました。恐ろしく思いました。
区画のあったこの街に住む、そんな願望が途絶えたのは、
まったく、私が息子だったからなのです。
いつしか大人になりました。
私は母親以外の女性の裸を知りました。
それはかつて私が訊ねたであろう、
鬼の足元で唸りながら寝ていた、病者に恰好が似ていた気がします。
顔は覚えていませんが、しかし、
私は、彼女の顔を幾度となく眺め通しているうちに、
今度は自分の名が訊ねられる、そんな予感を悍ましく、思ったのです。