マスコット奮闘記
かるーく読んでいただけると嬉しいです。
ここはRPGの世界である。内容は辺境の村出身の主人公が勇者となり、様々な紆余曲折を経て、邪神を倒すという非常に王道かつシンプルな物語である。
しかし戦闘システムの斬新さや、ミニゲーム等のやり込み要素の豊富さからそこそこの評判を呼びそこそこ売れた。
私はそのゲームで主人公一行のサポート役を務めるマスコットキャラに転生していました。
世界の名前、自分の名前をどこかで聞いたことあるなーと前々から思っていたある日のこと。うっかり転んで頭を打った時、あのゲームのことを思い出した。
私があのリルルに成り代わっただと!?
転生したと悟ったとき、人外に生まれたと気づいた時以上の衝撃だった。
マスコットキャラことリルルは森に住む精霊の一族の子供である。邪神を倒す為に各地の神殿を攻略する際、ギミックを解除するのに役立ったり、また戦闘でも回復や支援魔法を行使したりするなど、使えるマスコットである。
おまけに見た目はレッサーパンダをモチーフにしたような愛くるしいキャラクターである。当然ゲーム中でも人気が高く、リルルのぬいぐるみが発売されるほどだった。触り心地が良く、前世の私も買ってしまった。
あの可愛さ全開のリルルになってしまったなんて……。
森で生活している一族なので鏡など持っていない。湖の水面を覗き込んでみると、なるほどもふもふしたレッサーパンダがこちらを見ていた。
可愛い、のだろう。人間から見たら。
私はといえば、前世の記憶を持って生まれてしまったことにてんやわんやで、落ち着いた時にはもう見慣れてしまっていた。何せ一族全員がこんな見た目である。1年で飽きたわ。
見た目はともかく、問題は中身である。
前世が人間であった私は、突然獣になってしまったことにショックを隠し切れなかった。確かに可愛いかもしれないが、それじゃあ自分がなってみて嬉しいかという話である。
この種族自体は常時二足歩行なのでそれは助かった。しかしそれを差し引いても、どうにも獣らしい仕草というものが私には備わらなかった。仲間を真似してみたりもしたが、どうしても真似の領域から抜け出すことは叶わない。
そんなわけで、仲間には変わり者扱いを受けている。幸い精霊の一族はおおらかかつアバウトで、いじめなどは受けていない。
おまけにゲーム中のリルルは、愛らしい仕草に加え、非常に可愛らしい性格をしている。
主人公をゆうしゃさま、と呼び、がんばるの! と短い手足を動かして精霊魔法で魔物を倒していた。
いや、あれを元人間の私がやれと? 一度、水面を見ながらゲームのリルルを真似て「リルルなの!」と笑顔を作ってみる。
……色々きつい。元アラフォーにこれはきつい。あざとすぎるわ!
精神的に無理だったので、キャラ作りは諦めることにした。もともと前世でも、人と話すのは苦手であり、おまけに愛想がないとよく言われたものだ。本来のリルルとはかけ離れてしまうがしょうがない。
そして、キャラ作り以上に大切なことがある。
私は魔法が苦手なのである。転生したと自覚した当初、魔法が使えると知ってそれは猛特訓した。が、一向に上達する気配はなかった。精霊魔法は多少使えるものの、戦闘に必要な回復や支援魔法などは一切使えなかった。
魔法を習っていた両親にも「才能がない」とばっさり切られてしまった。
ゲームのことを思い出すまではしょうがないと諦めていたが、リルルに成り代わった以上、それなりのスペックがないと困ることになる。もう一度今から修行をやり直したとしても、ハイスペックマスコットキャラになることは到底叶わないだろう。
これから旅に同行する時にどうなるんだろうかと不安になっていた。
……が、よくよく考えてみれば、そもそもリルルは一族一の精霊魔法の使い手であった為に、邪神を倒す旅に同行することとなったのだ。
あれ、ということは私選ばれないんじゃね?
何ともあっさりと結論に至った。
しかし旅に行かないにせよ情報が欲しい。今はゲームのどのあたりなのだろうか。勇者がこの森を訪れるのはゲームでは序盤である。この森は精霊の住処だけあって、閉ざされた空間にあるため外の情報を得るのは難しい。
邪神の力が世界に広がり始めると魔物が活性化し、この森も被害を受けるかもしれない。
私は、現在の世界情勢を知るべく、長老の元へ向かった。
□ □ □ □ □
それから何か月か経った頃、勇者一行がやってきました。
人間を見たことがない子供達はみんな頭を僅かに出し、木の陰から長老と勇者様が話しているのを窺っている。私も例に漏れず、目立たないように細心の注意を払いながら、彼らを観察した。
人数は4人だ。
まず、主人公のいかにも、という感じの勇者、そしてスタイルの良い女魔法使い、チャラそうなシーフの男、清楚な神官の女性である。
彼らがここに来た理由は、神殿にある封印の扉の解除に精霊魔法が必要だからだ。精霊魔法とは、文字通り精霊にしか使えない特殊な魔法のことである。
「それで、力を貸して欲しいのですが……」
「あい分かった。誰かひとり、旅に同行させよう。そうじゃのう……リルル、彼らと共に行くのだ」
名前が呼ばれた瞬間、一緒に隠れていた仲間がばっと一斉にこちらを見た。それで私がリルルだと理解したのか、勇者一行は興味津々といった様子で見つめてくる。
私は渋々、隠れていた木の陰から出て、長老達の元へ向かった。
しかし、私はまだ説得を諦めていない。
「長老様、私は精霊魔法はあまり得意ではありませんし、勇者様方について行っても足手纏いになるだけです。精霊魔法ならフィンの方が……」
「ふぉふぉふぉ。それはこれからの旅で学んでゆけば良いこと。リルル、お主は外の世界に興味があるのじゃろう? 彼らとの旅で世界を見てくるといい」
確かに外の世界の話を聞きにいきました。しかしそれは、今がゲームでいうとどの時期なのかが知りたかっただけなんです。誤解だ!
しかしゲーム云々を言う訳にもいかず、他に言い訳も思いつかなかった為それ以上言い返すことが出来なかった。そもそも、勇者に同行するなんて本来名誉なことなのだ。本来のリルルも喜んでついて行っていた。
「……リルルです。よろしくお願いします」
こうして、私の不本意な旅は始まった。
□ □ □ □ □
ホントに、足手纏いですみません。
私が活躍できることと言えば、精霊にしか使えない精霊魔法を使って、各地の神殿の封印の扉を解除したりするだけである。
文字にすれば、それなりにすごいことのように聞こえるが、現実は違う。
ゲームの演出の仕様かもしれないが、本来のリルルは封印の扉を前にするとあっという間に解除していた。ところが、私の場合、封印を解読し、少ない魔力を扉に送り込んで、解除の魔法を唱えるまでに少なくとも10分はかかる。下手すると30分かかることもあり、その間彼らを待たせているのが申し訳ない。解除している姿をずっと見られているのも心臓に悪い。パーティに入って日が浅い私は、精霊魔法を悪用するのではないかと、疑われているのかもしれない。
ろくに戦えない私は、戦闘中は常に邪魔にならないように岩陰に隠れている。
なので、せめて戦いとは関係のない野営の準備などは積極的に手伝うようにしていた。
「リルルちゃん、大丈夫?」
「はい、平気です」
失礼な、これでも元人間です。そんなに心配しなくても皿を割ったりしませんよ。
愛想とは無縁の返事を返しながら、神官さんに渡された料理が入った皿を運ぶ。慣れたものだが、当然人間よりも足が短い為に一々歩くのにも時間がかかる。森での暮らしはみんなのんびりしていたので、料理が冷めないように急いで運ぶのも一苦労だ。
ちなみに道中は流石に私の足では置いていかれてしまうため、ローテーションで抱っこされていたり、肩に乗ったりと様々である。いや本当にすみません。
でもできれば、尻尾をもふもふするのは止めてください。
「勇者様、ご飯です」
「ん、ありがとうリルル」
にこにことしながら頭を撫でてくる。
なでなで。
なでなで。
……勇者様、早く料理を貰ってください。折角急いで持ってきたのに、冷めてしまうでしょうが。
それから、神官さんによってみんなの料理が配られ終えるまで、勇者様のなでなで攻撃は続いた。
□ □ □ □ □
元人間でも、毛繕いは必要です。
精霊と一口に言っても様々である。実体を持たないものもいれば、私のように普通の動物のような種族もいる。見た目も千差万別である。そのため、私達の体は普通の動物のように毎日の毛繕いが必要不可欠なのだ。さすがに毎日行っていれば、抵抗感はなくなる。
道中の休憩中に全身の毛繕いを始める。旅を始めてから、森にいる時よりも格段に汚れるので、休憩の度に念入りに行うことにしている。
今日も今日とて毛繕いをしているのだが。
「……」
視線が痛い。最近気づいたのだが、何故かシーフさんを除く3人は私が毛繕いを始めると武器の手入れの手を止め、じーっと見てくるのだ。毛繕いが珍しいのかとも思ったが、流石に毎日見られているとストレスが溜まってくる。もともと注目されるのは苦手なのだ。
私に気にせず、どうぞ武器の手入れを続けてください。
じーっ
「……」
じーっ
「……」
我慢できない!
私はぱっと身を翻すと、木陰で休んでいたシーフさんの後ろに回り込み、木と彼の間のスペースに滑り込んだ。
「お、おいリルル」
傍観者気取ってないで助けてくださいよ。
シーフさんを風避けならぬ視線避けにし、私は安心しながら毛繕いの続きを始めた。
□ □ □ □ □
魔物との戦いでシーフさんが怪我をした。
といっても深い傷ではなく、軽く手当てすれば大丈夫なもの。
回復魔法は効果は絶大なものの、あまり使いすぎると対象者の体に負担がかかるらしい。なので、あまり大きくない傷は傷薬を使うことになっている。
「大丈夫ですか?」
「これくらい、どうってことねえよ」
にかっと笑う彼は怪我しているのに元気そうだ。シーフさんは素早く動く為に装備は軽装である。しかもナイフなどのリーチが短い武器を使うので、他の人達よりも傷を負うことが多い。前世では紙装甲なのですぐに戦闘不能になったな、と思い出す。
戦えない私ができることは少ないので、手当てを買って出た。
人間の体よりも小さく動きにくい。シーフさんの周りをちょこまかと回りながらひとつひとつ傷薬を塗っていく。
すると、先ほどからこちらをじっと見ていた魔法使いさんがつかつかとこちらに近づいてきた。怒っているのかちょっと怖い顔をしている。
「後で来なさい」
彼女はそれだけ言って野営の準備に戻ってしまった。シーフさんを見上げると、先ほどまで元気そうだった顔色が一気に悪くなり、ぶるぶると震えている。
戦いの反省会でもするのかもしれない。一番怪我をするのはシーフさんだから、よく怒られているようだし。
私は彼を激励するべく、頭を撫でるのであった。なんか、弟っぽいんだよな、シーフさん。
□ □ □ □ □
リルルの、はじめてのゆうかい!
……っと、現実逃避している場合ではなかった。
文字通り、誘拐されました。相手は邪神の配下……ではなく、小物そうな山賊の一味である。
ストーリーと全然関係ないんだけど!
しかも、こんな展開ゲームには存在しなかった。現在主人公一行は、邪神の根城である闇の神殿に向かう所であった。彼らが魔物と戦っている間、いつものように岩陰にびくびくしながら隠れていた時、突然目の前が真っ暗になった。何かの魔法を使われたのだろう。
山賊のアジトらしい小屋では、見張りの山賊の以外にも、見たこともない種族の子供達が同じようにケージに入れられて、きゅーきゅーと悲しげに鳴いている。
私、どうなっちゃうんだろう。勇者様達は助けにきてくれるんだろうか。
冷静になって考えてみれば、優しい彼らのこと、きっと私を心配しているだろう。
しかし、邪神の力が世界を覆うまで、残された時間は少ない。ゲームとは違い、サブイベントを起こしている間にストーリーの時間が進まない訳ではないのだ。
ましてや、闇の神殿は目と鼻の先である。どこにいるか分からない私を探すよりも、先に進むのではないか。
私が、本当のリルルだったなら。
こんなケージ、すぐに壊して脱出できただろうか。いや、そもそも本来ならリルルは戦闘に参加しているはずなのだ。だからこうして隙を見て捕まることもなかっただろう。
ぽろぽろと堪え切れずに涙が零れる。
私、どうなっちゃうんだろう。毛皮を剥がされて売り飛ばされるかもしれない。これでも精霊の子だ、変な実験の材料にされるかもしれない。
せっかく生まれ変わったのに、こんな最期なんて……
「リルル!!」
刹那、ドカーンと鼓膜が破れるほどの爆音が轟き、入り口の扉、いや壁まで吹っ飛んだ。
そこにいたのは、山賊の血を浴びた魔王……ごほん、勇者様達だった。泣く子も黙る、とはこういうことを言うのだろう、あまりの凶悪な威圧感に涙も引っ込んだ。
「な、なんだお前らは!?」
「リルルを、返せ!!」
突如現れた彼らに山賊達は動揺しながらも剣を取り、そして鞘から抜く前に巨大な衝撃波にぶっ飛ばされた。
あの、勇者様? その技はレベル999になったら覚える、スタッフがおまけで作った伝説の技ではないですか!?
ちなみにこのゲーム、通常クリアレベルは90から100レベルほどである。前世の私は、誰がこんなにレベルを上げるんだ、と攻略本に書かれていた技を見て呆れていた。
「リルル、すぐに助けてあげますわよ!」
魔法使いさんはそう言って巨大な火球を頭上に作り出す。
あの、その魔法の習得方法って、確か闇の神殿で魔導書を手に入れなきゃいけないはずなんですけど。……自力習得したんですか、そうですか。
「リルルちゃん、大丈夫?」
神官さんは祈りに使う杖で、山賊の皆さんをばったばったとなぎ倒している。
あの、シーフさんも一緒に巻き込まれて気絶しましたけど。
10秒も経たないうちに戦いは終わり、私はあっさりと救出されました。
この後、強すぎる勇者様たちを前に邪神はあっさりと倒され、世界に平和が戻った。
余談だが、森に帰ろうとした私を引き留めて、誰が私と一緒に暮らすかと一悶着あったが、私がシーフさんを選んだことは言うまでもないだろう。
裏タイトル「シーフさん不憫記」
とりあえず何が言いたかったかというと、レッサーパンダかわいい。