黄金の公爵と護りの約束を
「あれ? いない」
「そうですね」
ぐっとエディスさんに手を握られる。気が付くと周りにいたはずの護衛はみんな、いなくなってる。どうしたんだろう?
「ねえ、どうしたの?」
「何でもありませんよ」
心なしか、足取りが速い。
「何か、あったの?」
「いえ、何も」
向ける笑顔がちょっとだけ、かたい。何か、変。
「おに……」
どんっと、エディスさんに体当たりをされる。
「うっ!」
僕と同じくらいの、細すぎる体なのに、威力が高くて、僕は後ろに跳んだ。
【護り神 此処に!】
じゃりじゃりとエディスさんが足で砂をかき混ぜ、模様を描く。
「わっ」
ぐっとエディスさんに抱かれる。全身でかばってくれようとしてるんだと思う。でも、体が同じくらいの大きさがから、抱きつかれているだけにしか、思えない。
「これって、ダメなんじゃあ……」
「ええ、いけませんね」
見ると、エディスさんが苦笑した。今、僕らの周りはキラキラと光ってる。
「兄様、異端魔術師……なの?」
「すみません」
これは、きっと、紋章術。詠唱だけじゃなくって、紋様を描いて威力や効果を増したり変化させたりする。ずっと、ずっと昔――僕が産まれるよりも前に使われてた。でも今は禁術にされ、そして異端となった魔術。
「エドワードさん、少し待っていてください」
「うん」
そんな人が、軍にいていいのかなって、少しだけドキドキした。
「大丈夫ですよ」
くすっと、僕を安心させるように、エディスさんが笑う。
「私が、守りますから」
「うん。分かってる!」
エディスさんがぎゅっと僕の肩を握る。
「あ、でも……戦えないって」
「ええ。ですから、戦わずに守ります」
「そんなこと……」
「します」
ぎゅっと、ぎゅっと。出来るんじゃなくって、する。そんな不確かな、もの。
「エドワードさんはここで待っていてくださいね」
絶対に、と付け加える。それに、素直に頷く。
それからの、こと全て。僕は、何も知らなかった。僕は、何も出来ない。僕は、何も聞いてない。
彼は殴られる。彼は蹴られる。彼は抵抗しない。されるがまま。悲鳴もあげない。
「あ、わ」
白く、外の様子が見えない護りの中。僕は丸くなっていた。
「やだ」
ビキッと音を立てて、護りにヒビが入った。
「助けて」
ビキビキという音が、する。
「こ……っ」
喉が、カラカラ。痛い。
【黒の衣を羽織る者
我から授かりし称号を持ちし者
今 此処に来たれ】
喉が、熱くなる。声に僕以外の力が宿る。
【キリガネーッ!!】
喉から、赤い光が出る。
「まったく、どうしてもっと早くに呼ばないのですか……」
その声が聞こえた時、視界が真っ暗、闇に覆われる。
「キリー、遅い! お前は僕が呼ばないと来てくれないのっ!?」
「ええ。レイラルド様のお仕事をお手伝いしていましたのでね。それに、エドワード様が勝手に出ていったのでしょう」
「そ、そうだけどっ。もう! キリーは僕とお父様のどっちが大切なの!?」
黒の滑らかな髪を首辺りで結った男。氷のように冷たい瞳も、黒。でも、笑うと凄く柔らかくなる。服も黒。真っ黒な執事服。
「勿論、貴方です。エドワード様」
跪いて、手を取って。そして甲に口付けを。
「ふん。信用ならないねっ」
ふいっとそっぽを向いてもキリガネの表情には変わりがない。
「エドワード様、ご命令を」
「うん!」
キリガネが、僕を守るために歩を進める。
【てっ、敵を殲滅しろ! キリガネ!】
エディスさんが張ったシールドを突き抜け、キリガネが一直線に走っていった。
「あぁ……」
ぎゅっと体を抱きしめる。
「怖いよ、お父様」
こんな時にばっかり出てくる。本当に、あの人は卑怯者だ。ズルイよ。