さよならのキスをしよう
【誰が祈った
この私よ
私の力
愚民ごときの祈りが届くはずないわ
跪きなさい
ひれ伏せ ひれ伏せ】
アーマーが大声で笑いながら詠唱をつむいでいく。少し前の方ではフェリオネルが半泣きになりながらも魔物を切り刻んでいっている。私の隣でレイヴェンはナイフを投げて魔物の動きを止めている。そして私は、皆を護っている。私の能力は、バリアーを張ること。薄くてすぐに割れてしまうのだけれど、少しは守っていられるわ。
【私の力の元にひれ伏しなさい
大聖女の政権】
アーマーの詠唱が、終わった。
「いきますわよ!」
私なんかと違って、アーマーは強い。戦闘にも慣れている。今のように、彼女が魔物を使うと近くにいる魔物はあらかた始末できてしまう。
「な、なかなかっ……難しいですね」
フェリオネルがレイヴェンに言うと、レイヴェンはそれに頷いた。うっすらと額に汗がうかんでいる。
「多すぎですわ!」
魔物一匹一匹は強くないのだけど、数がとにかく多い。私たちは戦っている間に魔物に囲まれてしまっていた。所々上がる悲鳴を開くところ、他の人もそうなのかしら。
「キリがないですね」
「フェリオネルお兄様、私まで心配になってきますので、止めてくださいな」
アーマーが苦い顔で返しているのを見て、私はバリアーを強くしようと思った、その時、
―無駄だよ。そんなの効かないもん!
少年の高い声が聞こえてきた。
ゾワッと背中を何かが走った。強度を最高にした時、
「レイアーラ!」
レイヴェンが私を抱きしめた。アーマーの悲鳴なんて、珍しいわと考えていたら、目が真っ赤に染まった。
「誰! 何!?」
フェリオネルが目を吊り上げて怒鳴るのも、珍しいわ。
「あはっ、それ教えちゃったら駄目じゃない」
場違いなふわふわとキャンディーのような声が聞こえてきた。白いコートを紅く染めた人間が魔物の山に座っている。
「こぉーんにちは、三兄妹さんっ」
歌うように言ってその人間が走り出してくる。手に持っていた槍を放り投げ、
【覇王の脈動】
新しく出した剣で走ってくる。アーマーが腰の剣を抜き、フェリオネルが槍をはじく。
「バスティスグランを舐めるな!!」 剣ダコが教えるとおりの剣の腕だった。アーマーは速さにものをいわせた剣で、人間を攻めた。
「……怖いなあ」
クスクスとその人が笑う。アーマーが剣をはじき、コートを破く。
「あ、ソレは困るなあー」
ドンッとアーマーの肩を押して逃げた。
「……嘘」
フェリオネルが盾になってアーマーを受け取る。霞んでよく見えない。少しの間ぼうっとしていたが、すぐに寄ってきてくれた。
「大丈夫ですか!? すぐに治療します!」
「いえ、いい、です。私より、も……レイアーラ、を」
私に体を預け、ピクリとも動かない。
「僕も、頑張りますから……兄さん!」
「レイアーラを!!」
真っ白な顔色をしたレイヴェンに、泣きそうな顔をしたアーマーとフェリオネル。それに、レイヴェンと同じ槍で脇腹を貫かれた私。
「いいですか、アーマー、フェリオネル。私はもう、助かりません。たとえ奇跡が起こったとしても。だから、レイアーラを、お願いします」
「はい、お兄様。分かりました」
ぐ、とフェリオネルが槍を掴んで、アーマーが詠唱を始める。
「レイアーラ……」
「はい」
血だらけで、頭がおかしくなり始めている私にレイヴェンが笑ってくださる。
「愛、して、まずっ」
ずるりと内臓を一緒に引き抜かれたような痛みをさせて槍が抜かれた。私は半分、治った、けれども。
「夢をかなえてくれて、ありがとう。私のレイアーラ」
そして私たちは最後のキスをした。血の味のさよならの、キス。
「格好、良いわ」
そっと貴方の頬を撫でる。
「死んでも格好良いなんて、ズルイわ」
腐り始めた肉がべチャリといって皮膚が私の指につく。それを舐め上げて、笑む。
「レイヴェン、愛してるわ。死んでも」
抱きしめて、キスをして。これがおとぎ話なら貴方は目を開けたのかしら。
「だから、私、殺すわ。ごめんなさい……もう少しだけ、待っていて!」
愛しているわ、私だけの騎士様。
誰かが、玄関の鈴を鳴らした。それを私は笑顔で迎えに行くの。殺す、それだけのために。私の夢のために。
【END】