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触れた手から伝わる……

「レイアーラ」

 そっと手を握られる。貴方が握ってくださる。

「はい」

 この手から伝わるのは、いつも私への想い。

「私の話を覚えていますか?」

 私への愛。

「忘れるはず、ありませんわ」

 貴方の言ってくださる言葉なら何一つ。忘れるなんて勿体ないこと、私にはできませんわ。


「軍師准尉になることです」

「軍師……准尉?」

 首を傾げると、ふうとため息をつかれた。

「ご、ごめんなさい。まだよく分かっていないの」

 この義理の妹には、こういう態度をよくとられた。でも、それは私だけではなく、他の人にもだそうだけれど……少し、辛かった。

「勉強不足です」

 なのはよく分かっていたので、何も言えなかった。

「ごめんなさい」

「軍師准尉とは、その名のとおり准尉に昇格するとなることができる役です。後方から作戦を見、前線で戦っている指揮官に全体のアドバイスをする者です」

 一番後ろでずっと遠くを見るような顔をし、時々広範囲魔法を撃ち放っていた人がそうなのだろうか。

「まだエディス大佐さまには対となる軍師がおられないんです」

「あ、貴女もエディスをっ?」

「エディス大佐様は素晴らしいお方です!」

 ぱああっといままで見たこともないような笑顔をアーマーが満面に浮かべる。

「私が一っ番、尊敬している方です!」

「そ、そうなの……」

 不思議だわ。私の妹はいつも私の弟を想っている。

「はい! ですから、早く軍師准尉となり中央に行き、エディス大佐様のお力になりたいのですっ!」

 ぐっと右手を強く握り締める、その姿が似ていて。

「義姉様?」

 私の、妹。二人の妹。

「義姉様? どうされました?」

 抱きしめた小さな妹が困った声を出している。しばらくした後、手を離したらもう何も口に出しはしなかった。静かに、そのままでいてくれた。

「お、義姉様の夢はなんですか?」

 離してちょっと後に聞いてきたことに私は戸惑った。

「私の夢……は」

 昔は早く素敵な方を迎え、王妃となることだった。でも、今は。今はそんなことは夢にも見なくてよくなった。私はもうレイアーラ・ティーンスではないのだから。私はもう、姫ではないのだから。

「夢を持つこと、かしら」

 アーマーがきょとんとした顔をする。

「あ、ごめんなさい……また、私」

「義姉さまにも見つかると思いますわ」

 くすっと彼女が微笑む。

「素敵な、義姉様だけの夢が」




「私の夢、ですか?」

「ええ。よかったらでいいのですけれど、お聞かせ願えませんか?」

 レイヴェンの部屋は、いるととても気持ちが良くなる。多分、レイヴェンがいるから、なのでしょうが。

「いいですよ。私の友人ならば誰でも知っていることですから」

 この、月の明るい夜のような人がいる。それだけでここは私にとっての天国となる。

「私の夢は小さな時から今まで変わったことがありません」

「お父様の護衛になること、ですか?」

 アーマーの夢を思い出して、言ってみる。するとレイヴェンが少し困った顔をした。

「いいえ、違いますよ。言ったではありませんか、今までと」

「あ。ご、ごめんなさい」

 W.M.A黒杯の軍、戦闘科の内の一つ、近衛部が元々レイヴェンの所属していた部。今は近衛部ではなく、治安維持部に所属を変えてしまった。勿論、全て私のせいで。

「貴女が謝ることなど、何一つありません!」

 とレイヴェンは言ってくださいますけど、どう考えても、悪いのは私です。私がパートナーになってしまったことで、近衛部から外されてしまったのですから。

 もし、ガスパーク准将が、

「バスティスグラン? ああ、烏か。もう少し遅かったらわざわざこの重たい腹抱えて家まで行かにゃならんとこだったぞ」

 と丸いお腹を叩いて言ってくださらなかったら、どうなっていたか。

 いつでも私はレイヴェンのお荷物なのですわ。

「レイアーラ、私の夢は王ではなく、たった1人の姫君を自分の手で守ることなのです」

「姫様です、か?」

 熱っぽい瞳で言われても、何のことか私は全く理解ができませんでした。ああ、愛しい人のことすら理解できないこの頭が憎らしい。ですが、この国に「姫君」という名を持つ方など、もういるはずがないのですもの。

「はい。私が一目で恋に落ちてしまった女性です」

 羨ましい、という言葉が喉を切り裂きそうなほどに出て行こうとしていても、首にしまっておいた方がいいのですわよね、きっと。

「東部へ国王がいらしたときに一緒に来られたのですが、もうそれはそれは、東部中の美人を集めても見つからない程の美しさでした」

 私の弟よりも美人なのかしら? だとすれば、私ごときでは勝てませんわよね。

「国王のマントの裾を白い小さなお手でつかんでおられた姿を拝見した瞬間、私は天に昇りそうな気分で両手を振ってしまいました!」

 どうしてアーマーはその時止めてくれなかったのかしら。いいえ、きっと、その時は一緒にいなかっただけ、ですわよね。

「そうしたら、私に向かって花よりも美しく微笑んでくださったのです。それも、手を振って! あの時は私、そのまま天に昇れるかと思いましたっ」

 それは困りますわ。私が貴方と出会えなくなってしまいますもの。

「本当に、今でも世界中の誰よりも、神よりも美しい、私の姫君。貴女を護ることが私の夢なのです」

 手を恭しくとられ、甲に口付けられる。私はすぐに顔を真っ赤にさせてしまいましたわ。ど、どうしてレイヴェンはこんなにも格好いいのかしら!

「空よりも甘く雲を溶かす至高の水の色を持つ、私の姫君。レイアーラ。どうか、涙だけではなく、その身も心も全て、私に護らせてください」

「……どうか、私を護ってくださいませ。私の騎士様」

 私の夢は決まりましたわ。貴方に護られること、それが私の夢、ですわ。




 戦場はいつも最初だけは美しい。そう、エディスは笑っていました。本当に、そう。砂埃だけが汚れたもので、後は全てが美しいわ。

「もうすぐ始まります」

「今日は大変そうだね」

 黒の上着と白のミニスカートにガッチリとした軍用ブーツを身に付けたアーマーは細身の剣を腰に差したままの状態。

「エディス大佐様がおられませんからね」

 赤の上着と黒のズボンに硬い素材で作られた強化靴を身に付けたフェリオネルは攻撃力の高そうな、大きな剣をおどおどとした様子で持っている状態。

「でも、だから、僕が、僕らが頑張らなくちゃいけないんだ」

 それでもアーマーの手を握ってぎゅっと前を向く姿は立派なお兄ちゃん、だった。

「レイアーラ」

 その様子を二人分くらいあけた所で見ていた私の手に、そっとレイヴェンの手が触れた。

「はい。なんですか?」

「夢を、覚えてくれていますか?」

 力強い、貴方の腕に抱きつく。

「はい。勿論ですわ」

 貴方に夢がある。だから、私は進める。この先になにがあろうとも。

 私に夢がある。だから、貴方は進んでくれる。私の、夢のために。

 私の夢、貴方の夢。叶えようとしてはいけなかった、たった一つの夢。

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