壊れる音が聞こえる
幸せはどうして、こんなにも大切なのかしら? どうしてこんなに小さなことでも人は幸せだと思えるの? きっと、人が小さなことでも傷ついてしまうからなのよね……。
ふんわりと揺れるスカート。
「な、なんだか変だわ」
それを初めて脱いで、ズボンを穿いた。
「まるで裸のままみたい」
かあっと頬を赤らめ、レイアーラは顔を手で隠す。足にぴったりと吸いつくようなズボンは、服ではなく、皮膚のように感じられる。
「変だわ。ねえ、アーマー、私、変ではなくって?」
心配になり、年下の義妹に聞いてしまう。だけど、彼女は苦笑して、
「いえ、とてもお似合いですよ」
と返すだけ。ああ、どうしましょうっ!
「レイアーラ、準備はできましたか?」
「いえ! あ、は、はい!」
愛しいレイヴェンの声が締め切られた扉の向こうから聞こえた。化粧台とタンスだけしかない、狭い部屋から出る前に、もう一度だけタンスの姿見で自分の姿を確認する。
「よ、よしっ。行きます!」
パンと気合を入れ、茶色の扉を開く。
「お待たせしました。すみません」
扉の右横で待っていてくれたレイヴェンに少しだけ微笑む。だけど、彼はレイアーラを見て硬直している。やはり、おかしなところがあったのだろうか?
「あ、あの! なにか変ですか? 私、ズボンは初めてで……っ」
「流石」
ぽつっとレイヴェンが何かを言おうとする。
「流石、私のレイアーラ」
「え、えっ?」
強く抱きしめられる。
「ドレスやワンピースだけではなく、ズボンまで着こなせてしまうんですね、レイアーラは」
とても良く似合っています、と耳元で囁かれる。
「あ、ありがとうございます」
貴方の一言が、嬉しい。
「お兄様、義姉様、そろそろ時間なのですが」
時計を真っ直ぐな目で見つめた後、二人をアーマーがじろりと睨みつけた。
「遅れたら、怒られちゃいますよっ」
次男のフェリオネルがトコトコ大きな体で走ってくる。
「分かった、分かった」
ははっとレイヴェンが笑う。
「武器は持ったか!」
「はっ、はい!」
「はい」
レイアーラとフェリオネルが慌てて、アーマーが落ち着いた様子で剣を上につき出す。
「魔法の詠唱確認はしたか!」
「はい!!」
これはフェリオネルとアーマーが力強く。レイヴェンの作った魔法は、この兄妹以外使用する者がいない。趣味が悪い詠唱内容のため、俺様呪文、と他の人からは呼ばれ、嫌がられている。そのため、忘れたり間違えてしまうと、大変なことになってしまう。
「敵を恐れず立ち向かう勇気は持ったか!」
「はい!」
「危なくなったら走って逃げるだけの体力は残しておくように!」
「…………はい」
死んでしまっては何にもならない、と圧倒的不利な状態での敵前逃亡は許されることになっている。そのため、少し魔をあけたが、全員返事をした。
「レイアーラは所持したか!」
「は……いえ、無理です」
「無茶を言わないでください、お兄様」
レイヴェンは笑って、私は幸せ者だと言う。それにレイアーラはまた、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに顔をほころばせる。
「よし、では、バスティスグラン家、いざ出陣!」
「はい!!」
東の果てにある岬にて魔物の巣が発見された。そのため、東部軍指令棟は全力でそれの撃破に向かうことになった。私がレイヴェンのパートナーになって、約一年。初めての大規模な壊滅作戦だった。