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幸せで胸を痛めて

「義姉様、そうではありません」

 ふうっとアーマーが短く息を吐いた。

「玉ねぎのみじん切りは、線にそってではなく、横に切るのです」

 トントン、と規則正しい音を立ててアーマーが切る。

「わ、私も!」

 ぎゅっと気合を包みこんで、包丁を握る。

「義姉様、ちゃんと猫の手で」

「いたっ!」

 ぷくっと赤い玉が指にできる。

「救急箱を」

 アーマーはそれだけ言うと、スタスタ歩いていく。

「またやってしまったわ……」

 ほう、と息をレイアーラは吐いた。

「どうしました? レイアーラ」

「きゃっ」

 ふわっと肩を抱かれたのに見ると、

「あなた」

「ただいま、レイアーラ」

 柔らかく、微笑んだ夫。

「おかえりなさい。……あなた?」

「レイアーラ、指を」

「え? あ、こ、これは」

 ささっと隠そうとしたが、掴まれ無理になってしまう。

「痛かったでしょう……」

 と、レイヴェンが顔を曇らせる。

「ええ。でも、大丈夫よ! もう慣れたもの」

 レイヴェンは、レイアーラが微笑む姿がいじらしくて、愛しくてたまらない。その白い指を口に近づけた。

「いけません」

 レイアーラの頬が桃色に染まる前に、ガッという音と共に後頭部に衝撃が走る。

「だっ、大丈夫? あなたっ」

「少し、痛かっただけ。……コラ、アーマー」

 前半は泣きそうな顔をするレイアーラに。後半は救急箱を持って立っているアーマーに。

「お兄様、口の中にはばい菌がたくさんあります。やめてください」

 きっぱりとした口調と態度で妹に言われ、レイヴェンははいはい、とレイアーラの手を解放した。

「義姉様、手を」

「はい」

 救急箱を開き、消毒液をプシュプシュと鳴らして吹きかける。すでに血が止まっていた傷口の血を拭き、バンソーコを貼る。

「終わりました」

 アーマーの手を見つめる。レイアーラのものよりも色黒く、そして傷ついた手。日々の家事や軍事訓練のためにこうなってしまった。生きる、ということをよく知っている手だ。

「アーマーの手は綺麗ね」

 ぎゅ、と握り締める。なんて、なんて羨ましい手なのだろうか。

「自慢の手ですから」

 にっこりとアーマーが笑う。また、羨ましい。

「私はレイアーラの手の方が美しいと思いますよ」

 ひょいと手が伸びてくる。

「白くなめらかで、細くて形が綺麗だ」

 その邪な手の持ち主は、レイアーラの手の甲に口付けた。

「お兄様、空気を読んでください」

 至極真面目な顔をして言うアーマーと、ショックを受けるレイヴェン。それを見比べた後、レイアーラがくすりと微笑んだ。


 幸せに、胸がしめつけられる。幸せに、胸が切り刻まれる。人が幸せすぎて死ねるということがあったのなら、この時の私は、きっと誰よりも先に死んでいたわ。

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