微笑みのあいさつ
ごめんなさい。
「まさかレイアーラ様が生物兵器になるとは……」
ごめんなさい。
「王女を軍に入れるのか?!」
ごめんなさい。
「シルク王女が亡くなったばかりだと言うのに!!」
ごめんなさい。
「もう王位継承者はいないんだぞ?!」
ごめんなさい。
全て、化け物だった私の責任だわ。ああ。ああ。ああ! どうして私は化け物になってしまったの!?
「レイアーラ」
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
王宮の中、私の部屋という独房、監視部屋。誰も来ない、逃げ場所であり、誰も来てくれない、寂しい避け場所。
「俺は謝罪の言葉なんて聞きたくないな。顔を上げろ、レイアーラ」
降ってきたのは乱暴な言葉。でも、とても優しい声。
「エディスさん……?」
その人物に私が気付くと彼は苦笑した。
「どうやってここに?」
「忍び込んだに決まってるだろ。だから静かにしてくれ」
見つかると流石にヤバいから、と人指し指を唇に当てて言う。妹の好きな、人。
「いいか、今から俺の言う事を聞いてくれ。そして考えてくれ、自分の頭で」
それに頷く。何も分からずに。いいな、と彼が目を見てくる。はっとした。強い、強い、まなざし。
「……話してください」
きゅっと唇を噛んでから同じように彼の目を見つめる。一瞬優しい目をしてから、すぐに戻った。
「王位継承者は、後一人だけいる」
えっとも、嘘とも言えなかった。すぐに彼が逃げようとしたからだ。だけど、逃げる彼の服の裾を掴んだ。
「そっ、それは……だ、誰ですか?」
厳しく目を見つめあう。夜風が冷たい。やがて、彼が口を開いた。
「確か、俺の名は女に使う名前だったな」
「女?」
彼の名を浮かべ、考える。そして、引き寄せた。
「エディ? 貴方、エディなの?」
「やっと思い出したのかよ」
「赤ちゃんの時に数秒見ただけなんだから、覚えてないに決まってるでしょう」
ほろほろと涙が零れる。
「自分の事だけ、考えろよ」
「でも、貴方は?」
頬を優しく撫でる。額を合わせて、見つめあう。
「俺なら大丈夫、俺は強いからな」
ぎゅっと抱きしめる。
「生きるわ、エディ」
「なら、また会おうぜ。今度はこんな苦しいとこじゃ、なくってよ」
「ええ、必ず」
ふわっと、身を翻して城の外へと去って行く。
「……私じゃなくても」
窓を大きく音を立て、閉める。壁に立てかけてある細身の剣を初めて握った。命を奪う物は何と重たいことか。
「どうされました!?」
すぐに音を聞いてきた者があわててやってきた。それに少し笑みながら剣の鞘を床に投げつけた。ドレスの裾、荒く振り返る。そして剣を前に突き出し、声を張り上げる。
なるべく傲慢に、なるべく酷い女に見えるように。
「ひ、姫様!? いけません、そんな危ないものを持ってはっ!」
「お黙りなさい!」
私じゃなくても。
「私を通しなさい。それともお前は私の邪魔をするというの」
私じゃなくても、この国が生きて行くと言うのなら!!
「私を軍に連れて行きなさい! 私は戦場で舞う女となります!」
中央より離れた東の地。そこに私は来た。私はそこで最もよく知られた家へと行く。執事に連れられ、主の家族に見守られ。
国で一番美しいと言われたあの方には到底及ばないかも知れない。けれど、それでも負けじと微笑む。
ここからは、私が決め、私が選んで生きて行く。そう、主と共に。
ふんわりと天使の羽のようなドレスの裾を少し浮かし、優雅な礼を一つ。そして主を目にし、とろけそうに微笑む。
「本日より配給されました、認証番号120-646-650『愛を求める人形』です。お願い致します。我が主―……レイヴェン・バスティスグラン大佐様」
運命は残酷で、なんて甘く美しいことでしょう。