優しく抱きしめて
「レイヴェン様っ」
ふかふかとしたドレスを広げて彼女が来る。今日は彼女の髪と瞳と同じ色。水色のドレスだ。風にふわふわと揺れる髪には花の飾りが付いている。
「お早う御座います。今日もいい天気で……ど、どうされました?」
急にぎゅっと抱きしめられ、彼女は顔をぽかんとさせている。
「大好きですよ、レイアーラ」
ああ、なんて愛しい人なんだろう。きっと俺は彼女に何があっても、愛する事を止められないだろう。
「いい風ね。そう思わないかしら?」
「……いい、風?」
「え、ええ」
それにこくりと頷くのは、一人の少年。つい、先日まで軍人であった少年だ。
「月……月に、魅入られたのでは、ないのですか?」
「え……え、あ。い、いえ! かかか風が……!」
「分かってますよ、姫。夜の騎士とのことは」
くすくすと優しく微笑む。その瞳が包帯によって隠されているのが残念だ。
「姫と呼ぶのですね、ミレイディアス」
「ええ。私はもう、貴方の騎士にはなれない。この瞳が光を持たないから」
十五歳。一つ下の――元、婚約者。
「だけど姫。今は貴方を守ります。月の代わりに。だって私と貴方は、お友達ですからねっ」
感覚で走っているのか。目が見えなくとも、杖もなしに走るミレイディアス。私の、友達。
「あ! ねえミレイディアス。今度一緒に――」
とんっと軽く、彼の体が当たってくる。その事に驚き、体を引っ込めてしまった。ふらつき、私の腕の中に、落ちてくるはずだった彼は、私の顔を見て、微笑み。
「ごめんなさい、レイアーラ。私は、貴方をまだ、愛していた」
「え?」
さらに一歩、下がる。彼は地面に頭を打つ。鈍い音がした。
「幸せに……なって、下さい。レイアーラ」
その時、だった。私が真実の意味で目覚めたのは。
ミレイディアスの前にいた。ミレイディアスが私から守ってくれたヴァンパイアが私に襲い掛かってきた、その時に
「寄らないでぇええええええぇっ!!」
頭の中で 響いた声が、
【愛を求める者 機動します】
掠れて、私の口から出た。
「ミレイディアス……私、能力者だったわ」
とっと血溜まりの湖に、寝ている友の傍らに座る。
「ごめんなさいは、こっちの台詞よ」
彼の白い肌にこびりついた血を降る水で洗う。
「私、貴方を優しく抱きしめられなかったわ。ごめんなさい、ミレイディアス」
頭を撫でていると、自然と顔に苦みのある笑みが浮かんでくる。
「それに私―幸せになれないみたいだわ」
だって、化け物は人と恋をしてはいけないんですもの。