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私だけを愛してくれますか

 走るのにほぼ近い早歩きで宮殿内を通っていく。ふわふわと広がる白のドレスには水色の糸で薔薇の刺繍。手には可愛らしくリボンが巻かれているバスケット。

 中庭へ出ると心地よい風が取り巻いてくる。笑い声が聞こえてき、そちらの方を見たら目当ての人物を見つけた。

「レイヴェ……」

 手を振り声をかけようとした。だか、出来なかった。立ち止まってしまった。隣に人がいたからだ。

 そのまま後ろを向いて引き返そう。そう思ったとたん、

「レィディ!?」

 相手の方から話しかけられてしまった。逃げるにも逃げられず、レイアーラは結局彼のところまで歩いていった。

「来てくださったのなら、遠慮なく声をかけてくださればよろしかったのに」

「え、あの……その」

 女の方といらっしゃったから、なんて言えないわ。

「あ、こちらは黒杯の軍・中央司令部のエディス・ディスパニ・エンパイア准将です」

「どうも」

 派手な真紅のコートに、ベルトがたくさん付いた黒の上着とズボン、それに赤のシャツ、足には黒と赤のスニーカーブーツ。なぜか左側だけが長い銀髪に、最高級のダイヤモンドのことを表す蒼氷色の瞳。軍人だからかあまりにも美しい顔に似合わない、男らしい服装を見、レイアーラは驚いた。ずっとぼぅっと見て痛く鳴るような美形だが、口の端をあげて笑うととても可愛らしくも見える。美青年であるレイヴェンと横に並ぶと、とても似合っている。

「エディス、こちらがシルクの姉姫様のレイアーラ王女様」

 いきなり先日失ってしまった妹姫の名が出てきて驚いた。シルクは『あたしに姫なんて似合わないねっ!』と言って軍に入隊していたので軍関係者は彼女の名を親しげに呼ぶのだ。

「え……うっそ! マジかよ、あのシルクの!?」

「え、あ。は、はい……」

「に、似てねー!!」

 近くでまじまじと顔を見られる事などほぼなかったレイアーラである。正直、引いている上に、怒りの感情も出てきた。

「エディス、失礼だぞ」

 そうよ、失礼よ! たとえシルクの上司だからって、無礼なのよ!!

「え? あぁ、そっか。すまねえな、姫さん」

「い、いえ……」

 へらっと笑う人物。一体シルクとどんな関係だったのだろう。

「つい、な。四六時中俺に付きまとってきたアイツが懐かしくて。なんでだろうな、あんなにうっとおしがってたくせに、失くすと急に恋しくなるなんて」

「何だ? いなくなった後に彼女の気持ちが分かったのか?」

「はっ、ば、馬鹿かてめーは!! 誰があんなガサツ女!」

 そう真っ赤になって怒鳴るエディスの顔を見ていると、レイアーラはあることを思い出した。

『お姉、あたしね恋しちゃった。恋っていいね。あのね、でももう五回もふられてるの、同じ人に。酷いよねー。その人、女のあたしより綺麗で可愛いんだけど、すっごく男らしい人なの。頭もいいし、戦いだってかなりの腕。何度も言うけど、恋っていいよ。魔法にかかったみたい。ふられるのなんて、気にしちゃ駄目だよ。恋したら一直線にならなきゃ』

 シルクから届いた手紙に書かれていた言葉だ。では……。

「五回もシルクをふった、男の人!?」

 つい声に出してしまったのは、悪かったかもしれない。

「ななななんでそれを!?」

「お、男の方!? これで男なのっ?」

「いだだだだ……! ひ、ひっぱんなよっ!」

 ぐいぐいと顔を掴まれ、凝視されたエディスは声を上げる。

「男だよ、エディスは」

 背後からエディスに抱きついたレイヴェンがにっこりと笑ってそう言う。

「ひっつくな。お前も男だろ」

 その腹を叩きながら、半眼になったエディスが呟いた。

「女だったらいいのかい?」

「消えうせろ」

「まあエディスちゃんったら酷い子」

 くすくすと楽しげに笑うレイヴェン。何時もレイアーラが見る彼とは、少し違う。

(本当はサドっけがあるのかしら)

 嫌なことに思い当たり、レイアーラは首をぶんぶんと振った。

「じゃっ、悪いけど俺はもう帰るぞっ!」

「はいはい。また遊びにおいでー」

「誰が来るか! 第一、俺は視察しに来てんのにお前が邪魔をー……って、もういいよ、時間の無駄だし」

 呆れたように手を横に振って歩き出す背中にレイヴェンがくすりと笑ってもう一言追加した。

「えーと、そうだ! エンパイア家の生き残りや、ブラッド家の子にもよろしくねー」

「分かってる。俺が、分かってないわけないだろ。だからお前はちゃんと安全な所にいろよ!!」

 彼がいきおいよく振り返った時に、シャランと何かが鳴った。見ると、そこには綺麗な双剣があった。……人殺しの道具だ。つい、震える口に手をやると、彼がこちらを向いた。

 何かを口パクで言っているみたいだ。

『ばいばい』

 だけ聞こえ、微笑んで手を振る。すると少し哀しそうな微笑みを浮かべ、もう一度なにかを言った。

「…………え?」

「どうしました? レィディ?」

 微かに零した驚きの声に、すでに後ろに回っていたレイヴェンが首を傾げる。

「い、いえっ、なんでもありません」

 禍々しい程の赤を持った、白銀の少年が行った方向をレイアーラはずっと見つめていた。

「……『俺が分からないんだね、姉さん』って、どういうこと?」

 あの子は『エディス』?貴方は、一体誰なの?




「今日は強烈な人と会わせてしまってすみません。レィディには驚きの方が強かったでしょう?」

 城の、私の部屋までの、短い距離の逢瀬。

「いえ、あんなに美しい人! 私、初めて見ました」

「そうですね、あれは化け物ですから」

「え?」

 レイヴェンが空に浮いている月を見てくすりと笑う。

「あれは、化け物です。魔物の力を身に持っている。……半ヴァンパイアなんです」

「嘘……っ!」

「本当です」

 レイヴェンが手を伸ばして月の輪郭を撫でる。その手つきは優しいより、まるで壊すかのようで。

「レイヴェン様っ!」

 気が付けば、彼の胸に縋っていた。彼がどこかに行ってしまいそうで、彼を誰かが連れて行ってしまいそうで。

「私だけを、私だけを愛してくれますか……っ!?」

 彼は一瞬、ぽかんとし、次にふんわりと微笑んだ。

「君だけを愛すよ、レイアーラ」

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