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『僕がいた過去 君が生きる未来。』番外編  作者: 結月てでぃ
黄金の公爵と絆の約束を
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黄金の公爵と絆の約束を

 僕の望みは一つだけ。

「望みを叶えてやろう」

 アイツに願った望みをかなえに、今僕はシトラスと、能力者と一緒に歩いている。

「ここよ」

 能力者がピタリと泊まって、指を差す。

「じゃあ、私は見張っておくから」

 気を使ってくれたわけじゃないんだろうけど、能力者がいなくなって、僕はほっと胸を撫で下ろした。

 医療部棟の中庭側の、三階の特別病室。一番景色が綺麗なんだって、シトラスから聞いた。

 薄く曇ったすりガラスの窓からカーテンの影が見える。

「ここに……」

 温かな色をした茶色のドアに手をついて、額をそっと触れさせた。

「ここに、いるんだね」

 僕の望み、僕の願い。

 しばらくそうした後、横に立っているシトラスに目をやる。そしたらシトラスはにこりとまた、優しく笑った。僕は頷いて、丸いドアノブを握って、ドアを静かに開く。開いたら、サアッと柔らかい風が吹いてきた。

 特別病室というだけあって、結構大きな部屋だった。ドアから少し右側に丸いラインの机と椅子が三つ、ぽんと置かれている。

「あ……」

 真っ白な病室のベッドと、備え付けのデスクの上に白い花が飾られている。そのベッドの上に、人がいた。リクライニングを起こし、膝までシーツをかけて、黒色のカーディガンを肩にかけていた。その上に本を置いて、目を閉じている。

 風が白いレースのカーテンを揺らし、窓からほんのり温かい風と一緒に薄桃色の花びらが舞いながら入ってきて、シーツの上に絵を描く。真珠みたいに白くて滑らかな顔と白銀の髪を自然光が輝かせていた。

「エ、ディ……さっ」

 いつまでも見ていたいのに、霞んで前が見えなくなる。まばたきをしたら、頬をいくつもの小さな塩水の塊が流れた。

「エディスさん」

 どうしてだろう。どうして、こんなに美しい人を悪魔だと思ったりしたんだろう。

 ぼろぼろ涙を流す僕の背中をシトラスが、そっと優しく押してくれる。

「エディスさん……っ!」

 掛け出して叫んだ僕の声を聞いてエディスさんが目を開いた。

「エドッ」

 ふわっと、こんなことになっても僕の姿を見たエディスさんの顔がほころんでいくのを見た僕は走り出していた。

「会いたかったよお!」

 変わらない優しさに抱きとめられた時、僕は嬉しくて仕方がなかった。

「ごめんな、エド」

「僕も、僕もっ! 僕もごめんなさいエディスさん!」

 ひっしりと抱きつく。この人がここに居るって、ちゃんと理解するために。この人が人間なんだって、ちゃんと理解するために。

「エンパイア公のこと、本当にすまなかった」

 だけど、ベッドから下りて床に頭をつけるエディスさんを見ても、

「許さないよ」

 僕の心は変わらなかった。

「だから、エディスさん」

 同じ相手に焦がれる想いなのだとしたら。

「貴方を恨んでもいいですか?」

 もう、愛したいだなんて思わないから。愛すことが許されないのだとしたら、せめて、僕は。

「うん。いいぞ」

 頭を上げたエディスさんの頬にキスをして。

「じゃあ、改めてっ」

 えへんっと僕はわざとらしい咳をしてから笑って、

「僕、エドワード・エンパイア……じゃないや、エドワード・ディスティニ・エンパイアの兄になってくれませんか?」

 名前と苗字の間に入れる、貴族継承名。

「ディスパニ・エンパイアの名を、受け取ってくれないでしょうか」

 貴族の後継ぎが2人いる場合のみに入る名前。僕の場合はディスパニ、エディスさんの場合はディスパニ。

 エディスさんが痛そうに膝を曲げて僕の前に座る。跪いて、僕に言葉を捧げてよ。

「有難く、頂戴致します」

 重くて苦しいこの名前を、エディスさんは静かに受け取ってくれた。

「ありがとう、兄さん」




「本当にいいの?」

「当たり前だろ。エドは俺の弟なんだから」

 そこら中に包帯を残したままで、エディスさんは半ば無理矢理退院した。

 でもって、僕らは今から――

「行ってらっしゃいませ、エドワード様」

「うん。留守中はよろしくね、キリー」

「勿論で御座います、エドワード様」

 頭を下げて送り出してくれたキリガネ。三歩進んだところで、僕は引き返す。トランクを振り上げて、僕の胸よりも下にある背中に乗せる。動いちゃ駄目、見ちゃ駄目の印。

「僕がいない間、浮気なんかしたらヤだからねっ!」

 そう言い切って、待ってる兄さんの元に行こうと思ったら背後からガバッと抱きつかれた。

「ビ……ビックリするでしょっ、キリガネ! コラッ! ちょっと、僕の話聞いてんのっ!?」

 僕がそう怒ってもキリガネはがっしりと僕を掴んで離さない。

「寂しいの?」

 訊くと、ピシリとキリガネが固まる。まさか、当たりか。

「す、すみません。このキリガネ、エドワードがお産まれになった時から仕えておりましたので……!」

 寂しくて寂しくて死んでしまいそうです! って言われても、こんな大きな荷物を持っていけるはずもない。全く、困った執事だなあ。別に、こういうところ嫌いじゃないけどさ。

「時々帰ってくるから」

 って言ってもまだ顔がくしゃくしゃ。もしかして、今まで心配そうな顔してたのって、キリガネがただ単に心配性だっただけだったりするのかな?

「寂しくなったら会いに来ていいから」

 って言ったらまた抱きつかれかけたから、それをなんとか避ける。

「後、後! 今はもう駄目ぇー!」

 息切れだ。キリガネって、結構鬱陶しい奴だったんだなあ。

「も、もう僕行くから! 良い子でいなよねっ」

「はい、エドワード様」

 走って、五十メートルほど先に行った場所に立って待ってくれてた兄さんの手を取る。

「お待たせ、兄さん」

 いーや、別にって兄さんは笑ってくれた。

「ねえ、兄さんの家ってどんなの?」

「んー? 普通の家だと思うぞ。エドの家とあんまり変わらない」

「そうなの?」

 あの後から、エディスさんは僕の前でも普通に振舞った。もうあの頃のエディスはいない。

「ほら、行くぞ」

「はーいっ」

 でも、僕はそれでも構わない。だって、僕の憎い人は貴方だけだから。

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