黄金の公爵と真実の約束を
「エドワード様、エドワード様ッ!?」
やっぱり、物凄く後味の悪い任務だった。げえげえと吐き続ける。もう何も胃に入ってないから、無理に出しても胃液しか出ない。
「バスティスグランをなめるな!」
燃えるような琥珀の目が、刃のような声が、僕の目と耳に焼き付いて離れない。あの女――アーマー・バスティスグラン――が僕を後から切り裂く。
「エドワード様、ご無事ですか!?」
ああ、キリガネが呼んでる。僕の名前を叫んでる。僕はいつもキリガネの顔を心配というもので曇らせている。それに安心してる僕がいる。僕を心配する人がいることに安心してる。だけど、違うんだ。酷いかもしれないけど、僕を救えるのはキリガネじゃないんだ。
体を打ち付ける雨をコックをひねることで止める。冷えた体をバスタオルで拭いて、下着をつけてシャツを肩にかける。そのまま出たらキリガネがドアの前で立っていて、泣きそうな顔をして抱き締められた。
「貴方を止められない、役立たずで申し訳ありません……!」
腕が勝手に上がって背中に貼りついて、頬が胸に摺り寄せた。温かい。
「僕なら大丈夫だよ、キリガネ」
だって、これは僕が自分で望んだことなんだ。そう言って笑うと、キリガネは無言でシャツのボタンを留めてくれる。
お礼を言った後、キリガネに背を向けて階段を上がっていく。目指すのは一番上、エディスさんが暮らしていた部屋。エディスさんがいなくなってから早三ヶ月。エディスさんと暮らしていた月の約三分の二を僕は過ごした。
「エディスさん」
僕の憎い人、僕の生きる理由。
「エディスさん……会いたいよ」
貴方に会いたい。それが僕の望み。
よろりとよろけて、傷だらけの机に手をついたけど、どうしても体に力が入らなくてそのまま僕は床に座り込んだ。そうしたら、どこかでカチッと小さな音がして、僕の頭の上に何かが降ってきた。
「何……!?」
見てみたら、それはただの紙だった。ううん、僕にとってはただの紙じゃなかった。
「嘘」
それは、軍からの命令書だった。
「ガイラル・エンパイアの暗殺を命ずる……?」
ガイラル・エンパイア、エンパイア先代公爵。僕の、お父様。
「どうして、お父様を軍が」
その先を読んだ僕は頭が真っ白になった。
「反軍への支援、婦女・少年暴行……」
ここまでは、なんとなく理解はできた。やりそうだ、とも。だけど、だけ、どっ!
「こ、国王暗殺計画の首謀者?」
エドワードちゃん、と僕の名前を呼ぶ声が耳に蘇ってくる。それと同時に、エディスさんがお父様を見ている時の目も。
「じゃあ、エディスさんは最初からこのために?」
だから、僕は殺されなかったの? お父様だけが悪くて、僕は悪くないから? お父様が殺されたのは、お父様が悪い事をしたから。
「でも、でも!」
せめて、裁判くらい。裁判くらい、やってくれてもいいじゃない。お父様は無実だったかもしれないのに。
「何もいきなり殺さなくってもいいじゃない」
お父様だって、人間だ。犯罪者だから人間じゃないっていうのか、お前らは。
「こんなことって、ないよ。ないよ……ない」
酷、い。酷い!
「貴方は神のつもりなの? エディスさん」
悪いのは、軍だ。そんなの分かってる。分かりすぎてて嫌になるくらいなんだ。
「酷いよ、エディスさん」
それでも僕はあの人が憎かった。憎いと思わなかったら、耐えられなかったんだ。