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『僕がいた過去 君が生きる未来。』番外編  作者: 結月てでぃ
黄金の公爵と絆の約束を
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黄金の公爵と悲鳴の約束を

「エディスはいるか」

 始まりが急だっただけに、終わりも急だった。二ヶ月と三日。たったそれだけの間。終わりはいつも簡単なもの。そう決まってるんだ。


 「兄様が、どうかしましたか?」

 低い声でキリガネに訊ねたのはあの男だった。成金ブラッド家の家長の長男、シュウ・ブラッド。僕を馬鹿扱いした最低な人。

「ここ二ヵ間、アイツの姿を軍で見かけていないんだが」

 敬語を使わない、鋭い目。それを見たら分かった。これは僕らを疑い、悪魔を心配する目だ。

「えっ……でも兄様、ちゃんとお仕事してましたよ?」

「エディスが? 違うだろ。アイツはしてない」

「兄様はちゃんと毎日頑張ってました! まさか、届いてないんですかっ?」

 目を潤ませて下から覗きこむように言ったら相手は物凄い顔をした。

「お前、気持ち悪い。近寄るな」

 顔を歪ませて後ろに下がる。本当に失礼な人。

「あははっ、意外! アンタそっちの人だと思ってたのになあ」

「消えうせろガキが」

「アンタもね。なーんだ、エディスさんをそういう目で見てたんじゃなかったんだ」

 あはっと笑うと、

「アイツのこと、邪な目で見るんじゃねえよ」

 顔を背けられた。

 若干顔が赤くなってる。うわっ、うわわっ、僕よりもキモイ。人の事言えないよ。

「って、そうじゃなくて! あー……お前と話すと調子狂う!」

「えぇ~、そうなんですかぁっ?」

「だからそれ気持ち悪いって! お前みたいなのは軍にいねえんだよ!」

「あはっ」

 笑ってられる場合じゃないのに笑える。うん、大丈夫。僕はまだ大丈夫。

 男は一度ため息を吐いてから顔を上げる。

「書類は一応送られて来た。が、これはエディスが処理したものじゃない」

「どうして?」

「文字が違う」

 おかしいな、そんなはずはないのに。

「古代文字を使用した書類に、何一つ訂正を加えてくれてないのは、何でだ」

 僕と、僕の胸倉を掴もうとした男の間にキリガネが入り込む。

「お前ら、アイツに何をした」

 キリガネの左肩を叩いて、促す。キリガネは心配そうな顔をしたまま、頷いて奥に下がっていった。

「来なよ。案内したげる」

 横になって歩くのなんて嫌だったから、不安になりながらも前を歩いていく。後ろからの無言の抗議が鬱陶しくて、僕は気付かないうちに早足になってた。地下室の扉を開けて階段を下りていく。

「ここだよ」

 鍵を開けて、後ろに引いたら怖い人は僕の横を通り過ぎた。

「エディス!」

 中に入って、白いものを抱える。全ての枷を取って、苦しげな顔をして体を見てる。

「エディス、エディス! おい、生きてるか!?」  生きてるか、なんて失礼だね。そこまでしてないよ。それに、別にそんなの生きてなくてもいいじゃん。

「エディス!!」

「……る、せえっ、生きてる、から……ちったぁ、声のトーン下げろ」

 ガラガラに涸れた声を聞いた怖い人の顔が、どうしてか安心したように、和らいで。

「良かった!」

 って言って抱きしめるのを見たら、何かがまた、僕を激しく揺さぶった。

【暗黒の使者よ

 目の前のものを壊せ】

 何も感じずに、僕は頭の隅にあった呪文を口から出した。

 ただ、この不快なものが消えてくれれば。それだけを考えていた。僕が発した声が黒い靄になって2人向かって走っていく。それで2人は消える。

 消えるはず、

「魔法?」

 だった。

 でも、消えない。消えたのはこっち。僕の放った魔法の方。

【消えた世界の片隅に

 これを送る】

 空間を開いてもどうしてか握りつぶされて消える。ザワリと空気が震えて僕を怯えさせた。

「なんで効かないの!?」

 ジリジリと後退する僕を睨みつけたソイツは上着を脱いで悪魔にかぶせる。

「普通の人じゃないもんで」

 茶色の気持ち悪い虫がくっついてる。最初はそう思った。でも、違ってた。それは傷。傷? 傷、でもないような気がする。

「エディスみてえな強い奴の魔法は無理だけどな、お前みたいな奴が使う何もこもってない魔法は効かない」

 何、ソレ。コイツ顔に似合わずロマンチストとかそういうのだったりするの?心がこもってない魔法とか言ってるわけ? うっわ、キモッ。

 男が悪魔を横抱きにして持つ。縋るように男に体を預けたのも、その男を見た目も、なにもかもが気に食わなかった。

「退けよ」

 肘で胸辺りを押すようにして壁際に追いやられる。通り過ぎる時に見えた僕の悪魔。

「待って」

 傷ついた僕の、

「待って!」

 兄様。僕のエディスさん。

「待って! 連れてかないで!!」

 僕の憎い人。僕を生かす人。

「とらないで」

 殺したくても殺せない人。僕を殺さなかった人。

「僕から盗らないでよ!! 僕の兄さんなんだから……っ!」

 助けてほしかった。たった1人の血の繋がらない家族。殺すんじゃなくて、もっと別の方法で。僕はお父様を助けてほしかったんだ。そして、そして……僕とちゃんと家族になって、一緒に笑ってほしかったんだよ。

 お母様なんて僕にはいなくって、お父様は僕を子どもとして見てくれない。寂しくて寂しくて、僕はどうにかなりそうだった。

 貴方だったら僕の世界を変えてくれると思ってた。でも、貴方がしたことは僕の世界を壊すことだった!だから、苦しくて仕方がなくて、僕は僕の心が泣く通りに行動していた。

 嫌いだなんて言ってない、憎いだなんて心の底から思ってない。ただ、好きだっただけなんだよ!だから、裏切られて苦しかったんだ。貴方だけは僕を見てくれるって思ってたから!

「お願い、返して……僕の兄さんを」

 返して。もう二度と誰も盗らないで、僕の生きる理由を。

「お前は何を言ってんだ」

 男が嫌な顔をして僕を見る。

「その兄をこんなにしたのは誰だよ」

 それでも。それでも僕はその人が欲しい。一緒にいたらいつか殺してしまうかもしれない。だけど、それでも僕はそのいつか来る日まで一緒にいたいって、思う。

「エドワード。……エド」

 ふんわりと、悲しくて優しい声が僕を抱きしめる。

「エディスさん、僕といてっ!」

 そう叫ぶと、エディスさんは顔をくしゃっとさせた。笑おうとしたけど失敗したような顔だった。

「エド……ごめん」

 何がごめんなのか、言わないままエディスさんは男に連れていかれてしまって。僕は体の力が抜けて、そこに座り込んだまま見えない男の背中をずっと捜していた。

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