黄金の公爵と拘束の約束を
足元が見えなくて怖い。段を踏みはずしたら大変だ。暗くてじめっとしてる。おまけにほこりっぽい。天井裏の部屋も嫌だけど地下も嫌だ。やっぱり僕は中間……ううん、中間よりちょっと上が好きだな。高すぎるのも低すぎるのもいいや。注意してゆっくり最後の段まで下りる。右手に持った燭台を掲げると、ぼにゃりと鉄の棒で区切られた空間が見えてきた。
僕のすぐ傍を水が垂れて落ちる。手で腕をさすりたかったけど、両手がふさがっているのに気付いて止めた。奥に進んでいくと、さらに寒くなってくる。ここれは外のように感じられる。別世界。
ケホケホと悪い咳が耳に触れる。気持ち悪い、不快な音。一番奥、階段から真正面にある5つ目の牢屋。そこを照らすと、白いものがぼんやり浮かんだ。
燭台を扉の右上に吊って、ズボンの右ポケットから鍵を取り出して開ける。中に入る前に扉の内側にかけられている燭台を取る。持ってきていたろうそくを胸ポケットから取り出して、外に掛けた燭台に近づける。火のついているろうそくに押し当てると、ジジッと小さな虫の悲鳴に似た音を立てて火がついた。それを中にかけてから扉の内側に入る。今度はしっかり中の様子が見れるようになっている。
悪魔は青白い顔をしてガタガタ震えていた。腕は背で組んで鎖でギッチリ縛り、足は身動きができないように膝をおって同じように鎖で縛っておいた。時々、縛った口から苦しそうな息と咳が吐き出される。
「今といてあげる」
足の鎖を排除して足首をつかむ。力強く引張ると、悪魔はひっくり返って体を震わせた。自由にならない口で言葉にならない音を出すのに不快感を感じて、膝を強く踏みつける。目隠しの黒い布を掴んで引張る。後ろで強く縛ってあるので、中々ほどけない。焦れてブンブンと手を振ると、ずるっと頭から抜けて、壁で後頭部を打った。
水に濡れた綺麗な青い目が仄明るい光を映す。なんでこんなにキラキラ光ってるんだろ?
「食べ物を持ってきてあげたんだ。食べるでしょ?」
キリガネから受け取ったパイをナイフで適当な大きさに切り分ける。それをさらに細かく一口大に切ったものをフォークに刺して口元に持っていく。だけど悪魔は動かない。
「あ、そっか。これ外してあげるの忘れてた」
猿轡の留め金をはずし、とる。口の中がカラカラに渇いているのか、何もついてやしない。
「はい」
口の前までわざわざもってきてあげてるっていうのに反応がない。
「食べないの?」
口は薄く開けられ、足はだらんと伸ばして……これじゃあまるで死体だ。目だけでもと思って見ても僕を見るどころか虚ろな目をして、何も映してない。
「ねえってば」
ぐいぐいと押し付けても口の中にすら入らない。折角この僕がこんなのの相手をしてあげてるっていうのに! って思ったらなんだかふつふつとわいてきた。
「食べなよ」
白い箱に手をつっこみ、大きな塊を一つ掴む。顎を引張って、手を口の中に入れる。無理矢理開かせて、そこにパイを詰め込んだ。あまりに口の中が渇いてしまって食べれないのか、悪魔の反応はなかった。
「……仕方ないなあ、水をあげる」
それを見てた僕は白い箱の中に入れてた容器を手に取った。やっと青い目が僕を見てくれる。少しだけ機嫌を良くした僕は手の平に水をおとした。少しねばつく、赤い水。
それを見た悪魔が急に動いた。でも、それよりも早く僕が動いた。肩を足で抑えて、口の中のものを吐き出そうとするのを口に手を当てて止める。歪む顔が面白くて笑ったら睨まれた。こんな目すら久しぶりだった。
「気に入らなかった? ミートパイは」
ただ睨んでるだけ。僕はまた面白くなくなってきた。
「でも食べてもらうよ。勿体無いじゃない」
手を離して、トロリと赤い水を流し入れたら、口と鼻を手でふさぐ。悪魔は苦しげな表情をしている。その顔を見れるのが凄く、凄く嬉しくて僕は笑った。
どうしてこんな風になったんだろう。なんでこんなことをしなくちゃいけないんだろう。
ねえ教えて、エディスさん。僕はどうしちゃったの? この気持ちはなんていうの?お願いだから教えて、エディスさん。