黄金の公爵と偽者の約束を
「キリガネッ、こっちは終わったよ!」
眼鏡をかけたキリガネが紙から目を離して僕を見る。そうすると冷たい顔がほんわりとあったかくなった。
「流石ですね、エドワード様は」
「キリガネの優秀な生徒だったからねっ!」
えへんと胸を張るとさらに笑みが濃くなる。僕は褒められると伸びるタイプなんだよ。
「次ちょうだい、次ー」
手をぱたぱたしたら、机の上に重い音を立てて置かれる。僕の胸あたりから頭の上まである。
「……多いですかね」
「わあーっ!?」
キリガネが苦笑して頭部分のところを全部ごっそり取ろうとするのを腕に飛びついて止める。
「これでいいの!」
僕だってこれくらいできる。もう大丈夫。お父様の代わりは僕がちゃんとするんだ。
「キリガネはどうなの?」
一枚一枚丁寧に読んで、必要なことを書いていく。こんなの簡単だ。ここを出て行ったような奴らじゃできないかもしれないけど、僕には簡単すぎることなんだ。
「エドワード様ほどではありませんが、やっていますよ」
僕よりもいっぱい机の上に紙をのせたキリガネの顔は若干曇っている。
「大佐にもなるとデスクワークだけでも大仕事ですね。あの人が癖のない字で助かりました」
「……悪かったね、まるっこい字で」
悪魔の字は細くて美しい大人の字。でも僕の字はまるくって女の子の字みたい。
「いえ! エドワード様の字は可愛らしいです!」
「ふーうぅん。そーおぉ?」
にこやかに言うキリガネに嫌味ったらしく言ってもはい、と答えられるだけ。僕は、
「こっち全部終わったら手伝うから」
とだけ言って書類に目を戻す。
キリガネは悪魔のやらなくちゃいけない事をしてる。悪魔なのに、退治されなくちゃいけない側のもののくせに、必要とされてるなんて変だ。軍は何を考えてるんだろ。
「本日のお菓子はなにがよろしいですか?」
書き終わったものを左に置いて、新しいものを手に取る。
「ミートパイがいいな」
「分かりました」
そう言って席を立つキリガネに、
「二種類、お願いね」
と笑って言った。
はくっとパイに食いつく。そしたらじゅわっと口の中に味が広がってくる。
「おっいしい! 美味しいよキリガネ!」
頬を押さえて言うと、横に立つキリガネが微笑む。それから後は静かに、黙って。音を立てないでフォークとナイフを使い、紅茶を飲む。あくまで紳士に。マナー点も最高。僕はとってもとっても優秀な生徒なんだよ。
「キリガネ、もう一種類は?」
「すぐに持って参ります」
キリガネが僕の後ろからいなくなる。あの生臭い部屋に僕を近寄らせたくないんだ。
「……別に、もうあんな切れ味の悪いのに興味ないけど」
頬杖をついてため息をついていたらキリガネが戻ってきた。
「お待たせしました」
「ううんっ、全然待ってないよ」
椅子から下りて、キリガネの前まで行く。キリガネはまるであの部屋まで行く僕を見ている時のような顔をしてる。
「ありがとう」
固まっているキリガネの手から白い箱をはずし、
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
と笑って歩き出す。
「はい、お気をつけて」
ってキリガネが頭を下げてるけど、どっか外に出かけるわけじゃない。まあ、別世界の場所ではあるんだけど。