黄金の公爵と終焉の約束を
キィィ……と悲しい音をして扉をキリガネが閉めた。金属で囲んだ、何かを閉じ込めるためだけの部屋。太い金属の棒の間からぐったりとした白いものが見える。これで少しは安心だ。ここに閉じ込めておけば、僕も、キリガネも!
「なんで」
だけど、まだ僕は怖い。怖くて、不安だけのまま。
「なんで、こんなことになったの……」
全ては、悪魔のせいだった。
「はっゃ、あっ、おっとう……さま」
二度目も同じで、お父様の寝室でだった。いつものように抱きかかえられて、心配そうな顔をするキリガネに見られながら入った。そしてまた、こんなことをしている。
別にこういう事が嫌いってわけじゃない。どっちかって聞かれたら即答で好きって言える。だって気持ちいいもの。誰になにを言われても感じないけど、この行為をしてるときは本当に愛されているんだって、僕のことを見てくれてるって感じられる。でも、哀しい。こんなことでしか感じられなくなったのが哀しい。もう何年も、いつから始まったか忘れた行為をすることが。昔は、まだ僕がお父様の腰の位置よりも低かった頃は、こんなことをしなくても分かってた、感じられてた。だけど、なくしたくない。哀しいけど、毎日でもいいから、したい。寂しい! 哀しさよりも寂しさの方が僕は耐えられないんだ。
「お父様、愛してます。エドワードはっ、お、父さま、を……!」
その時ちゃんと言っておいて良かった。もう二度と言うことなんてないに決まってるんだから。
お父様が僕の中で果て、上におちてくる。いつもはそんなことしちゃいけないんだって思ってるからしないんだけど、お父様に手を伸ばしてみた。背に手をまわして、ぎゅっと抱きつく。とっても温かくて、安心できる。このまま寝たい、なんていけないことを考えて、消して。僕がそんなことを考えていた時、ここはお父様の時代を終えるために進んでいた。お父様から、僕の時代に移り変わるために。
「エドワードさま!! お逃げくださいッ」
その僕だけをキリガネが呼んだ。何度も何度も僕を呼ぶ。お父様の胸から離れると、さらに声が大きくなってくる。一体どうしたんだろう。何が迫ってきてるんだろう。
「エドワード」
「はい、お父様」
さわりと肩を触られ、僕は顔をお父様に向けた。お父様は、まだぶよぶよとしたものになっていた。お金と権力がつまっているように見える肉の塊。血走った目に縛られ、僕は動けなくなっていた。
「今からここに恐ろしい悪魔が来る。そしてわしを殺すだろう」
ザッと血の気が引いた。
「嫌だよ。……僕、そんなの嫌だよ!」
目からぽろぽろ涙が出てきた。肉の塊がにやりと笑う。
「嫌? 嫌なのか?」
「はい、お父様。エドワードは、嫌です」
そうか、と肉の塊が呟いて僕の首に白いものを近寄らせた。
「じゃあ、お父様と一緒にいようか。エドワードちゃん」
首に押し当てられかけているものが何か分かった頃にはもう、僕は叫んでいた。
「エドワード、お前はわしを愛しているんじゃなかったのか!!」
「嫌だ! 愛してるけど、そういうことじゃないよ!」
バタバタともがくと肉の塊が顔を真っ赤にして僕の首をつかむ。
「うるさい、愛しているならわしと一緒にいくんだ!」
ギラリと光って僕の胸に白いものが入れられてしまう。僕は大きく叫んだ。誰か来て、助けて! 助けてキリガネ、助けて!
「助けて、エディスさん!!」
エディスさん、僕の兄様。お願いだから助けて。
「ソイツは助けない。お前はわしとここで一緒に死ぬんだ!」
「死なせねえよ」
ブツッという音がした、と思ったら肉の塊の首から血が吹き出してきた。肉の塊につまっていたのは血だったんだ。ただの、血だった。それは僕の頭から胸の下までを薄く濡らした。僕が自分の頬に手を触れさせてる間にもどんどん血があふれてくる。止めようと思って手でふさいでも止まらない。開いた部分が大きすぎて、どうしようもない。
「俺の弟に汚ぇ手で触ってんじゃねーよ」
そう言った人は、ぐいっと自分の顔についた赤いものを手の甲で拭って、切れ味の良いものを持って立っていた。
「エディスさん……」
エディスさんは僕に手を伸ばした。血のついた手に触れられたくなくて払いのけて、白目を剥いているお父様にしがみついたら、痛そうな笑顔を浮かべた。
汗だくで来たキリガネに確認されて、エンパイア家元当主は別の世界の人となった。