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忌むべからず

作者:

*排泄にまつわる表現が含まれておりますので、お食事中の方はご覧にならないで下さい。


 

 わたしは専門学校に通ってるんだけど、その話をするね。

 昔ながらの地域に住んでる人なら見当がつきやすいかもなんだけど、はらい屋と呼ばれている人達が昔は居たらしいよ。わたしはその人達のことをよく知らないんだけどね。おじいちゃんがまだ生きていた頃、そんなことを言っていたのを耳にしただけだから。なんで、その人達の具体的な仕事の内容なんかについては、さっぱりわからないんだ。

 けど、自分が専門学校に入ってから、ひょっとしてこれがそうなんじゃないかっていう体験をしたんだ。それを書いてみようと思います。大まかな流れになってしまい、細かな部分については、忘れちゃったりとか勘違いをしている部分もあると思うんだけど、なんとかやってみようと思います。少しだけ怖い話かもしれません。苦手なかたはご注意を。



 わたしは地元の高校を無事に卒業してから、そのまま地元の専門学校に入学をした。なんていうか、とにかくひたすら地元で、入学した専門学校までの距離というのは、わずか一キロメートル足らず。はっきりいって高校よりも近かった。時間で表すと、自転車で十分未満。実家からの距離がということ。通学条件としては、相当、恵まれた環境だったと思う。

 で、ここからが本題。いつもつるむことになる友達は入学してすぐにできたんだけど、一年生の夏頃になってから、もう一人の新しい友達が出来たんだ。同じ学校内で。その子の名前を、仮にLとします。

 Lは他の地方から来た人で、なかなかの整った顔立ちをしている。成績に関してもかなり上位のほう。性格はおおらかな感じ。というか、冗談が通じる。その点が何よりも良かった。まあね、結局友達としてすごく付き合いやすかったってことなんだ。

 だけど、一つ違和感というか、不思議なところがあったんだよね。それはLが入学してすぐに住み始めた住居に関係していたことだったんだ。

 当時のLが住んでいたのは、何の変哲もない普通の学生向けアパートだった。一ルーム一キッチンの八畳フローリングで、家賃はそれほどでもなかった。ただ、壁はちょっと薄めだった。

 で、何がおかしかったかっていうと、その部屋に幽霊が同居していたということなんだ。なんでそんな不可思議な現象をはっきり説明できるかって言うと、わたしこの目でばっちり見ちゃったからなんだよね。もう、やばいよ。初めて見た時は意表をつかれたって言うか、なんだかよくわからなかったんだけど、二度目の遭遇では相当興奮したし、その上、感動すらしちゃった。これが本物の幽霊なんだーって。恐怖は特に感じなかった。その理由っていうのは、自分がそこに住んでいるわけじゃなかったし、現にそこで生活しているLが、平然として身も心もぴんぴんとしていたからなんだよね。けどま、よく考えたら、根本的な理由っていうのは、まだその頃の自分が怖いもの知らずだったからなんだと思う。心霊現象とかについての知識とか先入観とかが全く無かったんだ。

 で、じゃあその幽霊が何者かってことなんだけど、これがよくわからなかったんだ。だいたいそういう部屋に居る幽霊って、すごくまずいことが多いらしいんだけど、そんな感じじゃなかったんだよね。なにせLに全然問題が起こらなかったから。

 その幽霊の見た目を言葉で表現すると、紅茶みたいな薄茶い色をしてて、全体は漠然とした立体映像のような感じだった。うん、そうそう。普段はそんな感じだったね。普段はっていうのは、たまに違う色に変わることがあったからなんだけど。あ、初音ミクのコンサートを知っている人なら、あれの輪郭を物凄く弱くした感じっていうとわかりやすいかな。ただし、一度に見える色は一色だけだよ。形は細かいところが全く再現されてなかったりする。適切な例えかわからないけど、おぼろげな残像のようなものが、ものすごく曖昧に存在を示しているって感じ。その何かは、正面からと、左右の少し斜め前からしか、はっきりと見ることができなかった。真横とか後ろ側に回ってしまうと、一切見れなくなってしまうんだ。そんな馬鹿な話があるかって感じなんだけど、実際そうだったからしかたないよ。そしてもう一つ。この幽霊には面白いところがあったんだ。

 なんか知らないけど、妙に奥ゆかしいところがあってね。ある日のこと、わたしがLの部屋に遊びに行った時なんだけど、Lの部屋で二人でくつろいでいたんだ。部屋の真ん中に座ってジュースを飲んでいた。そしたらふと、部屋の隅に薄茶色い影が立っていた。どこからともなく現れてきたようなんだけど、気付いた時にはもうそこに居たんだ。臭いなんて全くしないから煙りなんかじゃないし、全然そこから動かないので、ほこりの集まりでもないよ。それでその影のようなものは少しずつ微妙に輪郭らしきものができあがっていって、笑っちゃうんだけど、その後すすすーって感じで、こっちの方に近づいて来たんだ。向かい合って座っているわたしたちの真横に。Lが言うには、その影も姿勢を低くしてかがんだ状態でそこに居るということだった。わたしにはわからなかったんだけど、Lにはそこまで見えているらしかったんだ。へーそうなんだー。とか私が言ってたら、今度は、影がそこに膝を折って座ったんだって。まるで茶飲み友達みたいなんだけどね。影が飲み物を欲しがっているようなそぶりには見えないらしくて、ただ遠慮がちに座ってるだけなんだって。なんか可笑しくない? まあそんな感じで、幽霊はLの部屋で暮らしていた。



 ところが、ある日のことなんだけど、Lがちょっとした相談事をわたしに持ち掛けてきた。わたしの家とLのアパートの近所には川が流れていて、その土手に二人で座って話を聞いてみたんだ。最初は世間話をしてて、しばらくしてからLの様子をうかがいつつ相談を聞いてみたんだ。

 それは、Lのお兄さんに関してだった。どうもLのお兄さんというのが、霊的にそっちのえる人らしいって話だった。で、お兄さんはけっこう前からLの部屋を怪しいと思っていたようなんだ。それまで、お兄さんがLの部屋に来ている時には、影がお兄さんの前に姿を現すことはなかった。けどある日のこと、ついにLの部屋を訪れていたお兄さんが幽霊を見ちゃったそうなんだ。やっぱり俺のにらんだ通りだ、ってやたらと狂喜したお兄さんが、拙はこれより祓いの儀を執り行う所存であります、と高らかに宣言したんだってさ。

 Lはお兄さんの誇大妄想僻みたいなものに慣れていたんだけど、その時は何か察するものがあったらしく、これは生半可なことでは済まないぞって思ったようなんだ。

 こうなってしまうと、もうお兄さんを止めることはできないと思い至ったそうなんだけど、それでも、なんとか第三者を介入させたいとLは考えた。そこで、わたしに見届け人として立ち会ってくれないかって話だったんだ。で、わたしははどうしたかって言うと、二つ返事で快諾しちゃったよ。凄く興味があったんだよね。まあ、いろいろなことに。



 それからしばらくして、いよいよその当日がやって来たんだ。わたしは、お兄さんとはその時が初対面だったけど、なんて言うのかなー、妹がかなりかわいいのに比べると、ここだけの話、お兄さんはあんまり格好よくなかったんだよね。雰囲気として格好いいという感じですらなくて、もしかしたら十メートルくらい離れたところから見れば錯覚してって感じ、かな。けど話すときの態度とかは、言葉使いが少し変だったけど、わりと謙虚な感じがして良い人そうな印象だった。

 で、お互いの自己紹介もそこそこに済ませると、さっそくお兄さんは儀式とやらの準備にとりかかったんだ。お兄さんはマジでやる気まんまんだった。完全ガチ。自宅から持ってきたらしい小さな折りたたみ式のテーブルを広げて、その上に白い布を敷いた。そしてさらにその上に小皿を置いて、そのお皿の中へ盛り塩を乗せたんだ。盛り塩はお兄さん持参の小袋から取り出したんだけども、それがやけに雰囲気のある小袋だった。

 そうやって用意を整え終え、テーブルの前に正座をしたお兄さんは、おもむろにお経のようなものを唱え始めた。わたしとLの二人は、お兄さんの後ろに座って、その様子を固唾を飲んで見守っていた。そして、その時は突然やって来たんだ。お兄さんがお経のようなものをひたすらぶつぶつと唱えていると、部屋のすみに例の影が立ち始めた。

 きたきた来たー! そう思ってたら、なんとそこで、一心不乱に唱え続けているお兄さんの体を影が包みこみ始めた! そんなのは初めて見る現象だったんだ。影に全身を取り囲まれてしまったお兄さんは「ん、んん、なに?」とかなんとか言って、お経を中断した。と思ったら、急にトイレにかけこんだ。そして、何やら中からすごい音が聞こえてきて……。

 ――ぶぶぶ、ぶり、びちゃ、ぱすんぱすん。――

 本当に凄かったんだよ。わたしとLは、ごく自然に、お互い視線を交わしていたよ。――下痢だね。ウーロン状態じゃね? ――って。

 しばらくしてから、トイレから出てきたお兄さんは、脂汗みたいなのを顔にしたたらせていた。無言のまま青ざめた顔つきで、後片付けもせずに脱兎のごとく屋から飛び出ようとしかけた。するとそこにLがかけ寄っていき、玄関で何かやり取りをしていた。「今日はこのくらいで勘弁してやる」とかなんとか捨てぜりふを吐いたお兄さんは、慌ただしく玄関のドアを押して部屋を出て行った。

 お兄さんが出ていってしまった後、お兄さん大丈夫なの? ってLに声をかけたんだけど、その場に残されたわたしとLは、顔を見合わせて爆笑してしまった。Lが言うには影も笑っているということだった。影はその間もずっと居続けていたんだ。



 その出来事があってから、お兄さんが用事でLの部屋を訪ねても、決して部屋の中には上がらなかったらしい。

 わたしが影の正体をLから聞いたのは、それからずっと後のことだった。白い着物を着た若い感じの巫女さんがその正体なんだって。巫女さんは、お兄さんを追い出した時は自分の力を使ったわけじゃないって言っていたって。じゃあ誰なんだろう、Lがやったのかな? って思ったから、それをLに聞いてみたんだ。そしたら、自分にはそんな力は無いって即答された。私はそんな能力一切無いよって本人がはっきり言ったんだよね。じゃあ……。って感じなんだけど、まあとにかく、当時のわたしは、影がどっかに行ってしまったりしないで本当に良かったなって思ったんだ。



 話はこれでおしまい。読んでくれて、ありがとうございました!




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