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眠れない夜に①(短編集 2010~)

凍える雨

作者: 裃 左右

「僕は故郷に帰ろうと思う」


 僕は、分かれ道にようやく仲間たちに切り出した。

 最も古い中では、キャラバン隊で10年を共にした仲間たちだ。


「……本気なのかよ」


 仲間の中でも若手の剣士が僕に詰め寄る。


「ああ、このままだと故郷は滅びる」

「困窮しているのはお前の国の人間だけじゃないっ!」

「……わかっている」

「お前は自国の人間だけが……結局は自分の家族だけが幸せなら、誰が犠牲になってもいいって言うのか?」


 僕たちの運営するキャラバン隊は民衆の希望だ。

 民衆から略奪を繰り返す盗賊や騎士たち。

 彼らを是正する力は民にはなく、また奪われたモノを取り返すことも出来ない。


 僕らのように国籍を問わず護り、時に物資を配給し復興を支援するキャラバンは他にない。

 しかし、それらを成すのは綺麗ごとだけじゃすまない。

 人々を救うには、まずどこかで利益を出し続けなければならない。

 民衆を虐げる特権階級たちに付け込まれる隙を作らず、無法者を退け続けながら。


 決して、誰にも憎まれずに出来ることじゃない。


 それでも僕にとって何に代えても成し遂げたいものである。

 ――そのはずだった。


「誰かの幸せが、何かを犠牲にしてることくらいわかってるさ!」

「だったら……」

「それでもだ、僕が行ったからって何もできないかもしれない。 何の意味がないかも知れない、それでも見知った人間を見捨てるなんて出来るわけないだろう?」

「見知った人間ね……アンタはここにいるみんなが必要としてるんだぞ。 誰にも代わりに何てならないほどにな」


 僕は言葉に詰まった。

 近隣諸国の人々だけでなく、ここにいる人間を見捨てるのかとそう言われたからだ。

 何も言い返せずにいる僕の肩を、隊長が叩いた。


「それくらいにしておけ。 コイツがもし故郷を見捨てるような人間なら、お前だってのこのこコイツについて来たりはしなかったろ?」

「俺は……」


 若手の剣士が顔を伏せる。

 そうだ、彼は僕と出会って、このキャラバン隊に参加したんだ。

 僕の理想に共感する形で。


「――すまない」


 僕は彼に謝罪する。

 他に言える事なんてなかった。


「……目に見える人間すべてを助けたいなんて理想論だって、アンタだってわかってるだろ」

「ああ。 でも、ここは君たちがいる。 ……大丈夫だって信じられるんだ」

「勝手な事ばかり抜かしやがって。 まさか隊長はこの話を事前に聞いてたんですか?」


 隊長は頭を掻きながら、苦笑した。


「ああ、まあ、お互いかなり長く話したけどな」


 キャラバン隊は僕と隊長が作った組織だ。

 あの頃は、隊長だなんて大層な呼び方をしてなかった。

 肩を組み合って、愚痴をこぼしていただけの酔っぱらいに過ぎなかった。


 それがいつのまにか、こんな大きなことをするようになって。

 呼び捨てから、互いを役職で呼ぶようになり。

 ただの友人ではなくなってしまった。


 もちろん、未だ友情を失ったわけではない。

 それでも、あの頃の関係とは全く違ったものだ。


「そんな顔をするな、恥ずべきことをしている訳じゃないんだろう?」

「どうなんだろう、自分でも時々わからなくなる」

「その今、選ぼうとしている事は自分にとって大切な事なんだよな?」

「……それは胸を張って言えるよ」


 たくさんの仲間が僕たちのやりとりを見守っている。

 一人一人抱えている物があって、少なからずこの長い時間にそれに触れてきた。

 だからこそ、言える。

 僕は決して、どうでもいいことのために故郷に戻るんじゃない。


「なら、お前は信じている道を貫け。 心のままにな」


 そう言って、隊長が僕の背中を押す。

 いつも見ていた頼もしげな笑みを浮かべて。

 何も心配いらない、そう思わせるような笑みだ。


「俺達は左へと行く」


 急な出来事で実感がわかないような仲間たち。

 そんな様子だけど、みんながそれでも、と頷く。

 僕の判断をわけもわからなくても、信じてくれるというのだろうか。


「さあ、右へ行け。 これはお前の分の荷物だ、自分で背負って歩いてけ」


 あらかじめ、用意していた荷物を地面にどっしりと置いた。

 ずい分と重そうな荷物だった。

 これからはこれを一人で背負っていかねばならない。


 仲間たちは僕を見送り。

 その姿が影だけになっても、なお、手を振ってくれているような気がした。

 涙が視界をにじませた頃、雨が降り出した。


 きっと、あいつ等も同じ雨に打たれているんだろう。

 もしかしたら、同じように泣いているかもしれない。

 そう思って、ひたすらに故郷に向かい歩き出した。



 *******




 地面に伏す、かつての仲間たち。

 僕の後ろに立つ、兵士が「さすがですね」と声をかけた。


「ああ、彼らのことは僕が誰よりも知っているからね」


 僕はそう言いながら、彼らに近づく。

 武装した兵士を引き連れて。


「……見ないうちに、出世したみたいだな」


 隊長と仰いだ、かつての友人が息も絶え絶えにそう言った。

 その身体には何本もの矢が刺さっている。


「……ああ、気にするな。 見た目よりは痛くはない」


 冗談かのように軽い口調。

 かつての友人は、地面に仰向けになりながら空を見上げる。

 今にも、降り出しそうな曇り空が瞳に映った。


 別れた頃と何も変わらない態度。

 僕は目をそらす。

 するとふと目に付いた人物がいた。


「隣にいるのは彼か?」


 自分で思ったよりも、冷たい声が出た。


 指したのは、僕が引き込んだ若手の剣士。

 彼はすでに絶命していた。


 狐の様にずる賢く、蛇のように陰湿だと各国の軍では有名な人物だった。

 当の本人と話したことのある人間は、僕以外に誰もいなかったが。


「ああ、お前が抜けてからはその穴を埋めるのに必死だったよ。 後任として恥ずかしい真似は出来ないとね」


 僕の後を継いだのは、彼だったのか。


 これ以上なく、戦いづらい相手だった。

 あんなに抜け目のない敵と戦ったことはなかった。


「もっと考えなしなタイプだと思っていた」

「考えなしだよ、だから理想の為に簡単に命を賭けたんだ。」


 何を言う、賭けさせたのは……僕だ。


「泣くな、お前は自分の信じている道を貫け。 心のままにな」


 泣いてなどいない。

 だから、僕に優しい言葉をかけるんじゃない。


「君たちはやりすぎたんだ。 ……だから」

「わかってる」


 隊長は僕が言葉を紡ぐのを止めた。


「さあ、その剣を振り下ろせ」


 隊長はそう言ってあの時のように笑った。



 ******



「これできっと民衆は立ち上がる」


 僕は呟く。


「結局、誰もが自分の幸せを願う。 生存できる椅子なんて、数少ない。 だけど、老人たちですら自分を犠牲にしてまで、飢える赤ん坊に命を捧げたりはしない」


 僕は軍帽を被り直し、コートを翻す。


「生存者はいません」


 報告してきた兵士を一瞥する。


「よく確認しておけ、油断できん連中だ。 ……特に幹部の首はきちんと持って帰るようにな」


 あまりにも彼らは正しすぎた。

 民衆は彼らに期待しすぎた。

 彼らがなんとかしてくれる、と。


 なにかあったとしても、彼らがすべてやってくれる、と。

 ただ口を開け、与えられることを待つだけの雛のように。


 そんな彼らを王たちは恐れた。


「目の前の人間をすべて助けられるわけではない、お前はそう言っていたよな」


 それは間違いなく正しい。

 そんな人間はいるべきではない、そう思わせる救世主なんているべきではない。


 もし、そんな存在がいれば人間は簡単に考えることをやめてしまう。

 人間は簡単に堕落する。


「革命の準備は出来ております、『隊長』」


 兵士がにやりと、口元をゆがめた。

 本当にいつのまに、僕は出世してしまったものだ。

 いつかは僕がそう誰かを呼び、働いていたというのに。


 地面に、ぽつら、ぽつら、黒いシミ。


 とうとう雨が降り出すようだった。

 ああ……どこか見覚えがあると思ったら。


「ここはあの分かれ道だったのか」

「は?」

「……いや、なんでもない」


 僕は汚れた手袋を脱ぎ捨て、持っていた剣を部下に渡す。

 ああ、かつての友の言葉が蘇る。


(そんな顔をするな、恥ずべきことをしている訳じゃないんだろう?)


 口の中で、その頭で響く声に小さく返す。


「どうなんだろう、自分でも時々わからなくなる」


 恥ずべきこと、ってなんだろう。

 でも、必要な事なんだ。

 他にやりようがなかったんだ。


(その今、選ぼうとしている事は自分にとって大切な事なんだよな?)


「……それは胸を張って言えるよ」


 今もなお、僕は。

 決して、どうでもいいことのために歩いている訳じゃない。


 だけど、この背負う荷物は。


「一人で背負うには重すぎるよ……隊長」


 もう見送ってくれる、誰かはいない。

 それでも僕は歩みを止めはしなかった。



 一人でうたれる、雨は凍える様に冷たい。



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― 新着の感想 ―
[一言]  途中まで話の内容が分からず、最後まで読んで成程! と納得しました。話の背景等が全く書かれておらず、その分、分かりづらい感じもしますが、逆にそれがこの物語をより幻想的に、抽象的に仕立てあげて…
2014/06/21 23:24 退会済み
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