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ヴォルカニック

 ガストン・ヴォルカニックは、イレブンスター州に生きる犯罪者の中で、もっとも恐るべき男とされている。

 彼が殺した人間の数は、名前が明らかになっているだけで三桁にのぼる。

 馬車強盗、列車強盗、ついには銀行強盗。『殺して、奪う』がこの重犯罪人の全てだ。彼の持つ悪魔の銃は何人もの人間を一度に殺すことに長けたものだと言われている。

 殺して奪って手に入れた財産で、彼が求めたのはさらに派手に暴れ回ることだった。彼の元には何人もの荒くれが集まり、いつしか警察や保安官でも|触れればやけどする存在アンタッチャブルになっていった。

 現在もヴォルカニックが作り上げた地下的なつながりがあり、表にできない物品や情報が売り買いされ、運ばれているという。クラウドとレイニーもその情報を得て、サンディの乗った馬車を襲ったのだ。


 さて、その大悪党もついには観念するときが来た。

 仲間たちとともに列車を襲った時のことだ。その列車に乗り合わせていた若きダリウス・ホワイトが、客車を占拠しようとしていたヴォルカニックの仲間を撃ち殺し、貨物車を物色していたガストンの足を撃って捕らえたのである。

「……って、なんでそいつが今シャバでのうのうと暮らしてるんだよ。縛り首か、州規則で死刑を禁じていても終身刑だろ、普通」


 ジェイムズに追われたあの日から数日が経っていた。クラウドは辿り着いた町の中、薄暗い裏路地を歩きながら、前を行くレイニーに聞いた。

「もちろんだ。イレブンスター州規則に基づいて、絞首刑が執行された」

 レイニーは腕を組んで進みながら、相変わらずの涼しい声で告げた。

「じゃあ、なんで……」

「死ななかったんだよ」

 さらりと答え、レイニーは言葉を続けた。


「ザ・ロウは人が人を殺すことを認めていない。そこで、死刑ってのは人の手を借りて法が行うものと厳密に決められている。だから、必ず決まったとおりの手順で行われる。罪人の顔に麻袋をかぶせて、首に縄をかけて、足下の穴を開く。で、十五分経ったら、降ろして終わり。この手順を破ることは、執行人にも認められていない」

「死ななかったってのは、どういうことだよ」

「だから、死ななかったんだよ。十五分間首を吊られたヴォルカニックは生きてたんだ」

 あり得ない話だ。縄が首を絞めなかったのか? それとも、ヴォルカニックの強じんな生命力のたまものだろうか。クラウドは思わず、背筋がぞっと震えるのを感じた。


「死刑なんだろ。それなら、その場で撃ち殺すなり、もう一回縛り首にするんじゃないのか?」

「さっきも言った通り、絞首刑の手順を破ることはできない。絞首刑ってのは、罪人を殺すことじゃない。麻袋を被せて、縄をかけて、十五分吊すことを言うんだ。だから、ヴォルカニックはそれで罰を受けちまったのさ」

「それで、放免になったのか?」

「ああ。とはいえ、ヴォルカニックもそれで懲りたんだろうな。それ以降は表だっての強盗はしなくなった。その代わり、裏で非合法品を売りさばいたり、州内のごろつきどもを組織して、そいつらから金を受け取って儲けるようになったんだ」


「無法者から税金を取ってるってわけか? まるで州知事だぜ」

「知事や保安官と違って選挙で変わらないんだから、なおさらたちが悪い」

 二人の進む道には、背の低い建物ばかりが並んでいる。大した資源もないのに人が集まった町にはよくある、貧民街というやつだ。

「……それにしても、珍しいな。お前が金儲けをうらやましがらないとは」

 ふと、レイニーが帽子を直しながら振り返った。クラウドはなんとなくむずがゆくて、ちぇ、と舌打ちした。


「そういう、勝手に金が入ってくるようなのは、よく分からん。自分で手に入れたって実感がないだろ」

「へえ、なるほどな。お前にそんな労働意欲があるとは思ってなかったよ」

「うっせえな。……おい」

 こちらに流し目を向けているレイニーを制するように、クラウドは前を示す。

 入り組んだ裏路地の奥に、ボロボロの薄汚い小屋が建っている。だが、注意してみれば、その小屋はけして外から中がのぞけないように作られていることが分かる。その上、ぼろを身につけた浮浪者の男がふたり、その小屋の前に座り込んでいる。


「普通の市民は近づかない。無法者なら、何かあるぞと分かる……よくできてやがる」

 レイニーが呟く。彼が女以外を褒めたのは、クラウドにとってかなり久しぶりで、思わずぎょっとしてしまった。

「緊張してるのか? 堂々としてろよ」

 それをめざとく見つけたレイニーがふっと笑う。クラウドは内心を悟られたことに気まずそうに、にらみを返した。

「分かってるよ」


 ふたりが小屋に近づくと、座り込んだふたりの浮浪者から、かち、と、聞こえよがしに撃鉄を上げる音が聞こえた。間違いなく、それぞれがぼろの下からレイニーとクラウドに銃口を向けている。

「おっと、撃たないでくれ。あんたたちのボスに話をしに来たんだ」

 レイニーが両手をさっと上げた。浮浪者たちはゆっくりと顔を上げて、レイニーの整った顔に目を向ける。

「あー?」

「耳が悪いフリなんかしなくてもいいぜ。ここがヴォルカニックの隠れ家だってことは分かってるんだ」

 クラウドが同じように両手を上げながら告げると、明らかに男たちの雰囲気が変わった。顔つきが鋭さを増し、油断なく二人連れの男を品定めするように見つめる。


「……その名前を口に出すんじゃねえ。誰から聞いた?」

「女だよ」

 レイニーが短く答えた。このアジトの関係者が買った女から聞き出したのだ。曰く、『ただ居場所を聞くだけであんなに手がかかったのは初めてだ』とのことだ。ヴォルカニックがいかに恐れられているかが分かろうというものである。

「チッ、そうか。……だが、ボスは忙しいんだ。お前たちなんかに会ってる暇はねえ。おおかた、用心棒として雇われにでも来たんだろうが……」


「お前のかわいいお宝を俺たちが預かってると伝えてくれ」

 相手の言葉を打ち消すように、レイニーが語調を強めた。自信満々、といった調子だ。実際には、ヴォルカニックにとってサンディがどれだけ価値のあるものかなど、レイニーは知らないのだ。クラウドは心中のひやひやを押し殺して、にやにやを顔に浮かべるので精一杯だ。

 浮浪者のフリをしていたふたりが、ぼそぼそと何かを囁きあう。言葉の意味はよく分からなかった。おそらくは、この州のごろつきの間で使われている符丁の類だろう。


「そのまま、貼り付けにされた鶏みてえに手を挙げて待ってやがれ」

 やがて片方が告げ、小屋の中へ入っていった。もう一方は、もはや隠すこともなく、レイニーの額に銃を向けている。

「……こんなので、ヴォルカニックが会うと思うか?」

 不安に耐えきれず、クラウドはレイニーにだけ聞こえるような声で囁いた。

「ダメならそのときだ。まあ、見てろよ」

 レイニーは涼しい様子で小屋の様子を見守っている。


 しばしの緊張した時間が流れた。扉が開き、先ほど奥へ引っ込んでいった男が顔を見せた。

「ボスがお会いになるそうだ。入れ」

 そして、急かすように手招きする。

「……な?」

 レイニーはにやりと笑って見せた。




 その男がヴォルカニックだと言うことは、一目で分かった。

 冷静に言えば、それは彼がホワイトに撃たれたという左足を引きずってきたせいだし、地下に広がるアジトの奥まった部屋でふたりを待っているのはボスであるヴォルカニック以外にあり得ないからだ。

 だが、クラウドたちが直感したのは、その男の存在感のせいだ。

 巨漢だ。

 レイニーも長身だが、さらに頭ひとつは高い。体重なら、倍はあるのではないだろうか。大樽に丸太を四本突き刺して胴と手足を作ったような大ぶりの体つきだ。


 体と同様、大きくて粗雑な作りの顔を熊ひげで飾り、ぎらぎらとむき出した目が値踏みするようにふたりを睨め付ける。

 鋭さよりも、むしろハンマーのような圧力を持った視線に射貫かれ、クラウドは自分が急に小さくなったように感じた。

「俺様がヴォルカニックだ」

 低くしゃがれたがらがら声。ソファに座ったまま、向かいのソファをふたりに勧める。向かい合っているソファは両方とも3人掛けだったが、ヴォルカニックにはそのサイズでぴったりに見えた。


「レイニー・ラヴァーズ」

「クラウド・ゴールドシーカーだ」

 ソファに座り、レイニーは悠々と、クラウドは威嚇の準備を整えるように身を乗り出して名乗った。

「荒野のごろつきか」

 ヴォルカニックが懐から紙巻き煙草シガレットを取り出し、くわえた。傍らにいた手下が慌てて火をつける。

「クスリか?」

 ヴォルカニックが大きな肺に煙を送る動作に焦れていることが、クラウドの表情にはありありと浮かんでいた。感情を押し殺せるほど、交渉事に慣れていないのは明らかだ。


「自分で確かめてみるか?」

 ヴォルカニックは喫煙の邪魔をされたことへの苛立ちを露わにして、たっぷり吸い込んだ煙をクラウドに向かって吐き出した。

「げほっ! なんだよ、単なる煙じゃねえか」

「ガキには分からねえみたいだな、この味わいが」

 激しくむせるクラウドを見て気を取り直したのか、大男ががらがらと笑う。それを待っていた、というように、レイニーが口を開いた。


「クスリも売ってるんだろう。そっちはやらないのか?」

「あれはあまり意味がないな。やりたくてやるもんじゃない。他にやりたくないことがあるからやるって類のもんだ。ああいうのをたしなむのは、臆病者だぜ」

 自分の商売が成功していることを思い出してさらに気をよくしたのか、太い指で別の煙草をくるりと回し、レイニーに向かって差しだしてみせる。


るか?」

「おれは貧乏で、吸えないんだ。コーヒーをくれ」

「俺はコーラでいいぞ」

「てめえには聞いてねえ」

 ついでとばかりに注文したクラウドを、ぎろりとヴォルカニックが睨む。それだけで、眼前に拳を振りかぶるよりも効果がありそうな声と目だ。


「言っておくが、俺とこいつはボスと手下じゃない。相棒関係だ。対等だ」

 しかし、クラウドは臆せずに言い返した。狼の瞳が、ヴォルカニックの黒い目をにらみつけた。じっと視線がぶつかり合い、火花を散らす緊張感だ。

 ヴォルカニックの傍らに立つ手下が、こらえきれずに懐の銃に手を伸ばしかけたとき、ヴォルカニックがくっと喉を鳴らした。

「てめえ、俺様がガキだったころによく似てるぜ。俺様もそう思ってたもんだ」

 がらがらと笑いながら、大男が部下に対して顎をしゃくる。その男はすぐにカップに湯気を立てるコーヒーと、ジョッキで泡を弾けさせるコーラが運ばれてきた。


 たいしたしつけだ、とクラウドは思った。

 二人が運ばれてきた飲み物に口を付けるのを待ってから、ヴォルカニックが口を開いた。

「あの娘をてめえらがここまで運んで来たのか?」

 早速、本題だ。

「ああ。だが、こっちからも聞きたいことがある」

 話の主導権を握らせるわけにはいかないといわんばかりに、レイニーが腕を組み、ソファにもたれる。代わりに、クラウドが身を乗り出す。


「イレブンスターにこの人ありと恐れられるほどの大悪党、ガストン・ヴォルカニックが、なんだってあんな小娘を攫うんだ? 言っちゃなんだが、男の相手をさせるには、その……微妙だろ?」

 サンディの姿を思い出しながら、クラウドは呻いた。その裸が頭の中に浮かびそうになるのを、なんとか打ち消す。

「なんだ。てめえら、あの娘にどんな価値があるかも知らないで攫ったのか?」

「正直に言えば、あんたが運ばせるほどのものだから、必ず価値があるだろうと思って、中身についてはろくに調べもせずに馬車を襲ったんだ」


 レイニーの答えに、ヴォルカニックは愉快そうに手を鳴らした。

「そうか。やはりな。馬車が襲われたって時にはひやっとしたもんだ。思わず、馬車ひとつ運べねえボンクラどもを皆殺しにしちまったが」

 そのときのことを思い出してか、ヴォルカニックが凄絶な笑みを浮かべた。自分の手でやったのか、部下にやらせたのか。

 どちらにしろ、たとえではなく本当に殺したのだろう。

「だが、やはり持つべきものの手に戻ってくるもんだ。あの娘の価値はな、クスリやタバコなんてぶっ飛んじまうようなもんだ」


「犯すのか?」

 レイニーが聞いた。クラウドは驚いて、

(何言ってんだ!?)

 と思ったが、口には出せない。ぎょっとした表情を見かねて、ヴォルカニックが一笑した。

「誰が薄汚い獣女なんざ」

 ヴォルカニックの返答を聞いて、クラウドはどこか安心している自分に気づいた。いやいやそんなことを考えてる場合じゃないぞと自分を立て直す。

「それより、質問に答えてくれよ。あの娘にどんな価値があるってんだ?」


「言っただろ、クスリよりタバコより最高なモノがある。てめえらもアウトロウなら、分かるだろ?」

 うずうず、早く同じ楽しみを知って欲しいとでもいう様子で両手の太い指を動かしている。当然に、クラウドとレイニーは同じ答えに行き着いた。

「悪魔の銃か」

「ビンゴだぜ。あの娘の入れ墨には、悪魔の銃と同じような材質が入ってやがるんだ」

「……あの娘が霊を降ろすことができるのと関係があるのか?」

 と、レイニー。ヴォルカニックが大きく頷く。


「大ありだ。その金属はザ・ロウにすら記されていねえんだ。だから、悪魔の力を寄せ付けやすい。連中はそれを体の中に入れ墨することで悪魔の力を借りてるのさ」

「それと同じものが、悪魔の銃にも入っているってのか? これはどこからともなく現れるものだと思っていたがな」

 クラウドは自分の背に負った銃を示した。あの日、彼の前にその銃が現れた時のことを思いだしながら。


「ああ、そうさ。悪魔の銃がどうして、どこから現れるのか分かっちゃいねえ。だが、どこにいくのかは掴んでるぜ」

「どこにいくのかって、どういう意味だよ?」

 緊張をごまかすようにコーラを呷り、げっぷを抑えながら、クラウド。

「てめえ、ハートブレイクを殺しただろ?」

「いっ!?」

 強烈な不意打ちに、思わずクラウドは言葉を失った。


「図星だな。このイレブンスターで何かすりゃ、すぐに俺の耳に入るんだよ。特に悪党のことを見張ってる奴なんか、いくらでもいるんだ」

 吸い尽くした煙草の吸い殻を手下に片付けさせながら、ヴォルカニックが愉快そうに笑う。庭で虫を捕まえている猫を見るような目だ。

「てめえがあいつから奪った銃を警察に持っていっただろう。その後、悪魔の銃はどこに行くと思う? あれはな、連邦政府が取り上げて研究に使ってるんだよ。秘密裏にな」


「それが本当なら、すごい話だな」

「本当も本当だぜ、ラヴァーズ」

「やめてくれ、お前みたいな奴に呼ばれるとぞくぞくしちまう」

 ヴォルカニックはがらがらと笑った。

「俺様がその金属……知られざる金属アンノウン・メタルのことを知ったのは、政府の研究資料を見たからさ。間違いない」

 ヴォルカニックは立ち上がり、背後の大きな棚から一本の酒瓶を取り出した。ラベルはかすれてよく分からなかったが、とにかくキツそうな酒を瓶から直接飲み下してから、二人に向き直る。


「あの娘はその鉱脈のある場所を知ってるんだ。だから捕まえた」

「……なるほどな」

 クラウドは頭の中で何かがちりちりとくすぶるのを感じた。いつもなら、儲けばなしのにおいを察して喜んでいるところだが、今はそうではなかった。

「分かるだろ。俺様はその鉱脈が欲しい。てめえらは正直な上に、腕も立ちそうだ。俺様の所に来たってことは、判断力もある。どうだ、俺様の手下に……」

 そのとき、ばたんと部屋の扉が勢いよく開かれ、男が飛び込んだ来た。


「ボス!」

 ヴォルカニックの脇に控えた手下が銃を向ける。だが、それが小屋の前に居た物乞いだと分かると、銃を下ろした。

「今、俺様が客と話してんだぞ!」

 テーブルを叩いて大喝するヴォルカニックに、男はびくりと震えながらも、さっと扉の方を示した。

「お、表に、新しい客が……」

「接客中だと言って追い返せ」

「それが……」


「それがも何もあるか、追い返せ!」

 丸太のような腕が再びテーブルを叩く。今にもテーブルを叩き割らんばかりの衝撃に、ぱらぱらと天井からほこりが落ちる。

 飛び込んできた男は、勇気を振り絞るように背筋を伸ばした。


「連邦保安官なんです!」

 その場に居る全員に衝撃が走った。

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