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馬車強盗

 高台の岩場にひとりの男が身を隠し、顔だけをのぞかせている。

 西部で漂白されたとでも言うような砂色の髪。瞳の色はコバルトグリーン。若さと渋みが同居している顔立ちだ。荒野の旅人然とした雰囲気だが、無精ひげのひとつもない。

 頭にかぶった革のハットも、黒みがかったジャケットも、拍車のついたブーツも、荒野には似つかわしくない艶がある。彼の纏う男性的な色気が、そのように見せているのだろう。

 その背には女の足を思わせるすらりとした狙撃銃ライフルが背負われている。それもまた、彼のためにあつらえられたように似合っていた。いや、このライフルこそ彼のためにある『悪魔の銃』なのだ。


 男の視線の先には長く伸びた道。道といっても、同じ場所を、何人もの人や、何体もの馬や、いくつもの車輪が踏みしめ続けた結果として生まれた、とても舗装などされていない道だ。

 その道の先に小さな土煙が見えた。男が懐から双眼鏡を取り出し、目に当てる。

 殺風景な道を、こちらに向かって一台の馬車が進んでくる。珍しいことに、御者は女だった。肌の色からして、南部の生まれだろうと知れる。


「旅芸人か? さすがに、俺たちの狙っている馬車じゃなさそうだな」

 そう呟きながらも、男は双眼鏡から目を離さない。

「いい女だ」

 御者台に座っている女を、頭からつま先まで舐めるように眺める。男の整った顔は自然とにやついていた。

 夕陽が地平線にかかるころだ。騒がしい蹄の音と共に近づいてくる少年の声が静寂を打ち破った。


「レイニー! レイニー・ラヴァーズ! どこだ!」

 騒音が服を着て馬に跨がったような少年、クラウド・ゴールドシーカーが、男の名を呼びながら近づいてきている。

 男……レイニーはおっくうそうに双眼鏡を目から離し、長すぎるコートをひるがえして馬を走らせているクラウドを見下ろした。

「静かにしろ。気づかれたら終わりなんだぞ」

 たしなめるように言いながら、ちらと後ろを振り返る。旅芸人の馬車は、道を曲がって別の方向に進んでいた。残念に思う気持ちを、レイニーはため息と共に吐き出した。


「もたもたしてたら、それこそ気づかれるだろ」

 クラウドが馬の足を止めて頭上を睨む。少年らしい反骨心に、レイニーは肩をすくめるだけで答えた。

「あの岩の裏に馬を繋げ。お前がもたもたしていたせいで、もう日暮れだぞ。連中も遅れてるみたいだから、まだよかったがな」

 刺々しい言い様は西部の常だ。彼らのようなアウトロウは公正フェアであることにこだわる。いつ果てるとも分からぬ荒野の男たちは、そのときを納得して迎えたいのだ。だからこそ責任にこだわり、相手のミスを追求する。

 それが分かっているから、クラウドはそれ以上の文句を重ねるのをやめ、岩陰に留められているレイニーの馬の隣に、自分の馬を繋いだ。


 ごつごつした岩場に登り、レイニーの隣にかがみ込む。

「ハートブレイクを倒したところまではよかったんだけどな。州警察の連中、払いを渋りやがって」

「首の代わりに奴の銃を持っていったんだろ?」

「当たり前だろ。だってのに難癖つけられたんだ」

「そりゃあ、運が悪かったな。で、いくらになったんだ?」

「九五〇」

「奴の首は一〇〇〇じゃなかったのか?」

「俺が知るかよ! 州規則で五パーセントを取るのが決まりだって言われたんだ」

 クラウドが腹立ち紛れに、げんこつで岩を叩く。レイニーは双眼鏡を再び目に当てて、夕陽に照らされる道を眺めながら、やれやれと肩をすくめた。世をはかなむバンジョー弾きのような仕草だ。


「近頃は州で好き勝手に規則を作っていいことになったからな。このブルースターは西部じゃ治安がいい方だ。警察としては、稼げるところで稼ぎたいんだろうよ」

「大統領も、搾取される賞金稼ぎを連邦規則で守ってくれねえかな」

「賞金稼ぎのほとんどは賞金首と同じアウトロウだってのは暗黙の了解なんだ。ザ・ロウの代弁者である大統領がアウトロウのために規則を作ったりはしないさ」

 乾いた声で答えるレイニー。クラウドは何か反論しようとするが、レイニーは鋭く歯の間で空気を鳴らしてそれを止めた。


「シッ。来たぞ」

 長く伸びる道の先を、狙撃手の長い指が示す。砂塵を巻き上げて馬車が近づいてきていた。その周囲にはごろつき然とした男達が馬に跨がって張り付いている。

「間違いなく、ヴォルカニックの野郎の馬車なんだな?」

 クラウドが問う。レイニーは小さく頷いた。

「非合法品を積んでるのは間違いない。野郎、最近はやばいクスリで相当儲けてるらしいからな。ちょっとぐらい、俺たちがもらっていっても、奴の懐は痛みやしないさ」

 レイニーが岩の上に胸をつけて身を乗り出し、銃をまっすぐに構える。堂に入った、狙撃の構えだ。何百回とその姿勢を取ってきたことが伺える。


 この岩場も、狙撃のためにレイニーが選んだのだろう。夕陽を背にして道を上から狙うことができる。今更のように、クラウドは感心していた。だが、口に出してこの男のことを褒めるのは、なんとなく気が進まなかった。

「ビッグチャンスだな」

 代わりに歯を剥いて笑い、頭に巻いたバンダナを顔に巻き直す。鼻から下をすっぽりと隠した。

「護衛は殺すか?」

「驚かせてやれ。後はお前が判断しろ」

「オーケー」

 悪党ふたりが頷き合う。ライフルを構えるレイニーをその場に残して、クラウドが岩場を駆け下り、馬車の目前に飛び出した。夕陽を背負って、ロケーションは文句なしだ。


「止まれ!」

 脅しと同事に背中の銃を抜き撃ち。自分の銃の反動で身体ごと吹っ飛びそうになりながら、道の脇にある岩を撃った。

 夕日にまで届きそうな銃声とともに、岩だったものが粉々になって飛び散った。もし人間を狙っていれば……すぐ近くをかすめただけでも、命にかかわる威力だ。

「ご、強盗だ!」

 破片から身を守るために頭を抱えながら、御者が高く声を上げる。

「てめえ! そんなバカみたいな銃で脅そうってのか!?」

「やっちまえ!」

 馬車の周囲に居る五人のごろつきたちが、手に手に銃を抜いてクラウドに向けた。


 たんっ。たんっ。

 ひどく乾いた銃声が、背後の岩場から響いた。

「ぎゃあ!」

「ぐあっ!」

 レイニーの放った弾丸は、馬車の左右にいる男たちの肩と腿を打ち抜き、あっという間にふたりを落馬させた。岩場には夕陽がかかり、狙撃手の姿は見えづらい。


「全員、動くんじゃねえ。こいつで胸から上を吹っ飛ばされたくなきゃあな」

 ばからしいほどに巨大なリボルバーを両手で構えて見せる少年。凄みはないが、突き刺せばぴったり内蔵に届く短いナイフのような、危うい雰囲気をまとっている。

「今の岩を撃ったのはてめえか?」

「こいつの威力、身をもって味わいたいか?」

 銃口をゆらゆらと左右に振りながら、クラウドが告げる。


「そんな銃、人間が使えるわけがねえ。反動で腕がぶっ飛ぶはずだ。それに……何発も連続で撃てるわけがない」

「馬鹿面のくせによく分かってるじゃねえか。俺の銃は反動が大きい。それに……装填も。でも、もう十分だ」

 がちり、と撃鉄を起こす音が響く。この銃の反動はけして小さくはないが、それでもサイズと威力からすれば小さすぎるほどだ。

「あ……悪魔の銃か?」

 じり、と馬に跨がったままの男たちが動きを止める。


「ああ。こいつは“ドリーマー”。相棒のは“エイミィ”。こうしている今もお前達のことを狙ってるエイミングってわけだ」

 男達が跨がる馬すらも、緊張で呼吸があらぶっている。男達のおびえを感じて、クラウドは目を細めた。

(脅しは十分だ)

 何かのきっかけで意気を取り戻す前に、さっさと話を進めるべきだ。


「俺たちが興味あるのは馬車の中身だけだ。男と馬は見のがしてやる」

 悪魔の銃を二挺同時に相手取るということは、数の利を差し引いても男達にとっては恐怖するに十分だ。訓練された兵隊ならともかく、金で雇われたごろつきが、たかが馬車を守るために命をかけられるだろうか。

「運が良かったな。仲間のひとりはひでえ女好きで、女と見れば逃がしはしないんだ。今日は男だけだから、全員逃げていいぜ」

 何も言えなくなっている……というよりは、言おうとしたことが喉につかえて声にならない様子の男たちを見て、クラウドは御者台に銃口を向けた。


「もたもたするんじゃねえ、命は助けてやるって言ってるんだ。馬を馬車から離せ。その間、変な気を起こすんじゃねえぞ!」

「ひ、ひいっ……」

 御者が震えながら、馬と馬車を留めている縄と金具に手を伸ばす。

「さっさとやれ!」

 がちり、と腹の底に響くような空恐ろしい音を立てて、撃鉄を起こす。


「野郎!」

 その瞬間、恐怖が振り切れたのか、ごろつきのひとりが引き金を引いた。

「ちっ!」

 反射的に、クラウドは横へと飛びながら、重い引き金を引いた。あまりの反動で、体が後ろに吹っ飛びそうになる。

 クラウドと男の銃から、ほぼ同事に弾丸が放たれた。だが、命中したのは一発だけだった。

 ごろつきは、見当違いの地面を撃った。彼が乗っている馬もまた恐怖に耐えきれず、走り出そうとして乗り手の体勢を崩したからだ。

 クラウドの弾は、無茶な体勢と反動のせいで狙いが大きくはずれ、馬車の屋根を吹き飛ばした。


 命中したのは、後方からレイニーが放ったそれだ。反動で跳ね上がるごろつきの掌を撃ち抜き、拳銃を弾き飛ばした。

「ぐあっ!」

 男が悲鳴を上げて地面に落ちる。これで、落馬は三人。残った護衛は二人。

「甘く見るなよ。こんなチャンスを逃す俺じゃねえ!」

 跳ね起きながら、牙を剥く狼の表情で凄んだ。両手がじんじんと痺れていた。感覚が戻ってくるまでは、まともに銃を撃てはしない。脅しながら、ひるんでくれることを必死に祈っていた。


「く、くそっ……こんなもの、盗んでどうしようってんだ」

「お前たちの知ったことか。ものの価値は分かる奴にしか分からねえんだよ」

 無茶をやりかねない少年と、正確無比の狙撃手に恐れをなしたのだろう。男たちはそれ以上の抵抗はしなかった。馬車から馬を離し、逃げ出しそうな馬を引き留め、落馬した仲間たちを拾い上げる。

「振り返るな。とっとと行け!」

「てめえ、ただで済むと思うなよ!」

 定番通りの捨て台詞を残し、男たちは逃げ出した。




 男たちが振り返りもせずに去っていくのを確かめ、クラウドは銃を背負い直した。首尾は上々。服が砂埃で汚れはしたが、こっちは一発も弾を受けていないのだ。

 蹄の音が近づいてくる。レイニーが、繋いでおいた馬を連れてきているのだ。

「さーて、一足先にブツを拝ませてもらうとするか」

 期待で胸が高鳴る。両手を擦り合わせながら、幌の後ろ側をのぞき込む。


「金か、宝か、それとも例のクスリか?」

 馬車強盗を犯した罪悪感などはみじんも感じなかった。強いものが弱いものから奪うのは西部の掟である。ましてや、この馬車の持ち主だってそうした罪を重ねて金を得ているのだ。

 悪人が悪人から奪うなんて、獣が獣を襲うのと同じじゃないか。クラウドはそう考えていた。

 吹き飛ばした屋根の破片を払う。どうやらそのお宝は毛布にくるまっているようだ。

「どうだ、甘い物か辛い物か、何が乗ってる?」

「今見るところだよ」

 レイニーが馬から下り、近づいてきた。クラウドはぶっきらぼうに答えて、毛布を取り去った。


 そして……

「いいっ!?」

 そのお宝を目にして、悲鳴と驚愕が混じり合った、いわゆる間抜けな叫びを上げた。

 後じさるクラウドを見て、レイニーが眉をひそめる。

「どうした? やばいブツか? ははあん、さては銃だな」

「い、いや、やばいっていうか……」

「なんだ、歯切れが悪いな」

 苛立った様子でレイニーが馬車をのぞき込む。


「……大当たりだな」

 レイニーの頬に汗が浮かぶ。言葉を失っていた。

 馬車に乗せられていたのは、少女だった。クラウドよりもさらに年下。十五歳になったかどうかというところだろう。今は寝ているのか気を失っているのか、目を閉じている。

 ただの少女ではない。肩の下まで伸ばされた、炭のように真っ黒な髪。赤みがかった色の肌。胸元から腿までをすっぽりと隠す服……獣の皮を加工したものだろう、少なくとも都会の裁断師があつらえた物ではない。

 そして、手足や肩にはカラフルな刺青が施されている。おそらくは、服に隠れている部分にも彫られているのだろう。何の形を表しているのかはよく分からなかったが、少女の肌に鮮やかな色が浮かぶ様は、芸術的な偉容だ。


「“野の人々ワイルド・トライブ”とはな。……ヴォルカニックが連中に攫わせたのか?」

 レイニーがぽつりと漏らした。

 野の人々は、町ではなく自然と共に暮らす人々だ。まれに山賊まがいのことをして人を襲う連中も居るが、大部分は、町に住む人々が何もしなければ静かに暮らしている。

 西部ではたびたび、野の人々とのいざこざが起きている。ほとんどの場合、勝利したのは開拓者たちだ。銃の力で彼らをねじ伏せて、土地や資源を奪ってきた。そうして、今があるというわけだ。


「どう思う?」

 クラウドが聞く。

「あと五年ってところだな」

 レイニーは少女の顔をしげしげと眺めながら言った。

「お前の品評を聞いたんじゃねえよ! こいつをどうするかって聞いてるんだ!」

「どうするもこうするも、ヴォルカニックの馬車に乗ってたんだ。それに、俺たちが強盗したお宝には違いない。事情を聞かないとな。ここに居るのはまずい、適当な町まで運ぶべきだ」

「連中は向こうに逃げていったから、反対側に逃げよう」

 クラウドが半ばまで沈んだ太陽を示した。そして、傍らの二頭の馬に目を向ける。


「どっちに乗せる?」

 レイニーが聞いた。

「ひとつ、俺はお前みたいに女とべたべたするのは嫌いだ」

 クラウドがレイニーに突きつけるように指をひとつ立てる。レイニーは静かに指を立て返した。

「ひとつ、おれは子供に興味はない」


「ふたつ、お前のほうがいい馬に乗ってるだろ!」

「ふたつ、お前のほうが体重が軽い。馬の負担も少ない。みっつ、おれの馬は女を乗せると機嫌が悪くなるんだ」

「うっぐ……」

 互いに理由を挙げて、理由の数が多い方が通る。意見が対立したときのアウトロウ流の物事の決め方だ。もっと重大な問題なら決闘になるが、さすがに今は命をかけるような状況ではない。結果、軍配が上がったのはレイニーの方だ。


「分かったよ。もたもたしてられねえし、さっさと町に引き上げるぞ」

 クラウドがうなり、少女の体を包んでいる毛布を抱えようとしたとき。

「んんっ……」

 少女が小さくうなった。小動物が鳴くような、か細いがエネルギーを感じる声である。

「うっ!?」

 ぎくりとクラウドが身をすくませる。その目の前で、少女がうっすらと目を開いた。淡い褐色の、光の加減でゴールドがかって見えるその瞳が、クラウドのほうにゆっくりと向けられた。


「おなかすいた……」

 少女が寝起きの、かすれた声で呟いた。

「なに?」

 動けなくなっているクラウドの代わりに、レイニーが問い返す。が、少女は、

「何か、食べる……」

 とか細い声でそう言ったきり、再び目を閉じた。代わりとでも言うように、その腹のあたりから『ぐー』と派手な音が聞こえた。

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