私と男の子
ヒトと交わりを持たない魔女と独りぼっちの子供が話す小さなお話し。
何年前にここにきたのか?
なぜ?
こんな場所にいるのか?
魔女は自分の記憶が少なくなっても、だがしかし忘れない思いはあった。
雨でキレイさっぱりになった星空を見上げていた時だった。ひとりの男の子が鳴きながら歩いてくる。男の子は私に気づいていないのかすぐそばまで近寄ってきていた。その当時私はすでに異教者として追放され、人と関わりを持たず人里離れた所に暮らしていた。
「泣くな少年、男の子だろ?」
久しく声を出していなかったからか声は思った以上にガラガラだった。
「ヒッ!!」男の子は泣き顔をあげてこちらをみる。男の子は私の姿をみると固まった。
「そう恐れるな、とって食いはしない」
できるだけ優しく暖かく声をかける。
「魔女、樣?」
男の子は袖口で涙を拭う。
「そうだが、どこの村の子だい?」
一番近い村でも相当の距離がある。ましてや子供の足なら。
「エリス」エリスと言えば二番目に近い村だ。
「エリスか…ちょっと離れているな」
「………お腹すいた」
歩きぱなしだったのだろうか。
「少し待っていて」
一度小屋に戻って台所に置いていた、コーンスープを火にかける。ほんの一、二分で丁度いい温度になる。棚から取り出してきた2つの器にわける。男の子は切り株の上に座り星空をじっと見ていた。
「星はすきか?」
「……うん」
男の子はこちらに向き直り静かに答えてくれた。
「ほれ、暖かいぞ」手にもっていた器を渡す。
「ありがとう」男の子の隣に座りスープを一口、なかなかおいしい。
男の子もスープを飲んでいる。よかった。
「おいしい」男の子は笑顔で言ってくれる。
可愛い。それは反則だろ。
「それはどうも」
男の子はなぜここまで泣きじゃぐりながら歩いてきたのか話してくれた。
どうやら大人の事情という自分ではどうしようもない事から逃げようとして村から出てきたらしい。
「逃げるだけならダメだ」
「魔女樣ならどうしたの?」
自分ならどうしただろうか?
数秒間考える。
「…………わからない」
「………」
男の子は悲しげな顔に逆戻りしていく。
「そんな顔するな」
男の子の目に涙が溜まってくる。
「そうだ上を向いてみろ」
男の子は言われるままに上をみる。
「星は何個あるか知っているか?」
「わからない」
「私もわからない。だけど星にも人と同じく個性がある。赤い星や青い星、あまり輝かない星や太陽のように輝く星。大小の大きさ。……キミもそんな空の中で生活しているんだ。だから自分みたいな星がこの星空のなかにあるはず、それでも頑張って輝いているじゃないか」
あんまり良いこと言ってないな。
「う~ん、わからないや」
「自分でもあまり良いこと言ってないなと思う」
苦笑いしながら言ってみる。
暫く沈黙。
「魔女樣はお星樣が好きなの?」
「そうだな…好きと言えば好き」
「好きと言えば好き?」
「星は変わらずにいつも上にある。きっと自分や他の人が居なくなってもずっと世界を優しく見下ろしてくれる。それってすごいことじゃないだろうか?」
「僕はね、星を見ていると今日あったイヤなことをキレイさっぱり忘れる用な気がするんだ」
確かに星を見ていると気持ちが落ち着く。
だんだんと東の空が明るくなってきた。
「夜が明けてきたぞ」
「うん」
「そろそろ帰るか?送っていくぞ」
「そうだね」
あまり乗り気ではないという顔をしている。だが私にはどうしようもないことだから見ているしかできない。
小屋の隣に建てた馬屋にいく。黒鹿毛の馬が私の気配を感じたのかこちらを見ていた。
「よしよし」
顔を撫でてやる。たぶん喜んでいる表現なのか?小さく鳴き声をあげる。新鮮なリンゴを持ってきたので食べさせてやる。いつみてもコイツはリンゴを美味しそうに食う。
今回は鞍を着ける。普段は私独りで乗るので鞍なしでもいけるのだが、タンデム乗りはあまりコイツ自体あまり馴れてないと思うし、あの男の子も馬に乗るということ自体初めてだと思う。
「おーい、少年」
少年はまだ切り株の上に座っていただがその横顔は先程の男の子より少し大人になっているような気がした。男の子はこちらに振り向く。正面から見た目はキリッとした一端の大人の目だ。
がさつに頭をかき回してやる。お前はまだ大人になるには早すぎる。
男の子を先に跨がせる。その後ろ側に私も乗る。
ほのかに男の子の匂いが鼻をくすぐらせる。
数分馬の足で直ぐの所に道が現れる。目的のエリス村に続く道である。
「この道を通ってきたのか?」
「ううん、道は通ってない」
「森を通ってきたのか」
森を通ってくるとは度胸があるな。私でも一人だと心細いから使い魔と一緒に入るのに。
東の空がいっそう明るさを増す。
「もうすぐ日の出だ」
道の脇になだらかな丘がある。ここなら日の出がキレイに見れそうだ。
「少し寄り道していくか」
馬に跨がりなだらかな丘を登っていく。
「どこいくの?」
「景色が良いところ」
周囲も明るさをましていく。間に合うかな?少し馬を速くする。
丘のてっぺん。まだ日は出ていなかった。
「あそこらへんから出るぞ」
ちょうど山並みが途切れた所を指差す。男の子をみるとジッと私が指した所をみている。鼻水が出ている。毛布を一枚持ってくればよかったかな。
火が出てくる。その太陽はいつも昼間にみる太陽より神秘的な感じがする。
太陽神とか私は知らないが朝日とか夕焼けとかなら息を忘れるほど見とれてしまう。小さな光源がだんだん大きさを拡大していく。
目が焼けるような力強い光だ。
「そろそろ行くか。目が焼ける」
「そうだね」
魔女とはなにか?
子供とはなにか?
人間とはなにか?
自然とはなにか?