書け……ないんですけどー!!!
『ふん……。次はアタシの番……』
順番に「自分の物語」を紡いだ兄さんたちは、「終わった終わった……」と次々と解散モードになっている。
『……ふん。アタシはもっと世間をビックリさせるような、大金をがっぽり稼げるような、そんな超大作を書くんだから……。ねぇ、涙!」
眠っているアタシの半身に、勢い込んで呼び掛ける。
「ん~?? んー。そうだねぇ……」
涙は眠ったまま、中途覚醒して、アタシの言葉に返事を返す。
そういうところは、さすがアタシの半身だけはある。
「ぐー」
返事だけして、涙はまた眠りの海に潜った。
『さすが……! アタシのことなど眼中にもない。眼中どころか、人生にもないようなこの態度。うん、推せる……!』
「むにゃ……無理は……よくないよ~」
一体、どんな夢を見ているんだろう、とか。
なんで、人の家に来て即寝するんだ、だとか。
どうして、アタシが無茶しようとすると分かるんだろう、など。
この涙という生き物には、全く知的好奇心が尽きない。
是非、骨の髄まで、体の隅々まで解剖して、どんな仕組みで動いているのか調査したい。
正直、起きていると口やかましいので、寝ているくらいが丁度いい。
というか、そもそも、涙にはアタシがテイのいい睡眠薬になっているのかもしれない。
『夜勤を終えて、寝ずに来るからや……』
アタシの中の冷静沈着ボーイが言う。
『そうそう、やっぱり、寝ないと体力もたないからね』
アタシの中の大人男子が言う。
『……で、どうする? 処す? 殺す? ヤる?』
アタシの中の物騒ヤクザが言う。
「ん……殺さないで……」
うん、どうにも、勘がいい。本当は3人目の言うことを聞いてみたい。
テレビで見た何かのように、「天誅!」とか言ってみたい。
アタシとの時間より、仕事とイチャイチャすることを選んだこの馬鹿に、きっついお仕置きをしてみたい。
「ふぅ」
ひとつ息をつく。
「いけない、殺人犯になっちゃう」
そんな前科がついたら、大変だ。
アタシの女としての格が、メーター振り切って「世界最強」になってしまう。
「殺人犯ってセクシーよね?」
踏み越えてはいけないラインを軽々越えていくそのセンス。
相手の領域にズカズカ立ち入っていくその胆力。
何より、見た目で人を釣っては安心させて犯行を可能にするその魅力。
『うん、セクシーだわ』
アタシの中の女が言う。
「だよね? 作り物の殺人犯って、イケメン俳優がやるって相場が決まってるもんね!」
『そうそう。最近の流行りの男優、調べてみる?』
アタシの女が、アタシじゃなくて流行りの男に浮気しそう。
許せない。
誰であろうと浮気は倫理憲法に違反する。
「ふん。涙以上のイケメンに限る」
『……、それじゃあ、無理じゃない。それ以上のイケメンなんていないわよぉ、もう、やんなっちゃう』
何故か、アタシの女が兄貴みたいな声で喋り出す。
「ん……。あの……、語弊……」
涙が小さな声で文句を言う。
「……寝るか、起きて文句言うか、どっちかにしなさいよ」
「ぐー」
「……寝るんかい」
『涙、寝た~?』
「寝たよー」
「それは良かった。なんか、俺、知らないうちに無茶させてたみたいで~」
「それは、兄貴が”そういうこと”するからじゃん?」
「いや、だって、仕事で……。余興やれって上司がうるさくて……」
もうすでに画面の向こうの美女は、すっかり兄貴に戻ってしまった。
アタシは暇なので、涙を足で転がしながら兄貴からのビデオ通話に応じる。
「似合うけど……、その……”オネェ様キャラ”でいくの? それとも、女だけど男的な、トランス脂肪酸?的な何かでいくの?」
「トランスジェンダーな。何だよ、トランス脂肪酸って。何読んだんだよ?」
「え? 医学書」
「……医学部行けよ、文学部じゃなくて」
「だって、面白いんだもん。一皮むけば、みんな臓器だから」
「……めったなこと言うなよ。BANされたらどうすんだよ」
「ええ~? テレビ電話だよ? 個人の通話を傍受して、誰が得するってわけ?」
「いや、まぁ、そうだけど。そうなんだけど、お前の語彙、物騒すぎんだよ、金」
呆れたように笑うと、やっぱり兄貴だなぁ、と思う。
見た目は、化粧と衣装で美女一択だが、話したり、不意の表情は、非常に兄貴だなぁと思う。
『……むかつく』
その見た目で、素を出さないで欲しい。
見た目と態度のギャップで風邪ひきそう。
そろそろバイトしようかというアタシにそのやり口は卑怯だ。
危険だ。非常にデンヂャラスだ。
「デンヂャラスな兄貴……。姉貴? えっと~……デンヂャラス美女って、商標あったっけ……?」
「……あのなぁ。兄貴を使って金儲けしようとすんなや。自分を使いなさい、自分を」
「だって、アタシがやると”優等生ヤンキー”みたいになるんだもん。需要ないよ」
「だからって、こんな……こんな破廉恥な俺を商標にするなんて……”ダメじゃなぁい?”」
兄貴が急に女を出す。こんな時、アタシはどんな顔をしていいのか分からない。ふざけているのか、マジなのか、性的なアレなのか、とても判断に迷う。
差別はいけないが、ある程度の区別がないと、混乱の元だ。
「な……、何とか言ってよ、金。へ、へへへへ変だった!? な、なんかコンプライアンス違反になりそう? 投獄の憂き目、来そう!?」
「……」
しばしの沈黙。
「会社指示なら、コンプライアンス違反ではないけれど……、それを衆目に晒した時、おそらく兄貴の平穏は終わるよ。一生の」
「えっ……」
アタシが冷静に伝えると、兄貴が絶句した。そんなに大層なことは伝えていないのに。
『だって、兄貴、割と見た目いいじゃん。母ちゃん似じゃん。それがさらに化粧して衣装来たら、そりゃあ、男女ともに黙ってないでしょう』
兄貴は理解していないが、おおよそ、ぶっちゃけ ” イロモノ ” の部類だ。 ” イロモノ ” 分野に昔から適性があった。女ヒーローのコスプレをさせたら、正直右に出る者はいないだろう。
”な、なんで俺なの~(泣)”
と泣いている姿など、非常に可愛かった。今だから言えるが、ぶっちゃけ家に閉じ込めて、ずっと鑑賞したいレベルには芸術だった。
女の子より、とても女の子だった。
「……。それって、 金や皆に迷惑かけるかな……?」
どうやら、兄貴は本気で真面目に悩んでいるらしい。
「俺さ、実はさ。周りに、やってみなよ、って言われててさ。でも、家族に迷惑が、と思って今までその提案蹴ってきたんだけどさ……。そろそろ、断るの厳しくて~!!!」
「……どう思いますか、涙将軍」
「……ヘタレ兄貴の……ば……か……。俺の……、負担……」
「涙も、こう言ってるし、もうやっちゃえばいいんじゃない? あ、でも、他の兄貴たちと、一応……嫌だけど……親にも伝えておいた方が……。後からトラブルになっても困るし」
「……そ、そうだね! 涙に結構、依頼いっちゃうよね? ごめん~、涙~! そこまで反響あるとか思ってなくて~……。って伝えといて。あと、兄貴たちには、”スズがおかしくなった” で通しといて。父さんと母さんには……、会社の出し物で、ってことで!」
『はぁ』
心の内で、小さくため息をつく。
『ホント、この人、アタシを仲介させるんだから……』
「別にいいけど、アタシが言ったら、総勢で鈴兄ぃんとこ押しかけるよ?」
「……そ、そっかな? うーん……」
「事後……報告……」
『ダメじゃない?』
『ダメかも、それ……』
「俺が……」
『涙!』
『涙、天才!』
「う……、何……? 何にも……、して、な……。夕兄ぃ~! 何したのー!? ちょ、ちょちょちょちょちょっと待って! ちょと、待って! ででででデリカシーなっ! あ……。ごめんなさいごめんなさい。違うんです。そういうことじゃなくて……! そ、そそそそういうつもりじゃなくて。兄はそういうつもりは毛頭なくて……! はい、はい、はい! それはもう! よくよく言っておきますんで! 何卒! 何卒、穏便に~!!!」
『……』
『……』
「涙……」
「夕飛、なんかやらかした……?」
「”だってぇ、アイツが悪いんじゃーん。僕はぁ、普通に悪いことしてるから注意しただけでぇ……。はぁ!? 何で!? 何で僕が悪いってことになっちゃうの!? ……これだから、汚い大人はさぁ”」
「あちゃ~」
「そういうことか……」
「鈴兄ぃ」
「了解」
「口の利き方~。まっじでなってない! 夕飛兄ぃ、それは、ダメ。友だちがイイって言っても、ダメ。それは、世間的に、ダメな奴なの……! 話、聞いて~!!!」
「「ユウヒ、捕獲作戦を開始する!」」




