氷の次期公爵様が「お前など不要だ」と私を追放しようとしますが、心の声で『大好きだ!!行かないで!!死んじゃう!!』と絶叫しているので、とりあえず荷造りをする振りをしています
カタルニア王国でも一、二を争う名門、ウィンテリア公爵家。その執務室には、今日も今日とて氷点下の空気が漂っている。
部屋の主は、次期公爵であるクラウス・ウィンテリア。
銀色の髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。整ってはいるが、彫刻のように冷ややかで感情を感じさせない美貌。
「氷の貴公子」とあだ名される彼は、その名の通り、冷徹で無慈悲な仕事ぶりで知られている。
そんな彼が今、この屋敷で働くメイドの私――エリーゼを見下ろし、氷の刃のような声で言い放った。
「――出ていけ」
書類から目を離さず、吐き捨てられた言葉。
私とクラウス様は、身分こそ違えど幼馴染として共に育ってきた。だが、ここ数ヶ月、彼は私に対して極めて冷淡だった。
そしてついに、解雇通告である。
「私の屋敷に、お前のような能無しは必要ない。目障りだ。退職金は弾んでやるから、今すぐ荷物をまとめて田舎へ帰れ」
酷い言葉だ。普通のメイドなら泣き崩れているだろうし、事情を知らない人間が見れば「なんて冷酷な男だ」と憤るだろう。
実際、扉の向こうに控えている護衛騎士のサミュエルさんが、この解雇通告に対してガタッと動揺している気配がした。
だが、私は動じない。
私は、無表情のままティーポットを手に取り、クラウスのデスクへと歩み寄った。
「旦那様。クビにするのは構いませんが、とりあえずお茶が入りましたわ」
「……」
クラウス様は眉間に皺を寄せ、不愉快そうに私を睨む。
しかし、私は知っているのだ。
私が、そっとティーカップを彼の指先に触れるように差し出した、その瞬間。
『あああああああああ!!エリーゼ!!今日も可愛い!!世界一可愛い!!指!!今指当たった!!洗わない!!一生この指洗わない!!ってか行かないで!!嘘だよ!!出ていけとか全部嘘!!大好き!!愛してる!!結婚してくれぇぇぇぇ!!』
――うるさい。
私は表情筋を総動員して、真顔を保った。
鼓膜ではなく、脳内に直接響いてくる絶叫。
そう、これが「氷の貴公子」の正体である。
―・―・―
私、エリーゼには、ごくごく限定的な特殊能力がある。それは、「肌が触れた相手の心の声が聞こえる」というもの。
もちろん、常時聞こえるわけではない。触れた瞬間から少しの間、相手の最も強い感情が流れ込んでくるのだ。
クラウス様は知らない。
自分が必死に作り上げている「冷酷な次期公爵」という仮面が、私の前では何も意味してないということを。
「……何を突っ立っている。さっさと出ていけと言ったはずだ」
クラウスは冷ややかに言い放つ。
しかし、カップを受け取るその手が微かに震えているのを私は見逃さない。
『嫌だ嫌だ嫌だ!!頷かないでくれ!!「嫌です、クラウス様のお側にいたいです」って言って!!そしたら俺、全力で前言撤回して抱きしめるから!!……いや駄目だ!!お前を巻き込むわけにはいかないんだ!!あの「毒婦」からお前を守るには、こうやって遠ざけるしか……くそぉぉぉ!!俺が不甲斐ないばかりに!!愛してる!!愛してるんだよエリーゼェェェ!!』
情報量が多い。
とりあえず、彼が私を追放しようとしている理由は、どうやら私を守るためのようだ。
「毒婦」というのが誰のことかは大体見当がついている。最近、ウィンテリア公爵家に縁談を持ち掛けてきている、隣国の公爵令嬢のことだろう。彼女は気に入らない人間を次々と「事故」に見せかけて排除する危険な人物だと噂されている。
不器用な人だ、本当に。
私を危険から遠ざけるために、わざわざ自分が悪役になって嫌われようとするなんて。
――まあ、そんなところも可愛いんだけど。
私は内心でクスリと笑いつつ、ちょっと意地悪をすることにした。
私は殊勝な態度で深く頭を下げた。
「……かしこまりました。そこまで旦那様が仰るのであれば、私は身を引きます」
「……っ」
クラウス様の喉がヒクリと動く。
『えっ……あっさり!?嘘でしょ!?少しは粘ってよ!!俺たちの十八年の絆ってそんなもんだったの!?いや、俺が突き放したんだけどさ!!でもさ!!』
「ちょうどよかったですわ。実は先日、実家の母から手紙がきましてね。隣村のパン屋の三男坊が、私を嫁に欲しいと言ってくれているそうなのです」
もちろん、真っ赤な嘘だ。
ガタンッ!!
クラウス様が勢いよく立ち上がり、デスクを叩いた。
執務室の空気が一瞬にして凍り付く。彼の瞳には、殺気すら宿っているように見えた。
「……なんだと?」
地を這うような低い声。
しかし、心の声はそれどころではない。
『はあああああああ!?どこの馬の骨だそいつは!!パン屋!?小麦粉にしてやろうか!?エリーゼは俺のなんだよ!!誰にもやらん!!絶対やらん!!八つ裂きにして豚の餌にしてやる!!いや待て、落ち着けクラウス。エリーゼが幸せになるなら……パン屋……毎日焼きたてのパン……幸せな家庭……ふざけんな俺が幸せにするんだよ!!王都一番のパン職人雇って毎朝最高のクロワッサン焼かせるから!!なんなら俺が毎日パン焼くよ!!』
パンへの対抗心がすごい。
そして「小麦粉にしてやろうか」というフレーズのセンスに、私は必死に笑いを堪えた。
これ以上やると彼が過呼吸で倒れかねないので、私はすっと目を伏せた。
「今までお世話になりました。……では、荷造りをしてまいります」
「……ふん。二度と私の前に顔を見せるな」
彼は椅子にドサリと座り込み、顔を背けた。
耳が真っ赤だ。
『行かないでぇぇぇ……。ううっ、エリーゼの手作りクッキーがもう食べられないなんて……生きていけない……。でも、これでいいんだ。あいつがここを去れば、あの女の魔手からは逃れられる。俺はどうなってもいい。エリーゼさえ無事なら……』
最後はしんみりと、けれど深い愛情に満ちた声が聞こえてきた。
私は執務室を出て、パタンと扉を閉める。
扉に背を預けたまま、私は大きなため息をついた。
「……本当に、馬鹿な人」
私を守るためなら、自分の幸せも名誉も全部ドブに捨てる覚悟なのだ、あの人は。
昔からそうだ。私が木から降りられなくなれば自分が代わりに木に登って私を受け止め(そして骨折し)、私が高熱を出せば吹雪の中を走って医者を呼びに行く(そして自分も寝込む)。
彼はいつだって、私の勇者だった。
そんな彼を置いて、一人で田舎に帰れるわけがない。
それに、「毒婦」だか何だか知らないが、私の大切な幼馴染を不幸にしようとする輩を、このまま野放しにしておくなんて私のプライドが許さない。
「さて、と」
私はメイド服の袖を捲り上げた。
とりあえず荷造りをする振りをして、裏口からこっそり戻ってくるつもりだ。そして、その「毒婦」の情報を集めて、逆に追い詰めてやろう。
そう決意して廊下を歩き出した、その時だった。
「あら?ここは案内されなくても分かるわよ。これから私の家になるんですもの」
玄関ホールの方から、甘ったるい、けれど棘のある高い声が響いてきた。
私は足を止めた。
廊下の曲がり角から姿を現したのは、派手な深紅のドレスに身を包んだ、絶世の美女。
そして、その後ろには困り顔の執事と、数人の強面の護衛たち。
間違いない。彼女こそが、隣国の公爵令嬢――噂の「毒婦」、マリアンヌ様だ。
彼女は私を見つけると、扇子で口元を隠しながら、値踏みするように目を細めた。
「あら、あなたが噂のメイド?随分と地味な女ね。噂ではクラウス様がご執心だと聞いていたけれど、これなら心配なさそうだわ」
マリアンヌ様は護衛の一人に目配せをする。
男がニヤリと笑って一歩前に出た。
「ちょうどいいわ。これから私がクラウス様にお会いするの。邪魔者は早めに掃除しておきましょうか」
……おやおや。
どうやら、荷造りをする時間すら与えてもらえないらしい。
私はスカートの中に隠し持っていたナイフ(護身用という名目でクラウスが無理やり持たせた最高級品の柄)にそっと手を伸ばした。
パン屋に嫁ぐ予定はないが、売られた喧嘩を買う予定なら大ありだ。喧嘩なんて生まれてから一度もしたことないけど、いざという時のために護身術は覚えている。
だが、私が動くよりも早く…。
「――私の屋敷で、何勝手なことをしている」
空気が、ピキリと凍った。
階段の上に、クラウス様が立っていた。
さっきまでの執務中の姿ではない。腰には剣を帯び、全身から冷気のような殺気を放っている。
その瞳は、絶対零度。マリアンヌ様とその護衛たちを、ゴミを見るような目で見下ろしていた。
「ク、クラウス様……!」
マリアンヌが頬を染めて声を上げる。
クラウスはゆっくりと階段を降りてきた。その一歩ごとに、廊下の気温が下がっていくような威圧感。
彼は私の前まで来ると、私の肩を抱き寄せ――ることはせず、私の前に立ちはだかった。
背中で私を庇うようにして。
「エリーゼは今日付けで解雇した。ウィンテリア家の人間ではない。だから、貴様らが手を出す道理はないはずだ」
表向きは、冷徹な理屈。
私とは無関係だと突き放す言葉。
けれど。
私の鼻先が、彼の背中に触れた瞬間。
『触んなボケェェェェ!!俺のエリーゼに指一本でも触れてみろ!!その腕切り落としてミンチにしてドラゴンに食わせるぞ!!怖かったよなエリーゼ!!ごめんな!!すぐ終わらせるから!!あとで最高級のケーキ買ってくるから!!泣かないで!!俺が守るからぁぁぁぁ!!』
……うん。
助けに来てくれたことは嬉しいけど、やっぱりこの人、うるさい。
クラウスの背中越しに響く、冷徹な声とは裏腹の絶叫。私はため息をつきつつも、彼の背中にそっと手を添えたままでいた。この「心の声」がないと、彼の真意が分からなくて不安になるからだ。
対するマリアンヌは、クラウスの登場に怯むどころか、妖艶な笑みを深めた。
「まあ、解雇なさったの?それは賢明なご判断ですわ。使用人風情が次期公爵様の寵愛を傘に着て、勘違いをしていると聞いておりましたもの」
彼女は優雅に扇子を閉じ、クラウスに歩み寄る。
「でも、解雇しただけでは不十分ですわ。こういう身の程知らずは、二度と貴族社会に関われないよう、相応の『教育』をして差し上げませんと。ねえ?」
彼女の合図で、護衛たちが剣の柄に手をかけた。
完全に実力行使に出るつもりだ。ウィンテリア家の敷地内でこれほどの狼藉、公爵家の権威を舐めているとしか思えない。
「……私の元使用人に手を出すなと言っている。聞こえなかったか?」
クラウスが剣を抜いた。
その剣技は王国騎士団長とも渡り合うほどの腕前だが、いかんせん多勢に無勢だ。マリアンヌの護衛は五人。しかも全員、只者ではない気配がする。
『くそっ、数が多いな……!エリーゼだけでも逃がさないと。俺が囮になって……いや、右のデカいのが隙を窺ってる。あいつが動いたらマズい。左の二人は連携してくるタイプか?どうする、どう動けばエリーゼに傷一つつけずに全員無力化できる!?計算しろ俺の頭脳!!答えを出せ!!』
クラウス様の思考が高速回転しているのが伝わってくる。
彼は優秀だが、守るべきものが背後にあると、どうしても動きが制限されてしまうのだ。
私がクラウス様の足を引っ張るわけにはいかないわ。
ここは一つ、メイドをしてる中で培われた観察力を活かして、クラウス様の力になりましょうか。
私はクラウス様の背中を、トン、と指先で突いた。
(右の男、右足を引きずっております。そこが狙い目かと)
声を最小限にして彼の耳元で囁く。
もちろん、メイドの私の意見なんて普通の貴族様なら聞く耳なんてもたないだろう。だけど、彼は私の意見を何一つ疑わずに聞いてくれる。
「右……か」
クラウス様の耳がピクリと動く。
私の意図を察したのか、それとも単に私の吐息に動揺したのかはさておき、彼は瞬時に右の男へと踏み込んだ。
「――遅いッ!」
一閃。
男が反応するよりも早く、クラウス様の剣が男の右足を薙ぎ払う(もちろん峰打ちだ)。男は悲鳴を上げて崩れ落ちた。
『うおおおおお!!エリーゼの囁きボイス最高!!力が湧いてくる!!右足が弱点とかよく分かったな流石俺のエリーゼ観察眼が神!!愛してる!!次は左か!?』
今度は左から二人の男が同時に襲い掛かる。
私はすかさず、クラウス様の左腰を軽く叩いた。
(左の二人、視線が合ってない。連携が取れてないわ。間に入って同士討ちを狙って)
私の合図に、クラウス様は迷うことなく敵の懐に飛び込んだ。
わざと隙を見せ、二人の剣が交差する瞬間に身を屈める。
ガキンッ!と金属音が響き、男たちの剣がお互いを弾いた。その隙を逃さず、クラウス様の剣が二人の剣を弾き飛ばす。
『すげぇ!!マジですげぇ!!複数の目でもあるの!?あ、俺の背中にはエリーゼがいるから実質目がついてるようなもんか!!最強!!俺たち最強コンビじゃん!!結婚式は来月でいいか!?』
戦闘中なのに、思考がうるさいことこの上ない。
だが、そのおかげでクラウス様の動きには迷いが消え、水を得た魚のように――いや、氷を得た白熊のように暴れ回っている。
あっという間に、立っているのはマリアンヌ様と執事だけになった。
マリアンヌ様は顔面蒼白で後ずさり、執事は震えながら短剣を構えている。
「ば、化け物……!」
「貴様ら、何を見ているのです!さっさとやりなさい!」
ヒステリックに叫ぶマリアンヌ様。
クラウス様は剣を払い、冷ややかな瞳で彼女を見据えた。
「……さて。これで終わりか?」
勝負あった。
誰もがそう思った、その時だった。
執事が懐から何かを取り出した。紫色の煙を上げる、小さな小瓶。
毒ガスだ。
『やばい!!あれは幻惑の毒か!?吸ったら終わる!!エリーゼを守らなきゃ!!』
クラウス様が即座に反応し、私を庇おうと振り返る。
だが、その動作は執事の狙い通りだった。
背中を向けたクラウスに向かって、執事が毒瓶を投げつける――その寸前。
「――させませんわ!」
私はスカートを翻し、隠し持っていたナイフを投擲した。
ヒュンッ!
美しい放物線を描いたナイフは、執事の手元に見事に命中。小瓶は手から離れ、放り投げられたナイフと共に窓の外へと消えていった。
パリンッ、という音が遠くで聞こえる。
「あ……」
執事が手を押さえてうずくまる。
静寂。
クラウス様が、ぽかんとした顔で私を見ていた。
マリアンヌ様も、あんぐりと口を開けている。
私は何事もなかったかのようにメイド服の埃を払い、にっこりと微笑んだ。
「失礼いたしました。手が滑りましたわ」
手が滑ってナイフを正確に投擲するメイドなどいない。
だが、クラウス様の心の声は、別の意味で爆発していた。
『かっこいいいいいいい!!何それ今の投擲プロ!? 俺があげたナイフ大事に使ってくれてる!!しかも俺を守ってくれた!!騎士!!エリーゼこそが俺の騎士!!一生ついていきます!!抱いてくれ!!いや俺が抱く!!』
……まあ、喜んでいるなら何よりだ。
形勢は完全に逆転した。
騒ぎを聞きつけたサミュエルさんたち本物の護衛騎士も駆けつけ、マリアンヌ様たちはあっけなく取り押さえられた。
彼女には、不法侵入と殺人未遂、および公爵家への反逆罪が適用されるだろう。隣国の実家も、このスキャンダルを揉み消すことはできないはずだ。
数時間後。
騒動が落ち着いた執務室に、再び静寂が戻っていた。
クラウス様はソファに深く腰掛け、両手で顔を覆っている。
私はその前に立ち、淹れたての紅茶を置いた。
「……紅茶です。お疲れ様でした、旦那様」
「…………」
クラウス様は顔を上げない。
指の隙間から、真っ赤になった耳が見えている。
「……なぜ、逃げなかった」
か細い声で、彼が問う。
「お前を巻き込みたくなかった。お前には、パン屋の……いや、どこかの平和な家庭で、幸せに生きてほしかったのに」
それは、彼の本心からの言葉だった。
心の声を聞かなくても、その震える声だけで痛いほど伝わってくる。
私はため息をつき、彼の隣に強引に座り込んだ。
驚いて顔を上げた彼の手に、私の手を重ねる。
ドクン、と彼の心臓が跳ねる音が聞こえた気がした。
そして、流れ込んでくる声。
『エリーゼの手だ……あったかい……。泣きそうだ。よかった、無事で本当によかった……。もう離したくない。一生離したくない。でも、俺なんかが……』
相変わらずなぜか自己評価が低い。
私は彼の手をぎゅっと握りしめ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「パン屋の三男坊なんて、最初からいませんよ」
「え……?」
「母からの手紙も嘘です。私が結婚したい相手は、パン屋の息子ではありませんから」
クラウス様が呆然と私を見る。
「じゃあ……誰と……」
私は悪戯っぽく微笑み、彼の耳元に顔を寄せた。
かつて彼が、私を追放しようとした時と同じ距離で。
「私が仕えたいのは、不器用で、口が悪くて、でも世界で一番優しくて……心の声がちょっとうるさい、私の幼馴染だけです」
「……は?」
クラウス様が固まる。
「心の声がうるさい」という部分に引っかかったようだ。
「え、あ、あの……エリーゼ?心の声って……」
「あら、言っていませんでしたっけ?私、触れている間だけ、相手の心の声が聞こえるんです」
沈黙。
永遠にも感じる数秒間。
クラウス様の顔色が、青から白へ、そして熟れたトマトのような赤へと劇的に変化していく。
「……い、いつから……?」
「昔からです。初めて会った、六歳の時からずっと」
つまり、彼の初恋も、思春期の悶々とした悩みも、私への重すぎる愛も、全部筒抜けだったということだ。
「う、嘘だ……嘘だろ……」
クラウス様が震える手で頭を抱える。
今にも爆発しそうな彼の頭の中で、キャパシティを超えた絶叫が響き渡る。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!終わった!!俺の人生終わった!!いや始まってた!!全部聞かれてた!? 「今日はエリーゼの残り香でご飯三杯いける」とか考えてたのも!?死にたい!!恥ずかしすぎて死ねる!!でも待って、全部知ってて残ってくれたってことは……つまり……え、脈あり!?これ脈あり判定でいいの!?』
私は彼の思考に、にっこりと頷いて答えた。
「はい、脈ありです」
「ッーーー!!!」
クラウス様はついに限界を迎えたらしく、湯気を出しながらソファに沈没した。
けれど、その手だけは、私の手を痛いくらいに強く握りしめたまま、決して離そうとはしなかった。
不意に、繋がれた手にぐい、と強い力が込められた。
「……きゃっ」
バランスを崩した私は、そのまま彼の胸の中――ソファの上へと引き倒されてしまう。
至近距離で重なる視線。
さっきまでの茹でダコのような赤面はどこへやら。そこにいたのは、獲物を前にした肉食獣のような、艶っぽい瞳をしたクラウス様だった。
「……本当に全部、聞こえていたんだな?」
「え、ええ。そうですけれど」
「なら、分かるだろう?俺が今まで、どれだけ我慢していたか」
クラウス様の整った顔が、ゆっくりと近づいてくる。
逃げようとするも、腰に回された腕がそれを許さない。
彼は私の耳元に唇を寄せると、今まで聞いたこともないような、甘く低い声で囁いた。
「覚悟しろよ。……これからは、心の声だけじゃ済ませないからな」
言うが早いか、彼は私の唇を塞いだ。
触れ合った唇からも、抱きしめられた身体からも、堰を切ったように流れ込んでくるのは――
『愛してる。愛してる。エリーゼ。やっと触れられた。もう絶対離さない。頭の先から爪先まで全部俺のものにしてやる。大好きだ。愛してる』
先ほどまでの騒がしい絶叫とは違う。
甘く、重く、そして脳味噌が溶けるような熱情の奔流。
思考を塗りつぶすような愛の洪水に、私の頭は真っ白になった。
長い、長い口付けの後。
私が顔を真っ赤にして息も絶え絶えになっていると、
クラウス様は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「……顔、赤いぞ。俺の愛しのエリーゼ?」
彼から、心の声以外で初めて甘い言葉を囁かれる。
どうやら、これからは彼のうるさい心の声だけでなく、この甘すぎる逆襲にも悩まされる日々が始まりそうだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
この作品は、以前投稿させていただいた『【短編版】神様にもらった「なんとなく心が読める」スキルは外れかと思いきや、宿屋のフロントで使ったら領主様から魔王様までお得意様になりました』の作品で出てくる、「心を読む能力」が限定的だったら?というところに焦点を置いて少しずつ書いていた作品でした!
個人的にクラウスのキャラはとても好きです^_^
よろしければ評価してくださると励みになります!
よろしくお願いします。




