実家で無料宿泊
夕暮れ時。
ユウトとアリアは、街の宿屋の前に立っていた。
「ここで泊まるか」
ユウトが扉を開ける。
宿屋の中は温かい雰囲気だった。暖炉が燃え、木製のカウンターの向こうに中年の女性が立っている。
「いらっしゃいませ」
女将が微笑んだ。
「部屋、一つ」
ユウトが言うと、女将は頷いた。
「2名様ですね。200ゴールドになります」
「え、2倍?」
ユウトの目が見開かれた。
「はい、お二人様ですので」
「でも、ゲームだと人数関係なく定額だったのに」
「……ゲーム?」
女将が首を傾げた。
アリアは疲弊した声で言った。
「当たり前でしょ。人数が増えれば料金も増えるわ」
「クソゲーめ」
ユウトはぶつぶつ言った。
女将は困惑した表情をしていた。
(この旅人、何を言っているの……?)
ユウトは数秒考えた後、顔を上げた。
「あ、実家行けば無料じゃん」
「……え?」
アリアの目が見開かれた。
「実家?」
「うん。ゲームでも実家に泊まれたし」
ユウトは当たり前のように言った。
「ちょ、ちょっと待って……」
アリアが慌てて言った。
しかし、ユウトはもう宿屋を出ていた。
「じゃ、行くぞ」
「待ちなさいよ!」
アリアは慌てて追いかけた。
女将は呆然と立ち尽くした。
(何だったの、今の……?)
街の外れ。
ユウトは軽快に歩いていた。
アリアは疲弊しながらついていった。
「ねえ、ちょっと待って」
「なに?」
「実家って……あなたの実家よね?」
「うん」
「でも、私は……他人よ?」
「え、NPCに意見とかあるの?」
ユウトは首を傾げた。
アリアは脱力した。
「……もういい」
(どうせ何を言っても無駄……)
「それに、実家って……ご両親がいるんでしょ?」
「うん、母親がいる」
「なおさらダメじゃない!初対面の女を連れ帰るなんて!」
「え、なんで?」
「なんでって……!」
アリアは言葉に詰まった。
ユウトは無関心に続けた。
「ゲームでもパーティメンバー連れて実家泊まれたし」
「ゲームじゃない!」
「でも、この世界ゲームだし」
「……もういい」
アリアは深く息を吐いた。
数分後。
小さな家が見えてきた。
木造の一軒家。小さな庭。窓から灯りが漏れている。
「ここ」
ユウトが扉を開けた。
「ただいま」
「あら、お帰りなさい!」
明るい声が響いた。
家の中から、中年の女性が現れた。
柔らかい微笑み。エプロン姿。温かい雰囲気。
ユウトの母親だ。
「泊めて」
「もちろんよ」
母親は嬉しそうに頷いた。
そして、アリアに気づいた。
「あら、お友達?」
「仲間」
ユウトは無感情に答えた。
アリアは慌てて頭を下げた。
「あ、あの……突然お邪魔して、申し訳ありません……」
母親は目を輝かせた。
「まあ!可愛い子ね!」
母親の声が弾んでいた。
アリアは少し照れた。
(普通の……優しいお母さんみたい……)
母親はユウトを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「あなた、ついにお友達ができたのね」
「別に」
ユウトは無感情に答えた。
母親はアリアの手を取った。
「遠慮しないでね。うちの子、無愛想だけど悪い子じゃないから」
「あ、はい……」
アリアは困惑した。
(この人……息子のことを心配してる……普通の母親だ……)
母親はユウトに言った。
「部屋、片付けてあるわよ」
「うん」
ユウトは無関心に部屋へ向かった。
母親はアリアに優しく微笑んだ。
「ゆっくりしていってね」
「あ、ありがとうございます……」
アリアは恐る恐るついていった。
母親は微笑みながら見送った。
(あの子にも、ついに春が……)
ユウトの部屋。
小さな部屋。窓。机。本棚。そして──
ベッドが一つ。
「……」
アリアは固まった。
「ベッド1つしかないじゃない……」
「え、そうなの?」
ユウトは無関心に答えた。
「そうなのって……見ればわかるでしょ!」
「別に気にしたことなかったし」
ユウトは首を傾げた。
アリアは深呼吸をした。
「……どうするのよ」
「俺が寝る」
「は!?」
アリアの声が裏返った。
「だって俺の実家だし」
「私は!?」
「床?」
ユウトは当たり前のように答えた。
「ふざけるな!」
アリアが叫ぶ。
「え、なんで怒ってるの?」
「当たり前でしょ!」
「でも、床でも寝られるじゃん。ゲームだと床で寝ても体力回復したし」
「ゲームじゃない!」
アリアは剣を握り締めた。
ユウトは数秒考えた。
「じゃあ、一緒に寝るか?」
「絶対嫌!」
アリアが即答した。
「え、なんで?」
「なんでって……!」
アリアは顔を真っ赤にした。
「男女が同じベッドで寝るなんて……!」
「ゲームだとパーティメンバーが同室で寝てたけど」
「ゲームじゃない!」
「でも、この世界ゲームだし」
ユウトは首を傾げた。
アリアは頭を抱えた。
「……もう、知らない」
彼女は部屋から出ようとした。
しかし──
扉が開かなかった。
「……え?」
アリアは必死に扉を押した。
しかし、びくともしない。
「なんで……開かないの……?」
「あ、システム的に夜は外出できないんじゃない?」
ユウトは無関心に言った。
「そんな……」
アリアは絶望した。
(逃げられない……)
彼女は扉を何度も押した。
引いてみた。
でも、開かない。
「嘘でしょ……嘘でしょ……」
アリアの声が震えた。
ユウトは無関心に言った。
「諦めたら?」
「諦められるわけないでしょ!」
アリアが叫んだ。
しかし、扉は開かなかった。
十分後。
アリアは部屋の隅で膝を抱えていた。
「……最悪」
「え、なんで?」
「なんでって……!」
アリアは顔を上げた。
「男の部屋に閉じ込められて、ベッドは1つで、逃げられないのよ!」
「でも、システムだし」
「システムのせいにしないで!」
アリアが叫んだ。
ユウトは首を傾げた。
「じゃあ、誰のせい?」
「あなたのせいよ!」
「え、俺?」
「当たり前でしょ!」
アリアの声が裏返った。
ユウトは数秒考えた。
「でも、俺は何もしてないけど」
「実家に連れてきたでしょ!」
「それはお金節約するため」
「知らないわよ!」
アリアは頭を抱えた。
ユウトはベッドに近づいた。
「まあいいや。寝るか」
「ちょっと待ちなさい!」
アリアが叫ぶ。
「なに?」
「ベッドは私が使うわ!」
「え、なんで?」
「女性だからよ!」
「でも、ベッドは回復ポイントだから、レベルの高い俺が使う方が効率いいよ」
「効率!?」
アリアの声が裏返った。
「うん。俺の方がHPもMPも多いし」
「そういう問題じゃない!」
「え、なんで?」
ユウトは心底不思議そうな顔をした。
アリアは脱力した。
「……もういい」
(どうせ何を言っても無駄……)
ユウトはベッドに話しかけた。
【休みますか?】
【はい】【いいえ】
「ちょっと!私に相談しなさいよ!」
アリアが叫んだ。
「え、なんで?」
「なんでって……時間が飛ぶんでしょ!」
「うん」
「なら、相談してよ!」
「でも、NPCに相談する必要ある?」
「ある!」
アリアが叫んだ。
しかし、ユウトは無視して【はい】を選択した。
その瞬間──
ぴろぴろぴっぴっぴー♪
効果音が響いた。
「え……?」
アリアの体が勝手に動いた。
まるで見えない力に引っ張られるように、ベッドへと倒れ込む。
「やめ──」
彼女の意識が途切れた。
画面が暗転した。
時間が飛ぶ。
一瞬で──
朝。
「……ん」
ユウトは目を覚ました。
窓から朝日が差し込んでいる。
「あ、朝か」
ユウトはベッドから起き上がった。
その時──
隣で、アリアが目を覚ました。
「……え?」
アリアは呆然としていた。
「なんで……私……ベッドに……?」
「あ、起きた?」
ユウトは無関心に言った。
「な、なんで私がベッドにいるのよ!」
「システムが勝手にそうしたんじゃない?」
「勝手に!?」
アリアの声が裏返った。
「うん。俺も何が起きたかわかんない」
「わかんないって……!」
アリアは顔を真っ赤にした。
「あなた……何もしてないわよね……?」
「え、何を?」
「……もういい」
アリアは頭を抱えた。
(記憶がない……でも、なんで私はベッドに……?)
(この人と……同じベッドで……)
彼女の思考は混乱していた。
ユウトは無関心に服を整えた。
「よし、行くか」
「ちょ、ちょっと待って!」
「なに?」
「説明して!何が起きたの!?」
「システムが時間飛ばしただけ」
「それだけ!?」
「うん」
ユウトは首を傾げた。
「他に何かあった?」
「……」
アリアは何も言えなかった。
(この人……本気で何もわかってない……)
部屋を出ると、母親が嬉しそうに微笑んでいた。
「おはよう!」
「おはよう」
ユウトは無感情に答えた。
母親はアリアを見て、目を輝かせた。
「昨日はお楽しみだったわね」
「「楽しんでない!」」
ユウトとアリアが同時に叫んだ。
母親は微笑んで続けた。
「よく眠れた?若いって素晴らしいわね」
「あの、違うんです!」
アリアが必死に説明しようとする。
「何も……その……していません!」
しかし、母親は優しく微笑むばかり。
「まあまあ、照れなくてもいいのよ」
「照れてません!」
「お母さん、聞いてください!」
アリアが必死に訴える。
でも、母親は優しく頷くだけだった。
「二人とも仲が良くて、お母さん嬉しいわ」
「仲良くない!」
アリアが叫んだ。
母親はユウトを見て、優しく微笑んだ。
「あなた、彼女を大切にしてあげてね」
「別に彼女じゃないけど」
ユウトは無感情に答えた。
母親は困ったように笑った。
「まあ、照れ屋さんなんだから」
「照れてない」
「お母さん!息子さんの話を聞いてください!」
アリアが必死に叫んだ。
しかし、母親は優しく微笑むだけだった。
「また来てね」
「聞いてないわよ!」
アリアの叫びは虚しく響いた。
ユウトは無感情に言った。
「じゃ、行くわ」
「え、もう?」
母親が残念そうに言った。
「うん」
「そう……また来てね」
母親はアリアに向かって微笑んだ。
「あなたも、また来てね。いつでも歓迎よ」
「あ、はい……」
アリアは力なく頷いた。
(もう二度と来たくない……)
母親は小さく手を振った。
「気をつけてね。二人とも」
家を出た。
朝の空気が冷たい。
ユウトは軽快に歩き出した。
「よし、魔法使い探すか」
「……」
アリアは何も言わなかった。
「どうしたの?」
「……もう何も言わない」
アリアは疲弊した声で呟いた。
「え、なんで?」
「どうせ何を言っても無駄だから」
「そう?」
ユウトは首を傾げた。
アリアは深く息を吐いた。
(もう……システムに従うしかない……)
(何を言っても、この人には通じない……)
(そして、システムは私を逃がしてくれない……)
彼女の心は、完全に折れていた。
ユウトは無邪気に続けた。
「じゃ、また赤竜亭行くか」
「……はい」
アリアは力なく頷いた。
彼女の目には、もう怒りも困惑もなかった。
ただ、諦めだけが残っていた。
(第3話 終)




