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R375 - アール サン ナナ ゴ -

作者: 星賀勇一郎





タケルはカーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて目を覚ました。

そしていつもより清々しい気分だった。

一度背伸びをしてベッドから抜け出る。


壁に掛けた制服を取ると着替える。


朝起きたらまず着替えなさい。


これは小さい頃からの母の教えで、それが習慣になり、起きてダイニングのテーブルに着く時には父も姉もみんな着替えている。


そうするとギリギリの時間でもちゃんと朝食を食べる時間は作れる。


それが母の持論だった。


タケルは学校へ行く鞄を持ち、部屋を出て階段を下りた。


「おはよう」


いつもなら蚊の鳴く様な声で朝の挨拶をするのだが、今日はすっきりと目覚めたせいか、元気よく新聞を読む父に挨拶をする。

父はそれに驚き、


「お、おはよう……」


と不思議なモノでも見る様にタケルの事を見ていた。

そして朝食の準備をする母も、起こさなくても起きて来たタケルに驚いている。


「珍しい事もあるのね……。雪でも降るんじゃないかしら」


味噌汁の味を見ながら母は笑っている。


「ターちゃん。お姉ちゃん起こして来て。遅くまで勉強してたからまだ寝てる筈」


タケルは面倒臭そうな顔をして、渋々階段を上がり、自分の部屋の隣、姉の美那子の部屋をノックした。


「美那姉ちゃん、起きろ。遅刻するよ」


タケルはドアの外から声を掛ける。

しかし返事も無く、静まり返ったままだった。

仕方なくドアを開けると、イヤホンを付けて音楽を聴きながら着替える下着姿の美那子が見えた。


ドアが開いたのに気付き、美那子は振り返った。


「ちょっと、何覗いてるのよ」


美那子は手に持ったパジャマをタケルに投げ付けた。


「ちぇ、何だよ、起こそうとしただけなのによ……」


タケルは文句を言いながらドアを閉めた。


「別に姉ちゃんの裸見たって何とも思わねぇし」


タケルばブツブツ言いながら階段を下りて来た。


「起きてた」


母はテーブルに朝食を並べながらタケルに訊いた。


「うん。着替えてた」


「そう。起きてたなら良いわ。早く、ご飯食べちゃいなさい」


タケルの前にお茶碗が置かれる。


「頂きます」


タケルは手を合わせると箸を持ち、朝食に取り掛かった。

それを見て父も新聞をソファに置いて、食卓に着いた。


「タケルも来年、受験だからな。少しは美那子を見習えよ」


父は漬物に醤油をかけながら言う。

タケルからしてみれば、いつも言われている事で、その程度の小言は屁でも無い。


美那子が二階からドタバタと音を立てて駆け下りて来た。


「遅刻する」


そう言いながら鞄をソファに投げ出して、食卓に着いた。

そして一瞬だけ手を合わせると食事を始めた。


「お母さん、さっきタケルに着替え覗かれたのよ」


美那子は横に座るタケルを睨んだ。


「返事が無いからだろ。別に姉ちゃんの着替え見ても何も得しねえし」


タケルは箸を止める事も無く、食事を続ける。


「ふん。エロガキ」


美那子はタケルに舌を出した。

そんな美那子を無視してタケルはご飯を食べている。


「あ、お母さん、今日、帰りに予備校の体験行って来るね」


母は美那子に味噌汁を出しながら、


「前に言ってたやつね。お金持ってるの」


とキッチンのカウンターの上に置いた財布を手に取る。


「大丈夫。隣の駅だし。その帰りに景子たちとハンバーガー食べて来るから」


母は微笑んで千円札を一枚、美那子の前に置いた。


「あんまり遅くならない様に帰って来なさいよ」


母は自分の味噌汁を持って椅子に座った。


「ご馳走様」


タケルがそれと同時に立ち上がった。


「もういいの。お代わりは」


「大丈夫」


そう言って洗面所に向かった。

歯を磨いていると父がタケルの横に立って歯ブラシを取った。


「どうだ、勉強の方は」


父は歯磨き粉のチューブを取り、歯ブラシに付ける。


「うん。ぼちぼち」


父はタケルがそんな言葉を何処で覚えたのかと苦笑した。

タケルは洗面台に置いたコップに水を灌ぐとガラガラと音を立てて口を濯ぎ吐き出す。

そして慌ただしく歯ブラシを戻すと、


「じゃあ行って来るね」


と父に言って洗面所を出て行った。


父はそのタケルを見て、


「おう」


とだけ言う。


タケルはソファの横に置いたランドセルを掴む様に取ると、


「行ってきます」


と言ってリビングのドアを開けた。

母はその音に立ち上がり、タケルを追って玄関へと向かう。


「今日もサッカー」


「うん」


母は玄関で靴を履くタケルの制服の襟を直す。


「ちゃんと上着脱いでしなさいよ。また泥だらけになったら大変だから」


先日寒かったので、制服の上着を着たままサッカーをして真っ白にしてしまった事で、怒られたところだった。


「わかってるよ」


タケルは玄関に置いたサッカーボールを取り、ドアを開けた。


「じゃあ、行って来るね」


タケルは駆け出す様に出て行く。


母はタケルを追う様にサンダルを履いて外に出た。


「今日は塾の日だからね」


学校に向かって走りながらタケルは器用にランドセルを背負っていた。


母はそんな元気なタケルを見ながら微笑み、ドアを閉めた。






学校のグラウンドにランドセルを放り出し、上着を脱ぐと、タケルは一人サッカーボールを蹴り始める。

いつもの様にまだ誰も来ていない様子で、誰かが来るまでは一人でボールを蹴って練習するしかない。


タケルの家は学校から五分程の所にあり、いつも一番乗りで登校する。

忘れ物をしても走って取りに帰れば、次の授業にも間に合う程の距離だった。


朝からサッカーボールを蹴って遊ぶ事がタケルの学校に行く楽しみの一つで、これを始めた頃は十人くらいの友達が参加していた。

しかし、五年生になり、中学受験の話が出始めると一人減り、二人減りで気が付くといつも集まるメンバーは四人になってしまっていた。


「タケル」


と声がして校門の方を見ると、シンジが小走りにやって来るのが見えた。

シンジも学校から近い所に住んでいて、早い時は校門に入る前に出会う事もあった。


「おはよ」


と声を上げてタケルはシンジにボールを蹴った。

シンジはそのボールを上手くトラップするとタケルに蹴り返した。


シンジはランドセルを下ろして、タケルと同じ様に上着を脱ぐと、タケルに駆け寄り、


「おはよ」


と挨拶をする。

そして自然と二人で距離を取り、サッカーボールを蹴り始めた。


「今日、理科のプリント、提出日だろ」


シンジはボールを蹴りながら言う。


「げ、忘れてた。今日だっけ」


タケルがボールを蹴り返す。


「そうだよ。また怒られるぞ」


「やばいな……」


シンジは少し離れて大きくボールを蹴る。


「後で写させてやるよ」


と大声で言う。


「いつも悪いな」


と言いながら、大きく逸れたボールをタケルは追いかけた。


毎日そんな感じでシンジの他にツヨシとヨシタカが合流して四人でボールを蹴って朝から身体を動かす。

登校する人が増え始めるとそれを止めて教室へ入る。


今日はヨシタカが来なかった。


ツヨシは制服の前のボタンを閉めながら、一つ飛ばしで階段を上がって行く。

その後ろをタケルとシンジは上って行く。


「今日、姉ちゃんにムカついてよ」


シンジが階段を上り終えた所で怪訝な表情をして、タケルに言った。


「俺の靴下が姉ちゃんの洗濯物の中に紛れ込んでいたらしいんだよ。それで文句言われてさ。間違えたのは俺じゃなくてかあさんだっていうのに」


タケルは怒っているシンジを見て笑った。


「俺もだよ。起こしに行ったら姉ちゃん着替えててさ。それ見たから「エロガキ」とか言われてよ」


「タケルの姉ちゃん可愛いモンな。俺もそれなら見てえよ」


「何言ってんだよ」


タケルは笑いながらシンジの背中を叩いて教室に入った。






結城はじっとモニターを見つめていた。

その青白い光が彼の顔を照らし、不気味な影を作っている。

結城は肩を叩かれ、ゆっくりと振り返った。そこには白峰が立っていた。


結城は机の上の紙コップを手に取り、温くなったコーヒーを飲んだ。


「本当に良いのか……」


結城は白峰に訊いた。

白峰は無言で頷くと、結城の横の席の椅子に座った。


「ああ、元々そのために作られたモノだ……。実験は次のシークエンスに入ったんだよ」


結城はそれを聞いて小さく頷いた。


「どのくらい準備出来た……」


白峰はポケットからキャラメルの箱を出して口に放り込む。


「とりあえず目標の三百七十五パターンは作ってみた。ランダムな組み合わせだからな。何とも言えんが……」


白峰はキャラメルを結城に勧めるが結城はそれを手を出して断り、キャラメルの箱をポケットに戻した。


「じゃあ、今日中にインストールする検体を選んでくれ。OSの古いモノはアップデートも頼む」


白峰は立ち上がり、結城の前のモニターを覗き込む。


「良い子ばかりじゃ、国は成り立たないらしい。勿論、戦争が起こる訳でもないがな」


白峰は結城の肩を叩くと部屋を出て行った。


結城はその白峰の気配を背中越しに感じながらキーボードを叩き始めた。







「お茶をくれないか」


竹尾は社長室に入る前に、秘書にそう言った。

秘書は頭を下げると直ぐに机を離れ、お茶を淹れに向かった。


竹尾は自分の椅子に座ると、ノートパソコンの電源を入れた。

大量のメールが画面を舐める様に流れていく。

そして重要と設定してあるメールで止まり赤く点滅した。

身を乗り出すとそのメールを開く。


「R一〇〇〇アップデートのお知らせ」


そんなタイトルのメールだった。


またアップデートか……。


竹尾はキーボードを叩くと、部下の顔が表示された。


「お疲れ様です」


部下はモニター越しに頭を下げた。


「R一〇〇〇のアップデートのメール見たか」


竹尾は両手を組み、モニターを覗き込む様に身を乗り出した。


「はい。確認しました」


「何のアップデートなのか聞いているか」


部下は他の画面を見て確認している様子で、竹尾は返事を少し待った。


「いえ……。今回は何の連絡も無いですね。ソースプログラムがうちの手を離れていますので、確認のしようも無いです」


社長室のドアを秘書がノックするのが見えた。

竹尾は慌てて、


「わかった。少し調べてみてくれ」


と言うと部下との通信を切った。


「お茶をお持ちしました」


秘書は頭を下げて部屋に入って来た。

竹尾が気に入っている魚の名前が漢字で書いてある大きな湯飲みは机の上にトンと置かれた。







「じゃあね、美那子」


ハンバーガーショップを出た所で美那子は一緒に予備校の見学に来た朱里と別れた。


駅のロータリーに入ると、暮れた空を見上げる。

今にも雨が降りそうな空で、低い雲に街の灯りが反射して異様な雰囲気だった。


一駅だけの距離だったが歩くには少し距離があり、美那子は改札を潜りホームへと入る。

胸に講座案内の書類の入った大判の封筒を抱え、少し混んだ電車に乗った。


もう電車のガラス窓が水滴で曇る季節になって来た。

車内と外気の温度差が大きくなって来ているのだ。

その水滴で曇る窓の向こうに光る街の灯りを見ながら数分間電車に揺られ、駅に着いた。

人を掻き分ける様にして電車を降りて、足早に改札を抜けた。

温かい電車の中と比べると確かに外の空気は冷たく、美那子はブレザーのボタンを閉めて歩き出す。

家まで二十分程の距離で、出来れば自転車を使いたかったが、夏に自転車の盗難に遭って以来歩いて駅まで行っていた。

父は、


「新しいの買ってあげよう」


と言っていたのだが、また盗られるのが嫌なのと、父は駅まで歩いて通勤している事もあり、しばらくは歩く事に決めた。

それもあり、朝は駅まで父と歩く事も多かった。

美那子くらいの年頃の女の子は父と歩く事なんて論外で、同じ空気を吸うのも嫌という子が多い。

さっき予備校の見学に一緒に行った朱里もその口で、父のパンツや靴下と一緒に洗濯機で服を洗われる事さえ嫌がっていた。

その点、美那子は父と仲も良く、休日に一緒に食事や買い物に行く事も多かった。


「美那子」


後ろから声がして振り返るとスーツ姿の父の姿が見えた。


「お父さん」


美那子は振り返り、父に手を上げた。

父は小走りに美那子に追い付く。


「今、帰りか」


「うん。予備校の見学行ってたから」


父は美那子が持っていた封筒を覗き込んだ。


「そうか。ラストスパートだな」


「うん。数学が少し不安でね……」


美那子は父の顔を見て微笑む。


「あんまり無理するなよ。身体壊しちゃ意味ないからな」


父は美那子の頭をポンポンと叩いた。


「うん。ありがと」


二人は家までの暗い道を歩いた。


行きも帰りも父と一緒になる事はそんなにない。

こうやって何かあり、帰りが遅くなる時だけで、普段は暗い道を美那子は一人歩いて帰っていた。

その分、歩く速度も速く、二十分かかる道のりを十数分で帰る事も多かった。


「何か雨、降りそうだね」


美那子は空を見上げて言う。

その言葉に父も空を見上げた。


「ああ、今夜は降るかもな……」


父は少し足を速めた。


「少し急ごうか……」


「うん」


美那子と父は家へと向かい、足早に歩き始めた。







「そろそろ止めなさいよ」


サッカーのテレビゲームをするタケルに食器を洗いながら母は大声で言った。


「もうお父さん帰って来るわよ」


「うん。この試合終わったら止める」


タケルはゲームの中の選手と同様に体を左右に揺らしながらコントローラーを握っていた。


キッチンカウンターに置いた母のスマホからメールの着信音が鳴った。

母は濡れた手を拭き、スマホを手に取ると、


「R一〇〇〇アップデートのお知らせ」というタイトルのメールが来ていた。


「アップデート……」


母は無意識に呟く。


「ん……。どうしたの」


タケルはゲームがちょうど終わったのか、母の傍に駆け寄り、冷蔵庫からジュースの紙パックを出し、グラスに注いだ。


「何でもないわよ。ほらタケル、お風呂に入りなさい」


グラスに注いだジュースを飲んでいるタケルの背中を押し、風呂に入れと急かした。


「わかったよ。入るから。ジュース零れるでしょ」


タケルはグラスのジュースを飲み干して、広げたままのゲーム機を片付けにテレビの前へと向かった。


「ただいま」


玄関で父と美那子の声が同時に聞こえる。


「あら、一緒だったのね」


母は手に持ったスマホをテーブルの上に置いて、玄関へと向かった。


タケルはゲーム機を片付けると、ダイニングへと向かい、テーブルの上に置いてあった母のスマホを手に取った。


「R一〇〇〇アップデートのお知らせ……。R一〇〇〇って何だ……」


父、母、美那子がリビングへと入って来た。


「お帰り」


タケルは母のスマホをテーブルに置くと、そう言った。


「おう、ただいま」


父はソファの上にカバンを置くと、上着を脱ぎ、その上着もソファの背もたれに掛けた。


「夕飯食べるでしょ……」


母は、ラップをした皿を電子レンジに入れる。


「美那子はどうする」


美那子は階段を上がりながら、


「私はハンバーガー食べて来たから良いや」


と言って部屋でと上がって行った。


「あなた……」


母は父にスマホの画面を見せた。


「ああ、俺にもさっき届いたよ。このところ多いな……」


父は洗面所へ行くと手を洗い、食卓に座った。


「今夜は十二時に停止する様にしといてくれ」


父の言葉に母は、


「わかったわ」


と答え、スマホの画面に指を触れた。






机に向かって勉強をしている美那子が大きな欠伸をして背伸びした。

流石に慣れない予備校の説明会に行き、受験生の数に圧倒されて疲れた気がしていた。


「今日は寝るか……」


美那子は机の上のノートを閉じてスタンドライトの灯りを消した。

そして羽織っていたカーディガンを脱いで椅子に掛けるとベッドに入り、リモコンで部屋の灯りを消した。


ベッドの枕元に置いてある目覚まし時計の数字はちょうど十二時を差した。

その瞬間、美那子の両目は開き、眼球が青白い光を放つ。

そしてしばらくするとその光は赤、緑、白と変わって行き、美那子はゆっくりとその身体をベッドに起こした。






叫び声が聞こえ、タケルは目を覚ました。


「何……。どうしたの……」


タケルは目を擦りながらベッドから抜け出した。

大きな物音が一階から聞こえて来るのがわかった。


何……。

泥棒……。


タケルは部屋の隅にあった金属バッドを手に部屋のドアを開けた。


一階から何かが割れる音が聞こえ、父と母の声が聞こえた。

タケルはその声で完全に目を覚まして、バッドを抱えて階段を下りて行く。


「どうしたの」


階段の途中から見たリビングは滅茶苦茶に荒らされ、窓ガラスも割れていた。

父と母は呆然と立ち尽くし、割れた窓ガラスの外を見ていた。


「お母さん、お父さん」


タケルは階段を一気に降りて、二人に駆け寄った。


「何これ……。何があったの」


「美那子……」


母は窓の外に向かってそう叫んだ。

タケルはその窓の外を見た。


ボロボロに破けたパジャマ姿の姉、美那子が雨の中、庭の真ん中に立っていた。


「お姉ちゃん」


タケルはゆっくりと前に出て庭に出ようとした。


「行くなタケル」


父はタケルの手を引いて止めた。


「だってお姉ちゃん、風邪ひいちゃうよ」


冬の雨の中、半裸の状態で庭に立つ姉を見てタケルは姉を連れ戻そうと思った。


父はタケルを母に預け、タケルの持っていた金属バッドを握り、庭に出た。

そして姉の美那子にその金属バッドを容赦なく振り下ろした。

しかし、鈍い音を立てただけで、美那子はびくともしなかった。

それどころか、美那子は父からその金属バッドを力ずくで取り上げると、飴細工の様にバッドを半分に折り、今度はそのバッドを母とタケルに向かって投げ付けた。


「お姉ちゃん」


タケルは涙を流しながら母と一緒に倒れたソファの陰に隠れた。


タケルにも姉が壊れてしまった事は理解できた。


母は、床に転がったスマホを取り、何処かに電話を掛けている。

床に散らばったガラス片で母の腕も足も血だらけだった。


「すみません。R一〇〇〇が暴れ出して、緊急停止も効かないんです」


R一〇〇〇……。


タケルはその時悟った。

姉はR一〇〇〇なのだと。


「お姉ちゃん」


タケルはそう叫ぶと玄関へ回り、靴を履いて庭に出た。

しかし、そこには姉、美那子の姿は無く、力なく膝を突いた父が雨の中佇んでいるだけだった。

植え込みの一部が薙ぎ倒され、美那子が家の外へ出た事がわかった。

タケルは外に走り出す。


「お姉ちゃん」


道路に出て叫びながら走った。


その道路の先で車が衝突する音が聞こえた。

タケルは走り煙を上げる車の前で止まった。

完全にボンネットが折れ曲がった車と、半裸の美那子の姿がそこにはあった。

姉の身体からは無数のコンピュータの部品の様なモノと機械が突き出ていた。


タケルはゆっくりと姉に歩み寄り、その悲しい亡骸を見下ろした。


「美那子お姉ちゃん」


タケルは呟く様にそう言って、完全に停止したR一〇〇〇から散る火花を見ていた。






竹尾は血相を変えて、ドアを開ける。


「困ります。所長は今、来客中でして……」


受付の女性は竹尾の後をそう言いながら止めようと歩いていた。

そんな言葉を訊く事も無く、竹尾は白峰の部屋のドアを開けた。


「竹尾さん……」


白峰はゆっくりと椅子から立ち上がり、後後退る様に大きなガラス窓に背中を付けた。


「白峰……。貴様、R一〇〇〇に何をした」


竹尾は白峰に掴み掛り襟首を持ち上げた。


「テストは成功したんだ。だから、R一〇〇〇に個性を持たせたかったんだよ……。これも国も命令だ。この研究所に非は無い」


竹尾は白峰の顔の横すれすれに窓ガラスに拳を突き立てた。


「R一〇〇〇にはな、R375と呼ばれるネットワーク学習型のAI機能が搭載されているんだ。R一〇〇〇同士が学習した事をネットワークで交換し学習していく機能があるんだよ。良くも悪くも、学習した事はすべてのR一〇〇〇に伝わり、同じ行動をとろうとする」


白峰は口元を引き攣らせながら歯を見せた。

その表情に竹尾は眉を寄せた。


「貴様、それを知って、プログラムを書き換えたのか……」


竹尾は白峰の襟を握る手に力を入れた。


「軍事利用のためのアンドロイドを作ろうとしたんだな……」


白峰は息を詰まらせながら、


「国家機密だ。貴様に話せる訳無いだろう」


竹尾は片手でポケットからスマホを出し、電話を掛けた。


「私だ。R564を流せ……。ああ、すべてだ」


それだけ言うと電話を切った。


「それは何だ……」


竹尾の手を振り払った白峰は訊いた。


「R一〇〇〇はすべて廃棄だ」


竹尾は部屋を出て行った。








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