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墜星少女Q / YOU ARE (NOT) ALONE.


 少女が一人でブランコを漕いでいた。

「……どうしたんだい?」

 尋ねると、少女は僕を見上げて、俯く。

「…………」

 僕はしばらく考えて、手を差し出した。


「一緒に遊ぶ?」


 少女はもう一度僕を見上げて。

 口元を緩めて、目を細めた。


 遙か彼方、星が瞬いた。


    *


 ――僕は、いつからこんな身体になっていたのだろうか。

「……身長一六五センチ、体重七五キロ……」

「何を言っているの? 理想の身長と体重?」

 朝のリビング。母さんの言葉に、そっちこそ何を言っているんだというように言い返す。

「本来の身長と体重だよ。……ああ、言い換えると『元の』ね」

「?」

 わからないか。どうやらこの世界は改変されているらしい。

 僕は昨日寝るまでは成人男性だった、はずなのだ。


「…………推定、一三〇センチ強。体重は……三〇キロ前後だったか」

「二九キロって、この前の身体測定で出てたわよ?」

 母の小言に、僕はため息をつく。

「………………一つ尋ねよう。僕の年齢は?」

「この前十歳になったばかりじゃない。アンタ、本当にどうしちゃったの?」

 残念、本来の僕はその二倍弱だ。

 いま着ている服――ピンクで裾にフリルがついたパジャマ――から考えて、性別まで変わっているらしい。

「なるほど、現実改変か」

「今日のアンタ、すごく変よ?」

 母のツッコミを僕はスルーし、学校に行く準備を整えようと自分の部屋に向かう。


 着替えをする。

 身体は自然に普段とは逆のボタンを外し、ズボンを脱ぐ。男のものに比べると幾分薄い綿のショーツも脱ぎ捨てると、自分の身体はもう別の生き物に替わってしまったのだということがよくわかった。

 女児だ。第二次性徴がまだ訪れていない胸部と、元々あったはずのものが存在しない鼠径部。代わりのものは、おそらく足と足の隙間に挟まれて見えない。

 幼い身体に欲情するほど僕も落ちぶれた人間ではない。けれど、見下ろしたぷにぷにとした絶壁に一種のもの悲しさのようなものを覚えてしまって。

 思考を打ち切るように大きなため息をついて、さっさと着替えることにする。

 タンスの中に仕舞われた子供用のパンツを無造作に手に取り、足を通す。同じようにキャミソールにも胴を通し、肩紐に腕を通す。

 ふと鏡が見えた。パステルカラーの下着に包まれた僕は、どうしようもなく幼く見えた。

 コーディネートにはそこまでこだわらなかった。強いて言うなら窓から指す陽光がひどく眩しかったので、あまり暑くならないよう、Tシャツとキュロットパンツにした。

 肩まで伸びていた髪は一つ結びにして、少しスポーティな感じを出してみたり。

 ……大人になるとこれに化粧も含まれるのだから、そりゃ準備に時間がかかるわけだ。確かに選ぶのは楽しいけれども。


 椅子にぶら下げられたランドセルを手に取って。

「行ってきます」

 階段を駆け下り、母に「行ってきます」と言って外に出る。

 すると、目の前には少女がいた。


「……迎えに来たよ、『お兄ちゃん』っ」

「えっ」

 見覚えのない彼女。けど、どうしてか「彼女についていく」以外の選択肢は見当たらなかった。


「君は誰だっけ」

 僕らは道を歩いていた。

 尋ねた僕に、彼女はフレアスカートを揺らしながら、微笑んで答える。

「わたしのこと、おぼえてないの?」

「質問を質問で返すのは無作法だって学校で習わなかったかい?」

「習ってないよ。だってわたし、学校なんて行ってないもん」

 そんなことを言いつつ、その特徴的なエメラルドグリーンのツーサイドアップを揺らし歩く彼女。

「じゃあ、僕らは一体どこへ向かってるんだい?」

 よく見たら彼女のフリルシャツの背中にあるべきカバンが無いことに今更気づいて戦慄する。

 そういえば、小学校は反対側だ。じゃあ、いま歩いてるのは――。

「どこでもいいし、どこへでもいける」

「つまり?」

「決めてない」

 遠くで学校のチャイムが鳴った。


 彼女には少しだけ見覚えがあった。けど、どこで見たのかは思い出せなかった。


「……君をなんて呼べばいい?」

 そう尋ねると、彼女はきょとんとして、それから答えた。

「キュー、かな」

「きゅう」

「そう、少女Q。なんちゃって」

 いつのアニソンだ。

 けど、親しみやすくてどこかミステリアスな彼女には似合っている気がした。


 そのうち、電車の駅に着いて。

「どこへ行こうか」

 そんなことを聞くと、彼女はおもむろにスマホを取り出した。

 ……待ち受け、観覧車なんだ。

 おもむろに思い出す。

「そうだ。屋上遊園地とか、興味ない?」

「おくじょー、ゆーえんち」

 その不思議な響きを復唱する彼女に、僕は「観覧車とか、いいと思うんだけど」と誘う。

「……かんらんしゃ」

「その、待ち受けの」

「まるいの?」

「そう! 景色がきれいだって聞くよ?」

「行きたい!」

「じゃあ決まりだね」

 僕が笑うと、彼女も笑った。

「あっ、でも財布忘れた……」

「あんしんして」

 そう言って、彼女はがま口を取り出す。

 中には、小銭。およそ二千円分くらいはありそうな、大量の百円玉。

「たぶん、だいじょうぶ」

「そうみたいだね」

 なお、その小銭はほぼ全部泥で汚れていた。出所はあえて聞かないことにした。


 切符を買って(彼女は買い方を知らなかったので僕が二人分買った)、電車に乗り込む。

 軽快に走る電車。その中で、僕は。

「キューちゃん」

「つけものみたいだね」

「……キュー。手、つないでもいい?」

 尋ねると、彼女は不思議そうに告げる。

「お兄ちゃん、すごく慎重なんだね。わたしの手は、いつもお兄ちゃんのためにあけてあるのに」

「…………ぼくのために、かい?」

 聞き直すが、彼女はこくりと頷く。

「や、優しいんだね、キュー」

「お兄ちゃんこそ」

 言われたことがよくわからなくて、僕は少しだけ首をかしげた。


 電車は数駅ののちにターミナルにたどり着く。

 駅名をけだるそうに連呼する自動放送。足音の渦の中、降車ホームに降り立った僕ら。

 改札を抜け、その先へと急ぐ。駅ビルのエスカレーターを、上へ上へと。

 そして、最上階……のさらに上へは、階段で上がって。

「っ……」

 太陽のまぶしさに、目が眩んだ。


「ここが、屋上遊園地?」

 その問いに、僕はうなづいた。

 口を半開きにして、彼女はあたりを見渡す。

 ……地元の町の、見慣れたはずの駅ビル、そのたびたび行ってた屋上遊園地のはずなんだけどな。低い視点から見ると、なんだかキラキラして見える。

 その中でも、彼女は一番奥にあるものが気になったようで。

 一目散にかけていった彼女。

「あっ、待って!」

 僕は手を伸ばして追いかけた。


「これ、乗りたいの?」

 そう尋ねると、キューはこくりとうなづく。

 比較的小さめの、丸い観覧車。この屋上遊園地のトレードマークになっている、古いものだ。

「……僕も乗ったことないんだよなぁ」

「そうなんだ」

 意外そうに、彼女は僕を見た。僕は首を縦に振って。

「小さいころから来てるけど、たぶん乗ったことはないな」

 思い出そうとしても、全然記憶にない。小さいころに乗ったことがあるかもしれないが、もう覚えてはいなかった。

「じゃあ、わたしとおんなじだ」

 言いつつ彼女は微笑んだ。


 券売機に一人三百円を二人分突っ込んで、出てきた紙を係員に渡し。

「ごゆっくりー」

 係員のお姉さんにドアを閉められ、狭い空間に二人きりになった僕ら。

「……ぐらぐらする。ふしぎ」

 キューはプラスチックのベンチに座りつつ、がっしりと中央のポールを掴む。

 僕はというと、同じようにポールを掴みながら、外をぼうっと見ていた。

 古い遊園地の観覧車から見下ろす見慣れた錆色の街は、どこか言い知れぬ輝きをはらんだように、きらきら光って見えた。

 ごうごうと音を立てゆっくりと回るモーターの音。密室空間。

「……やっと、ふたりになれた」

 少女はふと、口にした。

「どうしたんだい、キュー」

「さっき聞いたよね。『わたしは誰だ』って」

 そういえば、聞いていた。それを思い出し、僕はこくりと頷く。


「――わたしはね、ほうき星なんだ」


 突然、何を言ったのか、わからなくて。

「なにそれ。ミスチルの歌?」

「ちがうよ。……わたしね」

 彼女は上を見上げた。

 あまりにも低い天井。その上を。

「わたしね、そらからきたんだ」

 僕もつられて空を見た。

 彼女は微笑んだ。


「あなたと、であうために」


 ――彼女は、星だった。


 比喩でもなんでもないと、彼女は言う。

 彗星――別名、箒星(ほうきぼし)は、たくさんのちりをまき散らしながら宇宙を走り回っているという。

 彼女はその箒星から出たちりのひとつ。

 ――『星杯』の無作為により選ばれ、いつからか意思が芽生えていた。そんな不思議な、ただの無機物だった。

 初めて意思が芽生えたときに彼女は目にした。


「そのときから、わたし、お兄ちゃんが好きだったんだ」


 ――それは、一目惚れだった。


 見ているだけで良かったと、彼女は言う。

 けれど、星杯は『星の願い』の力。それが誤作動を起こした。

 彼に会いたいと一瞬思ってしまった、ただそれだけで、彼女は地球の引力に呑み込まれ。

 落ちていった。

 隕石となった。

 流星となった。


「あなたに会いたいという願いが、この姿を生み出した。けど、わたしにはいらなかった」

 何故なら、彼女は彼を見ていれば、それで十分幸せだったから。

「けど、見つけてしまった。あなたは、わたしに手を差し伸べてしまった」


 そこで僕は思い出した。

 ――昨日、迷子の少女と遊んであげた。

 公園で一人寂しくブランコをこいでいた彼女を、見ていられなくて。

「あなたとの少しの時間はとても楽しくて――『もっと遊んでいたい』と、願ってしまった」

「だから、僕はこの姿になったのか」

 納得する自分がいた。不可思議で不可解でオカルティックな話のはずなのに、なんでか僕は、すっと理解してしまっていた。

 少女が「Q」と名乗ったのも、学校に通っていなかったのも、いままでの無知さまでもがそれで説明がついた。

 戸籍も親もないのだからもともと名前はない。だから咄嗟に名乗ったのだろう。戸籍がないので学校に通う権利もない。この世界に来て間もないから、当然世間も知らないというわけだ。

 そして、同時に理解する。

「君はこの『星杯』を制御できない」

 こくりと彼女は頷く。

「わたしが願うと、叶ってしまう。それが」

「望んだ形でなくても、か」

「……」

 彼女は緩慢に頷いた。そして、そのままゆっくりと言葉を紡いだ。

「ごめんね。わたしの願い(エゴ)に、巻き込んでしまって。……わたしってば、だめだめだ」

 そう自分を責めるキュー。僕は少しだけ逡巡して。

 でも、そっと彼女の頭に手を置いた。

「きっと、寂しかったんだね」

「……?」

 彼女は首をかしげる。

「ひとりぼっちは、寂しいから」

 外から聞こえるモーター音を背景に、静かな二人きりの密室。


 不意に思い出した、昔のこと。

 彗星が再接近した。ニュースで聞いた日。

 僕は空を見ていた。

 周りの大人たちはみんな僕を見なかった。だから、ひとりぼっちで空を見ていた。

 河川敷。彗星が見えた日。

 瞬いた空。暗闇と踊るように駆けていく光の帯。

 ひとりぼっちで眺める空。無数の光に僕は魅せられた。

 その瞬間だけは、一人じゃない気がした。


「――だから、わかったんだ。本当は、寂しくて、一人きりなのがいやで――偶然見つけた僕と、一緒にいたくなったんだろう」

 告げると、彼女は。

「わかんない。……わかんないよ」

 声を震わせた。

「わかんなくてもいいよ。これから、わかっていけばいい。でも、ひとつ確かなことがある」

「……なに?」


「こうして出会えたおかげで……僕らはもう、孤独じゃなくなった」


 告げた言葉に、彼女の息が詰まる声なき声。

 俯く彼女。数秒間の静寂。外を見ると、そろそろ観覧車は地面に一番近くなる。――この時間は、終わりを告げる。

 立ち上がろうとする僕のシャツの裾を、彼女はつまんだ。

「……選択、して」

「なにを?」

「あなたは、このまま元の暮らしに戻ることが出来る。男の姿に戻って、今まで通りの生活を送る権利がある」

 眉をひそめる僕。

「……でも、それじゃあ」

 君はどうなるんだ。それを尋ねる前に、彼女は叫ぶ。

「だから、選んで。元のお兄ちゃんに戻るか、あるいは――」

 どうしても言い出すことは出来ないらしい。――怖いのだろう。もう一度、自分の願いに巻き込むことが。

 だから、代わりに願うのだ。

「―――――――――」


 扉が開いた。風が吹き込んだ。眩い陽光が僕らを照らし――。


    *


 目を覚ますと、いつもの部屋。

 ……いま見たのは、夢、なのかな。

 上体を起こし、細い腕を見て……いま見た夢の内容を思い出す。

「……行かなきゃ」

 パジャマを脱いで、すぐに着替える。


「どこ行くの? カバンも持たずに――」

「ごめん、母さん。ちょっと――行ってくる!」

 靴を履いて、僕は玄関を開けて走った。

 走って走って――たどり着いたのは、公園だった。


 少女が一人でブランコを漕いでいた。

「……どうしたんだい、キュー」

 尋ねると、少女は僕を見て、俯く。

「…………」

 うれしさと、けれど同時に迷いを感じさせる複雑な表情。

 それを見て僕は、また手を差し出した。


「一緒に遊ぶ?」


 少女はもう一度僕を見上げて。

 口元を緩めて、泣きそうな目を細めた。

「いいの?」

「うん。だって、僕は君が――」

 当然のように口にする僕。彼女の細めた目から零れた、頬を撫でる一筋の光。

 もう独りじゃないと知った日。


 遥か彼方、瞬く星が僕らを照らした。


Fin.


初出:2025/03/14 発売 サソリザさん主催「春の満開スマイルTS百合合同」


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