荒野疾走
眩い火花と溶融した金属が飛び散る。
ぐるぐると回りながら視界の端へ飛んでいくサブアーム。
俺を見つめるカメラアイはレンズを小刻みに動かし、驚愕を表現する。
レーザーダガーを避けられたのが不思議か?
「残念だったな」
赤い闇に逃げ込もうと後退する細身のシルエット。
どこかコノハムシを彷彿とさせる4本腕の人型はティタンじゃない。
元多脚戦車だ。
「遅い!」
俺は振り上げたレーザーブレイドの刀身を斜め左下へ滑らせるだけでいい。
ステルス性能を備えた装甲ごと細い背骨を叩き斬る。
言っただろ、可変機構は盛り込むと脆いってな。
「よし、片付いた」
砂だらけの路面に転がる多脚戦車は6機目、これで最後だ。
アルジェント・メディウムって可変好きなのかな。
多脚戦車まで変形するとは思わなかった。
「さてと……」
ようやく、最後尾に到着した。
ここまで長い旅路だったぜ。
「ザットさん、全然行けるじゃないっすか」
背後を振り返れば、白狼みたいな四足歩行ロボットがスクラップを器用に跨ぎながら近づいてくる。
≪いやいや、付いていくのやっとだからね!?≫
またまたご謙遜を。
出会った時より毛量、もといオービットの数が減ってるのは気のせいだ。
道中で右往左往していたから連れてきた補給係ことザットさんは、一から設計したティタンを駆るフリーランスの傭兵だ。
もうティタンじゃないじゃんって言葉は飲み込む。
熱意さえあれば実現できないことはないぜ、ティタン・フロントライン。
≪Vさん、どうしてここに……≫
久々に聞く先生の声。
空から降り立ったコバルトブルーの中量級ティタンは傷だらけだが、致命傷は負っていない。
熱意さえあれば、こうして恩人の下にだって辿り着けちまうんだ。
戦場で何度か迷子になりかけたけど、終わり良ければ総て良し。
≪いや…というか、それは一体…?≫
ちょっと困惑気味だけど、元気そうな先生を見れて安心したぜ。
相棒の傍らで舗装を耕している円盤についてはスルーしてください。
俺もよく分かってないんで。
場の空気を締めるため、咳払いを一つ。
「約束を果たしに来ました」
何か困ったことがあったら手伝う。
ティタン・フロントラインの初心者である俺に出来ることなんて大してない。
アルビナ先生に降りかかる火の粉を多少払うくらいだ。
それでも――
≪約束って……でも、あれは≫
「気にしないでって言っても難しいですよ、やっぱり」
イーズギル26では有耶無耶にされたけど、俺は忘れていない。
アルビナ先生は、いつも他人――初心者だったり、俺だったり、ゾエだったり――を心配している。
人心の荒廃が著しいティタン・フロントラインで尊敬できる人だ。
でも、お節介を焼きたいのは先生だけじゃないんだぜ。
「まぁ、まずは補給を」
≪え、え?≫
そろそろお客様がやってくる頃合だ。
この鉄火場を切り抜けるには残弾が心許ないはず。
弾薬を満載したザットさんに付いてきてもらったのは、そのためだ。
遠巻きに俺を眺めている十人十色なティタンにも手招きする。
「戦うにしろ、退くにしろ、まずは弾がないと」
それから足下に転がっていたノーヘッドのライフルを掴み、残弾を確かめる。
道中で拾ったライフルよりも重いが、まだ調整が効く。
「あれは俺が捻ってきます」
視界の端でちらつくスラスターの閃光。
倒壊した高層ビルを軽々と飛び越えるマッド・ドッグが2機ほど見えた。
どうせノーヘッドを引き連れてるんだろ?
≪捻るって……相手はマッド・ドッグだよ!?≫
「大丈夫ですよ」
狼狽える先生、やっぱり可愛いぜ。
マッド・ドッグはエリア13で1機、道中でも2機を潰してる。
手の内を知るまではダンスに付き合うが、二度目はない。
お友達を連れていようと誤差の範疇だ。
「行くぜ、相棒――」
擦れて滑らかになったスティックを握り直す。
ペダルを力強く踏み込めば、相棒は素直に応えてくれる。
「と転がる円盤!」
2機の円盤も呼応するように金切り声を上げ、舗装を切り刻みながらストリートを爆走する。
正式名称はファイアブランド。
道中で助けたアーキテクツマーケットの人からの贈り物だ!
ブレードが回転速度を増し――ロケットブースターに点火。
文字通りのロケットスタートは相棒を置き去りにする。
ストリートを進んでいた2機のマッド・ドッグも爆走する円盤を前に飛び退く。
「ファイアブランド、火炎放射だ!」
音声入力機能なんてないが、こういうのは気分の問題だ。
真横へ回り込もうとするマッドドッグに、ファイアブランドの対空用フレイムスロワーが紅蓮の息吹を吐く。
気分は世紀末だぜ。
「おっと」
舗装に爪先を噛み込ませ、減速と同時に後方へ跳ぶ。
刹那、火炎放射の渦中で瞬くスラスターの強烈な輝き。
眼前を舞うコンクリート片が蒸発し――相棒の過去を串刺しにする光の剣。
高架橋を一刀両断できる大型レーザーブレイドは今日も好調らしい。
2機のマッド・ドッグは俺を追って背部スラスターに点火する。
相変わらず猪突猛進だが――
「じゃあな」
重力に任せた自由落下で、ただでさえ粉々だった舗装が砕ける。
一瞬で地下まで沈み込む視界。
頭上を飛び越すレーザーブレイドの閃光。
「久々に使ったぜ」
間髪を容れずにペダルを蹴って、砂塗れの地下街を後にする。
「土遁の術っ」
空中に機体を躍らせ、砂塵の傘をライフルで切り裂く。
空振りしたマッド・ドッグの背中にAP弾を届けてやるぜ。
照準は回避の遅れた1機――右肩の増設タンクを吹き飛ばす。
ぱっとタジマ粒子の光が散り、レーザーブレイドの輝きが揺らぐ。
相棒を睨みつけた眼光が左右のビル群へと消える。
鳴り響くロックオン警報。
スティックを左へ倒す。
≪エネルギー残30%≫
紅い砂塵で煙った視界が左へ飛ぶ。
散弾のシャワーを回避し、そのまま高層ビルの壁面へと突っ込む。
ちょうどいい足場だ。
立体構造物はティタンを打ち出す装薬だと奴が教えてくれた。
壁面を蹴り飛ばし、相棒を空中に躍らせる。
「へっ…相手してやるよ!」
回る視界、横切る曳光弾。
ターゲットマーカーより早くショットガンの砲口に照準を合わせる。
「まず1機!」
腹に響く射撃の振動が重い。
放ったAP弾はショットガンを花火に変え、ノーヘッドの左股関節を吹き飛ばす。
コクピットを反響するロックオン警報――ぞろぞろと新手が現れる。
お小遣いが向こうから飛び込んでくるぜ。
スラスターをカット、慣性に任せてドーム状の屋根へ落下。
巻き上げられた粉塵が屋内に充満し、微かな光まで奪う。
「ライバル直伝――」
レーダーに映る赤点が包囲に動く中、エネルギーを左腕に供給。
グラウンドを蹴り、形成された光の剣を観客席へと突き込む。
熱量が砂塗れの座席を焦がし、その先にいる鋼鉄の巨人を捉えた。
「貫通斬!」
たった今、命名した一撃でノーヘッドに引導を渡す。
そのまま溶融したコンクリート壁を突き破り、隣のストリートへと出る。
マッド・ドッグは何を企んでるのかな。
ドームを飛び越してきたノーヘッドに3連射を忘れず浴びせ、えっちらおっちら相棒を走らせる。
「3機目…うおっ」
目の前の高層ビルを突き破って飛び出す狂気の回転ブレード。
止まらない円盤の爆走を闘牛士よろしく躱し、背後から追ってくるノーヘッドにプレゼント!
回転ブレードが装甲に食らいつき、瞬く間に切り刻む。
おっかねぇ。
「4機!」
転がる円盤を追って3機のノーヘッドがストリートに荒々しく着地する。
数は力だ。
でも、限度はある。
射点と遮蔽に限りがある以上、俺と戦えるノーヘッドの数は限られる。
不用意に密集しようものなら――
「火傷するぜ!」
ノーヘッドの右肩、多連装ミサイルのランチャーを撃ち抜く。
派手な爆発がストリートを彩り、黒煙に巻かれた巨人たちは眼を白黒させる。
すかさずペダルを蹴り、加速する世界。
≪エネルギー残60%≫
「5、6…!」
交差の瞬間、レーザーブレイドを走らせれば、火花を散らしてノーヘッドの上半身が落ちていく。
気分は辻斬り。
後退が間に合った3機目へ牽制のAP弾を飛ばし、一気に間合を潰す。
「これで」
装甲の吹き飛んだ胸部へライフルを捻じ込み、トリガーを引く。
火花が跳ね回り、薬莢が宙を舞う。
「7機目!」
ショットガンを撃つ隙なんて与えない。
ノーヘッドは断末魔の声を上げられない代わりに腕を突き出して停止した。
≪右腕武器損傷≫
相棒からの抗議は聞き流す。
亡骸からショットガンを捥ぎ取り、左手の大型ショッピングモールへ突っ込む。
「ショットガン、初ゲットだぜ」
提供者のノーヘッドは垂直ミサイルの爆撃に巻き込まれ、スクラップとなった。
南無三。
1秒でも反応が遅れていたら、俺も仲良く爆散していた。
爆発、爆発――心地よいバックミュージックだ。
ずれ落ちた瓦礫の隙間から覗くショーウィンドウに相棒が映り込む。
砂とコンクリート片の戦化粧を施した鋼鉄の巨人は歴戦の貫録を醸している。
これが俺の愛機だと思うと興奮しちまうな。
≪右腕武器、強制排莢推奨≫
動作不良を起こしているショットガンのグリップを引き、空薬莢を吐き出させる。
武器よし、機体よし、準備よし。
「…来るな」
試射も兼ねてショットガンでブリーチング。
崩壊寸前のショッピングモール側壁を吹き飛ばし、閑散とした駐車場に脱出する。
ロックオン警報は静かだが、俺の逃げ込んだ場所を知らないはずがない。
上空で瞬くロケットモーターの光――数えるより先にペダルを蹴った。
俺の脱出先を先読みした絨毯爆撃は、放棄都市を遊園地に変える。
「あぶねっ!」
至近でミサイルが炸裂し、ひっきりなしに破片が装甲を叩く。
派手なアトラクションだ。
小刻みな機動で弾幕の間隙を縫い、高架橋の下へと滑り込む。
≪エネルギー残30%≫
待ってたと言わんばかりに、左右の橋脚から飛び出すノーヘッド。
既にレーザーブレイドを抜き、薄闇を焦がしながら迫ってくる。
奇襲は不意を突かないと意味がないぜ?
「おらよ!」
左手のノーヘッドに向かって跳躍。
レーザーブレイドを振り抜く前に体当たりを食らわせ、右手のノーヘッドにショットガンをお見舞いする。
高架橋の陰を砲火が吹き飛ばし、巨人の影が崩れ落ちる。
「お?」
体当たりの衝撃を殺さず、後退と同時にレーザーブレイドを振るノーヘッド。
すかさず相棒の姿勢を落とさせ、返答の一太刀。
股関節から胸部まで光の線が走り、9機目のノーヘッドは沈黙する。
レーダーに新たな機影――ノーヘッドの速度じゃない。
マッド・ドッグだ。
方角を見るに、この高架橋に降り立ったらしい。
逆立ちしても機動力では勝てない以上、逃げに徹されると相棒は不利だ。
撤退戦とは?
「立場、逆だよなぁ」
ミサイルの降り止んだ空を見上げ、スラスターを吹かす。
高架橋の上へと相棒を上げ、距離4000mほど先に狂犬たちを捉えた。
「決闘のつもり……なわけ――」
着地と同時に、遥か彼方の地平線で光が瞬く。
「ないよな!」
とっくに回避機動は入力済み。
ここに来るまでの道中、少しでも視界が開けるとレールキャノンの横槍が来た。
≪エネルギー残60%≫
すっかり見慣れた青い光線を横目に、散弾で前方の路面を耕しておく。
2機のマッド・ドッグは既にスタートを切っていた。
縦列に並んでいるせいで、スラスターの閃光が一際強烈に見える。
「へっ…来いよ!」
ここで2機とも潰す。
脚部のパワーだけで跳躍、まだスラスターは使わない。
着地点は、ショットガンを叩き込んだ路面の先。
着地――路面が持ち上がる。
接合部を破壊された高架橋は相棒の重量を受け、シーソーみたいに傾ぐ。
マッド・ドッグの出鼻を挫くほどの高さはない。
ほんの僅かに上昇を強いるだけ。
「――行くぜ」
その隙間に機体を捻じ込む。
スラスターに点火、急加速で狭まる視界。
≪エネルギー残60%≫
互いに形成したレーザーブレイドが眩い光を放って走る。
長刀と短刀、リーチの差は圧倒的。
だが、間合の内側に突っ込めば関係ない。
「胴!」
懐かしの掛け声と共にレーザーブレイドを胴体に打ち込む。
装甲の表面で火花が散り、視界が白く明滅する。
重い手応えが消え――開けた視界に新たな影。
2機目のマッド・ドッグが右腕を引き、今に刺突を繰り出さんとしている。
どうして後詰を選んだか、分かるぜ。
増設タンクを欠いた大型レーザーブレイドは出力が足りない。
「踏み込みが」
振り抜いたレーザーブレイドを刺突に合わせた瞬間、エネルギー同士の反発が小爆発を起こす。
反動で互いの半身は逸れるが、慣性は死んでいない。
そのまま右スティックを全力で押し込む。
「甘いっ」
相棒の突き出したショットガンの砲口が装甲を叩いた。
俺を睨む無機質な眼が大きく開かれる。
零距離射撃――重々しい砲声が鼓膜を殴る。
1発、2発、3発。
散弾の集中射に装甲が爆ぜ、最後の一撃が内部へと飛び込んだ。
黒煙とタジマ粒子の輝きを噴き出し、マッド・ドッグは機能を停止した。
「一丁上がり…っと!」
≪エネルギー残30%≫
墜落するマッド・ドッグと怒りのレールキャノンを躱し、高架橋を後にする。
初めて拾ったショットガンは砲口が裂けて、黒焦げバナナになった。
かなしい。
≪フラグシップを、ああも簡単に……≫
≪あれは真似できんな≫
≪化け物だろ、あれ≫
高層ビルの影に入り、眼下に4機のティタンを捉える。
ノーヘッドの横槍が減ったのは、ヘルパー協会の皆さんのおかげらしい。
ひとまず立て直せたかな。
≪エネルギー残0%≫
スラスターの噴射が止まったことで自由落下が始まる。
その頭上を青い光線が飛び越し、骨組みだけの高層ビルを削り取っていく。
射撃のタイミングが正確だから合わせるのも楽だ。
≪前よりも腕を上げたね。もう彼を超えてるかも≫
降り立った先で、先生からお褒めの言葉を頂戴する。
彼が誰を指してるか、ちょっと候補が多くて分からないけど、素直に喜んでおく。
「へへっ…褒めてもスクラップしか出せませんよ」
白熱のロボットバトルを存分に満喫してるだけで、特に意識していることはなかったりする。
基礎はライバルに叩き込まれてるから、あとは応用するだけ。
オープニング塾、開設しちゃうか。
≪Vさん≫
「はい?」
千切れたノーヘッドの腕からライフルを拝借し、コバルトブルーの中量級ティタンへ向き直る。
じっと俺を見つめる緑の眼光は、何もかも見透かしているようで――
≪ここへ来たこと、ヘイズさんは知ってるのかな?≫
知らないです。
だめだ、先生を心配させるわけにはいかねぇ。
「……もちろんです」
≪間があったね≫
嘘をつく才能が絶望的にない。
俺の小さな誇りだ。
それよりも約束を守れって?
ぐうの音も出ない正論だ。
≪また怒られるよ≫
通信越しだけど、先生が困ったように笑う気配を感じた。
でも、まだ硬い。
「先生を助けるためなら喜んで土下座しますよ」
≪かっこいいのか、情けないのか、悩むところだね≫
大変情けないと思います。
そして、土下座してもヘッドロックは避けられない運命だ。
後悔はないけど、命乞いはさせてほしいなぁ。
≪ふふっ……冗談だよ≫
ようやく、いつも通りの声色で笑ってくれた。
適度に肩の力が抜けたようで険しさも消え、心なしかティタンにも活力が戻っているように見える。
こうでなくちゃね。
≪ありがとう、Vさん。これ以上ない援軍だよ≫
道中でアルビナちゃん救援し隊なる一行も見かけたけど、辿り着けたのは俺とザットさんだけだ。
皆の意思、俺が引き継ぐぜ。
視界の端で交差点を爆走していく円盤は見なかったことにする。
≪噂のVと戦えるなんて光栄ですね≫
≪負ける気がしないぜ≫
≪あのアルビナ先生がねぇ……≫
集まってくるヘルパー協会の皆さん、無傷の機体は1機もいないが、戦闘能力は健在だ。
先生といい、ヘルパーは腕利きじゃないと務まらないらしい。
戦況が覆ることはないだろうけど、楽しい撤退戦になりそうだ。
≪アルビナさん、敵の第7波は後退したけど、新手が――≫
さっそく来たな。
拝借したライフルの残弾を確認すると弾種がHEAT弾になっていた。
AP弾じゃないと使い勝手が分からないんだが。
≪ワイズさん? どうしたの?≫
先生の声だけが明瞭に聞こえ、応答は返ってこない。
放棄都市から空へ伸びる黒煙の数が1本増えた。
「アルビナ先生?」
≪ドローンで周辺の警戒をお願いしていた人から通信が途絶えた≫
柔かな空気が一瞬で張り詰め、視界右上のレーダーへ目を向ける。
ノイズが一向に消えず、遠方の状況が分からない。
元気に走り回っている円盤の青点が――消える。
ほぼ同時に、鋼鉄の巨人たちはスラスターに点火した。
紅蓮の閃光を残して空白となったストリートにミサイルの雨が降り注ぐ。
見覚えのある絨毯爆撃――
≪おいおい、なんだありゃ……≫
≪あんな機体見たことねぇぞ!≫
砂塵に覆われた赤い空に、見慣れない浮遊物があった。
ミサイルを満載していると思われる大型ユニットを2基背負い、脚部スラスターの噴き出す光をスカートのように纏う。
火力と機動力を突き詰めた極端な姿だが、辛うじて人型と分かる。
≪新型のフラグシップ…!≫
あれはティタンだ。




