お前のような初心者がいるか!
≪Vさん、ここは私が引き受けるから逃げて!≫
「お断りします」
先生を置いて逃げるなんてできません!
おっと、本音と建前が逆になってたぜ。
≪え、えぇ…?≫
「……気に入らないんですよね、ああいうの」
初心者狩りとか、初対面の相手を見下すところとか。
なにより恩人を目の敵にし、悪意で向かってくるのが──気に入らない。
困惑しているアルビナ先生には悪いが、俺は連中をスクラップにすると決めたぜ。
スティックを倒し、ペダルを全力で蹴る。
「行くぜ、相棒!」
≪Vさん!?≫
スラスター最大出力で相棒をかっ飛ばし、薄暗い空へ躍り出た。
眼下に広がる赤茶けた世界。
赤い閃光を迸らせる巨人の影を捉え、その高度と距離を測る。
≪あ? 雑魚から来るぞ≫
≪馬鹿だろ、こいつ≫
≪ちょっと脅かしてやるか?≫
通信越しに低レベルな会話を垂れ流す初心者狩り一行。
大層な自信があるらしい。
≪エネルギー残30%≫
スラスターの噴射をカットしてビルの屋上へ着地、衝撃で硬直する前に跳躍。
4機の位置を再確認。
≪いや、生意気だから殺す≫
2機1組で動いているが、後方の組が火力支援を目的にしてるのは明白。
スティックのボタンを叩き、ミサイルを選択。
後方の組へ牽制で2発、発射。
ペダルを蹴って左へスラスターを噴射──至近を光線が掠める。
ミサイルを見て、アクションを起こすとか分かりやすい。
弾速はライフルより速くても次弾が読めるな、これ。
≪おい、避けたぞ…≫
スラスターの噴射をカット、自由落下する相棒の頭上を光線が走った。
この光線、再発射まで5秒ほどクールタイムがある。
≪くそっ≫
ペダルを蹴ってスラスターを再噴射、薄暗い空を横に滑る。
脇を掠める光線の輝き。
空中だと狙い撃ちされて面白くない。
それに突っ込んでくる2機の相手をしてやらないとな。
≪なんだと…!?≫
≪何してんだよ! ちっ…俺が殺る≫
12時方向、骨みたいなティタンが接近中。
とんでもねぇ、待ってたんだ。
周辺地形を見渡し、攻撃方向を限定できるビル群に囲まれた道路へ自由落下。
着地の衝撃で、煙たいくらいの砂埃が舞う。
赤茶色に染まる視界の中、レーダーには接近してくる赤点1つ。
≪Vさん、12時方向、上!≫
分かってますって先生。
目の前のビルに爪先を叩き込み、蹴り抜く。
相棒の巨体を屋上近くまで上げる。
交差まで2秒。
≪力量差も分からない奴は、死──≫
左腕を突き出し、あとはレーザーブレイドを置くだけ。
それで頭から突っ込んできたティタンは勝手に両断される。
頭部からコクピット、胴体から股関節まで──湯豆腐を切るみたいに。
世界が瞬き、爆炎が背後で渦巻く。
斬り捨てごめん!
≪は?≫
≪おいおい、冗談だろ!≫
喧しい通信を切り、ペダルを蹴れば相棒の脚が追従してビルの壁面を蹴る。
ロックオンの警告──散弾が目の前を擦過。
9時方向、鳥脚のティタン。
ショットガンと思しき武器を2丁、ガンマンみたいに構えてる。
スラスターを噴射して、旋回と同時に斜めへスライド。
「あぶねっ」
散弾の雨が脇のビルを粉砕し、赤茶けた砂埃が舞う。
面制圧というには狭い。
でも、生半可な回避だと当たる。
高架橋を飛び越し、手動で照準、トリガーを引く。
耳慣れた砲声が5回──高架橋を潜ってきた鳥脚の右腕で花火が咲いた。
警報が鳴り、左腕の1丁が俺を狙う。
小刻みにスラスターを噴射、着地狙いの射撃を空振りさせる。
≪エネルギー残60%≫
着地してすぐ脚のパワーだけで後方へ跳ぶ。
「ははん、読めたぜ……」
ここから600m後方で合流する幹線道路、そこで仲間と挟撃する腹だな。
直線機動の鳥脚、その左腕を狙ってライフルを連射。
挟撃だって?
「させるかよ」
ショットガンが吹き飛ぶと同時にスティックを倒し、ペダルを踏み込む。
加速する世界。
赤茶けた砂埃が舞い、ターゲットとの距離が縮まる。
レーザーブレイドを振り抜くと見せかけて──鳥脚は上に向かってジャンプを披露。
予想より少し高いが、構わずトリガーを引く。
右肩のランチャーから飛び出す4発のミサイル、それがスラスターの赤い閃光と重なる。
直線で下がったな?
閃光が4回、瞬く。
「焼き鳥一丁上がりっ」
≪右肩部ユニット、残弾0≫
黒焦げの装甲を散らして墜落する鳥脚。
その脇へ相棒を着地させる。
単調な直線機動ばかりで、いい的だった。
「おん?」
レーダーには幹線道路との交差点へ近づく赤点が1つ。
一斉に襲えばいいものを──
「いや、先生が足止めしてくれてるのか」
エネルギー回復中の相棒を旋回させ、新手をカメラに収める。
両腕に長砲身のガトリングを装備した赤褐色のティタン。
図体に対して頭部が貧相だな。
「うおっ」
光る弾幕、迫る面制圧!
ビルの影へ機体を滑り込ませ、止まらず次の遮蔽へ走る。
一瞬で盾にしたビルが粉砕され、地響きと共に倒壊。
粉塵の舞う薄暗い放棄都市を、下品なほど明るいオレンジの弾幕が照らす。
「見た目は派手だな」
頭上を通過する弾幕を見るに、レーダーに頼った面制圧だ。
ティタンの搭載しているレーダーは二次元しか対応してない。
高度までは表示してくれない。
高低差があっても──地下駐車場とかに潜まれても同位置だ。
業を煮やして不用意に接近してくるガトリング野郎。
弾幕が薄いぜ!
ペダルを蹴ってコンクリート片と砂の舞う戦場へ飛び出す。
「ライバル直伝、土遁の術!」
慌ててスラスターを逆噴射させるガトリング野郎、その貧相な頭部を照準。
上方からAP弾をお見舞いしつつ、距離を縮める。
両腕のガトリングが向く──その前に頭部を潰す。
スラスターをカット、オレンジの弾幕を潜って着地。
脚のパワーだけで前方へ、地を這うように低姿勢で突っ込む。
ガトリングの砲身が下がるより速く。
「遅い!」
節約したエネルギーを回したレーザーブレイドで砲身を切り飛ばす。
格好つけた割に踏み込みが浅かった。
「あ、おまっ」
ガトリング野郎は後先考えず最大出力でスラスターを噴射して下がる。
レーザーブレイドへの供給をカット。
エネルギーの回復まで二足歩行ロボットらしく脚を使って追う。
ガトリング野郎の両肩の装甲がスライド──多連装ロケット弾が頭を覗かせる。
どんだけ弾幕が好きなんだ?
レーダーを見れば、500m先で合流する幹線道路から最後の1機が接近中。
「だから、させるかっての!」
最大出力で急加速、ロケット弾の雨を飛び越える。
狙うは、エネルギー切れを起こしたガトリング野郎の首元。
スラスターをカット、慣性だけで射程へ飛び込む。
見せてやるぜ、ライバル直伝──サッカーボールキック!
幾度と俺を屠ってきた必殺技が、コクピットにクリーンヒット!
「決まったぜ」
合流先の幹線道路にあるビルへ激突し、沈黙するガトリング野郎。
舞い上がる赤茶けた砂埃とコンクリート片。
視界が遮られる前に見えた最後のティタン、武装は砲身の長いライフルだった。
その距離は、急速に、離れていく!
「おい、待てよ」
幹線道路の右端へ相棒を寄せた瞬間、中央を眩い光線が走る。
レーダー頼りの射撃、非常に分かりやすい。
赤茶けた世界より脱出──ロックオン警告と同時にスラスター噴射。
≪エネルギー残0%≫
ビルの壁面が光線で焼かれる光景を横目に、二足歩行で幹線道路を爆走する。
エネルギー回復中に、仮称レーザーライフルのタンクらしき部品をぶち抜く。
外しようがない。
「捨てるな!」
仮称レーザーライフルを慌てて放り投げる初心者狩り最後の1機。
華麗なジャンプで回避して肉薄!
サッカーボールキックの出番──またしても両肩から顔を覗かせるロケット弾!
ペダルを踏み込んで加速、射線も初心者狩りの頭も飛び越す。
「これで──」
落下位置を調整してスラスターをカット、自由落下。
残るエネルギーの全てをレーザーブレイドへ集中。
左半身を背面へ向け、着地。
「終わりだ!」
あとは左腕を斜め上へ振り抜くだけ。
減速しきれないティタンの右脇からコクピット、赤茶けた砂埃までを切り裂く。
2パーツに泣き別れした巨人が幹線道路を転がっていき、爆発四散。
≪ミッション完了≫
さよならだ、初心者狩り。
すかっとしたぜ──
「お?」
余韻に浸っていたところ、先生からの呼び出しが点滅していることに気付く。
無視、よくない。
≪繋がった! Vさん、これは一体何!?≫
初心者が初期機体で初心者狩りを倒しただけです、先生。
だめだ、通るわけがない。
よし、落ち着け。
まずは、この配信を通じて覚えた基礎知識の1つ、機体の回収依頼をNPCへ送信。
これで相棒はガレージへ帰還できるって算段よ。
お次は、お世話になったアルビナ先生への挨拶。
「あーおほん……今日はありがとうございました!」
≪あ、ちょっと待って──≫
待てと言われて待つ奴はいないぜ!
制止を振り切り、胸元から取り出した端末の画面をタップ。
ここは戦略的撤退──ログアウトを選ばせてもらう!
後先考えずスクラップを量産したが、それが初心者の動きじゃないってのは馬鹿でも分かる。
初心者に擬態する作戦は失敗、それどころか大々的に喧伝しちまった。
誰だよ、完璧な作戦とか言った奴は。
「でも、すかっとしたな」
初心者狩りぶちのめして気分爽快、清々しい気分でVR機器を外す。
藤坂の仏頂面が一瞬、脳裏を過る。
不可抗力だからセーフ!
「まぁ……大丈夫だろ、多分」
初心者を偽ったアルビナ先生のファンとかで落ち着くさ!
考えるのをやめた俺は、ベッドへ直行した。
◆
ティタン・フロントラインにおいて知らぬ者はいないと称される人気配信者がいる。
数多の初心者向け配信や世界観の説明動画を挙げ、コンテンツを盛り上げてきた第一人者──芙花・アルビナ。
彼女がゴールデンウィーク明けに行ったゲリラ配信は過去最大の同時接続数を記録し、終了後も再生数は伸び続けていた。
≪初心者狩りを殺す初心者とかフレイムロック生える≫
≪これって企画?≫
≪初心者狩りざまぁぁぁ!≫
≪狼狽えるアルビナちゃんも可愛いんよ~≫
≪世に銀蓮の祝福と安寧を…≫
原因は、ただ一つ。
右も左も分からなかった初心者が初期機体で初心者狩り4機を、わずか3分28秒で撃破した。
八百長を疑う戦いの一部始終は即日切り抜かれて拡散、より多くのプレイヤーの目に留まる事となる。
≪擬態の初心者だろ≫
≪よくいる初心者詐欺じゃん≫
中級者未満のプレイヤーたちは初心者を偽っているだけだと白い目で見た。
しかし、注目すべきは肩書ではない。
≪確認したけど、こいつ初期機体のままだ≫
≪特定早いな≫
≪この初心者狩り共、腕は平凡だけどマシンパワーと数で圧倒できたよな?≫
≪どう見ても初心者の動きじゃねぇ≫
注目すべきは、戦闘技量。
明らかに機体性能で劣る初期機体を被弾させず、一方的に4機のティタンを屠る。
サービス開始以来、人外と称されるプレイヤーは数多現れたが、その中でも際立つ異常性。
≪オープニングみたいな動きしてね?≫
1人のプレイヤーが呟き、それは恐ろしい速度で伝播する。
地形の的確な利用、無駄のないエネルギー管理、正確な射撃と無慈悲なレーザーブレイド、エトセトラ。
それはチュートリアルの王を思い起こさせ、誰もが共感と畏怖を抱いた。
≪オープニングを殺った奴だ。間違いねぇ≫
≪Vって、どこ所属?≫
≪まさか、俺たちの網から抜け出してたとはな≫
≪おい、アリーナ1位様がセントラルに来るぞ!≫
≪アルビナにアポ取れ≫
オープニングを打倒せし者、そしてメインストーリーの鍵を握る者。
トッププレイヤーすら注目するプレイヤー、その名はV。
まったく事態を把握していない当人を置いて、ティタン・フロントラインの混沌は加速する──