ロマンに犠牲はつきもの!
全高10mの巨人が放つ照明の下、重装備に身を包んだ人影が生体兵器の残骸を検分していた。
頭部の接合部を破砕され、絶命した巨大な節足動物。
呼称はタイプα4、タジマ粒子の加速器を頭部に備える危険な個体である。
「隊長!」
隊長と呼ばれた全身サイボーグの男が振り返る。
アンダーセントラルのブロック66にて、セントラル・ガードの指揮を執る男──殴り屋ブライアンだ。
「何か見つかったか?」
歩み寄ってきた巨躯の隊長に、隊員はタイプα4の外皮を指し示す。
格子状のフレームの奥で緑の眼光が瞬く。
「これは…」
「二月傘の個体識別番号、みたいだな」
隊長より先に解答を述べるのは、壮年の男だった。
ヘルメットのバイザーを上げ、外皮に刻まれた数字の羅列を撫でる。
「事件の首謀者は二月傘……じゃないよな、こりゃ」
「ああ」
副官を務める男の言葉に、ブライアンは重々しく頷いた。
二月傘は特殊な愛好家の集団だが、セントラルを襲撃するほど狂ってはいない。
そして、証拠を残すほど愚かでもない。
「ご苦労、調査を続けてくれ」
「了解!」
隊員を労い、場を後にする。
ブライアンと副官は照明の下より出て、外壁に開いた大穴を見上げる。
「輸送列車から強奪された積荷で間違いないな」
「ああ、二月傘も被害者だ」
各都市の自治組織と繋がりを持つセントラル・ガードは、輸送列車の襲撃事件について認知していた。
詳細までは把握していなかったが。
「何者かがセントラルに混乱を呼び込もうとしている」
「呼び込んだとして……目的はなんだ?」
隊長であり相方を横目に、壮年の男は闇を鋭く睨む。
「おそらく、混乱は手段だ」
「ストーリーイベントの妨害か? 命知らずが過ぎるぞ」
一般的なプレイヤー、大多数はストーリーイベントの開催を心待ちにしていた。
しかし、世界には歓迎しないプレイヤーも当然、存在する。
得てして少数派のため、大した影響力は持たない。
本来は。
「二月傘のペットに手を出せば、地の果てまで追ってくるぜ」
そう言って副官は肩を竦める。
生体兵器の愛好家集団であり、勢力の拡大に余念がない野心的な実力者集団。
彼らとの敵対は、自殺行為だった。
「敵対中の上位クラン、逆叉座の残党、アリーナの無法者、あとは……」
それを恐れない者たちをブライアンは淡々と列挙していく。
「企業か」
最後の一言が闇に響き渡り、副官は顔を顰める。
ティタン・フロントラインの可能性に目をつけた企業が暗躍しているという都市伝説。
それを一蹴することは容易いが、隊長は真面目に検討していた。
沈黙が両者の間に流れる。
「なぁ、ブライアン」
闇を見据えたまま、壮年の男は砕けた口調で問いかけた。
「どうした?」
それに対し、両腕を組んだブライアンが静かに応じる。
「なんで俺たちはゲームの中で仕事してるんだ?」
「やめろ……虚しくなる」
◆
「お前には失望したぞ」
「ヘイズ、なぜ分かってくれないのですか!」
師匠、助けてください。
セーフハウスで局地紛争が勃発しています。
「HEKIUNはロマンです! ゾエの求めるものです!」
「大艦巨砲主義で財政を傾ける馬鹿がどこにいる!」
メカメカしい狐の面を取ったヘイズは、珍しく怒ってらっしゃる。
美人が怒ると凄みがあるね。
いつも無表情なだけに威力が違うぜ。
「む……むぅ…!」
すっかり怖気づいたゾエが俺の背中に避難してきた。
涙目で見上げ、ヘルプを求めている。
やめよう、こんな悲しいことはない!
「落ち着こうぜ、ヘイズ」
「お前も何を見逃している…?」
やべぇ、俺も怒られるパターンだ!
いや、仕方ないじゃん。
そこにロマンがあって、手が届くだけのクレジットがあったらさ?
買っちゃうよね──言ったら、間違いなく眉間に風穴開くな。
思考を回転させろ、俺!
「ヘイズも見ただろ、ゾエの射撃……あれを生かすなら、最大射程の長いHEKIUNが──」
「クローバーラインの方が射程は長い」
マジかよ。
やっぱり付け焼刃の知識でヘイズに勝てないのか?
いや、諦めるな!
「弾数が多いから狙撃の回数が増える…!」
「そ、そうです! 魔弾の射手としての活動時間が伸びます!」
ゾエも並んで、とにかくヘイズに有用性をアピールする。
玩具を買ってもらうための交渉だ、これ。
木製の椅子に腰かけるヘイズは、ゆっくりと額を押さえた。
「……言い分は分かった」
これは、俺たちの心が通じたパターンだ!
「じゃあ!」
「生きるための金だ……ほどほどに嗜め、そう言ったはずだぞ」
つい先日、聞いたばかりですね。
買うなとヘイズは言わなかった。
ただ、ゾエが1人でも生きていけるように備蓄も大切という話。
そんなことにならないよう努力するつもりだが、絶対はないのだ。
「クレジットの残額は?」
「え、えっと……0です」
2人して正座の姿勢で、恐る恐るヘイズを見上げる。
「口座は、しばらく預かる」
「そんな…」
無慈悲な採決が下り、ゾエは小さく肩を落とす。
ゾエの口座はヘイズが持っていた口座の一つ、預かるというより戻ったが正しい。
「ガレージと修理費は見てやるが、いずれは自給自足できるようになれ」
「…はい」
厳しいようで、実は心配で仕方ないんだよな。
ゾエも分かってるから、そこは素直に聞く。
「はぁ…買ってしまったものは仕方ない」
面を被って、端末を手に取ったヘイズが手招きする。
ゾエと一緒に覗き込むと、フランベの機体情報が表示されていた。
「HEKIUNを搭載するが、問題ないな?」
「はい!」
ぱっと表情を輝かせ、ゾエはヘイズの肩に引っ付く。
まるで親子みたいだぜ。
やはり、ママなのか──
「なら、クローバーラインは下ろすぞ」
「え…?」
この世の終わりを見たような、絶望の声がゾエの口から漏れた。




