短編その4『天命を全うする時』
艦船の耐久年数は、20~25年が目安とされる。
それを超えて使役し続けようとすれば、年齢延長それ自体を目的とした“大工事”が要求される。
まして「後述」するような理由で、元々、数年の使役年数しか期待されて無かった船が、
それも「彼女」を生み出し使役する国家そのものが、
1たび敗れて滅びた時代を超えてまでの20年、
それは「彼女」にとって、天命を全うした20年だったろう。
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昭和39年(1964年)大晦日
青函連絡船「第七青函丸」は、最後の運航を勤めた………。
……。
…そして「彼女」にとっては、最後の場所となるドックへと回航された。
「フネ」を愛する男たちは信じた。
彼らの愛する「彼女」に宿る命と心を、
1パイの「フネ」に必ず1人宿る、若く美しい乙女の姿をした精霊を。
依代となる「フネ」が水上に誕生するとともに宿り、
その依代が「フネ」としての生涯を終えるとその存在が消えるという、
その「フネ」が解体され、やがて別な鋼材に転用されて、依代そのものが消失した時
果たして「彼女」たちは……
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彼女。「第七青函丸」の魂は、自分の身体から少しずつ解けて行く光の粒子と、
今や、建造時を逆に辿っている分身を見つめながらも、恐怖よりも満足を認識していた。
彼女の想いは、過ぎ去った日々に、そして
おそらくは「天の向こう側」で自分を待っているであろう姉妹たちへと向っていた。
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第2次世界大戦(WorldWarⅡ)の最中。
艦隊決戦を求め続けた日本海軍も流石に気付かされた。
日本のような島国にとっては「この」戦争が、資源を運ぶ海上輸送の戦いでもある事に。
気付かされた海軍は、輸送船の建造を民間を含めて統制し、急速大量に建造しようとし始めた。
そうまでして、海上輸送を維持しようとする意図であるからこそ、
青函連絡船だけは「鉄道フェリー」とも言うべき特殊構造の船から変える事は出来なかった。
港に到着した貨車から1たん貨物を降ろし、バラ積みの貨物船に積み直して海峡を渡り、
海峡の反対側の港で貨物船から1たん降ろして貨車に積み直す。
そんな手間をかけてはいられなかった。戦時中なら尚更。
貨車に貨物を載せたまま、レールを備えた船内に列車ごと引き込む。
そして、海峡の反対側で、またレールに接続して送り出す。
「これ」以上の効率を要求するならば、
列車が自走して海峡を越えられる様な橋かトンネル位だろう。
かくて、戦時急造型の「鉄道フェリー」船「第五」~「第十二青函丸」が急造された。
何と、エンジンの信頼性などは、わずかに3年。
戦争が終わるまでには、何隻かは撃沈される前提の消耗品だったのである。
悪い予測ほど当るものなのか。
昭和20年(1945年)7月14日
「この」日米戦争での「必殺兵器」と言っていい「エセックス」クラス空母が、
津軽海峡に襲い掛かった。
「第六」「第七」「第八」「第十青函丸」の姉妹たちを含めた連絡船12隻中8隻が撃沈、
残りも航行不能と成り、北海道と本州の物流は断ち切られた。
それでも、船乗りと鉄道人たちの誇りにかけて「第六」と「第八」
そして「第七青函丸」は蘇った。
7月25日「第七青函丸」復帰。
たが8月15日、日本は敗れた。
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「彼女」は回想していた。
国家が敗れて後、輸送船である「彼女」には、真の戦いが待っていた。
「彼女」は運び続けた。
ある時は、復興のエネルギーと成る石炭を北海道から南へ。
ある時は、寝台列車と共に北へ南へと旅する「お客様」を乗せて。
時には悲劇を乗り越えて。
「あの」悲劇の嵐は「彼女」からも「妹」の1人「第十一青函丸」を奪っていた。
「彼女」は運び続けた。
「彼女」と共に海峡を渡った船乗りや鉄道人たち、そして旅人たちの思い出も同時に………。
……。
…いつしか、20年が過ぎていた。
「第七青函丸」の竣工は昭和19年(1944年)7月10日。そして、就航は同年7月20日。
戦争が続くまで動けば好い程度の急造船でありながら、戦争が終わった後も、
祖国が復興するために運び続けていた。
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「彼女」は待っていた。「天」に還る時を。
昭和39年(1964年)の冬。
すでに「第五」~「第十二青函丸」の姉妹の内で「彼女」、
「第七青函丸」だけが青函航路に残っていた。
その「彼女」も、その年の大晦日をもって「引退」を迎えた。
戦時急造船でありながら「戦後」までも運び続け「天命」を全うした20年だった………。
……。
…昭和40年(1965年)のある時、
「彼女」は「姉妹」たちの待つ処へと還った。
その時、かつて「彼女」が運び続けていた海峡の更に地底では、
男たちの「プロジェクト」が進行していた。
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