無自覚な婚約者に翻弄されています
− Side ジェミエンヌ –
私の名前はジェミエンヌ・プレイン。
名前の通り、髪の色も瞳の色も、ついでに服装も地味な16歳。
名を馳せているわけでもお金持ちでも、領地持ちでもない子爵家の次女だ。
街の小さな教会の中にあるこの小さな借り部屋は、今日も賑わっている。
今日は週末。
1週間に1度、私が務めている『ご奉仕の日』だ。
「次の方、どうぞ」
シスターメアリがドアの所で声をかけると、本日12人目の依頼者が入ってきた。
「どうぞ、おかけになってください」
私は本日12回目の声をかける。
おかけになってもらう椅子は、簡素な木の椅子だ。何しろ教会の一室。ソファなど準備してもらえるわけもない。
私が座っているのももちろん同じ木の椅子で、相談者と私の間にあるのは、同じく簡素な木の机。
「あの」
依頼者が言いかけるのを、私は片手を押し出すようにして制止した。
「いえ、プライバシー保護の観点から、依頼者様の個人的事情はお伺いしないことになっております」
これも1日で何回も言う台詞。
「ではどうやって」
困ったような顔をする依頼者に、また私は定型句を口にする。
「ご安心ください。依頼者様は、お尋ねのものについて思い浮かべるだけで大丈夫です。ただ、申し訳ありませんが、額に私の指を付ける行為をお許しいただきたいのです」
貴族らしい身なりをした、私より少し歳上であろう女性は、嫌がることもなくこくりと頷いた。
私が女性でよかった。もし私が男性だったら、抵抗がある人もいるかもしれない。
私は、左手の人差し指と中指を静かに依頼者の女性の額に置いた。
本当は、この指でなくてもいい。
何ならどこでも、自分の体のどこかが相手の額に接してさえいれば能力は行使できるのだけれど、見た目と効率を重視して、この形におさまっている。
額に置いた指を通して、ふんわりと頭に情報が、映像が流れこんでくる。
「お探しのものは、落ち着いたベージュの、少し凹凸のある壁紙、本棚に囲まれたお部屋、書斎? にある、重厚な、つやのある黒に近い色の大きな木の机の下に落ちています。これでおわかりになれますか?」
私の言葉に、依頼者の女性は感動したようにこくこくと小刻みに頷いた。
「わかります! わかります! どうもありがとうございます!」
女性は、木の椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、ぺこりと私に頭を軽く下げて部屋を飛び出して行った。
お役に立てたのなら、よかった。
私はその後ろ姿に口角を上げる。
この世界では、すべての人が、生まれた時に神の祝福を授かる。
貴族、庶民例外なく、すべての人に、それは授けられる。
授かった祝福の種類判定は、5歳になったら、大きな街にはだいたい設置されている大教会で受けることができる。
判定は無料。
同じ祝福を持つ人もそれなりにいるけれど、祝福の種類はほぼ人の数だけある。中にはとても希少だったり、有能なものもある。
いい祝福を持つ人を発掘するために、大教会は、祝福の判定だけは、すべての人に無料で行う。
私も5歳の時に、大教会で祝福の判定を受けた。
祝福の名前は『遺失物探索』。
希少なことは間違いないが、有用ではないと判断され、シークレットギフトには認定されなかった。
シークレットギフトというのは、その名の通り、秘されるべき祝福。
いわゆる『完全治癒』だったり、『未来視』だったり。
希少かつ有用。他者に悪用されたら困る、または囲い込みたい祝福を持つ人を、大教会は『保護する』名目で、シークレットギフトに認定する。
シークレットギフトを持つ人は、当然自分の持つ祝福を人に明かすことはできない。
大教会と、そういう契約をする。
そのかわり、「シークレットギフトを持つ者」としての称号と、少なくはない年ごとの支給金を得て、大教会の要請があれば秘密裡にその祝福を行使する。
つまり、シークレットギフトは持って生まれればそれだけで、日々の生活には困らない、ということだ。
私の祝福は、シークレットギフトではない。
『鑑定』の祝福持ちが鑑定士として鑑定をするように、私も貴族の端くれとして、奉仕の一環で、週末だけ街の小さな教会の一室をお借りして、遺失物探索を行っている。
奉仕とはいえ、無償でやると無尽蔵に依頼が来てしまうため、貴族と庶民に分けた価格設定で、低額ながらお代をいただいている。
最初はちょっとしたお小遣い稼ぎにもなるし、人のお役に立てるからいいな、と軽く考えていたが、甘かった。
世の中にはものを失くす人が随分と多いらしい。
週を追うごとに依頼者は増えていき、今や1日中やっても行列が絶えない、教会の大人気コーナーになってしまった。
シスターが人員整理に駆り出される事態になり、週末以外にもやらないかと神父様から言われたものの、そうなるとこれはもう奉仕ではない。職業だ。
私はまだ16歳。しょぼい子爵家だからそれほどいいご縁は期待していないけれど、一応結婚への憧れはある。今の所は週末だけでご勘弁を、と丁重にお断りしている。
「次の方、どうぞ」
今日もシスターメアリが次の依頼者をお通しする。
「「えっ」」
私の声と依頼者の声が重なった。
いや、私が声をあげるのはわかるけど、何で依頼者のあなたが声をあげたかな。
あなたは探し物があるからここに来たんでしょうに。
初対面で驚きの声がハモるなんて、あんまりあることじゃない。
目の前にいる依頼者は、確かアッシャー伯爵家のご嫡男だ。名前は、サイラス、だったかな。
さらさらとした薄金の髪にアイスブルーの涼しげな瞳。
その麗しい顔に加えて、シークレットギフト持ちとしても有名だ。
シークレットだけに、何の祝福をお持ちかはわからないけれど、希少で有用、きっとすごい祝福をお持ちなのだろう。
あれもこれもそれも持っている、私にとっては雲の上の人だ。
その有名人がこんな所に現れたから、私は驚いた。
でもアッシャー様(仮)が驚く理由がわからない。
なぜか私を凝視して固まっているアッシャー様(仮)に、
「どうぞ、おかけになってください」
私はいつも通りに声をかけた。
たぶん私がお見かけすることはあっても、向こうが地味な私を目に留めることはないだろう。ましてやお会いしたことはないはず。何でアッシャー様(仮)が私を食い入るように見ているのかわからない。
「あの、ご依頼があるのでは?」
立ち尽くすアッシャー様(仮)に、私はもう一度声をかけた。
「あ、ああ。すまない」
アッシャー様(仮)は私の向かいの木の椅子に優雅に腰かけた。
「私はサイラス・アッシャーというのだが」
やっぱり。私の記憶力、まだ死んでない。
いやそうじゃなくて。
言っちゃダメだから。個人情報。
私は片手をあげて、それ以上話そうとするのを制止した。
「いえ、プライバシー保護の観点から、依頼者様の個人情報、個人的事情はお伺いしないことになっております」
「そ、そうなのか」
「はい。でもご安心ください。依頼者様は、お尋ねのものについて思い浮かべるだけで大丈夫です。ただ、申し訳ありませんが、額に私の指を付ける行為をお許しいただきたいのです」
するとアッシャー様はわかりやすく顔を赤らめた。
どういうこと。私は困惑した。
潔癖症なの? それともtoo shy boyなの?
「ひ、額に、指を」
「難しいですか?」
指が難しいとなると、爪の先だけ当ててみる、とか?
いや爪も指だし。
そもそも人に触れられるのが無理だとすると、アッシャー様に私の祝福は行使できない。
「いや、大丈夫だ。頼めるだろうか」
私の心配をよそに、アッシャー様は姿勢を正し、額を差し出すようにこちらを見た。
大丈夫? 本当に。
「失礼します」
私は断りを入れて、おそるおそる2本の指をアッシャー様の額に近づけた。
あんなにうろたえていたのに、なぜか今度はめちゃくちゃ見ている。
私の指を注視しすぎて、アッシャー様の目が若干寄り目になっている。
そんなに気になる?
なるべくぴたりとは付かないように意識して、ゆっくりと私は指をアッシャー様の額に触れさせた。
「!?」
私は見えた映像に驚いて、熱いものをうっかり触ってしまった時のように素早く指を引っ込めた。
アッシャー様は初回の依頼者だ。
だから、私が他の依頼者とは違う動きをしたことに気付いていない。
「ん? もういいのか? わかったのか?」
わかったというかわからないというか。
私の頭の中に流れ込んできた映像は2つあった。
2つあること自体は、いやそれ以上あることも別に珍しくはない。
人の思考はあやふやだ。探し物を思い浮かべろと言われて、それが2つ以上あれば、脳内で1つに絞ることの方が難しい。
「暗い・・・大きな、倉庫、でしょうか。奥の壁に8という数字がかすれてはいますが、大きな文字で書かれています。港?」
私が1つ目に見えたものを話すと、アッシャー様はずい、と前に身を乗り出した。
近い。
私は少し体を引いた。
「あなたには、依頼者が探しているもの、そのものも見えるのか」
「はい」
私が頷くと、さらにアッシャー様が前のめりになった。
近い! 近いから!
「生きているか。いや、それはさすがにわからないか」
その質問は、最もだと思った。私も気にかかる。
「私が見えるものが、リアルタイムなのかどうかはわかりません。でも、わずかに動いてましたからたぶん、生きておられるのではないかと」
アッシャー様は立ち上がった。
「そうか! 感謝する! このことは内密に願えるだろうか」
私は座ったまま、アッシャー様を見上げて頷いた。
「もちろんです。私は見えたものを依頼者にお伝えするだけです。他言することはありません。そういう契約を、大教会と取り交わしています」
「ありがとう! 礼はまた改めて」
アッシャー様はそう言って、こっちの返事も聞かずに走り去ってしまった。
いえ、礼も何も、お代は前払いで頂戴してますからね?
あと、もう1つ見えたものに関して、まだ言ってなかったんですけれど。
まぁ状況が状況だし、無理もない。
アッシャー様は、街のはずれにある港の8番倉庫へ救出に向かったのだろう。
探していた人が、ご存命だといいなと思う。
今までいくつもの依頼をこなしてきたけれど、失せ物が人だったのは初めてだ。
何なら生き物も初めてだ。
落とし物ではないけれど、失せものと言えば、失せ者か。
私の祝福は、なかなか範囲が広いようだ。
私が見えた映像は2つ。
1つ目は倉庫。アッシャー様に伝えた内容だ。
アッシャー様と歳がそう変わらないと思われる男の人が、後ろ手に縛られて、口にテープをされて、太くて長いロープがぐるぐる巻かれて置いてある、そのとぐろの中に、外から見えないように転がされていた。ぐったりした様子ではあったけれど、わずかに動いていた。
人が映っていたことに、まず驚いた。
もう1つ見えた映像、それは私だった。
祝福を行使して、自分自身が映ったことは今までに1度もない。
何かのエラーだろうか。
アッシャー様は私を見て驚いていたから、それが何かに作用したのだろうか。
間違いなく初対面である以上、私がアッシャー様の『失せもの』であることは、あり得ない。
私自身が映っていたことにも、驚いた。
***
− Side サイラス –
俺はサイラス・アッシャー。21歳。
アッシャー伯爵家の嫡男だ。
父がまだ若く壮健なこともあり、爵位を継ぐのはまだまだ先。今は王宮で文官をしている。
複数持ちだということで、いまだに何かと貴族たちの間で話題にされているようだが、生まれも、顔も、祝福も、すべては生まれつきのもので、俺の努力によるものではない。
シークレットギフト持ち、と言われても、俺の祝福はそんな素晴らしいものではない。
5歳の時、ほとんどの人がそうであるように、俺も大教会で祝福の判定を受けた。
結果は、Love Cupid。
俺は小さい時から人が放つオーラ? とでもいうのだろうか、その色が見えていた。
判定を受けるまでは、全人類が当たり前のように見えているのだと思っていた。
同じ系統の色を持つ2人は、だいたい相性がいい。それが似た色であればあるほど、相性がいい。
つまり、人の相性判断ができる祝福だ。
貴族の婚姻は、最近は恋愛結婚に対して寛容な動きもあるが、まだまだ基本、家と家の契約、という場合の方が多い。
そこに相性の良さは考慮されない。
もし俺が持つ祝福が世に知れ渡ってしまったら。
生まれが伯爵家というのが幸いして、庶民が占い感覚で聞きに来るというような心配はないが、これから政略結婚をする予定の2人が来てしまう可能性はある、と大教会は考えた。
貴族に生まれた以上、恋愛結婚は難しい。
わかってはいるが、相性の良し悪しが事前にわかるなら、知っておきたいと思ってしまうのが人の性。
あまりにも相性が悪ければ、婚約の段階で他の縁組を組み直すことも、考えられなくはない。
ただこれが常態化すると、婚姻は家と家の契約、が当たり前の貴族社会において、歪みが生じてしまう。
俺は個人的にはそうは思わないが、貴族が優位に立つ社会を成立させるためには、政略結婚は必要なのだという。
要するに、大教会は寄付の大口をなくしたくないだけなのだと今ならわかるが、当時5歳の俺にそんな大人の事情が理解できるわけもない。
こうして、希少ではあるが有用ではない、いまだ1度も大教会から使ってくれと要請が来たこともない持ち腐れ祝福は、シークレットギフトに認定された。
文官の仕事は性に合っていると思う。
王宮だから、人との付き合いが皆無というわけにはもちろんいかないが、書類と向き合う時間の方が長いのは、心の平安が保てるのでありがたい。
俺の祝福は常時発動している。
ただ人の周りに色味が見えるだけなのだが、単体でくる分にはいいが、団体や夫婦を見かけて相性が良くないのを目にしてしまうと、何だかいたたまれないような気持ちにさせられる。
仲良さそうにしていても、どうせ外面だけだろう、とつい穿った見方をしてしまう。
勝手に人の内情をのぞいているようで、人といるだけで疲れてしまうのだ。
「アッシャー、ちょっといいか」
朝来て、仕事を始めてすぐ、上司のオルコット室長に声をかけられた。
「はい」
手を止めた俺は、促されるまま室長室に入った。
「今日、ティペットが無断欠勤しているんだが」
デスクの自席に座ったオルコット室長は、そう切り出した。
「珍しいですね」
ウェイン・ティペットは、俺と同じ部署の同僚だ。
子爵家の次男で、伯爵家の婿に入った。
普段は真面目でいい人なのだが、とにかく酒グセが悪い。
職場の飲みでは、参加してもいいが1杯まで、と命じられているほどだ。
「今日財務に提出する予定だった書類がティペット担当で、無断欠勤だから所在がわからないんだ。まぁないとは思うが、アッシャーは知っているかと思ってな」
「いえ」
知っている方が問題だろう。
扱う書類については基本部外秘で、部内でも担当でなければ情報は共有しないのが部署内の鉄則だ。
「だよなぁ。じゃあすまないがアッシャー、ティペット邸に確認に行ってきてもらえないか」
「えっ」
何が「じゃあ」だ。
書類が必要なのはわかるが、何で俺が。
「すまん。すまんが頼む。お前、ティペットの奥方を知っているか?」
オルコット室長は神に祈る時のように指を組んで俺を拝んだ。
やめてほしい。上司にそんな真似はされたくない。
「知りません。この前夫妻で室長にご挨拶に来られていた時に、姿だけなら拝見しましたが、面と向かって会ったことも、話したこともありません」
最近、女伯爵である奥方が、王宮に用があるとかで来ていたので、夫婦連れ立ってオルコット室長の所に挨拶に来ていたのは知っている。
その時見た2人の放つ色味は、いっそ気持ちがいいくらいの反対色だった。
「奥方、いやティペット伯爵は、何というか、苦手なんだ」
まあ確かに、奥方とオルコット室長の色味も全然違っていたから、相性は間違いなくよくないだろう。
「知りませんよ。何も室長に行けとは言いませんが、俺である必要ありますか」
俺だって忙しいのだ。週末なのにこうして出勤して仕事をしないといけないほどだ。正直、今こうやって取られている時間も惜しい。
繁忙期である今、無断欠勤する奴の面倒なんて見ていられない。
俺の後輩もいるのに、何で彼に行かせない。
オルコット室長は上目遣いに俺を見た。
かわいくも何ともない。ほんとにやめてほしい。
「ティペット邸に行くなら、ティペット伯爵との接触は避けられん」
そりゃそうだろう。彼女が邸の主人だ。
「そもそも無断欠勤だから、先触れして訪問するのもおかしいし、突然の訪問ということになる」
「何でこっちがそこまで気を遣わないといけないんですか。書類、必要なんでしょう」
「怖いんだよあそこの奥方。挨拶には来たが、やたら伯爵の権威を強調するしさ。高圧的というか。俺でも怖いのにロビンソンはやれない。お前なら伯爵家だし、その顔だし」
「俺は嫡男であってまだ爵位は継いでませんよ。室長はちゃんと子爵じゃないですか。あと顔は関係ありません」
ちなみにロビンソンは男爵家の三男だ。確かにティペット伯爵がそういう方なら相手にはされないだろう。
「頼む。今日提出期限なんだ。今日提出しないと、大型案件の経費が精算されなくなる。無断欠勤は最悪スルーしていい。書類の所在だけでいいから確認してきてくれ」
「・・・」
これはお願いという名の命令だった。
ティペット邸をアポなしで訪れた俺は、名を名乗ると意外にもすんなりと通された。
シークレットギフト持ちとしての知名度が功を奏したらしい。もしかしたら、初めて自分の祝福が役に立った瞬間かもしれない。
「お約束もなしに突然の訪問、申し訳ありません」
こっちが謝る筋合いがあるのかどうかは微妙だったが、アポなし訪問が非礼であることは確かだ。
ティペット女伯爵が部屋に入って来た時、俺はソファから立ち上がって礼をとった。
「まあ、あなたがあの」
ティペット伯爵は、立っている俺を上から下まで見回した。
あの、ってどのだ。あまりいい気分ではない。
「どうぞ、お座りになって」
ティペット伯爵が向かいのソファに座ったのを確認して、俺も再び座った。
「グロリア・ティペットです。先に申し上げておきますが、夫ならおりませんわ」
ティペット伯爵は、「私お茶に砂糖は入れない派なの」くらいの軽さでそう言った。
俺は帰りを急いでいた。
行きは馬車で来たが、帰りは呼んでもらうわけにもいかないので歩きだ。いや、小走りだ。
ティペット邸から王宮までの距離自体はそう遠くないから全然歩きでいいのだが、小走りになってしまうのは、ティペット伯爵から聞いた話のせいだ。
昨晩から、ウェインは帰って来ていないのだと言う。
「正直、どこかで夜を明かして直接王宮に出勤したものと思っていたのです。だからあえて欠勤などのご報告も致しませんでした。ですがアッシャー様がいらっしゃったということは、ウェインは王宮には行っていないのですね」
淡々と、ティペット伯爵は夫を心配する様子でもなくそう言った。
最初は何らかの事情で嘘をついているのだと思った。だが、言い渋るティペット伯爵をなだめつつ聞いてみると、本当にウェインはいないようだった。
昨晩、喧嘩をしたのだと言う。
些細な口論は日頃からもあったが、昨晩はいつもは折れてくるウェインが折れず、喧嘩の後、普段家では飲まない酒を浴びるように飲んで、酔いを覚ましてくると言って散歩に出たまま、帰って来ていないのだ、と。
酒グセが悪いとわかっているウェインが、家では酒を飲まないようにしていたのは、妻に気を遣ってのことだろうか。
でも、昨日は飲んでしまった。
子供ではないのだし、捜索願いを出して大事にはしたくないとのことで、ティペット伯爵はもう少し様子を見ると言った。
その判断が夫のためなのか、伯爵家のためなのかはわからない。
でも俺の目的は、ウェインだけが知っている、財務に今日提出する予定の書類の所在だ。
ティペット伯爵が探す気がない以上、ウェインはこちらで探すしかない。
急ぎ足で通り過ぎようとする道の先、それほど長くはないが、行列ができていた。
その行列は、教会の入り口に続いている。
今日は週末だ。
こんなに神父に懺悔やら告白をしたい人がいるんだろうか。世の中悩める人は多いらしい。
思いつつ、そこを横切ろうとしていたら。
「ハンクスさん?」
行列の中に知っている顔を見かけて、つい声をかけてしまった。
ハンクスさんも、俺に気付いて人のいい笑顔で手をあげて反応してくれた。
「アッシャー、お前も失せ物探しか?」
「失せ物探し?」
俺は立ち止まった。
「何だ、違うのか。週末にここに来る用事と言えば失せ物探しだろう?」
どうやらここに並んでいるのは、神父に懺悔したい人たちではないらしい。
「俺は奥さんにもらった腕輪をどこにやったか忘れてしまってな。今度出かける時に着けてほしいと言われて、慌ててここに来たってわけさ」
ハンクスさんは、俺と同じ部署ではないが、王宮で働く、愛妻家で有名な人だ。
「教会で見つけてくれるんですか?」
そんな話は聞いたことがないが。
ハンクスさんは笑いながらピースサインを俺に向ける。
「実は俺2回目なんだ。初めての時は人に聞いて、半信半疑だったが、あの子の祝福は確かだよ」
ハンクスさんに、週末だけやっているという『失せ物探し』の話を聞いて、俺も並ぶことにした。
失せ物ではなく失せ人だが、もしかしたら見つけてもらえるかもしれない。
並びはするが、回転は早く、そんなに待つこともないらしい。
王宮に急ぎ帰ってオルコット室長と相談しようと思っていたが、このくらいの寄り道なら許されるだろう。
どうせ元々探すあてはないのだ。
これで何かヒントになれば。
そんな軽い気持ちだったが、ここで俺は運命と出会う。
「「えっ」」
俺は彼女を見て思わず声をあげたが、何で彼女が俺に重なるように驚いていたのかはわからない。
彼女は、俺とまったく同じ色を放っていた。
仲のいいハンクス夫妻でも、とても似た色をまとってはいるが、わずかに色合いは違う。
でも、彼女は俺とまったく同じ色に見えた。
世界に同じ色を持った人がいたことにも驚愕だが、その人に出会えたことにも驚愕だ。
「ひ、額に、指を」
彼女に、自分の祝福を行使するためには指を依頼者の額に付ける必要がある、と言われて俺は狼狽えた。
自分とまったく違う色合いの人間に、服越しでも触れられるとそれだけでぞくりと寒気がしてしまうのだが、ここまで同じ色の彼女に、しかも直接肌を触れられるとなったら、逆にどうなってしまうのか。
「難しいですか?」
彼女の気遣う声に、俺は少し正気を取り戻した。
彼女は、あくまでも俺の依頼に答えてくれようとしているだけだ。
俺は改めて祝福の行使を依頼した。
彼女が俺の額に触れたのは、本当にほんの一瞬だった。
だが、その一瞬でもふわりと温かい何かが額から入り込んできた気がして、彼女の手がすぐに離れてしまったことが、とても残念に感じられた。
彼女の祝福は、俺の持ち腐れシークレットギフトよりもよほど優秀だった。
彼女の言う通り、港の8番倉庫に行くと、あっという間にウェインは見つかった。
なぜか口にテープをされて、後ろ手に縛られて転がされていたが、昨晩べろべろに酔っていたせいで、本人に記憶はまったくなかった。
8番倉庫の持ち主は、ウェインが調べていた案件の依頼者だった。
これはこれで、別件として調べなくてはならなくなったが、俺はそんなことにかまけている余裕はなかった。
彼女の名前がわからない。
教会に毎週末来ている彼女は、あくまでも善意の奉仕で来ているため、依頼者には名前も身分も明かさないのだという。
教会のガードは固く、彼女に関して呼び名が『ジェミー』ということしかわからない。
愛称としてはよくある名前で、それが本名かどうかすら定かではない。
俺は特命を受けて調査する、特務課の文官だ。
彼女のことは、特務課に知られてはならない。
彼女は行方不明の人物を、いとも簡単に見つけてしまった。
特務課だけではない。悪用しようと思えばいくらでも悪用できる。一般的にも、人も探せるのだと知られない方がいい。いや精度がここまで高いと、物探しですら悪用される可能性はある。
どうして大教会は、彼女の祝福をシークレットギフトに認定しなかったのだろう。
俺の持ち腐れ祝福なんかよりも、よほど希少で有用だ。
でも、もしシークレットギフトに認定されていたら、俺は彼女と出会えなかったかもしれない。
それは困る。やっぱり、シークレットギフトに認定されなくてよかった。
俺はウェインをどうやって見つけたのかを、オルコット室長に苦しい言い訳で誤魔化した。
彼女のことを、誰にも知られたくなかった。
このままだと危険だ。
できれば彼女には、教会のご奉仕を辞めてもらいたい。
それとは別に、彼女のことがもっと知りたい。
知りたいし、近づきたい。
だが俺は彼女にとって、ただの依頼者の1人に過ぎない。
何せ俺は、彼女の名前すら知らない。
***
− Side ジェミエンヌ –
アッシャー様が、また依頼に来られた。
複数回来られる人はわりといるけれど、翌週にまた来た人は初めてだ。
初回が人探しだったから、あの人が無事だったのかが気になる。個人的事情の深掘りはご法度なので、どうなりましたか、とは決してこちらからは聞けないけれど。
また人探しかな。行方不明の人ってそんなにいるもの?
アッシャー様、どういうお仕事をされてるんだろう。
2回目とあって、アッシャー様は今度は私が何も言わずとも、私の向かいの木の椅子に腰かけた。
「始めてよろしいですか?」
前回若干挙動が不審だったから、いきなり始めるのを避けて、一応一呼吸置いた。
アッシャー様がうなずいたので、私は他の人にやるように2本の指を額に付けた。
「!」
私はまた指をひっこめてしまった。
見えた映像は、私だった。また、私。
しかも今回は、ちょうど今アッシャー様が見ている視界の私が、そのまま映っているような感じ。
他には、薄く、もやっと男の人と女の人が見えたけれど、知らない人だし、それが何を示すのかはまったくわからなかった。
たぶんこっちは、『なんとなく気にかかってはいるけど今本題はこれじゃない』、のやつだ。依頼者の探す意志が弱いと、その分映像もあやふやにしか見えない。
「見えたものを、教えてほしい」
アッシャー様はまっすぐに私を見つめた。
言いづらいことこの上ないけれど、これが私の務めだ。私は細く息を吸って、吐いた。
「あの、私、が、見えました。本来お聞きするべきではないですが、あなた様はいったい何をお探しで」
「やっぱり君の祝福は、俺のクソ祝福よりもずっと優秀だ」
アッシャー様は、うっかり目を細めてしまいそうなくらいまぶしい笑みを私に向けた。
その笑顔で今、ご自分の祝福をクソって言いませんでした? シークレットギフトですよ?
しかも、私の問いに答えていない。
「あの」
「まずは君の名前を教えてほしいんだ」
「はい?」
熱を帯びた視線を向けられて、私は怯んだ。
「俺はサイラス・アッシャーだ」
いやそれ前回もうっかり聞いちゃいましたよね。あと名乗られなくてもあなた有名人です。
で、個人情報は言っちゃだめなんですってば。それも前回言ったでしょう。
そしてそれは、私のことも同じ。
「依頼者様の個人情報はおうかがいしないことになっています。また、依頼者様に私の情報をお伝えすることも控えさせていただいております」
アッシャー様はずい、と前に身を乗り出した。近い。
私は少し体を引いた。この方はご自分の容姿の持つ威力に自覚がない。
「じゃあ依頼者でなくなればいいんだな。あなたのお務めが終わったら、時間を作ってもらえないだろうか。俺が探しているのは、『俺の妻になってくれる人』だ。終わるまで、待っている」
私は思考停止して固まった。
私の祝福、そんな使い方できるの? 本人も知らないのに?
3回転宙返り2回半ひねり、くらいのひねり方じゃない?
『俺の妻になってくれる人』?
失せ物、いや失せ人・・・か?
いや私は失せてないし。
いやいやいやちょっと待って。確かに見えた映像は私だった。
私、だった。
「時間を取らせたら待っている人たちに申し訳ない。俺はこれで。じゃあ、また後で」
フリーズしたままの私を置いて、アッシャー様は行ってしまった。
***
− Side サイラス –
すまなかった、『Love Cupid』。
クソなんてもう二度と言わない。お前は確かに有用だ。
俺に幸せをもたらしてくれた。
彼女の名前はジェミエンヌ・プレイン。
子爵家のご令嬢だった。
あの後、奉仕が終わったらしい頃に再び彼女を訪ねると、若干目が泳いではいたものの、ちゃんと話をしてくれた。
シークレットギフトが絡むから詳しい事情は話せなかったが、俺が王宮の特務課の文官であることと、その関係で最初の依頼に至ったこと、その時にジェミエンヌを一目見て運命だと思った、と説明した。
そうなの、納得! とはさすがにいかなかったが、彼女は「お話はわかりました」と言ってくれた。
婚姻を見据えてプレイン家を調べた。突出するところはないが誠実で堅実。家格も派閥も問題ない。
アッシャー家はもともと経済的、政治的にも安定しているし、おまけのように俺にはシークレットギフトの支給金も毎年ついてくる。
つまり、政略結婚じゃなくていい。
そこからぐいぐい仕掛けて、デートを重ねた。
なぜか自分が地味でつまらないと思い込んでいるらしい彼女は、最初は遠慮がちだったが、少しずつ素を見せてくれるようになった。
わかってはいたが、とにかく相性がいい。一緒にいるだけで楽しいし、会話をしていなくても気まずい空気にはならない。価値観が似ているし、違っていても、それはそれで違いを楽しめる。
ずっと共にいたい。そう強く思うようになった。
彼女もそう思ってくれていたらいい。願いつつ、ものの1月後にはプロポーズ。
ありがたくも、了承を得ることができた。
ジェミーには週末のご奉仕はやめてもらった。
神父から「失せもの探しがなくなって、クレームが殺到している」と俺にクレームが入ったが、その無責任なクレームが、ジェミーを守ってくれるわけでもない。
俺も、仕事でもプライベートでも、ジェミーに祝福の行使を願わないことを約束した。
ジェミーは、自分の祝福の威力に対する自覚がない。
俺に心配をかけることは本意ではない、と俺の願いを聞いてくれてはいるが、それは危機感を持ってのことではない。
ただ、ジェミーに日々を脅えて暮らしてほしいわけじゃない。
ジェミーには、いつも笑っていてほしい。
気をつけてほしい気持ちもあるが、悩ましいところだ。
このやきもきするようなもどかしい思いを、君は知らない。
***
− Side ジェミエンヌ –
婚約者のサイラスが風邪をひいたと聞いて、お見舞いにやってきた。
婚約者。
最初は信じられなかったけれど、全然違う2人なのに、一緒にいると不思議と居心地がよくて。
今ではサイラスと出会う前のことが思い出せないほどだ。
「大丈夫?」
部屋に通されて、サイラスのベッドに歩み寄ろうとした私に、
「駄目だ。移るよ」
吐息すらかからせないようにするためか、腕を口に押し付けて言うから、サイラスの声がくぐもっている。
「心配で、顔だけでも見たくて。でも気を遣わせたら申し訳ないから、すぐにお暇します。これ、熱の時にいいんですって。お屋敷の方に渡しておくから」
腕にかけた果物の入った籠を少しだけ持ち上げて私が言うと、熱のせいか少し潤んだサイラスの目が和らいだ。
「早くよくなってね」
顔を近づけて言うと、ふわりとサイラスの熱が肌に伝わる。キスしたくなったけれど、口は腕を押し付けたままだし、それこそ風邪が移ると怒られてしまうだろう。
私はおまじないのように、空いていた額に口付けた。
サイラスの目が細まって、うとうとするのを見届けて、私は部屋を出た。
久しぶりに映像を見た。
最近サイラスに止められて祝福を使っていなかったから忘れかけていたけれど、相手の額に私が触れれば、祝福は行使される。
映像は、男の人と女の人。
以前サイラスが教会に来た時に見た、もやっとしか見えなかったあの2人だ。
仕事での探しものだろうか。サイラスに伝えた方がいいだろうか。
思ったけれど、やめた。
サイラスは今は体調不良だし、何よりサイラス自身が私の祝福は仕事にも利用しないと宣言している。それを私が崩すのもどうなのか、と考えたからだ。
***
− Side サイラス –
今日は、体調が回復してから初めてのデートだ。
いつもは彼女の家まで迎えに行くが、今日は俺は仕事で、彼女も用事があり外出しているらしい。
珍しく現地集合の待ち合わせになった。それもまた目新しくていい。
終業後すぐに王宮を出て、待ち合わせ時間より少し早く到着してしまったが、今日は久々だから、いつもより少しいい店を選んでいる。予約席は店の奥にあるが、彼女が来るまでカウンターで時間をつぶしてもいい。
そう思ってカウンターの方へ足を向けた時、店のスタッフルームがある方向だろう、少し薄暗がりになっている所に、なじみの色が見えた。ジェミーだ。
もう来ていたのか? それにしては先に待っていた、という風でもない。スタッフルームの方をうかがい見るように、暗がりにまぎれこんで隠れている。
彼女のまとうあの色がなければ、俺も見過ごしていただろう。
何をしている?
俺はジェミーに近づいた。少し開いたスタッフルームの扉の向こう、男と女がいるのが見えた。
あれは。
「!」
俺に気付いたジェミーが、無言で俺をカウンターのところまで引っ張っていった。
「ジェミー、何であんな所に」
言いさした俺の言葉を遮って、ジェミーが背伸びをして俺の耳元で、小さな声でささやいた。
「あの2人」
「何が」
ジェミーの顔が少し赤くなる。
「お見舞いの時、その、額に・・・。あの時に見たの」
ああ、あれ。額から流れ込んできたあたたかい波動があまりに心地よくて、薬を飲まされたかのように寝入ってしまったあれだ。
いや待て。あの時に見た?
「でもあの時、指は」
「指じゃなくていいの。私も使ってなかったから忘れていたけれど、額に触れるのは、体のどこでもいいの」
つまり、あの時祝福が発動したのか。
あの時も今も、俺が追っているのは、探しているのは。
「間違いないのか?」
「間違いない。でも、店内にいた時も離れていて、そんなに親し気でもなくて、別々にスタッフルームの方に歩いていくのが見えたから、ちょうど追いかけたところだったの。あ」
ジェミーが言葉を切った。その視線を、あまり頭を動かさないようにして追うと、スタッフルームから男だけ出ていくのが見えた。そのまま店の外に出て行って、すぐに姿は見えなくなってしまった。
どうしたものかな、これは。
おかしな状況ができあがってしまった。
・・・まあいい。今すぐどうこうできるものでもない。
「追いかけなくても大丈夫?」
俺は見上げてくるジェミーの額に口付けた。ふわりとあたたかい波動に、酔いそうになる。
「ジェミー、このことは忘れて? 大丈夫。とても役に立ったし問題もたぶん解決するが、やっぱりこれは危険だよ。次からはうっかり何か見てしまっても、絶対に一人では動かないで。お願いだ」
周りから不自然に見られないように、あとスタッフルームにまだいるであろう女に姿を見られないように、俺はジェミーの肩を抱いて予約席の方に歩き出した。
「わかった。約束する。でも役に立てたのなら、よかった」
ほわりと笑むジェミーに、いやわかってないな、と内心ため息をついた。
触れた肩から、服越しでも伝わるあたたかい波動。俺と同じ色をまとう彼女の横顔を見る。
わかってない。君は俺にとっての奇跡なんだよ。
頼むから、危険を冒して役に立とうなんて思わないでくれ。
ジェミーが見た男女は、俺が探していた、酔っぱらったウェインを拘束して8番倉庫に放置した犯人だ。
俺はオルコット室長の依頼で、ひそかにウェインが担当していた案件も含めて洗い直していた。
ウェインは実働部隊と組んで、8番倉庫の持ち主が依頼した、禁制品の密輸について調べていた。8番倉庫が禁制品の仮置きに無断使用されたせいで、持ち主に容疑がかかったからだ。
ウェインは、これ以上関わるな、という脅しに使われた。だから、もう禁制品の仮置き場にされてはいなかった8番倉庫に、これみよがしに放置された。
なぜ殺されなかったのか。
ウェインには悪いが、俺には不思議だった。
でもそれは俺の勘違いだった。
脅されたのは特務課じゃない。ウェイン自身だ。
スタッフルームにいた男女。男は密輸案件でマークされていた男の一人で、女は変装していたが、ティペット伯爵だった。
ジェミーは親し気には見えなかったと言っていたが、そう見せていただけだ。2人の色はよく似ていた。つるんでいることは間違いない。
ウェインはあの晩、自分が調べている密輸案件に妻が関係しているのではないかと問い詰めたのではないか。そして逆に男に拘束され、酒を飲まされ、8番倉庫に放置された。
ウェインは奴らにとっての隠れ蓑だ。死なせるわけにはいかなかった。
ティペット伯爵を告発すれば、ウェイン自身もただでは済まない。
それが嫌なら口をつぐんでいろ、疑いがあればもみ消せ、お前の命はつかんでいる。と、恐怖でもって、妻は夫を脅した。
すぐさま俺が救出してしまったことは、きっと想定外だっただろう。
だがウェインは救出時、「酔っていて何も覚えていない」と言い、今も妻を告発してはいない。
脅しは効いている。
どうしたものかな。
推理小説で、先に犯人がわかるページを先読みしてしまったようなものだ。
立証できるものを見つける作業からだな。
あとウェイン、どうするかな。
ジェミーに願えば、俺の探し物はすぐにでも見つかるだろう。
でも絶対に使わない。
君より優先されるものなんて、この世に存在しない。
何ならこの案件が迷宮入りしても、俺はかまわないんだ。
***
− Side ジェミエンヌ –
「ここ、おいしいお店ね」
少し口数の少なくなったサイラスに、私は話しかけた。美味しくて食べることに集中しているのならいいけれど、そんな風でもなかった。
さっきのことが気にかかっているのかな。
私に忘れてって言ったあれは、たぶん仕事絡みであることは間違いない。
「うん。でもまたおいしそうな店を見つけたんだ。次はそこに行ってみよう」
サイラスが、これもおいしいよ、と微笑んで、自分の皿にある肉をフォークに刺して、私の口元に近づけた。
ちょ、ちょっと。あなた自分が目立っていることの自覚はある?
がん見されてますよ? 私が。「何であれにアレ?」の視線が痛い。
マナー重視のお店ではないからこのくらいの戯れは許される範囲だけれど、さ、刺さる、視線。
「ほら」
まったくもって気にしないサイラスが、少しだけ首をかしげるようにして、私にさらにフォークを近づけた。
仕方がない。
ぱくりと食べると、それは本当に私の好みの味だった。
料理が口に入っていたから言葉は発しなかったが、私の表情が緩むのがわかったのだろう。サイラスはまるで自分がおいしいかのように嬉しそうに微笑んだ。
周りからため息ともつかない吐息がもれている。
きっと、彼のこの無自覚な言動は直らない。この歳までこれできた。直るはずがない。
直す必要もない。視線は痛いけれど、この笑顔が私は好きだから。
私の方が、いつかは慣れる日が来る、かもしれない、し。
このやきもきするようなもどかしい気持ちを、あなたはきっと知らない。
「サイラス」
私も、お返しに自分の皿から料理をとって、フォークをサイラスに近付けた。
お読みいただきありがとうございました!
前作「女神の祝福が少しななめ上だった結果」とギフトネタかぶりですが、関連性はまったくありません。
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『女神の祝福が少しななめ上だった結果』