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6-1




「またですか!?」


 エントランスで出迎えてくれたアランが叫んだ。その隣にいたモニカも「まあまあ!」と目を丸くする。


「まただ。ちなみにここにいる」


 ロナルドがクラリスの肩を指さす。するとシエルが翼を広げた。シエルにしがみつくシャドウゲッコーにアランとモニカが顔を見合わせた。


「小さな子」


「まだ赤ん坊ですか?」


「それはまだ分からないのです! 実のところシャドウゲッコーというこの魔物の本当の大きさについては、発見から二十年、未だに専門家たちの間で議論されていまし、むがっ」


「失礼いたしました」


 ノリノリで喋り出したジェフリーの口をトラストが塞いだ。彼の手の下でジェフリーはむがむがと何かを言っている。


「あ、あの……先日は突然の来訪、大変、失礼いたしました」


 おもむろにシンディが前に出て頭を下げた。その後ろでアリスとレイラも主に倣って頭を下げる。

 アランとモニカが驚いて、再び顔を見合わせた。だが、すぐに表情を緩めると「どうぞ顔をあげてください」とアランが声をかける。


「何か事情がおありだったのでしょう?」


「ロナルド様が連れて来たということは、もう許されているということですもの。さあさあ、中へどうぞ。お茶を淹れましょうね。今日はフィナンシェを焼いたんですよぉ。クラリス、手伝ってちょうだいな」


「はい」


 呆気にとられるシンディの横を通り抜け、クラリスはモニカについて行く。背後ではアランが「応接室へどうぞ」と一行を案内する声が聞こえた。

 キッチンの入り口でクラリスはシエルごとシャドウゲッコーをシュティーの頭に乗せた。お願いね、と声をかけるとシュティーは入り口の傍に座り、あくびをこぼした。どうやらここで待っているつもりらしい。


「お話しはできた?」


 キッチンへ入るとモニカが振り返った。


「……はい。全部では、ないですが。……私の知らないことが、知ろうともしなかったことがたくさん、ありました」


「そう……」


 モニカの手が体の前で知らずのうちに握りしめていたクラリスの手に触れた。


「でも、大丈夫。今日、知れたのでしょう?」


 薄茶色の優しい眼差しがクラリスを覗き込んでくる。その目に映る自分は、きっと情けない顔をしている。


「大丈夫よ。大丈夫」


 モニカは同じ言葉を繰り返して、クラリスの頬を撫でてくれる。


「知ったあと、どうするかのほうがずっと大事なの。知らないままでいることは、時に残酷だけれど……でも、知ることができたのなら、これからまた違った未来や関係を築いていくことができるわ」


「できる、でしょうか?」


「できるわ。だって貴女のお姉さん、とても良い子よ。貴族のご令嬢にこんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけど……私たち使用人にも謝れるなんて、とても良い子よ。……ロナルド様のお母様を思い出してごらんなさい」


 モニカが茶目っ気たっぷりにウィンクした。クラリスはロナルドに過去を蒸し返されて、殺気を込めて睨み返してきたという侯爵夫人を思い出して、小さく笑った。


「お嬢様は、とても聡明なレディなんです」


「ええ。そうでしょうとも、だってこんなに可愛いクラリスのお姉さまだもの。さあ、お茶の準備をしましょう?」


「はい。あの、姉は匂いの強すぎるものは苦手なので、今日はストレートティーでお願いします」


「ふふっ、分かったわ」


 くすくすと笑って、モニカが離れていく。クラリスもティーセットを取り出すために食器棚へと足を向けたのだった。




「それでは、改めて詳しく教えてくれ」


 ロナルドがティーカップを置いて、そう切り出した。

 アランとモニカ、アリスとレイラ、トラストは「わたくしどもは使用人ですので」と退出していった。なので応接間には、クラリスとロナルド、コーディ、シンディとジェフリーの五人とクラリスの足元に寝そべるシュティーとその頭の上でくつろぐシエル、そして、シエルに抱き着いたままのシャドウゲッコーだ。


「ええと何から話せばいいか……僕の父であるマクシムには双子の弟がいて合わせ鏡のようにそっくりなんです。叔父の名前はコンラッド。ローウェル伯爵家に婿入りしています。そして、今回、犯人だと思われるのが……バイロン・ローウェル。僕の従兄弟です」


「バイロン・ローウェル」


 コーディが呟きながら手帳にペンを走らせる。ロナルドは別の書類にペンを走らせ、調書を取っている。


「おいくつで、どんな方ですか?」


 コーディが問いかける。


「見た目はほぼ僕だと思って頂いて構いません。背格好もそう変わらないはずです。年も僕と同じで二十二歳です。ただ目の色が彼は灰色です」


「目は灰色……最後にお会いしたのは?」


「実は……バイロンは行方不明で、もう七年、会っていないんです。ですから正直、いまのあいつが僕そっくりなままなのかは分からないです」


「行方不明?」


 ロナルドが聞き返す。

 ジェフリーは困り顔で頷いた。


「バイロンは十五歳の夏季休暇、失踪してしまったんです。……『俺は魔獣とともに生きる』と、書置きを残して」


「……魔獣って共生できる生き物ではないとおっしゃられていませんでした?」


 シンディが隣に座るジェフリーの様子を伺いながら言った。

 ジェフリーは、うん、と頷いてティーカップを手に取ると、お茶で喉を潤し、再び口を開いた。


「よく似ている僕らは、好みも似ていて、僕もあいつも魔物が大好きだったんです。……閣下、以前、レストランで僕の領地で起きたフレアモスの発生について話したのを覚えていますか?」


「あ、ああ。君は領地の一部を焼かれたと……もしかして、甚大な被害を被ったという隣領の伯爵家は」


「そうです。ローウェル伯爵家です。あの時、僕とバイロンは、一緒に居ました。お互いの趣味が同じだったのもあり、よく遊んでいたんです。僕は、燃え上がる森の上空を舞うフレアモスを……とても美しく、ですが、同時に、とても恐ろしいと感じました。でも、バイロンは、こういったんです。……『とても恐ろしかった。でも、それ以上に美しかった』と」


 クラリスは思わず隣に座るロナルドの服の裾を掴んだ。

 ジェフリーも、バイロンも、同じ感情を抱いている。『恐れ』と『美しさ』だ。

 だが、なぜか二人の感想が全く別のもののように感じられて、背筋が少し寒くなる。


「僕が魔物や魔獣の研究をしているのは、根底には彼らへの興味関心や好意がありますが、魔獣へ変化するその現象を突き止めたいのは、魔獣被害を減らしたいと、あの光景を前にして思ったからです。僕は本当に魔物が好きなんです。彼らの生態は多種多様で自然とともにあるがままに生きている。でも魔物のままなら、自然とも我々とも共に生きて行けるのに魔獣になってしまったら討伐するしかなくなる。そして、お互いの命さえも奪われ、自然も破壊される。魔獣は他の生物は愚か、彼らを育んできた自然とさえ共生できなくなる。それを防ぎたいと僕は思ったんです。……でもバイロンはそうじゃなかった」


 ジェフリーが顔を伏せた。膝の上で握りしめられた拳がかすかに震えている。


「あいつは、魔獣に魅入られて……魔獣を自由自在に生み出したいと願うようになったんです」


「魔獣を、生み出す……?」


 ロナルドが信じられないと言った様子で呟く。


「最初はあいつも僕と同じ研究をしていると思ったんです。情報交換をすることも多くて、お互いの研究成果を話し合ったりしていました。でもあいつが失踪する三日前、僕の家に来て、そう言ったんです。……その時、見せられたのがあの魔石でした」


「これ、ですか?」


 コーディがどこからともなくシャドウゲッコーから取り出した魔石の入った小ビンをテーブルの上に置いた。


「はい。『ようやく、魔物を変化させるものを見つけた』と……僕は意味が分からなくて、でもあいつの説明を聞くうちに、同じものを見ていると思っていたのは勘違いだと知りました。僕も、あいつも」


「……つまり貴方の従兄弟は、ジェフリー様も、魔獣を生み出したいと考えていたと?」


 シンディの問いにジェフリーが自嘲気味に口端を吊り上げ、頷いた。


「僕が魔獣に変化する仕組みを解明したいのは、魔獣を生み出したいからじゃありません。魔獣になるのを止めたいからです。でも、あいつは、魔獣に変化する仕組みを解明し、魔獣を自在に生み出したかった。信じられないくらいのすれ違いがそこにあったんです」


「研究過程は同じでも、望む結果が違い過ぎるな」


 ロナルドが目を伏せる。


「僕とあいつは、口論になりました。それは決定的な決裂で……その三日後、あいつは失踪しました。両親も叔父夫婦も騎士団に依頼してまで探しましたが、見つかりませんでした。……でもまさか、この国で再会するなんて……」


「では、もしかすると最初の襲撃は、ジェフリーを狙っていた?」


 ロナルドの問いかけにジェフリーは神妙な顔で頷いた。


「かもしれません。僕はあいつの行方を知りませんが、僕の動向は簡単に知れたでしょうから。僕は、暴走するシュティーたちを見て、すぐにあいつの仕業だと気づきました。あいつがあの日、僕に見せてくれた研究成果に――人工魔獣の特徴として目が暗く光る、本来の魔獣化よりなかなか巨大化しない、とあったのを覚えています。……それで何か分かるかもしれないと近づいたら、こめかみに怪我をしてしまったんですが」


「あの時、広場の噴水の上に人がいたんです。その人は、透過魔法を使っていましたが、バイロンは魔法にも長けているんですか?」


「あいつだったら使えると思います。僕は魔法は基本的なものしか使えないんですが、あいつは昔から器用で大抵のことはこなせましたから」


「……正直、申し上げますと、今のジェフリー殿の話を全て信じるわけにはいきません。貴方が犯人ではない証拠も、そのバイロンという人が犯人ではない証拠も何一つありませんから。ですが、僕らの嗅覚をもってして、これが近親者のにおいであると言う判断はついているんです。においの近さが独特で判断しかねていたのですが、父親が双子ということであれば納得できます」


 納得という言葉を使いつつもコーディの眉間には深くしわが刻まれている。


「こういう場合は、どうすればいいんだろうな……」


 ロナルドが困ったように眉を下げた。


「俺たち第二師団は、対魔獣組織だから……捜査とかしたことがないんだ」


 そのボヤキにクラリスは、確かに、と思った。

 彼らの主な任務は、各地に出没する魔獣の討伐だ。それ以外なら被災地での復興支援と魔獣に関する研究だろう。

 町を守っている第一師団の騎士たちがする窃盗や殺人などで犯人を特定するような仕事はしたことがないのかもしれない。


「……師団長、捜査は僕が請け負います」


 コーディが突然、宣言した。


「だが、事務官の仕事は? お前がいないと困ってしまう……」


 ロナルドの言葉にコーディの素直な尻尾が彼の背後でぶんぶんと揺れた。それを誤魔化すようにコーディは咳ばらいを一つして口を開く。


「事務官を増やすよう、事務局にはお願いしてあります。もともと師団長がお元気になられてから書類が増えましたから、最近は調子も良いので先日、申請をしたんです。僕はもともと近衛にいて、多少ですが捜査はしました。王宮内でも事件はあれこれありましたので。それにうちの団内で元第一師団所属で捜査というものをしたことがあるものを数名、第一師団で信頼のおける方を数名、お借りして事件の解明を進めます。よろしいですか?」


「それは構わないが……」


「ジェフリー殿は、現在、クラリス嬢のご実家であるアシュリー伯爵家に関係のある人間です。確かに今はクラリス嬢の素性は伏せられていますし、将来的に養子に入って別の家から嫁ぐという形になる可能性もないわけではないですが……僕は師団長とクラリス嬢の関係を誰より応援しておりますので、そこに不要な問題を持ち込みたくないのです。事情を全て知る僕であれば、より良い立ち回りが出来るはずです。王宮内にコネもありますし」


「コーディ……!」


 ロナルドが感嘆の声を漏らし、彼を呼んだ。コーディは「師団長のためですから」と決め顔で騎士の礼を取った。

 クラリスもコーディのロナルドを想う気持ち、そして、クラリスを慮ってくれるその優しさに胸がいっぱいになる。


「というわけで、ジェフリー殿」


 ロナルドとクラリスの熱い眼差しに照れたようにコーディが目をそらし、ジェフリーに顔を向けた。


「貴方には研究者として、協力を仰ぎたく思います」


「もちろんです! 身内のしでかしたことですし、第二師団に協力できるなんてまたとない機会ですので! もうなんでも、本当になんでもお手伝いいたします! 討伐にだって全然、呼んでくださっても!」


 ジェフリーが前のめりになった。


「ジェフリー様、研究者としての素直なお心が駄々洩れですわ」


 シンディの言葉にジェフリーがはっと我に返り、おずおずと座り直した。


「あの、本当に捜査協力に異論はなくてですね……!」


 あたふたし始めたジェフリーに思わず皆が噴き出した。シンディも口元に手を添えて笑いを隠しきれていない。

 柔らかに細められた眼差しに、そんな顔もするのだと衝撃を受ける。

 思えば、シンディが笑っているところなんて、あまり見たことがなかった。講師や侍女たちに対して、微笑むことはあったが、こんなふうに柔らかに笑う人だと知らなかった。

 だが、ふいに目が合った瞬間、その笑みは消えてしまった。クラリスがもっともよく知る、つんと澄ました表情へと戻ってしまう。


「ゴホン、まあ、本音と建て前はともかく、ジェフリー殿、貴方は協力とともに監視されているということになりますが、本当にかまいませんか?」


「大丈夫です!」


 ジェフリーが力強く頷き、拳を握りしめた。

 気合とともに握りしめた拳に視線を落とし、ジェフリーが口を開いた。


「僕は……あいつを、バイロンを止めたいんです。いえ、一族の人間として、かつての友人として、魔物の研究者として、魔物を愛する者として、止めなければいけません。だから本当に協力でも監視でもなんでもいいんです」


「ジェフリー様……」


 シンディが気遣うようにジェフリーを見上げた。


「もちろん、その傍らで副産物的な扱いでも構わないので僕の研究もさせて頂きたいという下心もしっかりありますが」


 全く同じ表情と声音と姿勢のまま、ジェフリーは言い切った。


「いっそ清々しいな」


 ロナルドが感心した様子で呟き、クラリスとコーディも苦笑を浮かべながら頷いた。

 彼は魔物に対しての姿勢が全くブレない。だが、だからこそその言葉は信頼に足るのかもしれない。


「話がまとまったところで、僕は一度、戻りますね。現場の状態も確かめて、また来ます」


 そう言ってコーディが立ち上がった。


「分かった。だが……これはどうする?」


「あ」


 ロナルドがクラリスの肩の上のシエルを指さした。彼の小さな翼に頭を突っ込んで、シャドウゲッコーはまだしがみついている。


「どう、しましょうか……シエル、離れそうですか?」


「ちゅん……」


 翼を広げてシエルが声をかけるがシャドウゲッコーはびくともしない。

 ぎゅっと目をつむってシエルにしがみついている。


「……どうしたものだろうか」


「もう少し落ち着くまで待っていただけませんか? ジェフリー様の言う通り、臆病な性格のようですから……よほど怖かったのだと思います」


 クラリスは、そっと指先でシャドウゲッコーの頭を撫でた。


「まあ、師団長が居れば何があっても対処してくださいますし……しばらくは様子見で。でもなんでシエルに抱き着いているんでしょう?」


 コーディが首を傾げた。


「助けてくれたのが分かるのかもしれませんね」


 クラリスは、よしよしとその小さな頭を撫でて、そっと指を離す。


「なるほど。シュティーも助けてくれたクラリス嬢が大好きですしね」


「にゃ」


 足下に寝そべっていたシュティーが、当然、とでも言いたげに返事をした。


「では、今度こそ、失礼します」


 コーディは一礼すると足早に部屋を出て行った。


「……クラリス、すまないがお茶のおかわりを用意してもらってもいいだろうか?」


「はい」


 四人ともカップはほとんど空になっている。クラリスは立ち上がり、部屋の入り口に置かれていたワゴンに皆のカップを回収して乗せる。


「シエルはロナルド様と待っていてね」


 キッチンには連れて行けないので手を添えれば、シエルがシャドウゲッコーをくっつけたままトコトコと歩いて手のひらに乗ったので、そのままロナルドの手に渡す。


「では、行ってきますね」


 一礼して、クラリスは部屋を出る。玄関からはアランがコーディを見送る声が、談話室ではモニカがアリスたちと話している声がかすかに聞こえていた。


「……お嬢様と、もう一度、お話しができるかしら」


 シャドウゲッコーの襲撃でシンディとの話し合いは中途半端なところで終わってしまった。まだクラリスには、彼女に聞きたいことがある。


「どうやって切り出したらいいのかしら」


 キッチンに到着し、カップを流しに戻しながらクラリスは頭を悩ませるのだった。



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