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1-4

 


 外からは怒号と何かの破壊音や破裂音が聞こえて来る。


「ロナルド様……」


 クラリスは縋るように小さな声で彼の名を口にし、できる限り息を殺して身をひそめる。


「ピーーーー!!!!」


 シエルが鋭く鳴いた瞬間、ガッシャーンとガラスの割れる音がして、バタンバタンと本棚が倒れるけたたましい音がした。

 カウンターから思わず顔を出すと、ロナルドが出現した魔獣の中で一番大きな白い豹の魔獣とともに店に飛び込んできた。

 ロナルドが床に転がり、剣を真横に構えて白い魔獣の恐ろしい牙を押し返している。


「シエル、ロナルド様を助けて!」


「ピー!」


 シエルがクラリスの願いに応えて、翼を羽ばたかせた。強烈な風が巻き起こり、白い魔獣はそれを敏感に察知してロナルドの上から飛びのいた。シエルが巻き起こした風は本を巻きこみ、壊れた窓とドアとともに外へと吹き抜けていった。


「クラリス、いるんだな!?」


「は、はい」


「絶対にカウンターから出るな! シエル、クラリスに傷一つつけるなよ!」


 ロナルドがこちらに背を向けたまま叫ぶ。クラリスは、引きつった声で返事をする。シエルが翼を広げて、威嚇の声を上げている。

 クラリスは、どうしてもロナルドの無事が気になってシエルの翼とカウンターの間から様子をうかがう。

 白い豹の魔獣は獰猛な唸り声をあげ、こちらに背を向けて剣を構えるロナルドの隙を伺っている。ロナルドからは、かすかに彼自身の血の臭いがする。


「……なんだか、苦しそう」


 白い豹の魔獣は、とても苦しんでいるように見えた。暗く光る双眸は淀んでいて、よだれをぼたぼたと垂らし、呼吸が不規則だ。興奮しているというより、どうしてかクラリスにはその魔獣が何かに苦しんでいるように見えるのだ。

 ふとクラリスはコーディの言葉を思い出す。

 コーディは、あの噴水の上にいた怪しい人物と魔獣から同じ魔力の匂いがすると言っていた。何らかの方法で操られているのかもしれない、と。


「私の魔力は、無効化……」


 クラリスは怪我をした時、指折りの魔導治癒医士であるヴィムの魔力も無効化してしまい、治癒魔法があまり効かなかった。


「……もし、あの魔獣が魔法で操られているなら……」


 クラリスは立ち上がり、震える手を胸の前で握りしめて息を吸う。


「~~~~~~♪」


 こういう時はとにかく母音だけで歌える、春を喜ぶ花の女神の歌だ。

 ロナルドが自分の存在に注目を集めるようなクラリスの行為に一瞬、ぎょっとして振り返った。だが、クラリスは歌うのを止めなかった。


「……どういう、ことだ」


 ロナルドが戸惑いの声を上げた。

 白い魔獣の呼吸がだんだんと落ち着き、牙が少しずつ短く、いや、体全体が縮んでいく。

 クラリスは歌いながらカウンターを出て、ロナルドの隣に並んだ。

 すると白い魔獣がゆっくりとこちらに近づいてきて、ロナルドが咄嗟にクラリスの前に出ようとするのを制する。

 クラリスが手を差し伸べると仔馬ぐらいの大きさになった白い魔獣はクラリスの手に顔を擦り付け、そして、クラリスの手を首の後ろへ導いた。

 そこに猛烈な違和感があった。

 シエルが魔獣の背に降り立ち、鋭い嘴と風の魔法で首の後ろをわずかに切り裂く。白い魔獣は痛みに一瞬唸ったが耐えるように上半身を下げた。

 クラリスは目でロナルドにそこを見るようにお願いする。

 ロナルドがそこをのぞき込み、息を呑むとそこから何か小石のようなものを取り出した。

 すると白い魔獣は、安心したように頭を垂れて、伏せた。


「~~♪ ……もう大丈夫、かしら」


 クラリスは歌うのを止めて、そこに膝をついた。すると魔獣は甘えるようにクラリスの膝に頭を乗せて来るので、その一抱えはある大きな頭をクラリスは優しく撫でた。するとゴロゴロと地鳴りのような大きな音で魔獣が喉を鳴らした。


「まあ。大きな猫ちゃんね」


 ひんやりとした被毛は撫でるとすべすべしていて気持ちがいい。


「ピ、ピピ、ピーピー!」


 シエルが翼をばさばささせて抗議してくる。どうやらやきもちを妬いているようで、クラリスは「あらあら」と笑って、シエルも撫でた。


「……やっぱり君には敵わないなぁ」


 剣を腰の鞘に戻して、ロナルドが隣にしゃがみこんだ。白い魔獣はロナルドを一瞥しただけで、クラリスの膝から退く気はないようだ。


「シエル、こいつはクラリスに危害を加えるか?」


 シエルは首を横に振った。ロナルドは少し迷うようなそぶりを見せたが、ゆっくりと立ち上がった。


「外を片付けて来る。ここにいてくれ。シエル、頼んだぞ」


「ちゅん」


「クラリス、一応念のため、ずっと鼻歌でも口ずさんでいてくれ」


「はい」


 クラリスは頷いて、言われた通りに鼻歌を口ずさむ。ロナルドは「よし」と頷いて「始末書だな、こりゃ」とぼやきながら、店の外へと出て行き、外から魔法で本棚を移動させ、無くなったドアと窓代わりにしていった。

 それからクラリスは、ロナルドがヴィムとともに戻って来るまで、白い魔獣を撫でながら、鼻歌を口ずさみ続けたのだった。



 *・*・*



「ごめん、逃げられちゃった……」


 広場で事後処理をしていたロナルドの下にヴィムがやって来た。


「何だった、お前が追いかけたのは」


「多分、人間の男。顔は見られなかった」


 ヴィムが悔しそうに言った。


「そうか」


「師団長! 魔獣たち、全て第二師団でいいですか?」


「ああ。専用の牢に入れておいてくれ。人為的異常が見られるから、経過観察する」


「分かりました」


 捕縛魔法で魔力の縄でぐるぐる巻きにされた黒い魔獣が七頭、大きな檻にそれぞれ入れられていた。騎士たちは魔獣の視界を遮るために檻に布をかけると、それを馬車に付けて運んでいく。


「コーディ、クラリスの様子を見て来るから、少しここを頼む」


「はい」


 コーディに後を任せヴィムに「来てくれ」と声をかけて、ロナルドはクラリスのいる古書店へと向かった。


「クラリスさんは無事なんだね?」


「ああ。無傷だ」


「そういえば、なんか大きな青い鳥がいたような……」


「それも含めてこの本棚の向こうは驚きしかないぞ。……クラリス、戻った」


 聞こえていた鼻歌が止んで「はい」と返事が返って来た。

 ロナルドは本棚を退けて中へ入る。ヴィムが「へ?」と間抜けな声を漏らしたが、笑う気にはなれない。

 あの白い魔獣は、クラリスの膝でゴロゴロと喉を鳴らして、甘えられるだけ甘えていた。シエルが不満そうに嘴を鳴らしている。


「ロナルド様、この子、とっても良い子なんですよ」


 にこにこしているクラリスは可愛いが膝の上の魔獣はこっちを見て、牙をわずかに見せている。クラリスにしか懐いていないのが丸わかりだ。


「あー、うん。そうだな」


「大きい猫ちゃんですねぇ。ほら、ここを掻いてあげるともっと気持ちよさそうなんです」


「うん」


 クラリスが喉の下を一生懸命掻けば、魔獣、いや、もうデカい猫は心の底から気持ちよさそうに目を細めて耳を伏せた。


「え? 何? どういうこと? というか、あれ、シエル?」


「今、俺がお前に言えるのは、何もわからないということだけだ」


「えー……でかい猫じゃん、本当に……」


「な」


 ロナルドは腕を組んで様子を見守りながら頷く。


「……とりあえず迎えが来るまで、クラリスはここで待っててくれ。ヴィム、傍にいてくれ、俺は現場に戻る」


「あ、うん、分かった。……クラリスさんに多少、事情は聞いてもいいかな?」


「防音魔法、忘れるなよ」


「了解」


「では、クラリス、行って来る」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 クラリスに見送られてロナルドは古書店を後にする。

 広場は壊れた屋台が散乱し、広場に面した店が大小さまざまな被害を被っている。

 森の中や草原で暴れられるより、町中で暴れられると被害総額を考えるだけで頭が痛くなってくる。不幸中の幸いは一般人、騎士、ともに死者が出なかったことだ。


「師団長、けが人の確認終わりました! 医療部隊が付き添って搬送で良いでしょうか?」


 コーディが駆け寄って来る。


「ああ。頼む。魔獣案件だから、第二師団の病院に搬送してくれ」


「はい」


 コーディが頷き待機していた騎士に指示を出し、騎士たちがまたどこかへ去って行く。


「何が起きたんでしょうね……」


 コーディがロナルドの下に戻って来る。

 魔獣討伐を主な任務とする第二師団、そして、王都とその周辺の治安維持を主な任務とする第一師団。制服は同じだがマントの色が違うため、どっちに所属しているかは一目でわかる。


「これからしばらく忙しくなりそうだな……」


 まさかクラリスに町中にはほとんど出没しないと話したその日にこんなことになるなんて思ってもみなかった。


「そうだ、モニカさんたちに連絡しました?」


「まだだ。アランが倒れそうだから……すまないが、あとでお前が直接、迎えに行ってくれ」


「了解です」


 コーディが苦笑交じりに頷いてくれる。


「おーい! いたいた、ロナルド・フェアクロフ師団長!」


「ブルーノ・バルツァー師団長、お疲れ様です」


 ロナルドとコーディは頭を下げ、挨拶をする。駆け寄ってきたのは亜麻色の髪に白髪が混じり始めた四十代後半の男性騎士だ。

 彼はブルーノ・バルツァー。バルツァー侯爵家の当主で、ファルベ騎士団第一師団師団長を務めている。


「騎士服ではないということは、非番、だったか? というか本当に外を出歩けるくらい元気になったんだな、良かった良かった!」


 ブルーノがばしばしと遠慮なくロナルドの肩を叩いた。

 彼はとても面倒見がよく、気前のいい男だった。二十近く年下のロナルドのことも、同じ師団長として対等に接してくれ、病気についても理解し、気に掛けてくれている。騎士団の中でロナルドが尊敬する人のひとりだ。


「ヴィムのおかげで、最近は本当に調子がいいんです」


「ははっ、やはり稀代の魔導治癒医士殿は素晴らしいな!」


 カラカラと笑って、またバシバシとロナルドの肩を叩いた。


「それで一体、何事だ?」


 一瞬で引き締まった表情にロナルドも背筋を正す。


「それが我々にもまだ。ですが、突然、広場にこんなところにいるはずのない魔獣が出現したのは間違いありません」


「豹系と聞いたが?」


「はい。まだ確証は取れていませんが、出現は全部で八頭。南の密林地帯に住むブラックレパードの魔獣化個体が七頭。もう一頭は北の雪の森に棲むラヴィネレパードの魔獣個体と思われます」


「ラヴィネレパード? 討伐禁止の希少魔物じゃないか」


 ブルーノが目を剥く。

 現在、クラリスの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし、ただの猫となり下がっているあの白い魔獣、元はラヴィネレパードという大変貴重で強力な魔物なのだ。


「魔獣たちは討伐できたのか?」


「はい。全て生け捕りの上、第二師団へ護送中です」


「生け捕り? ……相変わらずすごい技術だな。非番を潰された君には悪いが、君がいてくれて本当に良かった。魔獣は下手に殺すと何が起きるか分からないからな」


 ブルーノがほっと胸を撫でおろす。

 魔獣と言うのは生き物の範疇を超えた存在で、肉食系魔物の魔獣変異体は非常に攻撃性が高く、自らが流した血液すら操り攻撃しようとしてくるのだ。

 魔獣討伐のプロである第二師団の騎士たちだけの森の中で討伐するならいざ知らず、一般人だらけの町中で下手に魔獣に血を流させることは避けなければいけない。


「ロナルド! あ、ブルーノ師団長、ご無沙汰しております」


 ヴィムの声に振り返る。ヴィムもロナルドの隣にブルーノがいるのに気づいて頭を下げた。


「やあ、ヴィム。久しぶり、ロナルドの病に関する偉業を聞いているぞ」


「ありがとうございます」


 ヴィムが軽い会釈を返す。


「どうしたんですか、先生」


 コーディが首を傾げる。


「護送馬車が到着して、例のやつは乗せたんだけど、クラリスさんはどうしようかと思って。今はシエルがそばにいるんだけど、腰が抜けてしまったみたいでね」


「クラリスぐらいなら、お前でも抱えられるだろう? どこか怪我でもしたのか?」


 ロナルドはヴィムの全身に視線を走らせるが、至って元気そうだ。


「え、いや、僕は分かんないんだけど、好きな人に他の男が触るの嫌かと思って!」


「ヴィム、ヴィム!」


「えええ!? マジで!? あ、非番ってデートだ!」


 途端に顔を輝かせたブルーノにロナルドは額を押さえる。ブルーノは本当に素晴らしい人なのだが、少々、他人の惚れた腫れたの話が大好きすぎるきらいがある。彼自身が貴族にしては珍しい恋愛結婚だったからかもしれない。


「そうかそうか! めでたいな! 今夜は飲むか!!」


「ちょっと彼女を馬車に乗せて来ます!」


 ロナルドは迷わずこの場から逃げ出すという選択肢を選んだ。

 これはただの逃亡じゃない。戦略的撤退だ。自分にそう言い聞かせて古書店の中に入るとクラリスがちょこんと変わらずに座っていた。


「腰が抜けたと聞いたよ、大丈夫か?」


「は、はい。……あの、ええと、こんにちは?」


 クラリスの青い瞳が丸くなって、その視線はロナルドの肩の向こうを見ている。小さく頭を下げたクラリスに勢いよく振り返れば、必死に制止してくれたらしいコーディを腰にぶら下げたブルーノが立っていた。


「やあやあ、初めまして。私はブルーノ・バルツァーだ」


 家名を名乗られたことで相手が貴族だと気づいたのだろう。クラリスが顔を青くする。


「も、申し訳ありません。このような格好で、あの、クラリスと申します」


「可愛らしい小鳥さんだ!」


「ブルーノ師団長、現場に戻ってください! ほら、状況説明しますから! ね、大事な話しましょう!?」


 コーディがブルーノを引きずるように外へ出て行く。


「この事件で第二にしょっちゅう行くことになりそうだから、まあいいか! 可愛い小鳥さんを送ってあげな! ここは私とコーディがなんとかしとくから!」


 にぎやかに去って行くブルーノにロナルドは溜息を零して、おろおろしているクラリスをひょいと抱き上げた。やっぱり鳥人族であるためか驚くほど彼女は軽い。


「ピー」


 シエルが当たり前のようにロナルドの肩に降り立った。鉤爪も随分と立派になっている。

 古書店内は本が盛大に散らばっていて酷い有様だ。買い取れるものは買い取って、仕分けはアランに任せようと今後の仕事として心にメモをする。

 店の前に待機していた馬車にクラリスを乗せて、自分も乗り込み、隣に座る。シエルは中へは乗らず屋根の上に乗った。合図を出せば馬車は動き出す。


「申し訳ありません、ロナルド様……。腰が抜けてしまって」


「怖い思いをさせてしまったから気にしないでくれ。それに謝るのは、俺のほうだ。守ると言ったのに、すまない」


「い、いえ! 私、かすり傷一つありません。安心したら腰は抜けてしまいましたが……」


 クラリスは恥ずかしそうに眉を下げた。


「本当に怪我はないんだな?」


「はい。黒いほうの魔獣が襲ってきた時は、コーディ様とシエルが守ってくださいましたから。それに白い子の時は、ロナルド様もご存知の通り、大人しくなってくれましたから特に何も」


 見た様子では確かにクラリスに怪我はなさそうだった。


「ロナルド様、ここ、血が出ています」


 クラリスがスカートのポケットからハンカチを取り出して、ロナルドの頬に当ててくれる。魔力を大量に含む血は危ない、と体をのけぞらせたが狭い馬車の中では無意味だった。


「大丈夫です。血の汚れは洗えば落ちますから……あとでちゃんとヴィム先生に診て頂きましょうね」


 ロナルドの心配とは別の心配を払しょくするようにクラリスが言った。

 彼女はもしかするとロナルドの血に触れることすら平気なのかもしれない。普通の人間が触ると大やけどをするのに。


「……ああ」


 これくらのかすり傷だったら、普段は手持ちの傷薬(ヴィム謹製)で済ませてしまうが、クラリスが心配するならヴィムに診てもらわなければと思う。それでクラリスが安心してくれるなら安いものだ。


「だが、クラリス。どうしてあの時、歌いだしたんだ?」


 クラリスからハンカチを受け取り、自分で押さえながら問いかける。


「黒い魔獣が襲って来る少し前、噴水の上に誰かいたのをご存知ですか?」


「ああ。ヴィムが追いかけて行った奴だな」


 詳しくは分からないが、ヴィムが追いかけて行ったということは、今回の事件になんらかの関係があることだとは思っている。残念ながら逃げられてしまったようだが。


「はい。コーディ様に噴水の上に誰がいるか分かりますかと聞かれて、そちらを見ると、風の揺らぎが見えました」


「俺たちには見えないが鳥人族には見えるやつだな」


「そうです。コーディ様が言うには、魔獣たちがまとっている魔力とその噴水の上にいる誰かがまとっている魔力の臭いが同じで、何かで操られているのかも、と」


「操られている、か」


 ロナルドは開いている手で顎を撫でる。

 コーディは犬系獣人族で、ロナルドたちの何十倍も下手をすれば何百倍も鼻が利く。魔力の匂いなんて全く分からないが、彼らはその違いを嗅ぎ分けることができるのだ。


「魔法で操られているのなら、ヴィム先生の治癒魔法も無効化してしまう私の魔力で解除できると思ったのです。それにあの子、とても苦しそうで、きっと、あの子の意思ではないと思ったので」


「なるほど」


「私にはよく分からないのですが、噴水の上にいた人は、透過魔法? というものを使っていて、それは術者より強い魔力の人じゃないと破れないとのことで、ヴィム先生が追いかけて行ったんです」


「ヴィムの魔力は、俺を抜かせば、騎士団で一、二を争うほどだからな。ヴィムが男を追いかけて行ったのも見ていたし、逃げられたことも聞いたんだが、関係が分からなかったからすっきりしたよ。ありがとう」


 いえ、とクラリスは照れくさそうに顔を伏せた。

 今日のクラリスは王城に行くということで、デイドレスを身にまとっている。

 一番早く仕上がったというモニカが選んだコバルトブルーのドレスは、クラリスに良く似合っていた。

 こうしてみれば、その所作やふるまいが本当にどこかの貴族令嬢のようで、彼女の不思議を深めている。

 メイドとして仕えていたと言っていたが、果たしてそれだけでこれほどの所作や知識が身に着くのだろうかと疑問を抱く。

 だがクラリスは、あまり自分が以前いた場所について話したがらないので、深く踏み入ることはできない。彼女の笑顔を曇らせたいわけではないのだ。


「……そういえば、ロナルド様は騎士団に戻ってしまって大丈夫なのですか?」


「ああ。先ほど挨拶してくれたブルーノ殿は、第一師団師団長なんだ。町のあれこれは基本的に第一師団の管轄だから、むしろ、魔獣がいる第二師団に俺がいたほうがいいんだ。町の中で何かできる権限は、俺にはほとんどないから。……まあ、あれこれ壊してしまったから、始末書はたくさん書かなきゃいけないがな……」


 ロナルドは遠くを見つめて溜息を零す。

 森の中で木をなぎ倒しても怒られないが、町中で本棚を倒すと怒られるのだ。当たり前の話だが。


「……当分、帰れなくなりそうだなぁ。クラリス、なんかこう、気分が上がる歌をお願いできるか。心に力を貯めなければ」


「はい、もちろんです」


 快く頷いてくれたクラリスが、楽しそうに歌いだす。

 その軽やかな歌声に耳を傾けながら、ロナルドを待ち受ける数多の書類と、そして、この得体の知れない事件についてロナルドは頭を悩ませるのだった。



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