表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/74

3-3 *ヴィム視点



「……夢みたいだ」


 隣から呆然とつぶやく声が聞こえた。

 カルテにあれこれ書き足していたヴィムは、目だけをそちらに向けた。

 ロナルドは、革手袋を外した両手をじっと見つめている。


「夢じゃない、現実だよ」


 カルテに視線を戻しながら応える自身の声に自分でも笑ってしまうほど、安堵がにじんでいる。向かいのソファに座るコーディもにこにこしている。

 視線を落とした先のカルテには、改善という文字が浮かれた様子で力強く書かれている。誰が見てもそこに喜びが込められていると分かってしまうだろう。


「……正直、この一年で、君の魔力過多症は悪化の一途をたどっていた。半年前に魔力が飽和状態になると、君自身も魔力酔いのような症状が出たと聞いたとき、生きた心地がしなかったよ」


「……ヴィム」


 ヴィムは伯爵である父親が気まぐれに手を付けたメイドの息子だった。母はヴィムを産んで間もなく、産後の肥立ちが悪く儚くなってしまった。

 醜聞を嫌った伯爵夫人によって、親戚に不幸があり引き取った養子として伯爵家で、三男として育てられた。

 それは、最悪。

 この一言に尽きる。

 伯爵夫人や異母兄からの暴力や暴言は当たり前。妻に負い目のある父は空気だった。食事など寄宿学校に入るまでまともに食べたこともなかった。

 ガリガリに痩せて青白い顔をしている三男を伯爵夫人は「病弱な子で……」と外では憐れみ、周囲の同情を誘っていた。彼らの賢いところは、決して見えるところに暴力の痕跡を残さなかったことだ。

 寄宿学校へ入ることは、貴族の令息すべてに課される義務なので、ヴィムも十三歳になった年に入学した。ちなみに男女は完全に分けられていて、女性も十三歳から寄宿学校へ入ることができるが、女性は寄宿学校へ入るか、家庭内での教育かを選べる。

 当時のヴィムは、ガリガリのヒョロヒョロで当たり前のようにいじめの対象になった。それを助けてくれたのがロナルドだった。

 誰かに虐げられてばかりいた人生で、初めて与えられた救いだった。その手を取って、彼と過ごす内、ヴィムは絶対に彼の力になろうと決意し、彼には及ばないにしても優秀な血統のおかげで豊富な魔力と努力でなんとかした知識で、魔導治癒医士になったのだ。


「僕は君を助けたくて魔導治癒医士になったのに。……なのに僕は君の余命を宣告しなければいけないのかと……」


「悩ませてしまっていたんだな」


 ロナルドが申し訳なさそうに眉を下げた。


「でも、もう心配はない。だってクラリスさんが君を救ってくれる」


 ヴィムが笑うと、ロナルドも小さく笑った。コーディも「そうですね」と嬉しそうに頷く。

 ロナルドは膝の上で組んだ手に視線を落とす。


「彼女はまるで奇跡のようだ」


「うん」


「だが正直、少し怖い。彼女の素性は全く分からないから、いつまで俺の家にいてくれるのかも分からない。だが彼女を失ったら俺は……」


「師団長……」


 コーディが心配そうに眉を下げ、でも、と口を開く。


「クラリスさんが悪者には思えません。これは……その、僕の願望も入っていますが」


 だんだんと尻すぼみになりながらもコーディが告げる。ロナルドは顔を上げて苦笑交じりに頷いた。


「ああ。だが……そうだな。彼女自身は、とても控えめで穏やかな女性だ。アランとモニカのことも、一度きりしか会ったことのなかった俺のことも気に掛けてくれていた優しい娘だ。それに楽器も弾けるようで、昨夜、竪琴の演奏を聴かせてもらった」


「もしかして、その件で今朝、僕は呼ばれたのかな? 彼女の演奏にも回復効果が?」


 今朝、ロナルドから「時間があれば来てほしい」と連絡があり、ヴィムは彼の持病に何かあったのかと思い急いで彼の下へと向かったのだ。

 だが、ヴィムが到着した時、ロナルドは起きて鍛錬に行ったと、出迎えてくれたアランに言われ、彼とともに裏庭に顔を出したところで、ロナルドがクラリスを抱えてきたというわけだ。


「……そのことなんだが、昨夜、魔力が少しおかしかったかもしれないんだ」


 突然、深刻そうな表情を浮かべて告げられた言葉に緊張が走る。


「心臓がバクバクして、感じたことのないほど落ち着かない気分になったんだ」


「そ、そんなことは今まで一度も……!」


 コーディが顔を青くする。ヴィムもこれまでにない症状に万年筆を持つ手に自然と力がこもる。

 ヴィムは、一度、ゆっくりと呼吸をしてから、カルテと万年筆を手にロナルドに向き直る。


「それはどういった状況で起きたんだい?」


「先ほども話したが、昨夜、彼女の演奏を聴いた。というのも、俺の部屋の斜め上が彼女の部屋なんだ」


「ああ、屋根裏の使用人部屋だね」


「俺はバルコニーで涼んでいて、そうしたら竪琴の音が聞こえた。見れば、屋根裏の部屋の窓が少し開いていたんだ。彼女は鳥人族だからか、小鳥が随分と懐いているようで、夜だというのに小鳥が庭の巣箱から彼女の部屋に遊びに行ったんだ。それで彼女が出てきて、小鳥に部屋には泊められないと言っていたのが聞こえて、思わず『かまわない』というようなことを言った」


「うん。それで?」


 ヴィムもコーディも真剣に耳を傾ける。


「情けない話なんだが……若い女性と何を話したらよいか分からなくて……」


「それはしょうがないですよ。ご病気のせいで、女性や子どもとは距離を置かれていましたから……」


 コーディが苦笑交じりにロナルドを慰める。ロナルドも「そうなんだが……」と眉を下げた。


「だから咄嗟に演奏が聴きたいと言ったんだ。すると彼女は了承してくれて、窓枠に腰かけて演奏してくれた。そのあとだった、さきほどの症状が出たのは」


「……声に宿る魔力が、楽器を通すと変質して悪影響を及ぼすのかな……」


 何分、ロナルドの病気もクラリスの魔力も未知のことすぎて、現段階では何が良くて、何が悪いのかも分からないのが歯がゆい。


「師団長、ひとつ、お尋ねしたいのですが、よろしいですか?」


「かまわん」


 神妙な顔で申し出たコーディにロナルドが頷く。


「貴方の心臓が異変を来したときの、クラリスさんの様子を詳しく教えてくれませんか?」


「クラリスの様子? ……昨夜は、月がとても綺麗で、彼女を照らしていた。白い肌が淡く光って、髪は柔らかに青く輝いていた。細い指先がつま弾く音色は、どこか物悲しく澄んでいて……俺は演奏が終わってもしばらく、彼女に見惚れていた」


「……魅了の効果もあるのかな」


 うんうんと聞いていたコーディが、なぜかヴィムの発言にわずかに頬を引きつらせた。


「呆けていた俺は彼女が呼ぶ声で我を取り戻した。俺が演奏を褒めるとクラリスは、気恥ずかしそうに微笑んで……その笑みを見た途端、心臓がばくばくと」


「笑顔を通すとまた魔力に異変が……!?」


 なぜかコーディががくりとソファから崩れ落ちた。


「コーディ? どうした?」


 ロナルドが驚きながら声をかける。

 コーディはのろのろと起き上がり、ソファに座り直した。


「いえ、お二人のこれまでの人生を想えば、致し方ないんですよね……そういった方面に関して疎いというのは……」


「コーディ? ロナルドの症状に何か心当たりが?」


 ヴィムは前のめりになって尋ねる。

 コーディは額を片手で押さえながら、なにかをぶつぶつ言っている。


「こういうのは本人が自覚しないと……いや、できるのかな……」


「コーディ、どうしたんだ。何かが分かっているなら教えてくれないか?」


「……そうですね。あの、一つだけ言えることは、それは深刻な病気ではないと思われます。ましてや魔力過多症によるものではないでしょう」


「どうして?」


「それはクラリスさんに対しての感情のありようと申しましょうか……とりあえず病気ではないです。……ある意味では病気とも呼ばれますが」


 最後のほうはぼそぼそと独り言のように告げられて聞き取れなかった。

 ヴィムはロナルドと顔を見合わせ、さらに深く聞こうとしたところでノックの音がして、コーディが素早く立ち上がり対応する。

 訪れたのはとある部署の事務官だった。コーディが話を終えて戻って来る。事務官は入り口に待機して、返事を待っている。


「師団長、先日の討伐で持ち帰った魔獣の一部に異変が見られるとのことで、至急確認をとのことです」


「異変?」


「詳しいことは解剖室で」


 そう、やってきたのは解剖部隊の事務官だ。解剖部隊は、持ち帰った魔獣や魔物を解剖、解体する専門部署だ。魔獣や魔物から採れる皮や角、内臓などはあらゆるものが薬や武器、防具など様々なものの素材となるのだ。


「僕も同席していいかい?」


「もちろんです」


 事務官がヴィムの申し出に頷いた。

 ヴィムたちは立ち上がり、急ぎ足で部屋を出る。ロナルドの異変について話がうやむやのままだが、病気ではないとなぜかコーディが言うのだから後回しだ、と緊張感漂う事務官の背を追いかけながら、ヴィムは自分を納得させるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ