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鳥かごの中の小鳥

新連載、楽しんで頂ければ幸いです。

同時に第1話の1-1を更新しています。

本日は19時にも更新します!




「わたし、もうあの子、いらない、わ」

 それが、最後に聞いた母の言葉だった。




 クラリス・シェリー・アシュリーは、アシュリー伯爵家の次女として、十八年前に生まれた。

 だが母・シェリーは伯爵夫人ではない。下町の酒場で歌姫と言われた歌手だった。

 母は鳥人族(とりひとぞく)だった。

 鳥人族は、鳥の特徴を持つ種族で、基本的な姿かたちは人間だが、背中に出し入れ自由な翼を持ち、人間の耳がある位置には穴だけがありそこを覆うように羽毛が生えているのだ。種族の特性として空が飛べ、一部は歌うことを好み、また歌が上手いことでも知られる。

 母は髪色と同じ青みがかった黒い翼を持っていた。クラリスもまた母親と同じ色彩を持って生まれたが、母は目の色が水色だったけれど、クラリスは青色だった。二人は目の色しか違いのないよく似た母娘だった。

 父のアシュリー伯爵は、酒場のステージで歌う母に一目惚れし、半ば連れ去るようにして屋敷に連れて帰り、母を愛人としてそこに住まわせた。

 その二年後、母はクラリスを産んだ。

 父は、母以外の何もかもに興味も関心もない人だった。母は愛人であったのだから、もちろん正妻もいたし、クラリスより一つ年上の娘もいる。

 だが、父は正式な妻子にも、他の人間にも、伯爵という地位にも権力にも、お金にも仕事にも何もかもに興味がなかった。無関心を極める父が、唯一、執着したのがクラリスの母のシェリーだった。

 母とクラリスは、伯爵家の庭の片隅に建てられた高い塀で囲まれた離れで暮らしていた。母は、翼の風切り羽を切られて空を飛べないようにされていた。クラリスも一歳になった頃、同じ処置が行われて、羽が生え代わるたびに二人は羽切りというその処置を施されて、一度も空を飛んだとことはない。

 それでも母との暮らしは幸せだった。離れの外に出られなくとも、日に三度の食事を与えられ、生活に必要なものは不自由なく与えられていた。母は優しく、誰よりもクラリスを愛してくれていた。

 たくさんの歌を教えてくれて、クラリスは母の歌を聴いている時間が、何よりも幸せだった。

 時折、父が母に会いに来る時は憂鬱だった。

 父は毎回、母に「もうあれはいらないんじゃないか」とクラリスを指さして飽きることなく聞いた。母が自分以外に興味を持ち、愛情を注ぐことが嫌だったのだ。

 母はその度に「わたしには必要なの」と言って父をなだめていた。

 でも、母はクラリスが八歳の時、風邪をこじらせて亡くなった。それまで病気一つしない健康体だったのに、あっというまに母はこの世からいなくなってしまった。

 クラリスを「いらない」と言い残して。

 母を喪っても、クラリスは離れで暮らしていた。

 その内、日中は本邸に呼び出されて、異母姉の侍女として過ごすようになった。異母姉の侍女なのに、指示を出すのは伯爵夫人だった。

 伯爵夫人は、愛人の娘であるクラリスに辛く当たった。異母姉は厳しく、父に至っては、母の死後、妻子を王都に置き去りにして、自分は領地に引きこもってしまった。

 夜明けとともに本邸に行き、姉が起きた時の身支度の準備を整える。姉は日中は基本的にマナーや教養の勉強をしているので、その間は屋敷中の掃除や洗濯をして過ごし、夕食の後片付けをして、細々とした雑務をこなして、日付が変わるころに離れへ戻る。

 それが母を亡くしてからの十年のクラリスの毎日だった。


「……空、飛んでみたいなぁ」


 裏庭で洗濯を干しながら、クラリスは小さな声で呟いた。

 あの広くて大きな青い空を自由に飛び回ってみたい。

 邪魔という理由で翼を出すことはほとんどない。正直鳥人族の翼はそれなりに大きいので、確かに日常生活で出すと何かに引っかかったり、引っかけたり不便ではあるのだ。

生え代わりの時期になると厳しくチェックされて、羽切りの処置が施される翼ではきっと空が飛べないけれど。


「クラリス! どこにいるの、クラリス!!」


 願いを空に馳せる時間でさえ、与えてはくれないらしい金切り声にクラリスは「ただいま参ります!」と返事をして、駆けだした。

 まさかこの代わり映えのない生活が、一週間後に激変するなんて、この時のクラリスはまだ知らなかった。



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